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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
6/26

6話

 王城の近くまで来たが、正門には門兵が当然の如く常時配置されている。


「正面突破は無理か」


「一人、戦力にならないものね」


「ああ、お前がな」


「アンタよ」


 レオポルトは遠巻きに王城の周りを歩く。シャルファーも飛んで追従する。

 王城の周囲は、侵入者を拒むように塀が高く聳え立っていて、これを超えることはできない。


「つーか、シャル。お前までついて来なくても良かったんだぞ」


「略すな。——アタシだって、あの子の情報を見てないからね。人間の王女の情報よ? 見て損は無いでしょ」


 レオポルトは、ゆっくりと歩を進める。

 夜道は非常に暗い。星明りがあるとは言え、松明やランタンを持っていないとはっきり視えない。しかし、仮にも彼はナディーネに会いに、王城へと侵入しようとしている身だ。わざわざ明かりを持って、ここに居ると言うアピールはしたくなかった。


「ねえ、他に門でもあるの?」


 シャルファーの質問に、単純に答えてしまえばノーとなる。王城の門は西にある正門だけだ。それ以外、城に入るための門はない。そう、門は——。


「ねえ、聞いてる?」


 レオポルトは、何の迷いもなく歩き続ける。


「聞きなさいよ、レオ!」


 そして、正門とは裏側に位置する場所に到着した。今度、レオポルトはゆっくりと塀に歩み寄って行く。念のため、騎士や衛兵が近くに居ないかを確認しながら近づいた。

 辺りに誰も居ないことを確認すると、今度は塀の付近の地面をじっくり見渡す。いくら暗がりとは言え、さすがに至近距離なら物も見える。


「アンタ、さっきから何してるの?」


「まあ、見ててくれ。俺の予想が正しければだけど……おっ、あった!」


 レオポルトが発見したのは、ただの草むら……に隠れている木製の板だ。その板には取っ手があり、まるで最初から開閉を想定したような作りだった。

 レオポルトは取っ手を掴んで板を開ける。


「これって……」


 シャルファーは、板の下から現れた空間に目を見張った。板を開けた先に続く長い空間は、暗くて底が見えない。しかし、設置された梯子で下に降りることはできる。


「行くぞ、シャル」


「略すな! ……って、行くって? こん中に?」


 レオポルトは、躊躇なく梯子を伝って降りる。


 梯子を降りた場所は月明かりも届かないが、両脇の壁が身近に感じられるくらいに狭い。奥行きも広く感じることができた。だから、レオポルトはその方向へ歩いて行く。地上の夜道より、暗く何も見えない。レオポルトの歩みは、慎重さから遅くなる。

 シャルファーは、梯子を降りる段階でレオポルトの肩に座っていた。はぐれないようにするためだ。


「ねえ、レオ。ここって……」


「うん。隠し通路だ」


 二人の声はこの通路によく響いた。


「何で、ここにこんな通路があるって分かったの?」


「まあ、確証はなかったけど……。ナディーネ様は家出してきたみたいな言い草だっただろ? 王女の一人での外出は危険だ。実際に兵士が追って来たくらいだしな。それでも、ナディーネ様は城を抜け出してきた。だから、もしかしたらと思ってな」


 ここ王都での常識的に考えれば、王城の出入り口は正門だけだ。しかし、正門には門兵が昼夜問わずに居るにもかかわらず、ナディーネは城を抜け出すことができた。そこでレオポルトは、よく物語で出てくるような、城を陥落させられたときに王族が逃げ出す隠し通路を想像したのだ。


「ふーん。でも、この通路が絶対にあるとは限らなかったじゃない。そしたら、どうしてたの?」


「そんときに考えてたかな」


「アンタ、頭が良いんだか悪いんだか」


 隠し通路みたいなものが無かったとき、彼の頭の中はノープランだった。だからこそ隠し通路を発見したときには、「ご都合主義、万歳!」と、心の中で唱えていた。


「ん?」


 しばらく歩いて、行き止まりになった。いや、正確には行き止まりではない。隠し通路なのだから、出入り口はちゃんとある。目の前には、来たときにも使った梯子がある。見えはしないが、手探りで歩いていたため、感覚で分かった。


「どうしたの?」


「梯子だ」


 とレオポルトは簡素に返し、ゆっくりと梯子を上り始める。闇が深く、どこまで続いているのかは分からない。ただ、しばらく上ったところで脳天がコツンと何かに当たる感触がした。


「出口か?」


 レオポルトはゆっくりと、頭上の壁を押す。すると、おそらくこれも床扉だったのだろう。壁は開き始めた。しかし、全開にはしない。シャルファーが通り抜けられるくらいの隙間を開けると、レオポルトは言う。


「シャル。人が居ないか確認して来てくれ」


「だから略すなって言ってるでしょ! ——でも、真剣なのよね」


 レオポルトは力強く頷く。

 当然だ。単なる趣味で王城に不法侵入する奴はいない。


「分かったわ」


 そう、シャルファーも納得したかのように言うと、開いた隙間から飛び出して行く。

 そこからしばらく、床扉を支えている手が痺れ始めたくらいで、妖精は帰還した。先程の隙間から戻り、レオポルトの頭に乗ると状況を話し出す。


「ここ、誰かの部屋みたいよ。寝てる男が一人、後は人の気配すらない。静かに行けばバレないと思う」


「なるほど。ありがとうシャル」


「どういたしまして。でも感謝の心があるなら、略さずに呼んでくれる?」


 シャルファーの話が本当ならば、睡眠中の者を起こさずに行動すれば良いだけだ。

 レオポルトは音を極力抑え、床扉を開ききり、隠し通路からやっとこさ這い出てきた。だからと言って、気は抜けない。この場に人が寝ている限り、その人物を絶対に起こしてはいけない。

 静かに。そこだけに意識を集中させ、ようやく立ち上がる。窓から差し込む月明かりが場を照らし、そこで彼は初めて知った。王城の凄さを。

 室内を見渡したレオポルトは、

 ——すげぇ

 と、内心で呟いた。

 誰の一室かは分からない。しかし家具、寝具、カーテンから絨毯まで、素人目にも天下一品だと分かる。これが豪華絢爛で煌びやかではなく、質素なのにもかかわらず感嘆するのだから、余程の調度品だろう。

 広さはレオポルトの家である、1階の酒場と同じくらい広い。部屋を見渡し、首を左に回したたら、すぐそこに扉がある。そこから対角上に位置するところに、窓と、その(もと)に天蓋付きのベッドがあった。窓ガラスが点に見えるほど、レオポルトが立っている場所からの距離があった。

 茫然自失だ。あまりの凄さに、レオポルトはその場で立ち尽くしている。


「ねえ、レオ? どうしたの? レオってば!」


「……ああ、ごめん」


 シャリファーの声で、ようやく我に返る。


「良いけど、ここからどうするの? ——て言うか、あそこで寝てる男。何だか苦しそうだし」


 寝ているのに、苦しい。悪夢でうなされているのだろうか。

 妙に気になったレオポルトは、ベッドまで向かった。勿論、音を極限まで抑えて。

 シャルファーの言った通り、顔を顰めて苦しそうに寝る男がそこには居た。耳も眉も出るくらいに手入れされた黄金色の髪、容姿はどことなくナディーネに似ている。


「セオティス・ノッド・ブルファーナ……」


 ベッドの上で眠る彼の名を、シャルファーに聞こえる程度の声量で呟いた。


「誰それ?」


「この国の第一王子だ」


 ここブルファーナ王国の王族は、男女混合で生まれた順に第〇王子、或いは王女と決まる。眼前で眠る彼……セオティスが現国王の一番目の子で、ナディーネが二番目の子だ


「数年前から、公の場に姿をお見せになっていなかった」


「ふーん。でも、無理もないんじゃない?」


 レオポルトは、何で、と訊き返す。


「見た方が早いわ」


「つまり、俺にお前の魔法を使えと」


「そうだけど。何か不満?」


「いやさ、不満はないよ。それどころか、素晴らしい魔法だと思う」


 でも、とレオポルトは一区切り付ける


「詠唱、長いんだよね。毎回アレやるの面倒なんだけど」


「はあ⁉ 贅沢すぎる文句ね‼」


 とは言いつつも、シャルファーの力を借りず、レオポルトに英雄探しはできない。彼女の魔法には感謝している。ただ、詠唱の長さに関しても本音だった。

 それでもレオポルトは詠唱を始める。ただし、なるべく早口で、声量も小さくだ。


「大地よ。我に生を与え、我に情を与え、此処に一つの命を与えんとするならば、全霊を持ちして万物の一端を成す。されど我は妖精に非ず、故に権能を貸与し神気を宿せ——シャルファー・ブリック」


 しかも、あまり感情を込めずに棒読みで言い終えた。


「ねえ、もうちょっと気持ち込めてよ……」


 若干、語気の勢いがなくなったシャルファーがぼやくが、構わずセオティスを視る。



名前:セオティス・ノッド・ブルファーナ

性別:男

種族:人間

年齢:21歳

生命力:306

魔力:3384



 基本的な情報がすぐ目に入る中、気になる項目を見つける。



病・持病:病名不明(時間経過と共に衰弱が進む)



 病名不明で衰弱が進む。進行速度は分からないが、セオティスの苦しみが今日だけではなく、毎日の苦闘だと言うことは何となく察しが付く。


「詳細不明……」


 レオポルトは、その言葉を反芻する。

 いつからこの病に罹っていたのだろう。しばらく公の場に姿を見せなかったのは、おそらくこれが原因だ。

 セオティスを見つめながら考えていると、彼が徐に瞼を開けた。そして紺碧の瞳が重々しく動くと、レオポルトと視線が合う。


「君は……」


 セオティスはか細く言った。もう、口調まで弱々しい。

 誰が見ても心配するのに、彼は起き上がろうとする。それを、レオポルトが止めに入る。


「セオティス様! どうかそのままで」


「悪いね」


 セオティスは起こしかけた身体を、重力に任せるまま落とした。そのときだった。枕元に、綺麗に折り畳まれた衣服を発見したのは。


「このままで申し訳ないけど……、君は新しい使用人かい?」


「へ? いや違います」


「違うのかい?」


 突拍子のない質問に、レオポルトはつい正直に答えてしまった。セオティスも怪訝そうにこちらを睨む。


「ちょ、アンタ。ここは嘘つく場面でしょ!」


 シャルファーが咎めるが、もう遅い。


「じゃあ、君はいったい誰なんだい?」


「あー……」


「言わんこっちゃない」


 言葉に詰まった瞬間、レオポルトは何か話題を振ってこの場を凌ぎたいと思う。そこで、目についたのは枕元に置いてある衣服だった。

 レオポルトは、折り畳まれた衣服を指差して言う。


「その服」


「これかい? 僕の服だけど」


「いえ。今日、ナディーネ様が着ていらっしゃった」


 そうレオポルトが言うと、セオティスは何か得心がいったのか、頷いて見せた。


「そうか。じゃあ君が、レオポルトかい?」


 内心で驚いた。レオポルトだけではない。彼の頭に乗っかるシャルファーも、驚きを隠せていない。

 セオティスは招待もしていない来客の反応を見るなり、軽く笑った。


「ナディーネから話は聞いているよ。君のこと、恩人って言ってたよ」


「いえ、俺は大したことをしてません」


 そう、自分は何もしてあげられなかった。ただ、裸の少女に服を着せ……顔が赤らむのを感じる。


「どうしたんだい?」


「いえ、何でもありません。本当に何もありませんでした。——それよりも、俺の正体を知ってどうしますか?」


「正体って、そんな大袈裟な。——まあ、普通だったら王城への不法侵入になるけど。レオポルトくんはナディーネの恩人らしいから、ここに来た理由を聴かせてくれたら、何もしないよ」


「慈悲深いですね」


「優しい、にしてくれるかな」


 セオティスが微笑むと、レオポルトも口角が上がった。


「ナディーネ様、どうにも家出されたようで」


 そうだね、とセオティスは言う。


「それで、騎士によって連れ帰らせられるとき、本当は帰りたくないんじゃないかなって思って。そしたら、居ても立っても居られなくなったんです」


「それだけの理由で王城に? 勇敢だね、君は」


 目を見開くセオティスだが、瞳の生気もやはり弱々しい。


「アンタ、やっぱりただのお節介じゃない」


 シャルファーには反応しない。ここで答えてしまったら、明らかに不自然だ。

 セオティスは満足したように、視線を天井に移すと、


「そっか、ナディーネを思ってくれる人も居るんだね。それも、今日会ったばかりなのに」


「え、それってどういう?」


 含みのある言い方に、レオポルトは思わず訊き返した。


「知りたいかい? でもナディーネが何も言ってないなら、それを尊重してあげたい」


 レオポルトはそれ以降、セオティスに追及はしなかった。いや、できなかった。

 レオポルト自身も、ナディーネが宿屋に来た理由、服装に関しても訊いたが、彼女は答えなかった。

 ここで、セオティスに迫るのも違う気がする。


「そうですか……」


 俯くレオポルトに、セオティスは優しく告げる。


「ナディーネなら、この部屋を出て、右に行ったすぐ隣の部屋に居るよ。そこが彼女の部屋だから」


 レオポルトは、再び弱々しい王子を見据える。

 どうして、そんなことを言うのだろう。彼の胸中を察したのか、セオティスは続ける。


「訊きたいことは本人に訊くと良い。僕の妹、根は真面目だから色々と背負い込んじゃうんだ。責任感がある。そう言えば聞こえは良いけど、プレッシャーに押しつぶされたら元も子もない」


 だから、とセオティスは言って、


「僕以外にも、相談役ができたら良いなと思う」


 レオポルトに熱く視線を送った。今日初めて、ましてや彼にとっては不法侵入してきた男なのに、信頼している眼だった。


「王子、俺は物語の主人公……英雄のようにはなれない。そんな俺でも、ナディーネ様に。貴方の妹に、してあげられることはありますか?」


「その為に来たのだろう? ナディーネが恩人だと言った君にならできるさ」


 レオポルトは決意を新たに頷いた。

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