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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
5/26

5話

今までの投稿からすると、だいぶ間が空きました。すみません。

今後も間隔が空くことはあると思いますが、よろしくお願いします。

 店の裏口から逃げ出した彼等は、人通りの少ない通りを歩いていた。決して裏通りと言うわけではない。ここ王都は、円形に街が形作られている。街の周囲を城壁が囲んでいるためだ。王都に出入りする街門は西にある。そこから中央に佇む王城へ延びる通りが一番、人の往来が激しい。店を構えるならこのメインストリートが一番良いとされている。レオポルトの実家であるシュヴァルベの一休みも、メインストリートに面している。

 今現在、レオポルト達が歩いているのは街門とは真反対、最も東に位置する通りだ。近くを街の水源となる川が北から南に掛けて通っているため、辺りに建物は少ない。自然と人波も減る。開けた道のせいか、夕日が煌々と地面を照らしていた。


「ここまで来れば、大丈夫でしょう」


 レオポルトは、隣を歩く少女に向けて言った。


「だと、良いですけど……」


 答えるナディーネはフードを目深に被り、人目が集まらないようにしているつもりだ。

 宿屋の従業員とマントを羽織った謎の人物が並んで歩けば、他者の一瞥は貰うだろう。だが幸いにも、周囲に人は居なかった。


「ねえ、レオ。あいつらを完全に振り切ったとは、考えない方が良いんじゃない?」


 そう話すシャルファーは、ここまで散々飛んできたので、レオポルトの右肩に座って羽を休めている。そんな妖精の忠告じみた言葉に、レオポルトは視線だけ返す。そして、視線をシャルファーの先に居る王女に移した。


「ナディーネ様。不安を煽るようで申し訳ありませんが、このままでは兵士に捕まるのも時間の問題でしょう。ナディーネ様は、今後どうなさるおつもりで?」


 しばらくナディーネは口を開かず、それでもレオポルトは彼女が喋るのを待った。


「……何も考えていませんでした。ただ、城には戻りたくないです」


「分かりました」


 言葉を噛み締めるよう、レオポルトは力強く頷いた。必要以上は踏み込もうとしない彼を、ナディーネは目を丸くして見た。


「貴方は、何も訊ねないのですね」


 何も訊ねない。それは、従業員にとっては当たり前のことである。客のプライベートには踏み入らない。レオポルトが決めていることだ。


「ええ。困っているお客様を助けるのは、当然のことですから」


「変わっていますね」


 と言って、ナディーネはくすっと笑いを零した。表情は自然の笑みが浮き出ている。


「ただ、すかしてるだけでしょ」


 と言い放つシャルファーの声は、ナディーネには届かない。代わりに、シャルファーが乗っかっている肩を揺らして、黙ってろ、そう無言で伝える。


「……………………」


「どうしましたか?」


「すみません……その、初めてナディーネ様の笑顔を見たと思って、つい嬉しくて……」


 レオポルトにとって王女の笑みは、一瞬で癒しを与えてくれるものだった。


「ふふ。私の笑顔で喜んでいただけるなら、何よりです」


 そう言って不意に立ち止まり、ナディーネは身体をレオポルトに向けて見据える。レオポルトも一歩遅れて立ち止まり、彼女を見返した。


「それで、貴方のお名前をお訊きしてもよろしいでしょうか?」


「え? 俺?」


 ナディーネは頷く。

 言われてみれば、確かにまだ名乗っていない。そもそも従業員の名前を、前世のファミレス何かのようにネームプレートを付けているわけでもないので、常連以外はレオポルト達のことを知らずに宿屋を後にする。ましてや一国の王女に名を覚えられる民は居ないだろう。

 ナディーネは力強い眼差しをこちらに向けている。興味本位ではなく、本当に名前を知りたい、と目で訴えているようだった。レオポルトは、照れながら口を開く。


「レオポルト・クリューガー、って言います。」


「レオポルト様……」


 聞いたナディーネは、宿屋で働く者の名前を反芻する。聞いていたレオポルトが慌てながら、


「いや、『様』付けなんて止めてください」


「貴方も、私に様を付けているでしょう?」


「それは、ナディーネ様が王女だから……」


「そう、私は王女です」


 その声はどこか儚げだ。開けた通りのせいで西日が降り掛かり、一層と彼女の心情を体現しているかのようにも思えた。


「……すみません」


 だから、レオポルトは自然と謝っていた。


「レオポルト様が謝ることなんてありません。むしろ、私の方がお礼を言わなければならない立場で——ありがとうございまひた!」


 噛んだのは気のせいではない。現にナディーネは顔を赤らめている。それを見たレオポルトは、思わず笑いを吹き出した。レオポルトだけではない。肩に乗った妖精も笑いを零す。


「ちょ、ちょと! 笑わないでくださいよぉ」


「すみません。俺の想像している王女とは、大きく違ってて」


 王女は毅然と振る舞うもの、それは公私問わずに行っていること。優雅に歩き、優雅に食し、優雅に話す。偏見かもしれないが、それがレオポルトの持っているイメージだった。

 シャルファーはいまだに笑いこけている。相手を小馬鹿にしているようなので、肩の埃を払うようにチョップを入れてお灸を据えた。


「……やっぱりレオポルト様も、王女は民を導く者の一人だから、しっかりしないとダメだと思いますか」


「いえ、そんなことはありません。だって、生まれたときから政務をこなす義務が将来に待ってるだなんて、俺だったらとっくに逃げ出しますよ」


 今日で何度目か、ナディーネは目を丸くする。


「俺、何か変なこと言いました?」


「いえ。やっぱり、貴方は少しだけ変わってます」


 そう言われ、照れくさい。レオポルトの手は、自然と頭を掻く。


「でも、良い人ですね。王族の義務をとやかく言われないなんて、初めてです!」


 ナディーネは、今日一番の笑顔を見せた。レオポルトも、この癒しがまだ続いてほしいと思う。しかし次の一声に、一瞬で彼女の笑みは消え失せてしまった。


「居たぞ!」


 掛け声と共に重低音の、鎧を身に着けたものが動く音。一つや二つではない。幾多の音が鳴り響き、止んだ頃にはレオポルト達は囲まれていた。

 更に少し経ち、周囲を囲む兵士より一歩前に出てくるのが一人。宿屋にも来た、壮年の兵士だ。

 レオポルトもナディーネも彼を見据え、身構える。


「全く。王女を連れ去るなど、何を考えているのだ」


 喋るのは、壮年の兵士だ。


「王侯貴族の誘拐は重罪だぞ。——捕らえろ」


 その号令とほぼ同時に何人かの兵士が動いて、レオポルトを取り押さえる。当然、レオポルトに鍛え抜かれた者に抵抗する術はない。相手が兵士と呼ばれる国軍なら尚更だ。

 あっさりと、地面に組み伏せられる。レオポルトの肩に乗っていたシャルファーは、咄嗟に飛び上がった。


「レオポルト様!」


「ナディーネ様も。あまり陛下に心配を掛けないよう」


 男を連れて行け、と壮年の兵士が言う。

 シャルファーは、レオポルトを捕らえる兵士の頭を叩くが、気に障られてすらいない。


「待てよ……!」


 その声は他ならぬレオポルトの声だった。声を荒げてこそないが、言葉はしっかりと怒りを帯びながら放たれる。


「まあ、誘拐なんかしてないけど……この際、俺のことはどうでも良い。——ただ、ナディーネ様を連れ帰るのは納得いかないなあ!」


 壮年の兵士は、全く動じない。たかが一介の宿屋など、取るに足らないのだろう。


「陛下の御命令だ。ナディーネ様が急に居なくなられて、さぞ心配したのだろう」


「はっ。娘が家出するような父親だぞ? 心配する前に、愛娘の気持ちを考えろってんだ!」


 ナディーネは、城には戻りたくないと言った。それが指し示すのは家出してきたことだ。


「ちょ、レオ⁉ 大人しくしてないと」

「貴様! 陛下まで侮辱するとは、極刑に処されたいか‼」


 シャルファーの言葉を遮った壮年の兵士は、レオポルトの近くに行き、腰に携えていた剣を抜いた。


「極刑? それが陛下の本意ならやれよ。けどな——俺は陛下を侮辱したんじゃなくて、一人の親に文句言っただけだぜ?」


 問答無用と言わんばかりに、壮年の兵士は剣の柄を両手で持って頭上に構える。

 そして、


「待ちなさい‼」


 ナディーネが止めに入ったのは、振り下ろされる瞬間だった。兵士、全員の動きがピタリと止まる。


「彼を放しなさい。私の恩人に、傷一つ付けるのは赦されません」


 ナディーネの声に、今までの印象は無かった。たどたどしさも、可愛さも、何も残っていない。今は品性が溢れ威圧感を前面に引き出し、これぞ王女。王族と言う振る舞いをしていた。奇しくも、レオポルトが持っていた王族のイメージが、今のナディーネだ。


「し、しかし此奴は……」


「放しなさい」


 再度、ナディーネは言った。そしてようやく、渋々だがレオポルトを押さえていた兵士達が、彼の許を離れていく。壮年の兵士も剣を鞘に納めた。それを確認したナディーネは、壮年の兵士に言う。


「行きましょう」


「承知いたしました」


 ぞろぞろと兵士は引いていく。ナディーネは兵士に護衛されるような形で、城への帰路に就いた。

 ナディーネはこちらを振り向かずに帰ろうとしている。段々と離れて行く背中は、つい先ほどまで見せていた明るさも、何も残らず。ただ暗然(あんぜん)としているように見えた。

レオポルトは、去り行く背中に向かって叫ぶ。


「待ってください! ナディーネ様は、それで良いんですか? 戻りたくないんでしょう、城には」


 ナディーネからの返答は無い。代替えのように返ってきたのは、無機質な笑顔だった。





 陽もすっかり沈み、空は闇を背景に星々が点々と輝いている。ナディーネは王城の自室で、窓越しに空を仰いでいた。

 王城は3階建てでシュヴァルベの一休みと変わらないが、城の方は各階の天井が高いせいで、王都では一番高い建造物となっている。

 ナディーネの部屋は3階にあるせいか、星を近くに感じることができる。


「はぁ……」


 と、溜息を吐くと、窓とは反対側にある扉からノック音が聞こえた。


「入って」


「失礼します」


 扉を開いて入室したのは、ナディーネの専属メイドだ。名を、アマーリア・カントと言う。赤錆色の髪をサラッと首筋まで伸ばし、同色の瞳は主より目立たないように自然と溶け込むメイドらしさを彷彿とさせる。歳はナディーネより一回り上だ。乳母は別に居るが、彼女も王女が幼少の頃から仕えていた。

 ナディーネは、アマーリアに振り返って言う。


「アマーリア。どうかしたの?」


「紅茶を注ぎ致します。——陛下からは、何か言われましたか?」


 アマーリアはティーセットが乗った台車を、中央にあるテーブル席に引いて行く。

 それを認めたナディーネも、テーブル席の許へ行き、椅子へと腰を下ろす。


「たくさん、お叱りを受けたわ。ほとんどが、王女としての自覚を持てと言う内容だったけど」


「それは……」


 アマーリアはポットに入った紅茶をカップに注ぎ、ナディーネの眼前にそれを置く。ここまでの動作に無駄はなく、ミスもしない。


「本日はどこへ行かれたのですか?」


「宿屋に」


「宿屋?」


「そう。メインストリートに面している宿屋に。今日、本当は帰って来るつもりはなかったの」


 ナディーネは、今日の出来事を淡々と話す。

 朝食を済ませてから、間もなく家庭教師による授業が昼まで続く。それから昼食を摂るのだが、ナディーネが抜けだしたのはこの時間だった。一日のほとんどに自由時間が存在しない彼女にとって、兵士や侍従、王城で働く人々の多くが休憩に入る時間が、唯一の抜け出すタイミングだと見計らっての行動だ。

 そこから宿屋、シュヴァルベの一休みへ向かった。そして、その宿屋で……。


「………………」


「ナディーネ様、どうされましたか?」


 顔を真っ赤にするナディーネを、アマーリアは心配そうに見つめる。


「まさかお熱が⁉ ただちに水とタオルを」


「大丈夫! 大丈夫だから。ただ、その宿屋でお風呂に入ろうと思ったら……」


 もじもじしながら喋るナディーネだが、長く彼女に使えるメイドはそれだけで得心する。


「ああ、民間に入浴設備が整っているのは稀ですからね。市民の湯浴みは大抵、公衆浴場で済ませますから。まあ、それも結構なお値段になるので、ほとんどの市民は井戸水で水浴するか、ですね」


 或いは、とアマーリアは続ける。


「生活魔法を使って火起こしは可能ですが、あくまで火を点すだけなので、水を張る場所が必要です。更に、ずっと魔法で火を点け続けて湯を沸かすとなると、魔力が保たないので、薪かそれに準ずる物を用意する必要があります。しかし、かなり手間が掛かり費用もかさばってしまうので、それだったら公衆浴場に足を運ぶでしょう。後は……木桶ですくった程度の、少量の水を沸かして湯浴みも可能ですね。料理をする際も、場合によっては湯を沸かしますから」


 そうなんだ、と一言だけ相槌を打ったナディーネは、その後、服を着れなくなってレオポルトに助けてもらったことは、心の内に潜めた。


「でも、お召し物はどうされたのですか? まさか、ドレス姿で街を歩いてはいませんよね」


「それは大丈夫。お兄様の服をお借り……あぁぁっ! まだ返していないわ!」


 そう言い残したナディーネは、街に出掛けた時に着用した服を持ち、部屋を後にした。


「ちょ、ナディーネ様⁉ 紅茶、冷めてしまいますよ……」





 レオポルトは自室の窓を開放し、空を眺めていた。満天に輝く星々は、この世界に来てから感動したものの一つだ。前世の日本でも、場所によっては見ることのできる美しい光景だが、彼にとって星を綺麗と感じたのはレオポルトになってからだった。

 シャルファーもまた、窓枠に座ってレオポルトと同じ一点を見つめる。


「元気ないわね。昼間の女が気になるの?」


「こらー、王女様に対して失礼だぞー」


「人間にとっては地位の高い存在でも、アタシにとっては単なる小娘よ。それはレオ、アンタもね」


「俺は娘じゃない、男だ」


 シャルファーはそれ以上の反論はせず、レオポルトの肩に座席を移した。


「まあでも、アンタがあれ以上やれることって無いんじゃない? それに、関わる理由もないでしょ」


「そうだけどさ。ナディーネ様、城には戻りたくないって言ったんだぜ?」


「アンタがもっと上手く逃げ回れば、叶ったんじゃない」


 シャルファーの言っていることは正しい。少なくとも、反論はできない。レオポルトにとって、ナディーネは自国の王女であり宿屋を訪れた客なのだから、何かしてあげたくても彼女の為になることが分からない。


「いや、待てよ……客か」


 レオポルトは飛び出さんとする勢いで、扉に向かって行き、そしてドアノブに手を掛けた。それをシャルファーが止める。


「待ちなさい! どこ行くの!」


「どこって、ナディーネ様のとこに決まってるだろ」


「はぁ⁉ アンタ分かってる? あの子が……王女がここに来た理由も、城に戻りたくない理由も知らないじゃない。いや、あの子自身が話そうとしなかった。——何も分かってない状態で、何かをしてあげようとするなんて、そんなのは単なるお節介よ!」


 シャルファーの言っていることは正しい。さっきまでは、そのせいで踏み出せなかった。ただ、レオポルトが向かう理由は違う。


「ああ、だから宿屋の従業員として行くんだ」


「はあ? 何言ってんの?」


「料金を支払ってもらう」


 実際に、ナディーネの宿泊代は未払いだ。まだ泊まったわけではないので、レオポルトの理屈が通るのはグレーゾーンだが、料金前払いシステムなのだから筋は通るだろう。


生憎(あいにく)、うちはキャンセルできないんでね」


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