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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
26/26

26話

「それで、結局どうすることにしたの?」


 王城に向かう馬車の中、シャルファーがあくび混じりに訊ねる。

 あの晩、家族にシュネルツァに王国に行くことを認めてもらったレオポルトは、国王の許へ向かっていた。

 あれから一週間が経ち、ナディーネとエーゲルの願いを聞き入れるかどうか、返答する約束の日だ。


「行くことにしたよ。陛下にも、そう伝える」


 てかお前、とレオポルトは右肩に座る妖精を横目に見た。


「この一週間、何も訊いて来なかったけど、気になんなかったのか?」


「別に、アンタがどこへ行こうが関係ないし」


 さっぱりとした物言いに、レポルトは視線を前に戻した。案外、自分のことはどうでもいいらしい相棒に、冷めた気持ちになる。


「アタシだって、同じ場所に行くんだから」


 レオポルトは、瞬時に首を動かして再びシャルファーのことを見やる。

 シャルファーは、大きく目を見開く相棒の視線に、若干たじろいだ。


「……何よ」


「いや……お前、ちょっとは感動すること言えるんだな、って思って」


「どーゆー意味よ!」


 シャルファーの甲高い怒号が、馬車の中にこだまする。レオポルトは咄嗟に、耳を塞いだ。

 当然だが、彼女の声はレオポルトにしか届いていない。そのためレオポルトは現在、はたから見れば唐突に耳を塞いだ奇行、として捉えられる。が、さいわいにも馬車の中に人は居なかった。


「なあ、シャル。いきなり大声を出すの、やめてくれないか。結構、人前でお前の怒鳴り声を我慢するの大変なんだよ」


 ふんっ、とシャルファーは鼻を鳴らす。レオポルトから視線を外し、そっぽを向いた。


「アンタが、アタシのことをちゃんと『シャルファー・ブリック』って呼んでくれるなら、考えてあげないこともないわ」


「分かったから、いきなり大声は出すなよ、シャル!」


「分かってないじゃない‼」


 はいはい、と適当にあしらったレオポルトは、今度は真剣な声音で離し掛ける。


「なあ、シャル」


 これには、さすがのシャルファーも怒声を放ったり、ヒステリックな声を上げない。横目に、レオポルトのことを見据える。


「陛下と話しているうちは、静かにしてくれ。大事な話だから」


「分かったわよ。適当に飛び回って遊んでるわ」


「ありがとう、シャル」


 ふんっ、とシャルファーは鼻を鳴らした。

 そんな馬車の中での会話は露知らず、御者は王城に向けて手綱を捌く。

 馬車に揺られ、城内に辿り着くと待っていたのは執事(一週間前と同じ)だった。そして前回同様、彼に案内される形で国王の自室まで来る。

 陛下は入って左手にあるテーブル、その一角に腰掛けていた。前回と同じ席だ。レオポルトも前と同じく、エーゲルの対面に座る。

 ちなみにシャルファーは約束通り、陛下の自室に入ると同時にレオポルトの肩から飛び立った。自由に部屋の中を飛び回り、気になる調度品の前で停空しては、まじまじとその品を見つめる。確かに、暇つぶしに遊んでいるようにも見える。


「早速で悪いが」


 そうエーゲルが切り出すと、レオポルトの背筋が伸びる。場の緊張感が増す。


「返答を聞かせてもらえるか。貴殿は、ナディーネと共にシュネルツァ王国へ赴いてくれるか」


 レオポルトは一度、大きく息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと溜め込んだ空気を吐いた。速まる鼓動を落ち着かせ、しっかりとエーゲルのことを見据えて話す。


「はい、陛下。ナディーネ様の旅路に、俺もご同行させて頂きたいと思います」


 おお、とエーゲルは満足そうに頷く。


「是非、こちらからも改めてお願いしたい」


 言ってエーゲルは、座ったまま深々と頭を下げる。その所作を目の当たりにしたレオポルトは、勢いよく椅子から立ち上がった。


「そんな、頭を上げてください陛下! 俺も自分のためと言いますか、その……何も陛下に頼まれたから、と言うわけじゃないんです!」


 エーゲルは、ゆっくりと顔を上げる。彼の顔が上がりきったのは確認したレオポルトは、申し訳なさそうに着席した。

 そんなレオポルトの心情を知ってか知らずか、国王は真摯な口調で語りかける。


「俺も、一国の王として頭を垂れたわけではない。一人の父親として、娘の友人に対して礼儀を示しただけのことだ」


 だから、とエーゲルは微笑みかけてくる。


「仲よくしろ、とは言わない。けど、もう少し、俺やナディーネに対する遠慮はよしてくれないか」


「そうは言われても……」


 できるわけがない。

 レオポルトは、返答に窮した。彼とて、ナディーネは王女だが友達とは思っている。そのように接しているつもりでもある。エーゲルが言う、国王として民に接する、ではなく、父親として娘の友人と話している、と言うのも頭では理解している。

 それでも、どんな面持ちで臨もうが、“国王”と“民”の間には亭々たる差があるのも事実だ。


「うん……少し話題が逸れたな」


 では、とエーゲルの眼差しが父親としてではなく、一国の王としてのそれに変わる。

 レオポルトは、しっかりと聞く耳を立て、改めて姿勢を正した。


「旅の道程は……それは、後でナディーネにでも訊くと良い。私からは、出発の日を伝えよう。――それと、ちょっとした物を託す」


 レオポルトは、内心で首を傾げた。何を託されるのかは疑問だが、途中で陛下の話を遮らないように口を閉ざす。


「まずは、出立の日だ。今日から二週間後の、正午を過ぎて2時間後が出発日と時刻だ。もし、御両親にこの件をまだ伝えていないのなら、それまでに頼む」


「はい、両親には既に伝えてありますので、ご安心ください」


 そうか、とエーゲルは話を続ける。


「それともう一つ、お主に渡したいものだが――」


 言ってエーゲルは、机上にあった縦長の箱を手にした。黒色の箱で、中央の辺りに紐が巻かれて梱包してある。

 エーゲルはその箱を、レオポルトの前に差し出した。


「えっと、これは……?」


 戸惑うレオポルトに、国王は威厳ある声色で伝える。


「この中には、封書が入っている。誰に宛てるでもない封書だ。――もし旅路で、どうしようもなく困ったり、行き詰まったりしたら、そのとき一番、信頼がおける者にこれを託すんだ」


 レオポルトは、眼下に差し出された箱を見つめる。陛下から渡された代物だ。本来なら、すぐに受け取るのが礼儀と言うものだろう。だがレオポルトには、エーゲルが言った言葉の意味が分からないでいた。

 レオポルトは、箱から対面の陛下へと視線を戻す。


「えっと……これは、どう言った物ですか?」


「それは言えぬ。先週、話した通り、私は其方の同行を願う理由に、俯瞰して物事を判断できる立場……第三者の立場として、一緒に行ってもらいたいと考えている。このことを、深く話すことはできない。話せば、お主が俯瞰して事の成り行きを見ることができなくなるかもしれないからだ」


 はあ、とレオポルトは相槌を打った。陛下の深慮を汲み取ることはできない。だが、決して聞き流したりはしない。

 レオポルトは、しっかりと陛下の話に耳を傾ける。


「故に、委細を話すことはできない。だが、どうしようもできない状況に置かれた際、それがお主を――ひいては皆を助けるのも事実だ」


 エーゲルは両肘を机上につき、顎を手の甲に乗せる。


「何事も無ければ、それで良しとする。無事にシュネルツァに辿り着ければ、それは燃やしてもらって構わない。木製だから、箱ごと燃える筈だ。シュネルツァ王国に辿り着くまでは、決して誰にも見せるな、渡すな」


 レオポルトは固唾を飲み込みながら、深々と頷いた。

 陛下の言葉が意味するところは、シュネルツァ王国に向かうまで……国境を超えるまでに何かが起こる可能性だ。すなわち、万が一があることを意味している。

 レオポルトでも、そこまでは理解した。が、それ以上のことは彼にも計り知れない。陛下が思い描いていることが分からなかった。


「私からは以上だ。曖昧な事項が多くてすまないが、これ以上は何も話せない。――ナディーネ王女の、そして其方の旅の無事を祈っている」


 そうして、国王の話は終わった。

 エーゲルの部屋を出たレオポルトは、そのまま帰路に就く。ナディーネは丁度、政務に関する勉強をしているところで、会うことができなかった。

 玄関を出、待機していた馬車に乗る。馬車が動き始めた後のこと、右肩に座るシャルファーが口を開いた。


「なんか、不穏な感じよね」


 ああ、とレオポルトは車窓に映る庭園を眺めながら返答する。


「ただ、一緒に行くだけにはならなさそうだ」


「ええ。英雄探し、できるかしら。――それより、王様から貰った箱、開けて見れば」


 レオポルトは、懐に手を当てる。シャルファーの言う通り、全てはこの箱に答えがあるのかもしれない。エーゲルが言及しなかったのも、この箱……中に入っている封書のことだ。

 封書に書いてある内容を確認すれば、陛下の真意を汲み取ることができるかもしれない。けど……、


「それは、陛下との約束を裏切ることになるから、絶対にしない」


 エーゲルは、何事も無ければ破棄しろと言った。それが国王としての命ならば、レポルトが従わない理由はない。


「ふーん、そう」シャルファーは、つまらなさそうに呟く。レオポルトは、そんな相棒を横目に見やりながら言う。


「何があるか分からないけど、英雄探しのときは、お前のこと頼りにするからな」


 拗ねていた様子を見せていた妖精も、この言葉に反応し、相棒の人間のことを見やる。


「ええ、任せなさい!」


 そうこうしているうちに、馬車はレオポルトの家――シュヴァルベの一休みへと到着した。





 月日が流れるのは早いもので、あっという間に二週間――シュネルツァ王国に向け、出立する時刻が訪れた。

 レオポルトは宿屋の玄関……すなわち、自宅の玄関の前で待機している。そこには、レオポルトを見送るため、彼の両親も一緒に居た。後はちらほらと常連の客たちが、興味本位でレオポルトたちを囲んでいる。

 目が潤んで、我が子の旅立ちを泣く泣く了承した母、逆に表情を変えずに息子の旅立ちを見送る父、そして喧騒を立てる常連どもが、シュヴァルベの一休みの出入り口を占領していた。

 そんな中、王城方面からどよめきが聞こえてくる。その喧しさは次第に宿屋まで伝播していき、歓声が最高潮になった頃合いで、宿屋の前を馬が通り過ぎた、戦前と並んだ馬には、鎧に身を包んだ者らが騎乗している。その後ろを、豪奢な馬車が櫛比していた。

 殆どが二頭立ての馬車で、揃った速度で街門のほうへと進んで行く。レオポルトを含め、その場に出くわした皆は、この行軍に呆気に取られていた。そして列の中ほど、ひときわ豪華な装飾を施された四頭立ての馬車が、宿屋の前で停まる。

 馬車の扉が開き、階段のようなものが広げられる。そのステップを使い、軽やかに降りて来たのは、アマーリアだ。アマーリアは馬車を降りると、今度は主人であるナディーネ王女の降車を、自身の手を添えることによって手伝った。

 馬車を降りたナディーネは、数歩の距離を歩き、レオポルトの許へと来る。


「お迎えに上がりました、レオポルト様」


 微笑みかけてくる王女に対し、レオポルトは深々と頭を下げる。


「光栄でございます」


 レオポルトが頭を上げるのを確認したナディーネは、彼が持っている大きな荷物について言及する。


「旅の荷は、侍女が乗っている馬車に」


 そうナディーネが言うと、四頭立ての馬車の一つ後ろ――二頭立ての馬車へと手で合図を送った。すると、その馬車で控えていた侍女が降りてくるや、そそくさとレオポルトから荷物を貰う。そして、レオポルトが何も言う隙も与えぬまま、侍女が乗っていた馬車より、さらに一つ後ろの幌馬車へと荷物を詰め込む。

 レオポルトは、申し訳ないと思った。いくらナディーネに同行するとは言え、自分は貴人ではない。だが、荷物を返してもらうのも何か違う気がするので、これ以上は考えないことにする。

 列をなした馬車を見渡したレオポルトは、疑問を口にする。


「俺は、どこの馬車に乗ればよろしいでしょうか」


 さすがに、歩いて行けとは言われまい。

 ナディーネは半身になり、上品な動作で四頭立ての馬車を指し示す。


「私と同じ馬車です」


「え?」


 思わぬ答えに、レオポルトは間が抜けた声を漏らした。彼の反応が意外だったのか、ナディーネも少し驚いた表情をする。


「嫌……でしょうか?」


「いや、そんなんじゃないです!」


 ナディーネと一緒に居るのが、嫌と言う訳ではない。ただ、まさか王女と一緒の馬車に乗るとは、想像もしていなかっただけだ。

 レオポルトは、内心で首を横に振る。

 あくまでも、レオポルトとナディーネは“友達”だ。身分の差はあれど、友人同士が一緒に行動するのは、おかしな話ではない。


「では、どうぞ」


 ナディーネは、流麗な所作で馬車までレオポルトを導く。レオポルトは流されるがまま、ステップに片足を掛ける。そのまま馬車に乗ることはせず、後ろを振り返った。

 最初に視界に映り込んだのは、やはり両親の姿だ。エミーはしくしくと泣いており、最後の最後まで、レオポルトが隣国へ行くのを反対している様相だった。だが、それでも息子の出立を見送ろうと、顔を上げている。ジーファスは、相変わらず表情を変えていない。どう言った感情なのかは分からないが、レオポルトのことを見送る姿に、嘘はない。

 続いて目に入ったのは、客たちの姿だ。彼らには、事情を話している者もいれば、そうでない者もいる。だからこそ反応はまちまちで、笑顔で送り出す者もいれば、呆気に取られている者もいた。

 レオポルトは、見送りをしてくれている皆に向かって一言。


「行ってきます」


 そうして彼は、馬車へと乗り込んだ。

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