23話
「お前、今度は何をやらかしたんだ……?」
王都のメインストリートに面して店を構える宿屋、シュヴァルベの一休み。その店の1階で、店主(レオポルトの父親)であるジーファスが、問いただすような低い声を放った。
彼の息子であるレオポルトは、カウンター席の端っこに座りながら父がしてきた質問を聞いた。
レオポルトは、カウンター越しに居るジーファスへと身体を向ける。
「何の話?」
「こいつだ。――朝っぱらから城の使いが来て、これを渡してきた」
そう言うジーファスは、手にしていた紙をヒラヒラとさせながら見せつける。一目で上質な紙を使用していると判断できる。
「それは?」
「王城への召喚状だ」
レオポルトは、目を見開いた。
普通、一介の民に過ぎないレオポルトが王城へ呼ばれることはない。彼自身、ナディーネ王女と知り合いではある。しかし、まだ城へ呼ばれたことはなかった。だからレオポルトは、今一つ状況が飲み込めずにいる。
「あの王女、久しぶりにレオに会いたくなったんじゃない?」
レオポルトの右肩でくつろぐ妖精――シャルファーが、あくび混じりにぼやいた。彼女の姿はレオポルト以外には視認できないし、声もレオポルト以外は聞こえない。そのためレオポルトも、近くに人が居る場所ではシャルファーの言葉にはいちいち反応しない。
ただ、胸中では妖精が言ったことに対して答えていた。
(『招待』ではなく『召喚』だもんな)
ジーファスは、確かに『召喚状』だと言った。もしナディーネが呼んだとするのなら、『招待状』になるのではないかと思う。
うーん、と内心で首を捻ったレオポルトは、父に向けて言う。
「とりあえず、その召喚状とやらをくれ。部屋でゆっくり読んでみるよ」
客も居なくて暇だし良いだろ? と、レオポルトは付け足した。
まだ正午までは3時間くらいある。酒場が混むのは、昼時と夜間だ。2階の宿に泊まっている客からは時々、呼び出されるかもしれない。だが、朝方は別だ。宿泊客の大半は、朝食を済ませた後、出立する。宿を去らなくても、部屋で何かをするか王都を見て回るかだろう。この時間帯は、あまり忙しくない。父と母だけで手が回る。
そのことを分かっているジーファスは頷き、息子へ召喚状を手渡す。
「ああ、そうしてこい」
ありがとう、と紙を受け取ったレオポルトは、そのまま席を立って酒場を後にする。酒場を出て左にある階段を使い、3階の自部屋へと向かった。
部屋へと入ったレオポルトは、壁際にあるベッドへと歩を進め、腰を掛ける。同時に彼の肩に乗っていた妖精が、美しい羽を羽ばたかせ飛び立つ。
レオポルトは召喚状の封を開け、中に入ってあった手紙を広げる。手紙を読み進める彼の顔の横で、妖精が停空する。
「それで、レオ。なんて書いてあるの?」
人間の字が読めないシャルファーは、答えなさいと言わんばかりにレオポルトへと訊ねる。
「まあ、内容は俺を城に呼びつけることだな。――突然の連絡、失礼する」
間接的にしろ、こうして貴殿と関わるのはいつぶりだろうか。先に明言しておくが、今回は父親として、この手紙を送る。それ故、召喚状として送ってあるが、来訪の判断は貴殿に委ねる。
さて本題だが、此度は貴殿に頼み事があってこのような手紙をしたためた。内密にしたい事柄のため、書面に記すことは控えさせてもらう。だが、これだけは言わせて頂こう。ナディーネに関係することで、其方……レオポルトに願いを聞き入れてもらいたいと考えている。
再度言うが、これは強制しているわけでもなければ王命でもない。この召喚状に応えるかどうかも、貴殿の自由だ。当然、話を聞くだけ聞きに来てくれても構わない。ナディーネも、其方に会いたいと思っているだろうから。
「だとさ」
レオポルトの音読を聞いた妖精は、「ふーん」と興味なさげに言う。
「何でも良いけど、おうじょう?の料理がまた食べられるってこと?」
「……お前、図々しい奴だな」
ジト目でシャルファーのことを見たレオポルトは、再び手紙へと視線を戻す。そして、目を大きく見開いた。
「って、これ今日の話か⁉」
召喚状には当然、日程も記載されていた。日付は本日、時刻は正午となっていた。正午より前に、使いを送るとも書いてある。
――あまり時間がないな。
その辺に出掛けるだけならともかく、行き先は王城だ。身だしなみは勿論、心の準備もしなくてはならない。2回ほど城に足を踏み入れた(しかも、一度は王女のベッドで睡眠を取った)彼だが、あの聖域じみた空間に慣れることはない。
レオポルトは、大きく息を吸う。そして、一気に吐き出す。
「行くぞ、シャル」
「別にアンタに頼まれなくてもついて行くわよ。――てかそれより、そろそろアタシの名前を略すの止めてくれない」
「さて準備準備と」
「無視⁉」
それからレオポルトは、急いで身支度を始めた。身だしなみを整え、彼が持っている服の中で一番、綺麗で品格のある服を選ぶ。可能な限りで、正装を施した。
何度も身なりを確認し、そうしている間に迎えが来る時間が迫る。
「よし」と気合を入れたレオポルトは、部屋の窓枠で暇そうにしている妖精に視線を移す。
「おい、シャル。行くぞ」
この声で目を覚ましたシャルファーは、思い切り伸びをした。そして、あくび混じりに答える。
「分かった。てか、略さないでくれる? まあ、どうせ言っても無駄なんでしょうけど」
寝起きの妖精は羽ばたき、レオポルトの右肩へと降り立って座り込んだ。それを認めたレオポルトは、速まる鼓動と共に部屋を出て階段を下りて行った。
1階へと下りたレオポルトは、酒場へと顔を出す。もうすぐ昼時なので、客は若干だが先程よりも増えている。昼間から酒を貪る常連や、純粋に腹を満たしに来ている客達を横目に、カウンターに立つジーファスの許へ向かった。
「父さん、ちょっと王城に行って来る」
息子の言葉を聞いた父親は、呆れたようにため息を吐いた。
「城って、そんな簡単に行けるような場所じゃないと思うんだがな……」
まあいい、とジーファスはレオポルトの背後を指差す。レオポルトは、後ろを振り返った。
父が指差した先は、大通り側の窓際に並んでいる二人掛けの席……そこの中央だった。その席には、品位の高いマントに身を包んだ男が二人、対面になって座っている。
「すでに迎えが来てる。あまり待たせるんじゃねぇ」
そう告げたジーファスは「全く……何で俺の息子は、城から呼ばれるような人間になってんだ?」そう言いながら、厨房へと入って行った。
レオポルトは、父親から教えてもらった席へと赴く。そして、流れるような動作で軽い会釈をした。
「お待たせして申し訳ありません」
レオポルトが近づいて来たのを察していた二人の男は、すでに席を立っている。彼らは恭しい所作でレオポルトへと身体を向けると、深々と頭を下げた。この動作に、レオポルトは――表には出さないが――たじろいだ。自分はそんなに大層な人間ではない。だが彼らからしたら、王が呼び出した人物に礼節を軽んじる訳にはいかないのだろう。
同時に上体を起こした二人のうち、レオポルトから見て右に立っている男が口を開く。
「お待ちしておりました、レオポルト様」
「様⁉」
「陛下の召喚には応じてくださると言うことで、よろしいでしょうか?」
レオポルトは、恐る恐る頷いた。
「では、こちらへ――表に馬車を回してあります」
「馬車……?」
そう言うと、男達はレポオルトを案内する形で店を出ようと歩を進める。レオポルトは呆気に取られながら、彼らの後ろをついて行く。
「どうしたの、レオ?」
酒場に置かれたテーブルを縫うようにして歩く最中、肩に乗っている妖精が訊いた。彼女と話すとき、傍から見ればぼそぼそと独り言を言っているように見える。そのためレオポルトは、口パクで返答する。シャルファーなら、相棒の言いたいことぐらい音が無くとも解るのだ。
(いや、何て言うか。『様』って付けられたの久しぶりだなって)
「ああ、そーゆーこと。普段は誰からも、様付けされないものね」
(それが普通なんだよ)
そんな他愛もない話をしていると、先頭の男が店の出入り口……すなわち、玄関を開けた。いつもなら、扉を開けば大通りの喧騒が店内へと押し寄せて来る。が、今回は違った。
玄関の正面には2頭立ての馬車が、城のほうへ向いて鎮座している。そんな乗り物を、通行人は珍奇な目で一瞥しながら通り過ぎていく。2人以上で連れだって歩いている者達は、馬車を指差しながらぶつぶつと何かを話している。
宿屋――シュヴァルベの一休みの前は、いつもの喧騒とは打って変わってざわめきが広がっていた。そんな雑音をものともせず、先行する男達は、馬車の扉を開く。「どうぞ」と一人の男が言い、レオポルトを貴人の如く馬車の中へと誘う。
導かれるがまま馬車へと乗ったレオポルトは、進行方向を向く形で座席に腰を下ろす。二人の男は乗り込まず、扉を閉めるとそのまま御者台へと上がった。
呆然とするレオポルトにお構いなく、馬車は走り出す。妖精が肩に居ること以外、変哲もない一人の民は、呆気に取られながら揺れる馬車に身を任せていた。
⁂
王城は、王都の中心にある。王城と言っても、君主が居る城のことだけを指すこともあれば、兵舎から臣までの居住区も含めて王城と言う場合もある。ただ前者の場合、王宮と言う言い方もする。
レオポルト達を乗せた馬車は城門を潜り抜け、城内の東端に位置する王宮へと辿り着いた。馬車が停まると男達がすぐさま御者台から降り、レオポルトが手間なく降車できるよう扉を開けた。
レオポルトは、流されるがまま馬車を降りる。ちなみにシャルファーは、レポルトの肩の上で器用に寝ていた。かと言ってレオポルトは、彼女に気遣う所作はしない。妖精が自分の肩から落下したところで、それはそれで構わない。すぐに目覚めて、すぐに追いかけてくる筈だからだ。
馬車を降りて左を向くと、王宮の玄関が見える。扉の前には、執事らしき男性が姿勢を正した流麗な佇まいで待ち構えていた。
レオポルトを送迎した男達に先導され、玄関の前まで行く。そこで二人の男は、それぞれ左右に逸れ、レオポルトの行く道を開ける。同時に、執事が深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、レオポルト様」
上体を上げた執事が、続けて言う。
「どうぞこちらへ」
身を翻した執事は、玄関を開けた。扉を抑えながらレオポルトへ身体を向けると、「どうぞ、お入りください」と手振りでレオポルトを案内する。
レオポルトは少し委縮しながら、王宮へと足を踏み入れた。ここに来るのは3回目だが、初めて正式な招待で来訪した気がする。
扉を閉めた執事が颯爽とレポルトの正面に移動し、「こちらへ」と言いながら歩き始める。執事の後に続いて歩を進めると、中央にある階段を上る。踊り場で左右に分かれる階段なのだが、ここを右へと曲がり2階へと上がる。そこから同じく右へと進路を取り、突き当りをまた右へ行く。すると、3階へと続く階段が現れた。こちらは踊り場は無く、一直線に上の階まで通じている。
先導する執事は、階段を上り始める。当然、レオポルトも後に続いた。階段を上りきると、今度は左へ折れる。突き当りをまた左へと進み、最奥まで直進する。すると、通路が左右に分かれていた。
レオポルトは、左を向く。彼の視界は、見覚えのある通路を捉えた。
この廊下を、レポルトが見ているほうへずっと進んで行けばナディーネの部屋に辿り着く。しかし今回は、そちらへは行かなかった。
執事は岐路を右へと進む。レポルトは、ナディーネの部屋があるほうを後ろ目に見ながら後に続いて行く。彼らが歩んでいる廊下は、左手に等間隔で採光用の窓が設置されている。窓と窓の間には、いくつか部屋が並んでいるのだが、執事が足を止めたのは、突き当りを右に曲がってから5番目の部屋だった。
部屋の前には女性の使用人が二人おり、そのうちの一人が部屋へと入る。しばらくして部屋から出てきた使用人が、「どうぞ中へ」と淡泊に告げた。そして二人の使用人は、両開きの扉を片方ずつ開き、レオポルトに道を作る。ここで執事の案内も終了のようで、レオポルトの行く手を邪魔しないように端へ避けた。
レポルトは腰を低くしながら入室する。
「失礼しまぁ~……す」
軽く会釈をしながら入り、室内を見渡す。まず目に入ったのは、入り口の対辺にある窓だ。アーチ状の窓から王都を眺望できるのは、容易に想像できる。差し込む光は国王を讃え、開け放たれて入ってくる風は、民の声を運んで来ることだろう。それからは、質素ながらも高価であることが一目で判別つく家具や調度品が視界に入る。
国王陛下であるエーゲル・ジユ・ブルファーナは、レポルトから見て左側の壁沿いの中央部付近――四人掛けのテーブル席(壁際ではない席)に座っていた。
「待っていたよ、レオポルト・クリューガー」
国王陛下――エーゲルを認めたレオポルトは、深々と頭を下げる。
「お待たせして申し訳ありません、国王様」
「いや、そんな礼儀正しくする必要はない。――まあ、掛けてくれ」
そう言ったエーゲルは、自身が座る対面の席を勧める。「すみません、失礼します」と、よそよそしく返したレオポルトは、足早に勧められた場所に着席する。
「それで……」と、エーゲルは切り出す。
「今一度、これだけは断言させてくれ」
エーゲルは、組んだ手をあごの前に持っていき、机上に両肘をついた。
「今回、私は……いや俺は、いち父親として、レオポルトに頼み事がある」
そんな、とレオポルトは謙遜の表現として両手を振る。
「一国の王である方が、一介の民に過ぎない俺に“頼み事”なんて……。何か命を下すとかの間違いでは」
「いや」エーゲルの言葉に力が籠る。
「書状にも明記したが、一人の父親として君に頼みがある。だからこそ、聞くだけ聞いて断ってもらっても構わない」
ただ、とエーゲルは続けて言う。
「城内でも一部のものしか知らない事情のため、口外は絶対にしないでもらいたい」
「そんな話、俺にしても良いんですか?」
実際にそうだ。娘――ナディーネに関係する事と手紙には書いてあったが、彼らは王女と民と言う関係性だ。お互いに友達だと認識していても、どこか心の内では打ち解けていない。少なくともレオポルトは、そう思っている。
仮に娘の友人への相談だとしても、国の内幕を民に話すとも思えない。レオポルトが訝しみながらいると、エーゲルはこちらの胸中を察したかのように話し始める。
「そうだな……何と言うか、俺も誰を信じれば良いのか分からなくなったんだ。無論、ナディーネを疑う余地はない」
問題はそれ以外だ、とエーゲルは続ける。
「臣の言を全て鵜呑みにするのは、自身で何も決断ができない暗君だ。逆に臣の言葉に耳を傾けず、独断して事を進める。これもまた暗君だ」
彼が言わんとする真理を、レオポルトは汲み取ろうとしたが分からなかった。だからと言って、エーゲルの言葉を聞き流したりはしない。
「では明君とは何だ。臣にも民にも慕われ、支持され、誰よりも聡明で国をより豊かなほうへ持っていく王のことか? もしそうだとしたら、俺はそんな賢者みたいな国王にはなれない」
レオポルトは、咄嗟に何か言おうと口を開く。だが、下手な慰めをしたところで、何も事情をしらない自分の言葉など無意味だろう。そう思ったレオポルトは、何も発さずに口を閉ざした。
「だからな、レオポルト。俺は第三者の目が欲しいんだ」
「第三者、ですか?」
ああ、とエーゲルは頷く。
「近々、ナディーネは隣国……シュネルツァに使節として向かわせることになった。だが、それは表向きの理由に過ぎない」
エーゲルは声を低くして続ける。先程より森厳さが増し、レオポルトの身も自然と引き締まる。
「本当の目的は、シュネルツァの動向を探る事にある」
それからエーゲルは、今に至るまでの経緯を説明してくれた。
王都に魔物の群れを放ったのが隣国のシュネルツァ王国である可能性が浮上したことから始まり、件の国の内情を探るべくナディーネ王女を向かわせるのが有効だと言う結論に至ったこと。エーゲル自身、ナディーネを向かわるのに王としては賛成していても父親としては反対する気持ちでいることも打ち明けてくれた。
エーゲルは、事の全容を話し終える。彼の話を聞いていたレオポルトは、口をあんぐりと開けていた。そして、今しがた使用人が運んで来てくれた紅茶を口に含む。平静を保とうと努める。
ごくりと口に入れた紅茶を飲み込んだレオポルトは、「それで」と切り出す。
「陛下は、何を“頼みたい”のですか? 私にできることなら協力させて頂きます。ですが、一般人の私が、期待に応えられるかは分かりませんが……」
エーゲルは、レオポルトが言ったことに頷いてみせる。
「ナディーネのシュネルツァ王国訪問に、同行してもらいたい」




