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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
21/26

21話

「それは、(まこと)か? その言が正しければ、隣国とは戦争になりかねん!」


 ブルファーナ王国——謁見の間。

 部屋の入り口から点に見えるほど遠い玉座は、大理石でできた段を(とお)ほど上ったところにある。そのため、現国王であるエーゲルは部屋の床面よりも高い位置から、先程のことを言った。低く、それでいて射殺さんとする声音は、段の最下あたりで(こうべ)を下げて跪く男を戦慄させる。


「はい。見張りをしていた衛兵の証言を基にしましたところ、やはり我が国のどの軍の兵が着ている鎧ではありません。そうなると、隣国の兵かと思われます」


 先日のことだ。南北から締めて100匹を超える魔物の群れが王都に襲来した際、南の見張りを担当していた衛兵——王都では常時、東西南北の城壁か櫓で見張りをしている——が、魔物とは別に、人を見たと言う。彼の証言を基に、件の人物が着ていた服装を絵にしたところ、鎧を着用していたことから軍人なのは判明した。しかし、それがどうにも、ここブルファーナ王国の、どの軍が着用している鎧でもない。

 そこで宮中伯と呼ばれる貴族の面々が、論議の末「これは以前、シュネルツァ王国の使者が連れて来た部下の一群が着ていた鎧だ」、ブルファーナ王国に接しているシュネルツァ王国が、外交のために訪れた際のことを思い出し、そのような結論を陛下に報告した。

宮中伯は各々で部下を持ち、王都の王城内に常駐しては陛下の国務を補佐し、政務を執っている。今日、国王に報告へと来た男も宮中伯で、名を『ヒンター・リスト・ダルティアンテ』と言う、年若い男だ。

 ヒンターは特に外交を主として動いている。隣国が関わるとなれば自分が適任だと、陛下の前に馳せ参じた。

 報告を受けたエーゲルは、苦渋を顔に浮かばせる。

 謁見の間が、静寂に包まれた。赤い敷物が玉座から扉まで敷かれ、それに沿って国王の護衛をする兵も整然と連なっている。ここに居る誰もが口を開かない。護衛は素より、ヒンターも陛下の御言を粛然と待つ。

 ややあってエーゲルが「して、其方はどう見る」右肘を玉座の肘掛けに置きながら、目下の臣に問う。


「はい。憚りながら申し上げますと、まだ隣国の敵意と断定するには早計かと。『隣国の鎧を着た兵を見た』と言う証言だけでは、いかようにも覆せます。例えば、鎧を模倣するなど、いくらでも手段は考えられます」


 だろうな、とぼやいた国王は、玉座の背もたれに体重を預けた。今度は両腕を肘掛けに置き、一つため息を吐く。

 気が抜けたようなため息だったが、張り詰めたヒンターの緊張は解けない。頭を下げているためエーゲルの所作は見えないが、彼が厳かである様は想像がつく。

 エーゲルは目下の臣を見据えながら、判断を下す。


「シュネルツァに使者を立てよう」


「しかし、陛下。今回の件で使者を送ろうものならば、それは明らかにシュネルツァの責を追求するのでは?」


「いや、それは当然、避けたい」


 今回のことをそのままシュネルツァに伝えれば、それは確実に、シュネルツァ王国がここブルファーナ王国に魔物を放ったことを言及することになる。しかし、もし本当だとしたら、


「そもシュネルツァ王国は、魔物を統べる技術を有しているのか」


「それは……」


 ヒンターは返答に窮した。当然、たった今エーゲルより放たれた疑念は、宮中伯で議論を交わす際にも机上に上がったことだ。

 普通、と言うよりも世の常識として、魔物は、家畜を筆頭とした他の動物のように、人になつくことは絶対に無い。生け捕りにした魔物を、学者が飼い馴らそうと(ため)した例はあるが、誰も成功はしていない。本当に魔物で判明していることと言えば、人間や動物を襲うことと、決して殺した獲物を食さないことだ。後は、同族同士で争っているところも確認はされていない。生け捕りにした魔物で主食を調べてはいるが、どんな餌を出しても魔物が口にすることは今までで無かった。加えて餓えて死んでもいない。

 そんな魔物を、人の手で統率することは不可能だとせざるを得ない。だが今回は、シュネルツァ王国の兵の鎧を着た人物を目撃したのも相まって、魔物を使役した可能性も視野に入れる必要がある。そのため、宮中伯でまとまった意見はこうだった。


「魔物を研究する学者の意見も交えましたところ、やはり人間が魔物を使役するのは不可能とのことです。ですが、捕らえた魔物を目標に向かって仕向けるのは、不可能ではないでしょう」


「ほう?」と、エーゲルは先を促す。


「檻に閉じ込めた魔物を、標的となる場所まで運んで来て、その場で魔物を解き放つのです」


「……だが、今回ばかりは無理であろう」


 ええ、とヒンターは承知のうえで言った。

 そもそも、100匹を超える魔物を隣国から搬送することは不可能だ。それほどの数を持って国境に近づいたら、関所を超えることはまずできない。仮に突破したとしても、シュネルツァ王国との国境からブルファーナの王都までは距離がある。誰にも怪しまれずに主要都市を突破するのは、考えられない。

 仮に全ての難所を突破して王都まで来たとしても、やはり魔物を調教して飼い馴らすのは不可能、と言う結論に辿り着く。使役していない魔物を解き放てば、近くにいる兵士はすぐに骸と化すだろう。そう、魔物を操る術を持たない限り、シュネルツァ兵の鎧を着た輩を見た、などと言う証言はでない筈だ。


「どちらにせよ、使者を立てるべきか」


「はい。その場合、どのような用件でシュネルツァに向かわせますか?」


 エーゲルは、深く考え込む。


「外交……であろうな。子細は(のち)に、書状と共に人を遣わす」


「承りました」


 さっと立ち上がったヒンターは、玉座に鎮座する王に向かって恭しく、そして深々と頭を下げる。一連の所作に乱れはないまま、身を翻して謁見の間を後にした。




 ——3ヶ月後。

 ブルファーナ王都の城内には、王宮とは別に宮中伯が寝泊りする、『臣邸(しんてい)』と呼ばれる建物がある。これは城内に常駐する宮中伯のための邸宅で、しっかりと一人一人に設えられている。城内でも北の辺りに点々と存在する臣邸から、王宮の方に向かう。すると途中で王宮に次いで大きな建物があるのだが、これは宮中伯が働く仕事場である。

 宮中伯の一人一人に執務室があり、議論をする会議場も部屋としてある。時々、朝議として国王も訪れる部屋だが、今現在は宮中伯の面々が揃って口を閉ざしていた。

 重い沈黙が、場を包み込む。


(ああ、どのように陛下に報告をすれば良いのか……)


 そう、ヒンターは胸中で吐いた。中央にある丸テーブルを囲んでいる宮中伯の誰しもが、考えていることだ。

 ——使者が、帰って来なかった。

 シュネルツァ王国からの帰り際から、音信が途絶えたのだ。


「帰り際、と言うのに間違いはないのだな?」


 切り出したのは、ヒンターの対面に座る老いた宮中伯だった。これには、外交の政務を担当しているヒンターが答える。


「ええ、滞りなく。しっかりとシュネルツァを発つまでの文は届いております」


 他国に使者を出す際は万が一のことも鑑みて、要所要所で近況報告を手紙にしたためる。それを早馬によってヒンターに送り、その後に彼がエーゲルに状況を報告すると言う手順を踏んでいた。使者がシュネルツァ王国を発つときまでの早馬は戻ったが、それ以降、文が届いていない。

 本来なら、国境を越えた次の宿泊地で早馬を出す予定だったが、その早馬が一向に戻っていない。音信不通になった時期も重なり、さすがに宮中伯の面々は、シュネルツァ王国が犯人、だと思ってしまった。しかし、断定はできない。証拠がないからだ。


「ならば、シュネルツァが“黒”で確実であろう」


 今度は、ヒンターの隣に座る者が口を挟む。

「いいえ」ヒンターは言いながら、隣の宮中伯に顔を向ける。


「そのように決めつけるのは早計でしょう。第一に、何かを断定するには判断材料が少なすぎる」


 そうだ、そうだな、と他の者らが顔を見合わせながら頷き合う。

 そんな中、また別の者が声を上げた。


「報告として送られてきた文に、子細は書いていなかったのか?」


「ええ。情報の漏洩を防ぐため、シュネルツァの動向は帰着した後、直接、私に報告する予定でした」


「では、失踪したのが不思議で仕方ない」


「何かヒンター卿にも口外できないような、秘密を抱えてしまったのではないか」


「それは、姿を消す理由にはならんだろう」


 多様な考えが、会議場に出る。試案を巡らせ唸る者も居た。円卓を視線で一巡したヒンターが、皆の議論に口を挟む。


「ここであれこれを唱えようと、空論に他なりません。『シュネルツァに向かった使者が消息を絶った』。この事実だけを、陛下に報告すべきだと、私は思います」


 皆、ヒンターの意見に賛同の意思を示した。


「それで、消息を絶った者らの捜索は?」


 この問いにも、ヒンターが答える。


「現在、滞在予定地となっていたエンシュダイア城の——ケーニヒス・モルト・フェアヴェーズング辺境伯が、兵を挙げて捜索をしています。——そのような報告を、辺境伯の使いからは受けております。我々も兵を動かし、私の部下の救助を願いたいのですが」


 ヒンターの視線に合わせ、場の者の視線が老いた宮中伯に集まった。今や老体となった彼は、全盛期の頃は軍で活躍をしていた。今はこうして現役の兵を引退し、宮中伯として、主に軍事関係の補佐をしている。


「私では、勝手に王軍を動かせんよ。其方が陛下に報告へと行った後ならば、もしかするかもしれんが……」


「分かりました」と、ヒンターは席を立つ。


「私が、陛下に申してみましょう」


 言ってヒンターは、会議場を後にした。



 宮中伯の意見が一致した直後、ヒンターは謁見の間でエーゲルに報告を済ませた。

 玉座の目下で跪いているヒンターは、国王陛下の言葉を待つ。僅かな時間ですら、整然と並んだ兵から感じる圧迫感は、心臓が飛び出るに等しい。


「それで、何人が消えた?」


 ヒンターは、すぐに返答する。


「はい。使者が1名、侍者が15名、護衛が30名——計46名の消息が絶えています。今、宿泊予定地となっていたエンシュダイア城のケーニヒス・モルト・フェアヴェーズング辺境伯が、兵を挙げて失踪者の捜索を行っております……。そこで、陛下」


 何だ、とエーゲルは訊く。


「陛下の御手を煩わせてしまい恐縮ではございますが、どうか王軍を動かしていただき、私の部下の救出を願いたいのです」


「無論、そのつもりだ」


 頷いたエーゲルは顔を右に向け、遠く広がった先の空間を見る。見据えられた部屋の隅には、数人の召使いが控えていた。


「誰か、この事を伝えよ」


 陛下の言葉を受け、一人の召使いが恭しく一礼をする。そして、その者は何を確認するでもなく、迷わず扉に向かって歩き出した。

 主の身辺の世話をするのが彼らの務めだが、こうして使いとしての役割を仰せつかることも多い。そのため、宮中伯をはじめ城内で務める者達の顔と名前を憶えていなければならいでいた。今回もエーゲルに言われた瞬間、軍事関係を政務とする、老いた宮中伯に伝えるのだと瞬時に理解した。

 召使いが歩き去るのを認めたエーゲルは、


「……遺憾、であるな」


 落胆のため息を一つ吐いた。


「もし、これが隣国の仕業となると……」


 エーゲルは、その先の言葉を飲み込んだ。ヒンターもただ、はい、とだけ答える。


「隣国の鎧を着た兵が我が国に魔物を連れ込んだ疑いが浮上し、使者を派遣してみれば、帰路の途中に行方が知れず。いったい、シュネルツァは何がしたいのだ……? いや、そもそもシュネルツァが関わっていることすら不確かではあるか。——全く、遺憾である」


「ええ。陛下が仰る通り、全ては我々が空想で語っていることなのでございます。——しかし、いずれにせよ、我々の目をシュネルツァ王国に向けようとしている様相かと」


「どの道、我が国とシュネルツァの関係を悪化させるのが目的か。だとしたら、解せない」


 エーゲルは肘掛けを使い、あごに手を当てる。


「そも、これがシュネルツァ自体の企てなら、直接にでも開戦を宣言……いや、されても困るのだが、それで話はつくであろう」


「はい。仰せの通りにございます」と、ヒンターが間に言葉を挟んだ。


「シュネルツァが、何かしらの理由で我が国の宣戦布告を誘導しているのか、或いは……二国間による戦争を望む、第三者が関わっているのか。其方はどう見る」


 はい、とすぐさまヒンターが返答をする。


「前者の場合は——難題ではありますが——最終的に、シュネルツァがそうする理由、を探れば結論に至れます」


 しかし後者の場合、とヒンターは言いながら、段々と声色に(かげ)りが帯びていく。


「事態は複雑でありましょう。第三者が何者なのか、痕跡が無いまま、暗躍する人物を特定しなければならないのですから」


「疑うなら、バーロアンス、か」


 ここブルファーナ王国の南西には、もう一つの隣国、バーロアンス王国と言う国がある。ブルファーナと地続きである国は、シュネルツァとバーロアンスしかない。そうなると、エーゲルの中で必然と挙がってくる存在は、南西に位置する隣国のほうだ。


「しかしながら、陛下。バーロアンスがそうする理由は何でございましょう?」


 うーん、とエーゲルは唸りながら腕を組む。


「やはり、其方が申したように、全てを空想で語っているに過ぎぬようだ。——それで、次はどうするのが最善だと思う?」


 エーゲルは試すように、目下の臣に向かって(はか)る。

 ヒンターは一瞬の間を置き、


「はい、ナディーネ王女を使節として派遣することを具申致します」

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