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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
20/26

20話

 その後は、またしばらく二人の会話が続いた。どこを移動するわけでもなくずっとナディーネの部屋に居るので、新しい話題は生まれない。

 しいて新しいことと言えば、侍医が訪れてレオポルトの腕を首から下げるように包帯で巻いて固定したくらいだ。それ以降は、レオポルトとシャルファーが会話をするが、話に花は咲かない。次第に口数も減っていき、空が藍色に染まる頃、ナディーネが部屋に帰って来た。

 ナディーネはベッドの脇に据えられた丸椅子に、腰を降ろした。レオポルトが顔だけを右に向けて、ナディーネを見る。


「すみません。今、ベッドを空けます」


「いえ。私は別の部屋で就寝を致しますので、レオポルト様はどうかそのままで」


 そう言う訳には、とレオポルトは首を振る。


「いくら両親に連絡してるとは言え、そんなに長くお世話になるのも気が引けます」


「やはり、王族と民の隔壁は、易々と崩れませんね」


 そう吐露したナディーネは、どこか寂しげだった。レオポルトが、すかさず言葉を付け足す。


「それは……そうかもしれませんけど、でも他にも理由があるんです」


 理由? とナディーネが訪ねてきた。


「早く家に帰りたいんです。ああ、別にここに居るのが嫌だとかじゃなくて、むしろ普段とは違った生活感は楽しいですし」


 でも、とレオポルトは続ける。


「早く父さんと母さんの顔を見て安心したいし、安心させてあげたいんです」


 ナディーネは笑みを作ると、


「やはり、羨ましいです」


「すみません」


「謝るようなことではありません。素敵だと思います。——でも、今日は夜も更け始めていますので、御帰宅は明日でもよろしいのでは?」


 怪我の処置は済んでいる。侍医の診断によれば、2週間も安静にすれば違和感がなくなるだろうとのことだった。魔法によって傷口は塞がっているが、痛みを抑えるのは薬に頼る他ない。日常生活においたら、固定もされているので左腕は全く扱えなく、支障しかないだろう。

 なのでレオポルトは、ナディーネの提案を受けることにした。早く帰りたいと言う気持ちはあるが、焦ってはいないし、別にこの場所が嫌だとは思っていない。

 ほっと胸を撫で下ろしたナディーネは、それから、しばらく部屋に留まってレオポルトとの会話に耽る。今日のことを、ナディーネは楽しそうに語った。今までは苦痛しかなかった日常も、レオポルトにだと思い出話として話すことができる。

 やがて完全な闇が訪れた頃、アマーリアが食事を持って来た。それをナディーネ、勿論、シャルファーも一緒に食卓を囲む。食べ終えると、ナディーネが部屋を後にした。

 民が寝静まる頃、シャルファーが一足先に寝入り、星を眺めていたレオポルトもじきに続く。

 翌日、目が覚めて上体を起こすと、すでに陽は昇っていた。雲も見当たらない、見事なほどの快晴だ。レオポルトは、窓の方を向く。


「起きろ、シャル」


 窓枠で寝ている妖精に言った。シャルファーからは「略すな……」と、くぐもった声が返ってきた。彼女は意識が覚醒しているわけではない。そもそも“おそよう”のシャルファーが、これくらいで起きる筈もない。

 レオポルトはベッドから立ち上がり、窓辺の方へ向かった。そして、シャルファーを揺する。気持ちよさそうに寝ている妖精には悪いが、そろそろ起きてもらう。


「……ん? レオ?」


 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がったシャルファーは、大きく伸びをした。

「ごはん?」と、まだ眠気が抜けないのか、彼女の声には張りが無い。


「いや、それは帰ってからだ。——まあ、食べて良いなら、食べていくけど」


 可能なら、昨日の味を、もう一度だけでも味わいたい——。その願いは、叶った。

 アマーリアが運んで来てくれた朝食をナディーネと食べ、それからレオポルトは帰り支度を始める(このとき、シャルファーは、帰りたくない、と駄々をこねていた)。仕度 (ほとんどない)が済んで、ナディーネ達、王族が暮らしている王宮の玄関まではナディーネとアマーリア……他、数名のメイドが見送ってくれた。


「すごい、手厚いお見送りですね」


 玄関の扉を背に、ナディーネと向かい合って立ちながら、レオポルトは言った。王女はくすっと笑いを溢す。彼女達の背後に見える階段は、10人はゆうに通れるほどの幅を有しており、踊り場で左右に折れて二階に繋がっている。


「他国の重臣が来たときほどではありませんけど」


「一緒にされても、困りますけど」


「私としては、同じでも構わないのですけど。——城門までは、アマーリアが送ってくれます。すみません、私はこの後、予定が埋まっていますので……」


 いえそんな、とレオポルトは身振り手振りで大丈夫だと言うことを伝える。

「じゃあ、アマーリア」ナディーネが促すと、すでに玄関で控えていたアマーリアが、はい、とだけ答えて扉を開ける。

 レオポルトは会釈程度に頭を下げ、「ありがとうございました」そして「お邪魔しました」感謝を込めて言ってから、そうだ、と思い出したように言葉を続ける。


「エゴンさんにお礼を言いたいんですけど、兵舎はどこにあるんですか?」


「それなら、南西の方に。アマーリアが案内してくれます」


 アマーリアが頷く。

 名残惜しいが、最後に「また会いましょう」王女と民は言葉を交わした。レオポルトは身を翻し、アマーリアの後をついてく。王宮は城内でも東端に位置しているらしく、壁沿いに周って兵舎まで向かう。

 途中、王宮だけではなく、それに並ぶ建物がいくつか見えたが、レオポルトに子細は分からない。また、庭の一端も通り過ぎた。そして、兵舎に近づくにつれて石造りの屋舎が立ち並んだ。一階建ての長屋だ。兵士はここで、有事に備え寝泊りをしている。


「こちらに、いらっしゃる筈です」


 アマーリアは言いながら、レオポルトを先導しながら目的の人物を探す。

 木の作で覆われた訓練場が等間隔で並んでおり、それを見守るように長屋が連なっている。長屋と訓練場の間は砂利道になっているので、レオポルト達はここを歩く。

 南西から西に向かって歩き、もうすぐで城門が見えて来ようとしたところで、エゴンを見つけた。しかし、気軽に声を掛けられそうな状況ではなかった。エゴンは整然と並んだ部下を前にして、演説をしている。レオポルトには、そのように感じた。

 エゴンは真剣な面持ちで、彼の言葉を聞く部下も真摯に受けている。ただ部下の全員が、エゴンの帰還を喜んでいる表情はしていない。もしかしたら、レオポルトが寝ている間にひとしきりの祝宴は開かれたのかもしれない。だが今の部下達は、何かを失ったような、悲愴感に満ちた表情をしている。


「何を話してるのかしらねー」


 肩に乗ったシャルファーが呟いた。そばにアマーリアがいるため返答はしないが、レオポルトには分かっている。

 ——きっと、昨日の話を伝えているのだろう。

 エゴンの言葉が聞こえているわけではないので、あくまでもレオポルトの予想だ。何も口を挟まずに清聴している様子から、そういう風に思った。

 エゴンは騎士を辞め、軍の教官になる。その理由を話しているのだとしたら、部下達に反論の余地はない筈だ。

 ——軍の教官か。

 もしこの先、エゴンが育て上げた人物で、レオポルトとシャルファーが探す英雄に出会えたとしたら、きっと——英雄を育てる英雄が居たとしても、その人はきっと英雄に足り得る人物だろう。





 家に帰ったレオポルトは、自身の部屋でようやく張り詰めた心に安らぎが持てた。シャルファーもずっと気を張っていたのか、部屋に入るなり窓枠に飛んで行き、そこに座って脱力する。

 レオポルトも、ベッドの端に腰掛けた。ため息を吐くと、部屋を見渡す。一般的に庶民の家々は木造のため、王城の作りとは異なる。ただでさえ壮観な外観と内装を目にしてきたせいか、見ていると落ち着く。

いいな、と呟いたレオポルトは「なあ、シャル」、不意に話し始める。「略すな!」と怒号を飛ばしたシャルファーは、一応はと耳だけを傾けて聞く。


「今回の出来事で、何となく分かった気がしないでもない」


 何のこと、とシャルファーは言いながら、身体ごとレオポルトに向ける。


「今回と言うよりは、ナディーネ様のことも踏まえてだ」


 レオポルトは顔を右に向けた。そして、しっかりとこちらを見る妖精と目を合わせる。


「ナディーネ様は王位を継承することについて悩んでいて、エゴンさんは娘を亡くした苦しみに悶えていた」


 これってさ、とレオポルトは再び顔の向きを正面に戻す。


「もし俺達が英雄を見つけていたら、起こり得なかったことなのかな」


 誰にも訊ねるでもない語調で吐いた言葉だったが、シャルファーは真剣になって考える。こんな話をこの二人以外にすれば、簡単に相槌を打たれて終わるだろう。レオポルトとシャルファーと言う英雄を探している者達だからこそ、真剣に問答を繰り広げられる。


「……アタシには分からない。けど、そうならないように英雄って奴を探してるんでしょ?」


「ああ、そうだよ。でも、うちに泊まりに客から王都以外のことを聞くと……俺みたく都市に住んでなければ、各地に点在する村は、王都(ここ)みたいに壁で守られていないらしい。——王女様から、それこそ村人まで……この世界で毎日、どこかしらで助けを求めている者がいるのだとしたら、ひょっとして、それが世界の崩壊に繋がってるかな? そう言う人たちを救う英雄を探せば、世界が救われたことになるのかな?」


 シャルファーは間を置いて、さあ、と返した。


「俺、エゴンさんのことを今日まで知らなかった。もし、エゴンさんが王都に来なかったら一生、彼のことを知らずに生きるんだと思った」


 レオポルトは再び、シャルファーを見据える。その瞳は真っ直ぐで、妖精の眼差しも、しっかりと受け答えていた。


「だから俺、旅に出たいんだ。この国だけじゃない。世界中、どこかに居る『世界を救う英雄』を探しにさ。じゃないと、ここで待ってるだけじゃ、見つかる者も見つからない」


 言ってレオポルトは、無言でシャルファーの返答を待つ。シャルファーは、しばらく押し黙った。口を引き結び、どう返答したら良いか思い悩む。

 少し王都を出ただけで、魔物に襲われて瀕死の怪我を負ったレオポルトに、旅をするのは無謀だ。当然、一人旅をするほど間抜けでないことは彼女にも分かっている。

 シャルファーが止めたところで、レオポルトは英雄を探しに、いつかは向かってしまう。5年前から、平和に見える世の中で世界を救う英雄探しをしてきた。これに限らず、ナディーネのために王城へと侵入したり、エゴンにお節介を焼いたりしている。そんなレオポルトが、安全な旅をするのが、妖精は想像できない。

 それでも、シャルファーはこう答えた。


「アタシは……アンタの英雄探しを手伝う、って言った。なら、どこにでもついて行ってあげるから、安心しなさい!」


「ありがとう、シャル!」と、レオポルトは反射的に跳び上がる。後から痛みが来たのか、肩に手を当てた。そんな、痛みに耐えながらも満面の笑みになって喜ぶ様を見ていたシャルファーは、


「だから、略すなって。いつも言ってるんだけど」


 苦笑を滲ませながら、普段の通りには叫ばなかった。

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