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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
10/26

10話

 王宮を出た先は庭園となっており、ナディーネに連れられたレオポルトは、ここを突っ切ろうとしていた。

 本来、城門から訪れればここも通る筈だった場所だ。隠し通路を使って来たレオポルトは、庭園の壮大な美しさに、口を閉じるのを忘れていた。星明り程度では素通りしてしまっただろうが、ランタンを片手にしているナディーネのおかげで、一端だけでも良く見えた。

 シャルファーは彼の頭部で座ってはいるものの、うつらうつらとしていた。すでに王都は静まり返り、住民の大半が就寝している時間だ。彼等より一層と早く寝てしまうシャルファーにしては、良く起きている、と言っても過言ではない。

 庭園の半分を過ぎた頃、そよ風が吹き抜けた。ナディーネはネグリジェ、レオポルトが着ている服も、袖と裾が短い。


「ナディーネ様……そのような格好で夜風に当たって、どうか風をこじらせないよう、お願い致します」


「レオポルト様こそ、お体を大切にしてくださいね……無茶しすぎですから」


 言葉尻を、レオポルトは聞き取ることができなかった。しかし、特に訊き返そうとはしない。今はナディーネを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っている。だからこそ、それ以上の会話はなかった。

 そのままナディーネに先導されながら庭園を抜け、城門の前に辿り着く。この城に設置された門は、西門(にしもん)とも呼ばれている正門が一つだけだ。門外には兵士が番をしている。日中は門の開け閉めのため、内側にも門兵を置いている。しかし日没後は基本、完全に門を閉ざすため城内に門兵は置かない。

 門扉の目の前に立ったナディーネは、振り返ってレオポルトに頭を下げる。


「本日はありがとうございました」


「頭をお上げください! 貴女が俺ごときに頭を下げるなど……それに俺は今日、何もしていません」


 頭を上げたナディーネは「そんなことないです」と、笑みを向ける。


「本当は、いつまでも陛下に反論できずに居る筈でしたが、今日レオポルト様によって、少しですけど陛下と向き合うことができた気がするのです」


「そう言えば、どうしてあの場に……?」


「アマーリアが報せてくれたからです。レオポルト様が捕縛される、と。——彼女、静かに動くのが得意なんですよ」


 くつくつと笑うナディーネに、レオポルトは苦笑で返した。


「そう言えば、そんな魔法を持ってたわね」


 あくび混じりにシャルファーがぼそっと言う。レオポルトも、それでようやく合点がいった。きっと、アマーリアもあの場に居合わせたのだろう。

 門扉へと身体を振り返らせたナディーネは「開門を」と、外に控えている門番に向かって大きく発した。間もなく、馬車すらゆうに通れる扉が開く。それを確認したナディーネは、端にどいてレオポルトに道を開ける。


「ナディーネ様……」


 彼女は左に視線を動かしては開門したことによって見える通りを眺め、また反対に瞳を動かせば、レオポルトを見つめる。その表情はどこか寂しげ。レオポルトは一歩も踏み出すことができなかった。


「大丈夫ですよ、レオポルト様。——またいつか、お会いできれば……」


「待ってます。宿屋は基本、年中無休ですから。……その、いつでもお越しください」


 二人して笑いが零れる。もう、会えないわけではない。確かに、王女であるナディーネと気軽に会うことは、一介の民には不可能だ。だからこそだろう、レオポルトがこう言ったのは。一息、大きく深呼吸したナディーネは、


「何だか、友人みたいですね。同じ年頃の者は、宮中に居ませんので……。ああそう言えば。この間、城を訪れた辺境伯の御息女は同い年だったような」


 友人、と言う単語を、レオポルトは反芻した。王女にもなれば、やはり友達付き合いは気軽なものではないのだろう。そう思ったレオポルトは、ナディーネに言葉を掛けようと、口を開いては閉じる。


「どうされましたか、レオポルト様?」


 言いたいことは決まっている。しかし、おこがましすぎる内容だった。ただでさえ、最終的にはナディーネ自ら助けてもらったのに、今から自分が言おうとしていることは甚だ図々しい。

 すでに門が開いてから誰も通る者が出てこない。門端から、二人の門番が顔を覗かせている。

 ナディーネは首を傾げ、レオポルトを見守るようにして立っている。帰ろうとしない——それはそれで喜ばしいのだが——彼は、いったい何を考えているのだろう、そう思っていた。

 何度も言葉を飲み込んでいるレオポルトは、首や頭を掻いたりしてせわしくなく腕を動かす。無言の空間が落ち着かない。頭部を指が触れようとしたら、何か別の感触に当たる。頭上で眠りこける妖精だ。そのとき、シャルファーだったら遠慮なく、言いたいことを言うのだろう、と脳裏に浮かんだ。

 レオポルトは、ナディーネ様、と言って真摯に彼女を見据える。ナディーネも、姿勢を正して見据え返してくる。


「よろしければ……何て言うのも、不敬極まりなく身のほど知らずも甚だしいのですが……」


 いまだ言い淀むレオポルトに、ナディーネは何も口を挟まず、ただ待つ。

 その後も何度か口籠り、やがてレオポルトは目を瞑った。


「その、俺と友達になりませんか?」


 言い終えた後も、首だけで礼するように頭を下げていた。その様子を、ナディーネはきょとんと見つめていた。彼女はただ、一瞬だけ何のことか分からなかっただけだ。すぐに理解したナディーネは、


「でしたら、お互いに敬称と敬語を無くすところから始めないと」


 満面の笑みで返した。

 目を瞑っていた民は、閉じていた瞼を勢いよく開いて王女を見る。大きく見開いた目は、しっかりとナディーネを捉える。

 まさか、簡単に良い返事をされるとは思いもしなかった。いや、ナディーネのことだから拒絶されることはなかっただろうが。何て言うか、前世においても「友達になろうぜ!」なんて現実で使ってこなかったレオポルトにとって、今になってとてもむず痒かった。

 それでも、ナディーネが良しとするなら。


「それでは……それじゃあ、また今度ぉ。な、ナディーネさ……ナディーネ?」


「ふふふ。ぎこちないですね、レオポルト様」


「……ナディーネ様こそ、何一つ変わってないですよ」


 ナディーネは口元を抑えた。


「今度、お会いするときまでに直しましょう」


 レオポルトは首肯する。そして、門を抜けた先に見える通りに視線を移した。昼間とは打って変わって、静まり返った大通りだ。いまだに蠟燭が灯っている民家はごく僅かで、星明りだけが照らす砂利道は仄暗い。レオポルトは、そこに向かって歩き出した。

 ナディーネの横を通り過ぎたところで、ふと思ってナディーネへと振り返る。そう言えば、とレオポルトは言う。


「あのとき、どうして俺を頼ったのですか?」


「あのとき?」


「ほら、俺が服を着させた……」


 ナディーネの頬が紅潮する。つられてレオポルトも、赤面するのが自分で分かった。何となく思い立ちで訊いてみたが、冷静になってみれば、互いに気まずい内容だ。

 レオポルトは再度、門に身体を向き直した。


「そ、そのやっぱり大丈夫です」


「い、いえ。大した理由ではないのです。ただ、レオポルト様のことを女性だとお見受けしたので」


「はあ、そうなんですね」


 レオポルトは釈然としない口調で返した。

 確かにレオポルトは、他の成人男性と比べて華奢だが、声音は女性と比べて低い。何度か見間違えられたことはあったが、それも数回で、しかも初対面のときだけだ。


「まあ、部屋に入られたときには、やっぱり違うと思いましたけどね」


 そこでようやく気付き、後はなるようになった、そうレオポルトは内心で解釈した。これ以上、羞恥に満ちた内容を思い返すのは、お互いの心境的に良くない。

 そうなんですね、と言ったレオポルトは、再び城門に向かって歩みを進める。門を潜ってからもう一度、振り返るとやはり寂しさが溢れる顔で見送るナディーネだった。

 彼女に何と言葉を掛ければ良いか、悩んだレオポルトだったが、何もない。今生の別れにするつもりはないのだから。だから、せめてもと思ったレオポルトは、笑顔でナディーネに向かって手を振った。


「また今度、会おうぜ! ナディーネ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ナディーネはすぐさま顔を明るくした。そして淑やかさを忘れ、彼女も大仰に手を振り返す。


「ええ! また会いましょう、レオポルト!」


 互いに手を振り合い、しかしいつまでも続かない。無情にも門扉が閉まり始めた。だが二人とも、完全に閉門する瞬間、互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 ガタン、と門が閉じ切ってもナディーネは、しばらく手を振り続け、やがてゆっくりと下ろした。そして、閉じた門扉を見つめる。会うのがいつになるのかは、彼女自身にも分からない。ただ、王族と民だからと言って仕切るのは、違う気がする。

 ナディーネは、門に——いや、門の向こうで通りを歩むレオポルトに微笑み掛ける。


 ——レオポルト。貴方は散々、自分は何もしていない、と卑下していたけれど、貴方が来なければ、私が今後、お父様に反抗することはなかったでしょう。確かに他者が見れば、恩義を感じるほどのことではないかもしれない。しかしレオポルトは、私を王族と分かったうえで、客としてずっと接してくれた。初めてだったの。王女の責務から解放された、と思ったのは。ですからレオポルト、友人になってくださり、本当にありがとう。同年の子と会ったときでも、やはりその子も貴族。社交場でしかなく、礼儀を以って接しなければならなかった。これから貴方と会うときは、そのときは一個人として接することができるでしょう。レオポルトと居るときだけは、王女のことを忘れられる。


「甚だ厚かましい……? レオポルト」


 一言、ぼそっと吐いたナディーネは、身体を反転させ、王宮に向かって歩き出した。





 誰も居ない通り、レオポルトは暗い夜道を歩いて宿屋シュヴァルベの一休み——自宅へと帰り着いた。きっと、客だけではなく両親もすでに就寝している筈だ。レオポルトは静かに、階段を上がる。自室がある3階に来ると、階段を上ったところで右に折れ、すぐにある扉を静かに開く。扉が軋みはしたものの、許容範囲だ。

 部屋に入った後、星明りが差し込む窓辺まで行くと、頭上で熟睡しているシャルファーを、窓枠にそっと降ろした。


「今日は、ありがとうな」


 優しく労わったレオポルトは、自分も寝ようとしてベッドに向かおうと、身体を反転させた。


「レオ……あの娘は英雄?」


 咄嗟に、声の方へと向く。妖精は起きていない。


「寝言か?」


 そう呟くと、レオポルトはベッドに向かい、そして仰向けに身体を預けた。体重で沈み込む身体を、ベッドが包み込んでくれる。

 レオポルトは、何もない天井を見つめた。眠気はない。と言うより、事を終えて安心はしているが、いまだに緊張感が抜けていなかった。

 身体を大の字にして天井を眺めていると、頭に浮かんでくるのはシャルファーの寝言だ。

 英雄探しのつもりでナディーネの許に行ったつもりはない。しかし、彼女の情報を見たのも事実だ。

 静かな室内で、レオポルトは考えに耽る。

 実際、ナディーネは魔法の才能もあれば、王族としての素質は文句の付けようがない。しかし、レオポルトが探しているのは、世界を救う英雄だ。今は世界の危機すら感じないが、仮にナディーネがそんな状況に立たされたとき、彼女が世界を背負うとは、少なくともレオポルトは思わない。ただ、


「国に何らかの恵を、もたらすかもしれないなあ。——そう言った意味じゃ、英雄だ」


 誰に言わず、レオポルトは独りごちた。


「て言うか、寝る前に着替えないとな」


 部屋にあるクローゼットに、寝間着がある。疲れ切って、着替えもせず眠ることはあったが、今は動こうと思えば動ける。けれど急に、レオポルトにも眠気が一気に押し寄せてきた。自分のベッドで落ち着くことができて、彼も安心したのだろう。もう今日は、このまま寝てしまおう。

 レオポルトは重くなった瞼を、ゆっくりと閉じた。


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