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その村人は英雄を待つ  作者: ユートヤマ
ブルファーナ王国王都
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1話

更新は不定期ですが、お読みいただければ幸いです。

 勇者とは何だろう。いついかなるときでも先陣に立ち、人々を鼓舞し得る存在。万人平等に手を伸ばし、人々を導き救う存在。勇ましき者と言うだけあって、その存在は天井にあり、地の底から見つめる存在であろう。しかしそれでは、ただ勇猛に活路を切り開き、ただ果敢に勝利を煽る存在に過ぎない。死を誘発し、いつでもどこでも死を待つ存在だ。だから彼は待っている。無謀な死線を掻い潜る勇者ではなく、本物の勇者と呼ばれる器を持った英雄を。

 宿屋の息子である彼、レオポルト・クリューガーと言う少年は、今春をもって17歳となり無事に成人。今では一従業員として、店主である父の下で宿屋を営んでいる。まだ少年のあどけなさが顔に残り、成人男性とは思えないほど華奢だが、それでも彼は男だ。

 ブルファーナと呼ばれる国の王都にある宿屋、店名をシュヴァルベの一休み。レオポルトは今日も英雄を待ちながら、変わりない日々を勤務と共に送っていた。




「レオ! 掃除は終わったのか?」


 レオポルトの父親であるジーファスの声が、場内に響き渡った。

 一家で宿屋を経営するクリューガー家は、自宅が職場となっている。シュヴァルベの一休みは、ただ客を宿泊させるだけでなく、酒や料理も提供している。その為、この建物は敷地も広く階層も多い。全三階建てのうち1階は酒場、2階が宿泊部屋となっており、各部屋にはダブルベッドと荷物入れのタンスが用意され、12部屋ある。そして3階は、彼等だけの領域だ。両親の一室と、レオポルトの一室がある。


「レオ! 返事をしろ! 聞こえてるだろ!」


ジーファスは、1階の厨房から声を張り上げていた。レオポルトが居る3階まで、家の隅々に声が響き渡っているのだから相当の怒声だろう。しかし、レオポルトには聞こえていなかった。彼の耳には届いているかもしれないが、風の囁き程度にしか感じていない。それは、レオポルトが掃除に没頭しているのではなく、自室にごった返している物語を読み耽っているからだ。


「レ~オ~、早く返事しないと、ジーファスが怒っちゃうよ」


 いくら呼んでも返事をしない息子を、まるでジーファスを肩代わりするかのように言ったのは、同種以外の者には決して姿を見せない、妖精と呼ばれる伝説上の存在だ。しかし、実際に存在していて、それを認識しているのはレオポルトだけだ。それは彼自身が少し特殊な存在だからなのだが……。


「レオ? 聞いてるの?」


 耳元で囁かれる声すら、今のレオポルトには届かない。妖精はムスッと顔を膨らませると、人間の掌に収まるくらいの身長と、背中から生えている小さな羽で華麗にレオポルトの眼前に行って声を発する。


「レオ!! いい加減にしないと、ジーファスが怒りに来るわよ!」


 この怒鳴り声に、流石のレオポルトも危機を感知したのか、読んでいた本を勢いよく閉じる。そして、優しい目で妖精を見据えた。急に現実に引き戻された感覚に陥ったレオポルトは、まだ喫驚の余韻が抜けず、いまだに黙ったままだ。

 幾秒かの静寂に包まれたとき、ようやくレオポルトが口を開く。


「シャル、驚いたよ……。いつからそこに?」


「ずっと居たわよ! てゆーか、アタシの名前はシャルファー・ブリック。勝手に略さないでっていつも言ってるでしょ!」


 激怒した様を顕にするシャルファーを余所に、レオポルトはゆっくりと立ち上がった。そして、ドアへと向かいながら言う。


「それじゃ、今日も頑張ろうか」





 増田(ますだ) 豊人(とよと)は、どこにでも居る普通の高校生である。休日の今日でも、朝食をそそくさと食べ終わると、自室に籠り漫画やライトノベルを読みふけりながら、時々ゲームに走る生活を送っていた。夏にも関わらず、冷房と扇風機が故障しているため、窓を全開にしただけの熱風が漂う部屋だ。


「そういえば今日、新刊の発売日だったけ」


 豊人が書店に行こうと自室のドアを開けた瞬間、飼い猫のシロスケが入ってきた。名前の通り、毛色が白色でオスの猫だ。

 特に気に留めることはなく部屋を出ていこうとするが、背中越しに紙が破れる音が聞こえてきた。

 部屋に人は居ない。居るとすれば、飼い猫のシロスケだけだ。

 豊人は咄嗟に振り返った。すると視線の先には、接着部から引き裂かれた紙を一枚、窓辺で咥えるシロスケの姿があった。


「俺の漫画⁉」


 豊人は反射的に、飼い猫に向かって跳びついた。大して広くない部屋だったため、出入り口から2歩程度の助走で飛びついたが、相手は人間を凌駕する運動神経を持つ猫だ。帰宅部の、運動は登下校の徒歩しかしていない人間が敵う筈もない。案の定、シロスケは豊人に捕まれる寸前に軽々と躱した。


「なっ⁉」


 地から足の離れた豊人は、空中で為すすべなく、跳躍した方向のままに身を委ねる。そして目は自然と瞑っていた。


「神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様‼」


 豊人の身体は、何かにぶつかって止まるでもなく、解放された窓から身を投げるように飛び出すと、そのまま落下していく。


「神様神様、かぁぁぁみぃぃさぁぁぁまぁぁぁっ‼」


 豊人の自室は2階だ。運が良ければ助かるが、この時の豊人は頭から落ちていた。

 風を切るのを全身で感じていたのも一瞬で、感覚は瞬く間になくなる。しかし、いつになっても地面に落ちた衝撃すら伝わってこない。


(痛みがない。ひょっとして助かった⁉ でも、少しも痛くないって何でだ? いや、今はこうして意識もあるし良しとしよう)


 そう思っていた豊人だったが、閉じていた目を開いた瞬間、彼は唖然とすることとなる。

 豊人の目に映りこんだのは、夜空に神々しく輝く星々が、天井だけでなく壁一面にも広まった空間だ。


「プラネタリウム……?」


 豊人は、息をするように呟いていた。生者と勘違いしているが故の言葉だろう。そんな彼の言葉に呼応するように、


「それは少し違います」


 どこからか儚げな声がした。

 辺りを見渡しても誰も居ない。それもその筈、声は天井より降り注いでいるのだ。姿形こそ見えずとも、身体が包み込まれる感覚を覚えた豊人は、自然とその声の主が神であると思い込んだ。それは同時に、自分が死んだことを認めるということでもある。


「増田 豊人。あなたは2階からの転落の末、頚椎が骨折。それが原因で死亡しました」


 声は優しくも、淡々と豊人の死因を伝える。しかし、この空間が地球のものではないと分かった瞬間から、ここがどこかという疑念しかなかった。そして今は、これから何が起こるかということだけ。


(どうか天国に行けますように。この人生、勉強も親孝行も何もしてないけど、悪行もしていない筈)


 豊人は念じた。


「増田 豊人。あなたは、天国にも行かなければ地獄へも行きません。あなたは新しい世界で第二の人生を送るのです」


 それを聞いた豊人はあることを思った。


「それって異世界転生⁉」


 そして口にした。


「はい。あなたは別世界に、新たな生を受けます」


 突如と湧き上がる胸の底からの高揚感。思春期の大半を娯楽に注ぎ込み、その一つとして、異世界に強い憧れを持っていたからこそ来る感情だ。


(異世界転生。つまり、最強スキルでチート無双して国の英雄になったり、時には苦戦するが仲間や世界の為に頑張る勇者だったり、モテモテハーレム生活を送ったり……)


豊人の頭の中は、既に今まで考えてきた夢で溢れかえっていた。


「因みに、チートスキルを授けたり、特別な職を与えたりはしないのでご安心を」


 それを聞いた、いや自然に耳に入って来た豊人は、え、と間抜けな声を出して呆けた。突然、しかも口に出していないのに否定され、天井を仰ぎ見る。どうして、こちらの考えを汲み取れたのだろう。そう考えるも、豊人は典型的なパータンから理由を察した。


「今あなたが思ったように、こちらは心を読むことが可能です」


 豊人の想像していた通りだった。

 天の声に縋るように、豊人は再び声を上げる。


「最強のステータスを与えたりしたりは?」


「出来ません」


「勇者になって苦楽の道を歩むことは?」


「ありません」


「ハーレム人生を送ったりは?」


「無理です。てか何ですかその欲は」


 豊人にあった高揚感は、一気に冷めてしまった。単なる2回目の人生を、ただ別世界で送るだけだと思ったからだ。これなら同じ地球に産まれ直した方がマシだと思うほどに。


「気を落とさずに。唯一無二の能力なら授けますから」


「唯一無二?」


「はい、世界にあなたしか持たない能力です」


 それを聞いた瞬間、失われた高揚感は取り戻されたが、今回は至って冷静だった。もう一度、期待を裏切られたくはない。

 冷静に、探るようにして問う。


「どんな能力なんですか?」


「シャルファー・ブリック。その人のなりや身体能力、出身地、家族構成、ありとあらゆる全ての情報を見通すことの出来る魔法です。その人が善人か悪人か、或いは人間かどうかも見通す炯眼です」


 思っていた、いや、期待とは大分違う能力に、豊人は気落ちした様子を隠さずにはいられなかった。自分が活躍できそうにない能力を聞かされ、どうしたらいいものか分からないのだ。

 言葉が出ない豊人に、声は続ける。


「増田 豊人。あなたが転生する世界は、崩壊の一途を辿っています。そんな世界を、救える英雄を探してほしい。だからこの魔法をあなたに授けるのです」


 今までみたいな、ただ儚い声ではない。声色にどこか悲しみが混じっており、また語調は悲しそうだった。

 たまらず豊人は、


「だったら俺が! 俺がその世界を救って見せます! だから……」


「だから万能な技や魔法が欲しい……。私達も世界さえ救えればいいと思い、異世界人に世界を救う力を授けては勇者として送り込み、彼等に救済を委ねることを繰り返していました。しかしそれで世界が救えたとしても、それは一時的なこと。如何なる全知を与え、如何なる武勇を与え、その世界に転生させても、中身は異世界人のまま。異世界人と神の助力で世界を救ったとしても、それは一時的なこと。すぐに崩壊へと導かれます。その世界を救うのは、その世界の住民ではないと駄目なのです。ですから神々は、異世界人に力を託す世界救済法を止め、代わりに世界を救う人材を見つけるための人材を送ることにしたのです」


 豊人は黙り込んだ。同時に今までの念望は、わがままな自己満足だと理解した。本当に世界を救いたいと考える勇者なら、私欲など優先しない。豊人は決意を改め、声に向かって叫ぶ。


「分かった、俺が探してやる。世界を救う存在って奴を」


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