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「渡辺和則は未だに参考人招致に同意してません」
浦和警察署の会議室に詰めている人数は7人から23人に増えていた。
中村真実の動画では具体的に名前は明かされていなかったが
痴漢冤罪をでっち上げられた男性が誰なのか、警察には簡単に特定できた。
何しろ社会人になってからの二度目の痴漢事件は有罪判決になっていて
過去の記録を検索するだけで直ぐに見付かったのだ。
渡辺和則、現在の年齢は40才。痴漢で有罪になったのは2015年、30才の時。
高校生の時に一度同級生に痴漢で訴えられたことがあり
その時は未成年であること、示談済みなこともあり
起訴も逮捕もされなかったが前歴としては記録されており、その記録のせいで
30才の時には事実上再犯扱いとなり尚且つ前回と同じ女性を狙っていることから計画性も認められ
更に女性側の被害感情も強く、渡辺和則が一貫して痴漢を否認し続けていたことが
反省の態度も無く極めて悪質と見なされ、痴漢としては最も重い、懲役6ヶ月の実刑判決を受けている。
浦和警察署は今回の動画騒動を受けて渡辺和則の周辺調査をしたところ、この時の有罪判決の後に
彼は職を失い、妻から離婚されて住んでいた家を追い出され、
貯蓄も全て失っていたことが確認された。
事件当時2歳の娘もいたが離婚以降、子供と面会をしている様子も無かった。
二度目の痴漢事件で渡辺和則は文字通り全てを失っていたのだ。
その結果からすると動画内で
「一人の男性の人生を滅茶苦茶にした」と言ったのは誇大な表現ではなかったと思われる。
今現在その彼はMATソフトという都内のゲームソフト開発会社のプログラマーとして働いているのが確認されている。
ゲームソフト開発会社といっても大手ソフトメーカーの孫請、曾孫請をやるような
小さくて絵に描いたようなブラックな会社だ。
参考人として話を聞きたい、と最初に渡辺和則に連絡した時には
「何も話すことはありません、そもそも仕事があるので無理です」と言われ、
休みはいつですか?と尋ねたら「休みはありません」
何時に帰宅されますか?と尋ねたら
「今週は一度も帰宅してません。先週は二回ほど帰宅できました」
と言われ、てっきり参考人招致を断る為の嘘だと思い込んだ捜査員が
渡辺和則の勤める会社に訪問して強引に面会しようとしたらそれらが全部本当で
逆にその場でその会社の社長が「警察官を名乗る不審人物が大事な社員に面会を強要して断っても帰ってくれない」
と110番通報して大騒ぎになってしまった。
それ以降は彼に対して電話で参考人として話を聞きたいと要請するだけに止めている。
また、中村真実の失踪当時に揉めていた不倫相手と不倫相手の妻からの事情聴取は既に終わっていて
中村真実の失踪とは無関係と思われる、というのが捜査チームの結論だった。
それらの調査と平行して中村真実が失踪するまでの足取りの調査もしていたが
そっちの方は難航していた、というレベルではなく絶望的な状況であった。