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『死体無き殺人事件』と呼ばれたものは過去に幾つかあった。
しかし、逮捕、起訴して有罪となったもので完全に死体が見付からなかったものは稀である。
大概は肉片や骨の欠片、又は大量の血痕があって被害者は既に死亡していると考える物的証拠があった。
また、幾つかの事件では死体の欠片も見付からなかったが
共犯者の全面的な自供があってそれを元に殺人事件として立件、起訴して有罪とすることが出来た。
今回、中村真実の件は起訴できるかどうか微妙なラインだった。
自供するような共犯者もないし死体の欠片もない。
しかし、ビデオテープに残された中村真実の服を着た女性が埋められる動画はある。
もし、渡辺和則が自供したのなら間違いなく起訴して有罪に出来る。
アメリカは陪審員裁判なので必ずしも参考にはならないが
殺害を告白した動画だけで死体もないのに有罪とされた事件もあった。
しかし、渡辺和則は頑なに黙秘を続けていた。
ビデオテープに残された中村真実と思われる女性を埋めるシーンを見せた時は
驚いて嫌そうにモニターから目を背けたが言葉を発することはなかった。
「完全な黙秘を続けてはいますが逆に言えば
自分がやったとは言っていませんが
同時に自分はやっていないとも言っていないということです。
自分は殺人事件として逮捕起訴すべきだと思います。」
若手の刑事はそう強く主張した。
それを聞いて西武警部補は眉間に皺を寄せながら悔しそうに噛んで含めるように若手の刑事に語りかけた。
「渡辺和則が中村真実を殺したのは間違いない。
問題はあの男を殺人で有罪に出来るかどうかだ。」
若手の刑事は話に続きがあるのかと西武警部補を見つめていたが西武警部補は
そのまま考え込んでしまったので七瀬巡査部長が補足するために発言した。
「問題は死体を埋めるシーンがうつ伏せで顔が見えないことだと思います。
服装は渡辺和則の別荘の庭から掘り出されたものと同じであることが確認出来ていますが
埋められていた女性が中村真実本人かどうか顔が見えないと断定できません。
また動画の解像度が低いのと肝心の死体そのものが見付かっていないのも不安材料ですね。」
「なんとか渡辺和則から自供を取れないのか?自供さえあれば証拠は充分だろう。」
今まで黙っていたベテラン刑事が七瀬巡査部長に尋ねた。
「何度も例の埋葬シーンを見せて動画の内容に関して質問しているのですが
最近は『全ては裁判で話す』とだけ言ってるそうです。
完全黙秘だった頃から比べれば大分進歩しましたがそれでも自供するような雰囲気はありませんね。」
七瀬巡査部長の話を聞いて西武警部補は諦めたように呟いた。
「『全ては裁判で話す』・・か。なら裁判で話してもらおうか?
俺達には話してくれなくても裁判官や裁判員には話してくるかもしれないしな。」
この日の午後、埼玉県浦和警察署は運転免許証の偽造と行使の容疑で逮捕していた渡辺和則を
中村真実の殺人及び死体遺棄の容疑で再逮捕したとマスコミに発表した。




