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「大阪の奴らが失敗したのは裁判で使う証拠を偽造したからだ。」
西武警部補は七瀬巡査部長に噛んで含めるように言った。
2010年に大阪地検特捜部の検事がフロッピーディスク内の日付データを改竄した罪で逮捕された事件の話なのだろう。
「俺達の目的は家宅捜査で渡辺和則が中村真実の失踪に関与した証拠を見付けること。
それが見付からなくてもパソコンやらスマホにアダルト画像の一枚でもあればいい。
取り敢えずそれで児ポ法違反で逮捕して取り調べで中村真実の件を吐かす。
裁判の時には家宅捜査で見つかった証拠や自白調書のみを使い、この名簿は使わない。
あくまでこれは家宅捜査礼状を取るためだけに使う方便だ。
表沙汰にはならないし、しない。家宅捜査が終わればこの名簿は無かったことになる。」
七瀬巡査部長は返事も出来ずに西武警部補の顔を見つめるだけだった。
「心配するな、何の証拠もなかったら起訴しないで釈放すりゃいいだけだ。
そうすりゃ何もかも無かったことになる。」
西武警部補は励ますように七瀬巡査部長の肩を叩き部屋から出ていった。
七瀬巡査長はため息を吐きつつ目の前のA4で印刷された名簿を見つめた。
それは先月摘発された児童ポルノ販売サイトの顧客名簿の一部で一番最後に渡辺和則の名前と住所が書き加えられていた。
証拠の偽造。
もし表沙汰になったら自分も大阪地検特捜部の検事のように逮捕されるのだろうか。
しかし、それを恐れて拒否したら西武警部補はなんと言うだろうか。
西武警部補には公私ともにお世話になり、七瀬巡査部長は一度、始末書もののミスを無かったことにしてもらったこともある。
裁判に使わなければいい、捜査が終われば無かったことになる
西武警部補の台詞にすがるような気持ちで七瀬巡査部長は家宅捜査礼状を請求する書類を書き始めた。
2025年6月2日月曜日早朝、渡辺和則の住むアパートに児童ポルノ法違反容疑で家宅捜索が行われた。
パソコンやDVD、スマホ等は最初に押収され
刑事達はその他の証拠がないか部屋中ひっくり返して回っていた。
スウェットスーツ姿の渡辺和則は全く動揺も怒りも見せず、かといって余裕をもって眺めているでもなく
無表情で刑事達が自分の部屋を荒らしていくのを眺めていた。
「それではあなたの話を聞きたいので署に同行して貰います。」
七瀬巡査長はパソコンデスクの下に敷いてあるマットの下を確認しながら
後輩刑事が渡辺和則に告げたのを背中で聞いていた。
「お断りします。」
冷静だが強い意思が感じられる口調で渡辺和則が答えた。
あまりに意外な返事に家宅捜査を行っていた全ての刑事が手を止めて渡辺和則に注目した。
「家宅捜索令状は確認しました。しかし逮捕令状はまだ見せて貰っていません。
どうしても警察署で話を聞きたいなら逮捕令状を取ってから来て下さい。」
これはマズいな。七瀬巡査長はそう思った。
実際に渡辺和則の言う通りであり逮捕令状が無い限り警察署への同行を強制出来ない。
大抵の市民は家宅捜索を受けた段階で心が折れて警察官や刑事の指示に従うようになるので
この段階になっても事情聴取を拒否するとは想定外だった。
基本、警察の令状請求に異を唱えない裁判所であっても
児童ポルノの販売サイトの名簿に名前があるというだけで逮捕状まで出す程言いなりではなかった。
警察側の目論見は家宅捜索からなし崩しに警察署で"事情聴取"に持ち込み、押収したパソコンやDVD等から得られた証拠で揺さぶり
渡辺和則から自供を引き出す、というものだった。
カルト宗教の洗脳で大事なのは外部からの隔離と言われるが警察で自白を引き出すのも
外部からの隔離が効果的で大切なのだ。
「児童ポルノに該当する書籍を確認した。渡辺和則、あなたを児童ポルノの単純所持で現行犯逮捕する。」
西武巡査部長はベッドのマットレスをめくった状況を指し示しながら告知した。
そこには昭和の頃に出版された、当時は合法だったが今では児童ポルノとして指定されている写真集があった。
七瀬巡査長は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けながら喉まで出掛かった言葉を呑み込んだ。
そこは最初に確認したが何も無かった筈です・・・




