はじまり~弟子、性癖がバレる~
俺のご主人……魔王様は、生き物じゃない色々なものを手下にして、大軍勢を率いてる。毎晩毎晩、杖を使って、手下を増やしたり、そのほか色々をやるのが日課だ。
その時の魔王様がかっこいいのなんのって。
ああ、魔王様は、人の姿をしてない。全身爬虫類系の鱗に覆われてる。体格は人っぽいが、尻尾があったりするから、多分龍人とかの類だ。普段から顔をフードで隠してるから、正確な種族はいまいちよくわからない。まあそれが魔王様の唯一感を演出してて、俺はすごく好きなんだが。
兎角、魔王様はかっこいい。だから用事がない時は、魔王様が魔法使ってる姿を覗き見に行ったりしてる。
かなり上位の人が使う魔法ってのは、その人なりの改変が入ってることが多い。だから殆どの魔法使いは、自分が魔法を使ってるところを他人に見せたがらないのが普通だ。だから魔王様も同じだと思って、影からこっそり覗くだけにしてた。
で、今日も普段と同じように覗き見をしてると、魔王様がこっちを振り返った。
「また見ているのか」
重厚感と威圧感のある声。地面が鳴っているよう。
一瞬変な声が出そうになった。
でも魔王様の声や態度には、怒りが一切感じられない。俺はそっと物陰から出る。
「そ、その……」
「お前に隠すものなどあるか。見たければもっと近くでみるがいい」
優しい。とても優しい。それに信頼が厚過ぎて申し訳ない気持ちになりそうだ。
「あ……ありがとうございます!」
我ながらガキっぽい態度だ。魔王様の横につく。
同じくらいの年の人間の中で比べると、俺は結構長身の部類に入る。でも魔王様の三分の二に届くかどうかといったところだ。その差が、話をする時に見上げる感じが、逆に安心感になったりする。
「ご主人様、随分信頼なさってるんですね」
少年のような声。魔王様の杖だ。木製の杖の先に、大きな目玉がついたようなデザインをしている。
目玉がぎょろりと俺のほうを向いた。
「私の弟子同然の部下だ」
一言一言で、普段から頑張っていて良かったと思える。
魔王様は魔法を再開した。
「いつ見ても、凄い魔法ですよね。何か大きなことをしたりしているわけではないけど、技巧が誰も真似できないというか」
負けじと魔王様を持ち上げてみる。もちろん本心だ。
ふんと鼻を鳴らす魔王様。
「杖の協力も大きいがな」
すると杖の目玉が、だらしない笑みになった。
「照れますって」
「術式に集中してくれ」
俺と魔王様が主従なら、魔王様と杖は相棒のような関係性だ。見ていてとても微笑ましい。
合間合間に雑談を挟みつつ、魔王様は暫く魔法を続けた。
暫くすると、杖を机に立てかける。どうやら体力的に作業を続けられなくなったようだった。俺にいくつかの雑用を申し付けて、寝室に入る。
「……お弟子さん、随分とご主人様を慕っているんですね」
静かになったところで、杖の声。
俺が杖と魔王様を微笑ましく思っているのと同様に、俺と魔王様を見ていたのか。
「そうさ。あれだけ格好良くて、信頼できて、信用してくれる人はいない。……人じゃないんだろうけど」
「理想の主人、といった感じで?」
「ま、まあな……」
いかん。会話を続けていると、何故だか赤面してしまいそうだ。
雑用をするからといって、そそくさと部屋を出た。
*
丁度雑用を終わらせたタイミングで、杖が俺を呼びにきた。この杖、棒状なのに自分でいろいろできるらしい。本を読んでいるとこを見かけたこともある。
「見せたいものがあるんです!」
突然そう言って、ついてくるように促した。
杖が案内した先は、魔王様が昼寝中の寝室。いつもなら遠慮して入らないところだ。しかし杖はどうしても中に入ってほしいという。
入らない限り杖は動かなさそうなので、仕方がない。意を決して足を踏み入れた。
すぐに違和感を覚える。魔王様の布団のふくらみが……小さい?
枕側に回った瞬間、思わず大声をあげかけた。
布団に魔王様が寝ていない。代わりに、人間の、超がつく美形男子が寝ている。
「どうです?」
えへん、という声が聞こえてきそうな、杖の声色。
「何がどうして……?」
「ワタシがご主人様を変身させたんです」
「馬鹿じゃねえの?」
「物足りませんか……」
「いやそうじゃなくて」
魔王様を起こさないよう細心の注意を払った小声。
その時、むにゃむにゃとした言葉にならない声が聞こえた。
思わず飛びあがる。傍から見たら尾を踏まれた猫みたいだっただろう。
最悪の事態は起こっていなかった。魔王様はただ寝返りを打っただけ。
普段魔王様が身に着けていた服は、今の状態だと少し大きい。襟元から肩や鎖骨が覗いている。堅そうな鱗ではなく、体温を感じさせる人肌だ。
そして次の事案が発生する。
魔王様の肌露出面が、だんだんと広くなっていく。服に対して魔王様が小さくなっていくのだ。
寝返りをうった拍子に、普段絶対に外さないフードが外れた。
ほんの少し幼さが感じられる顔立ちをしている。寝息すらも可愛げのある子どものそれになっていた。
「お、おいぃ……」
杖を振り返る。
何か本を広げていた。
「えっと……お弟子さんはこういう主もお好きなので?」
目の前のカオスに、だんだん認識が追い付いてくる。それと同時に、嫌な予感が脳内を包み込んでいった。背中を氷で撫でられたような気分。
「お、おぉおまえ、おまえ、なに、何を見て?」
「へ? お弟子さんの部屋で回収した冊子を……」
瞬間叫び声をあげるのを阻止した自分をほめてやりたい。
杖が見ている本は……俺がこっそり書き綴っていた『主従萌シチュメモ』ではないのか? いや、何で俺がそんなものを書いているのかはこの際どうでもいい。人には色々あるって奴だ。何でそれを杖が持ってる。この城にプライバシーはないのか?
「き、貴様何故それをぉぉ」
「ですからお弟子さんの部屋で回収したんです。『理想の主人』という単語にお弟子さんが妙な反応をしていましたから、そのわけを知りたくて」
折るべきか、このクソ棒野郎。それとも薪にして暖炉にくべるべきか。
杖に飛びつこうとした。が、裾を何かに引っ張られ、動きが途中で止まる。
見ると袖を掴む小さな手。布団から伸びている。
すっかり少年の姿になってしまった魔王様が、布団から顔を覗かせていた。そして寝言で俺に何か指示をだしている。
何だこれ可愛い。
何故だ。俺はそういう主従関係に萌えを感じるわけであって、自分の主が少年であることに興味などなかったのだが……。
だが目の前の少年魔王に対して名状しがたい魅力を感じている自分がいる。
「むぅ……でし……」
あ、俺この人に傅く。
*
「仕方ないですね……」
静かなる混沌の中、杖がそう呟いていた事を、魔王の弟子が知ることはなかった。