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恋バナ


 僕は持ち得る知識を総動員して、ツヴァイ氏が口にした言葉の意味を考えた。


 こいばな、KoIBaNa、KIBN。

 K...I...B...N............


 しかし、無い。

 どれほど考えても答えが出ない。


 ツヴァイ氏に対する印象は、前ページで述べた通りだ。穢れを知らない子供のようであり、同時に機械のように無機質で冷酷な印象も感じさせる存在。


 完全なる未知の存在。似たような為人など目にしたことが無い。これだけでも恐怖を覚えるのに、彼女には途方もない実績がある。正直、緊張で吐きそうだった。


 そんなツヴァイ氏が口にした「こいばな」

 まさか、互いの恋愛遍歴などを語り合う「恋バナ」であるはずがない。僕は固唾を呑む。僕だけではない。他の三人も僕と同じように困惑している。雰囲気で分かる。


 ツヴァイ氏は目を閉じて、静かに語り始めた。


「私の初恋は、三歳の時だったわ」


 す、優れたプレゼンタによる奇抜な導入など珍しいことではない。きっと何か別の話に繋がるのだろう。


「私はパパのお嫁さんになるのが夢だったの。でも、その夢は五歳の時に儚く散ったわ」


 なるほど。おそらく親子は結婚できないことを知り、世界のルールに疑問を覚えたのだろう。それから当たり前を疑うようになった。それが実業家たるツヴァイ氏の原点とかそういう話に違いない。


「パパが言ったのよ。僕の一番はママだ。二番とは結婚できない。もちろん私は反発したわよ? 二番でも構わないと泣き喚いたの。でもパパは態度を変えなかったわ」


 細部は違うが本筋は予測通りだろう。この流れならば次のトピックはナンバーワンを目指すという話に違いない。


「だから私は一番を証明すると決めたわ」


 うむ、実に自然な流れだ。証明という表現が気になるけれど外国の方が不思議な語彙を選ぶことは珍しくない。


「まずは私が一番である理由を集めてパパにプレゼンすることにしたの。資料の添削はママに依頼したわ」


 ん?


「あなたには聞き手の視点が欠けている。将来性を訴えるばかりで現在のあなたに魅力を感じない。五歳の娘を相手にしているとは思えない迫力だったわ」


 な、なるほど。その時の母の言葉が現在のプレゼン能力に繋がって――ふざけるな。どんな家族だ。


「途中からパパも一緒になって助言をくれたことを今でも覚えているわ。どうにか資料が完成したとき、パパとママが私に言った言葉が、私の初恋を終わらせたの」


 ツヴァイ氏はたっぷり間を取って、


「いつかママより魅力的になったら、パパよりも魅力的なヒトにプレゼンしなさい――私は、あの日からずっとパパよりも魅力的なヒトを探し続けているのだけど、どこにいるのかしらね?」


 ふふふ、と笑うツヴァイ氏。


「私の話は以上よ。次は誰がいいかしら?」


 下唇に人差し指を当ててうーんと唸るツヴァイ氏。

 ……え、終わり? 本当にただの恋バナ?


「そう! こういう時は時計回りね!」

「来ると思いましたよ」


 爽やかに苦笑するイケメン。

 僕の隣に座った若い男性――天童(てんどう)(わたる)は、どこか困った様子で語り始める。


「恥ずかしながら未経験ですね。母からの教育が厳しく、自分自身も様々なことに関心があったので……恋人の一人も出来ないまま、気が付けばアラサーです」


 と二十六歳の自称アラサーは肩を竦めて言った。彼の容姿で恋愛経験ゼロというのはキャバ嬢が処女を自称するくらい説得力が無い。上手くはぐらかしたのだろう。どうやら彼はツヴァイ氏と面識があるようだから、対処法を心得ているのかもしれない。


 などと僕が考察をする傍、同じく何か考えるような表情をしていたイケメンは、急に爽やかな笑みを浮かべる。


「あえて言うなら、初恋はガハマさんかな?」


 まさかの具体名。

 なんだ、なんなんだこの時間。僕が座った位置は彼の隣だから、この流れだと次は僕だぞ。僕も何か愉快な恋バナをしなきゃダメなのか? 生憎だが妹以外を愛したことがないぞ、どうする……つくるか?


「うん、そうだね。周囲の女性は特別優秀な人ばかりだったから、自分を必要としてくれるような、だけど一方的ではなくて、共に支え合えるような関係に憧れます」


 なるほど、そういうことか。

 野球の投手と捕手を夫婦と表現することがある。同様にして、密な連携を必要とする少数の仲間に求める事柄を恋バナという形で伝える……と、それがツヴァイ氏の狙いなのだろう。


 そう考えるとツヴァイ氏の要求は、全員で話し合って、とにかく優秀な意見を求めるということになるのか?


「以上ですね。短くて恐縮です」


 僕が納得した直後、天童は肩を竦めて言った。


「いいえ、面白かったわ。それから……ガハマさんというのは、どういう女性なのかしら?」

「この子です」


 ツヴァイ氏の質問を受けた天童は、素早くスマホを操作して、ツヴァイ氏に画面を見せた。


「……ありがとう、参考になったわ」


 ツヴァイ氏ちょっと引いてるよ。まあ確かに初恋の子の画像がスマホで即座に出るとか気持ち悪い……いや、有名人だったりするのだろうか。ガハマなんて有名人いたか?

 

「皆さんも御覧になってください」


 各位にスマホ画面を向けるイケメン。

 僕も興味本位で目を向け、思わず吹き出しそうになる。


 アニメキャラじゃねぇか!!!


「次はタカヒトね!」


 僕は「そうですねぇ」と言って茶を濁す。

 正直動揺が激しかった。というか天童の趣味が気になり過ぎて作り話どころではなかった。


「僕は――」


 なので、めちゃくちゃ妹の愛くるしさを語った。


更新速度重視でいきたい

なろうのレコメンドを見たらブクマした方の大半がみさきちゃんから……何年も経っているのに……指が踊ります(筆が捗る的な意味です

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