邂逅
投稿時間を変更します。
今日以降は6-8時のどこかで更新します。
まず目に映ったのは、純白のクロスに置かれたワイングラスと、瓶入りの……ワインだろうか。コーラに見えるのは、きっと僕に知識が足りないからだ。
長方形の机には、長辺に四つ、短辺に一つの椅子が設置されている。それは今日ここに出席する人数と一致していた。
個室の半分はガラス張りであり外の景色が一望できるようになっている。きっと夜ならば美しい夜景が見られるのだろうが、現在の時刻ではビルが多いという印象しか受けない。
ガラスの隣に立つ女性が一人。
本案件の主役であるウラ・ヨシュア・ツヴァイは、
「眩しいから閉めるわね!」
流暢な日本語で言って勢い良くブラインドを下ろした。それから弾むような足取りで短辺の席に飛び乗り、長辺に並ぶ僕を含めた四人に笑顔を向けた。
「今日の出逢いを嬉しく思うわ! 私がドイツの妖精と話題のウイたんよ! 日本ではそう呼ばれていると聞いたわ! よろしくね!」
彼女のことを事前に調査していた僕は、しかし実物を見て頭が真っ白になった。
公表されている身長は130センチメートル。髪は膝まで届きそうな金色のツインテール。顔立ちは成人しているとは思えない童顔で、輝くような蒼い瞳が印象的であり……という情報と写真がネットの海に漂っていた。
僕は高い確率で偽情報だと思っていた。
しかし容姿については事実だと明らかになった。容姿だけならば、僕は驚かなかっただろう。
「橋下です。あらためて、お会い出来て光栄です」
「あなたがショウカね! 私も逢えて嬉しいわ!」
このアニメみたいな口調には驚いた。心底驚いた。椅子がなければ腰を抜かして転倒していただろう。
Ulla氏は特殊な界隈でウイたんと呼ばれている。
特殊な界隈とは世界中のアニメ好き界隈を示す。
ウイという呼び方の由来は頭二文字のUとlである。PC上ではエルがアイに見えることからウイとなり浸透した。
なぜ彼女がアニメ好きの間で有名なのか。数年前に彼女がアニメとマンガにより日本語を覚えたという噂が流れ、自身のSNS上でアニメ好きからのコアな質問に完璧な回答をしたことから存在が知れ渡り、一度でも目にすれば忘れられない強烈な容姿が決め手となって人気が爆発したようだ。
この他にも僕は多くの情報を持っている。
しかし彼女が日本語を話している姿は初見だった。
一言で感想を述べるならば、
アニメそのものだった。金髪ツンデレロリだった。
「航です。お久しぶりです。あなたと共に仕事が出来るなんて光栄です」
「ええ、私も嬉しいわ」
どうにか心を落ち着かせ、僕も挨拶をする。
「黒岩です。よろしくお願いします」
「タカヒト! あなたの書いたコードを一目見た時からファンなの! 逢えて嬉しいわ!」
「恐れ入ります」
差し出した右手を小さな両手で掴むと、椅子の上で飛び跳ねた。それはまるで子供にプレゼントを渡した時のような反応で、僕の中にある父性のようなものが刺激された。
「一番印象に残っているのはスマートビルの管理システムかしら? あれ以上の作品を期待しているわ!」
「努力します。ところで、どこで開発者が僕だと?」
純粋な疑問だった。
彼女が今の情報を知るには、仕事に関する書類を手に入れるか、片手の指で足りる程度の関係者に接触する必要がある。前者は公表されておらず、後者の関係者と彼女に接点があるとは思えない。
「私を誰だと思っているの?」
「失礼、愚問でしたね」
僕は悪寒を感じて即座に質問を取り下げた。彼女の笑顔にも声音にも変化は無い。しかし一瞬だけ放たれた威圧感は、子供のような容姿と仕草を見て緩んでいた僕の緊張感を引き締めた。
短い挨拶を終えて僕は身を引く。
そのあと四人目の女性が挨拶をした。
「鳴海です。よろしくお願いします」
「ごめんなさい、あなたは呼んでいないと思うの」
ドキリとするほど冷たい声だった。嘘を付けない子供が小汚い大人達をヒヤリとさせるような、まるで遠慮の無い一言だった。
「橋下先輩に頼んで無理矢理ここに来ました」
「ショウカ、そうなの?」
「事実です。何かあれば私が責任を取ります」
「…………」
純粋な蒼い瞳が鳴海と名乗った女性を映す。
それはまるでパソコンが記憶媒体を読み取っているかのように機械的で、冷たくて、そして何もかも見通しているかのような、そんな目だった。
僕は純粋に恐怖した。
子供のような容姿。アニメのような口調と声。しかし彼女の経歴は、今世紀を代表する実業家として語り継がれるようなもので――その経歴が事実であることを感じさせるのには十分な迫力が、そこにあった。
ほんの数秒の沈黙。
しかし気が遠くなるような沈黙。
ツヴァイ氏は急に背伸びをして、その小さな両手で鳴海さんの頬に触れて、にっこり笑った。
「あなたには強い想いがあるのね。私には能力不足だと思うけれど、ショウカの推薦だから特別よ。感謝なさい」
「……あはは、頑張りますね」
僕はツヴァイ氏の行動が理解できず恐怖した。この感情を間接的にでも共有すべく残る二人に目を向けると、何も感じていないような様子だった。
「さて!」
ツヴァイ氏は鳴海さんから手を離し、そのままパチンと可愛らしい音を鳴らした。そして、透き通るような蒼い瞳に四人の姿を順番に映す。
僕もまた集まった面々に目を向けて、あらためて肩身が狭い思いを感じた。ツヴァイ氏は僕のスキルを過大に評価してくれているけれど、自分がここに居て良いのか不安になる顔ぶれだ。
唯一、鳴海という女性については何も知らないが、残る二人は少なくとも社内では知らぬ者がいないほどの人物である。
だが、やはりツヴァイ氏は別格だ。
彼女だけは明らかに存在感が違う。
「早速だけど、今日の本題に入るわよ!」
言外に挨拶の時間すら惜しいと聞こえるほど単刀直入に、彼女は口を開く。
腰に手を当て、堂々と胸を張り、四人から向けられる期待を飲み込みほど自信に満ちた蒼い瞳を輝かせ、
「恋バナしましょ!」
誰も想像できなかった言葉を口にした。