小休止1
このページは、読者が、あるいは筆者が情報を整理する為に用意したものだ。
小説は良くも悪くも情報量が多い。
例えば僕は、約三百ページの小説を読破するのに三時間ほどの時間を要するが、三時間も集中力を維持することは難しい。
集中力には持続時間がある。言い換えれば、文章を全く理解できない時間と、神の如き理解力を発揮できる時間がある。
具体的な持続時間については、新たな説が提唱されては覆されていることから、様々な要因が持続時間を変化させるのだと推測できる。
ベネッセと東京大学が中学生を対象とした実験では、60分の学習を1回行うよりも15分の学習を3回行う方が効果的だと示された。
この結果を受け、会社に対して1時間の会議よりも15分間の会議を推奨する声もある。
ただし、実験結果が示すのは、人の集中力が15分しか持続しないということではない。少なくとも勉強においては、休憩を挟む方が良いということだけだ。
なんて、ビジネス書みたいな記述をしたのは、僕の哲学というか、やはり読書をするなら知識を得たいという偏見なのだけれど、如何だったかな。
閑話休題。
これまでに君が読んだ文字数は約1万文字。読書を始めてから15分ほど経過していると思う。ベネッセと東大を信じるならば、休憩を挟むべき時間帯だ。
だからここで、情報を整理する。
読書を中断、もしくは再開する為のセーブポイントだ。
この物語は、とある兄妹の非日常を切り取ったものだ。
兄である黒岩孝仁は、東京都港区にある会社でエンジニアをしている。最終学歴は修士。現在の年齢は28歳である。
時期は年末。
突如として新規事業に参加することが決まった孝仁は、その重圧からトイレで嘔吐した。孝仁のメンタルが硝子細工のように脆いことを象徴する出来事だ。
孝仁の妹である黒岩美羽は、かわいい。
少しばかり他人よりもおうちが好きで、パソコンを扱うスキルに長けている。その界隈では有名なVtuberであり、毎晩世界中の人々に幸せを届けている大天使。この世界に降臨してから23年が経過している。
孝仁は妹を溺愛するあまり毎晩妹の幻覚を見る。
それは、孝仁の激しい後悔が生み出す亡霊だった。
十年前。
孝仁は高校三年生。美羽は中学二年生だった。
家庭の事情から大学進学を諦めていた孝仁は、公務員になるべく勉強していた。それはもう必死に勉強していた。
一次試験に見事合格した孝仁は、次なる面接に向けて万全の対策をしたが、結果は不合格だった。
孝仁は他人と会話することが出来なかった。
面接当日、いっそ笑えるほどに言葉が出なかった。
家庭崩壊。
勉強のストレスと、将来に対する不安。
メンタルの弱い孝仁は、見事に押し潰されていた。
だから当時の孝仁は失念していた。その後どうにか立ち直り大学に現役で進学して年間百万円以上の学費を自力で賄いながら一流企業に内定するような自称メンタルの弱い人間が、それでも心を折られるような家庭環境で、果たして自分よりも弱い妹が平気でいられるか否か、それを考える余裕なんてなかった。
ようやく心の余裕を手にしたときには、何もかも手遅れだった。孝仁は、全ての責任が自分にあると考えた。救いを求める妹を見捨てたことを後悔した。あまりにも激しい負の感情が、亡霊を生み出した。
孝仁は未来を恐れ停滞を選んだ。
しかし世界は停滞を許さなかった。
「ボク、就活する」
妹は前に進むことを宣言した。
「ウラ・ヨシュア・ツヴァイ氏はご存知かな?」
兄は前に進むことを強制された。
もちろん彼には選ぶ権利があった。だが断る理由を奪われた。妹の為に有益なコネクションが欲しくなった。
時期は年末。
孝仁が受け取ったメールには、顔合わせミーティングの案内が記されていた。日時は元旦の昼時。
孝仁は元旦までに不眠不休で既存のタスクを終わらせ、あるいは引き継ぎ、考え得る限りの情報収集を行った。
そして元旦。
果たしてレベル1のまま新年を迎えた妹に対して、いつも通りの朝食と、ちょっとした煽りを記したメモを残して、家を出た。
目的地は都内にある個室レストラン。兄妹の日常を変える四人と出会う場所に向かって、歩き始めた。