黒と黒の攻防戦 ☆ クリスマス番外編
***で視点が変わります。
クリスマスの二週間前、サイクリング部のライングループに突如として送られてきたメッセージに、篠崎は眉をひそめた。
<25日クリスマス。彼女いない奴集合!>
ムードメーカーである緒方からのメッセージ。誰かしらの独り者が集合をかけ、こんなことになるだろうと考えてはいたものの、やはり篠崎にとっては不都合なものだった。
笑う緒方の顔を憎々しげに思い出したが、次の瞬間には篠崎の頭の中に別の人間が思い浮かんだ。
「篠崎!」
会う時は必ずそう言いながら、笑顔を浮かべてこちらに駆け寄る友人。 その愛らしさに、苛立ちが滲んだ顔は徐々に緩和されていく。篠崎にとって良仁は、そういう存在だった。
果たして彼はもうこのメッセージを見たのだろうか。
良仁は飲み歩く数は少ないものの、気の知れた部員との飲み会ならきっと参加するはずに違いない。
ふと手の中にあるスマホが震える。ライングループには良仁の<了解~>のメッセージが送られてきて、とうとう篠崎はその上品な造りをした顔に似合わない舌打ちをした。
クリスマスの夜、良仁と二人きりの特別な時間を考えていた篠崎にとって、全く望んでいない形となってしまったのだった。
***
聖なる夜、クリスマス。
今年は平日で恋人のいない手を持て余した奴らで集まった。サイクリング部の半分は集まり、そこに部員以外の共通の友人も集まったりで立派な集団が出来上がっていた。
そこには篠崎の姿もあって、何でお前はこっち側にいるのだと皆に突っ込まれている様子がうかがえる。篠崎が少しでも好意を見せれば付いて行かない女子なんていないはずなのに。顔良し、性格良しのハイスペックの無駄遣いだ。
「にしても、相変わらず黒なんだなー?」
男だらけのクリスマス会を主催した緒方がジョッキ片手に篠崎に絡む。
「お前、黒以外着たことないの?」
「それは着る時もあるよ」
「え、あんの?!」
驚きつかさず「篠崎、黒以外も着るってよ!」と特大スクープをゲットしたと言わんばかりのテンションで隣の奴にも声をかけた。そしてあっという間に篠崎の周辺にいた奴らがわらわらと取り囲み、篠崎に詰め寄っていく。
「篠崎って、黒以外受け付けないと思ってたわ。いつ着てんだよ!」
「いつって…別に決まってないけど、大事な時とか…」
「大事な時?なに、彼女とデートの時のこと?」
「まぁ、あるな」
「なんだその、彼女は特別みたいなノリは」
その言葉に篠崎は軽く相槌を打ち、否定はしなかった。その様子を隣で確認した俺は隣で盛り上がる緒方たちとは対照的に、それ以上掘り下げないでくれと思ってしまう。
思い出すサークルの冬合宿、例の彼女は特別みたいなノリで白い服を着た篠崎が実際に俺の実家に訪ねてきた事実があるからだ。
俺のエゴだが何やら言っていて、正直篠崎の真意が俺には分からない。ただ一つ分かることは、俺の実家を訪ねることが篠崎にとって特別な日だった、ということくらいだった。
だいぶ出来上がった奴らの中で挟まれて飲んでいると、後ろからくいと服を掴まれる。振り返ると、一つも赤くなっていない飲む前と変わらない顔色で俺を見つめる篠崎がいる。
「なに?」
騒がしい中で、そう尋ねた自分の声もよく聞こえなかった。すると俺のすぐ後ろでしゃがみ込んでいた篠崎は俺の耳元に顔を寄せた。
「これから2人で飲み直そう」
「え、マジで?」
「ああ、お開きになる前に先に出よう」
せっかくの篠崎からの誘いに断りたいという気持ちはなく了承すれば、篠崎はそのまま近くにいた緒方に声をかける。帰り支度をする俺たちに気づいた何人かが、じゃあなと声を掛けてくるだけで、特に引き止められる事もなく俺と篠崎は出て行った。
篠崎が行きつけのバーが近くにあるらしく、
煌びやかに彩られた道を篠崎と2人で歩く。
1人では通らないようなネオンの看板が並ぶ裏道に、そのバーはあった。アンティーク調のドアから、微かにジャズの音色が聞こえてきた。
モダンな雰囲気の店内は居酒屋のような騒がしさはないものの、人で賑わいクリスマス特有の温かい雰囲気がある。
バーなんて行かないものだから思わず店の様子を見渡してしまう俺とは異なり、篠崎はそのまま慣れた様子で店の奥に進んでいった。
カウンター席の奥にあった2人分の椅子の手前にあった方を篠崎が引く。当然のような顔して「どうぞ」と俺に座らせてくるから、お前はどんな風に育てられてきたんだと突っ込みたくなる。
腰を落ち着かせ先程までいた居酒屋とは違う質の高いお酒を片手に話していると、篠崎はおもむろに鞄から何かを取り出した。
「これを渡したかったんだ」
そう言って目の前に黒い紙包を差し出された。唐突な出来事に目を丸くすると、篠崎は微笑を浮かべながら「お前にだよ」と机に置かれた小包を俺に渡す。
「クリスマスだし、せっかくだからな」
「え、俺何も用意してないよ…?」
「いい、俺が勝手に渡したいだけだから」
「…ありがとう」
黒い小さな箱の中には、黒のブレスレットが入っていた。黒のチョイスはなんとも篠崎らしくて、思わず笑みが零れる。
取り出して眺めてみれば、ブレスレットについている一つ一つの黒いパーツが、底の見えない黒い水面が静かに揺らめいているようだった。
「……綺麗だ」
その秘めたような輝きに思わず呟いてしまう。
「ありがとう。すごい綺麗だな、これ」
「気に入って貰って良かった」
そう言う篠崎もなんだか嬉しそうに、いつもの変わらない表情が微笑んでいた。
見守るような暖かい眼差しに少し照れながらも俺は美味しいお酒と嬉しい贈り物に、クリスマス最後の夜の中で酔っていった。
***
静かに走るタクシーの中、隣にある温もりにそっと手を伸ばす。
艶やかで健康的な黒髪は指先にしっとりと馴染み、それだけで笑みがこぼれそうになる。
日頃から良仁に、酒も飲み過ぎず煙草もしない馬鹿騒ぎもしない、自分は安定を好む地味な人間なんだと言われることがあった。
だが篠崎にしてみれば、それは汚れを知らない無垢で清純で愛らしいとしか言いようがない。だからと言って無知な箱入り娘ってわけではなく、20を過ぎた男として考えは大人であったし、一緒にいて安らぎと楽しさを与えてくれる宝物のような存在だ。
極めつきは、この染めたことのない純黒の髪、雫が落ちて輝きを増した石のような黒い瞳。黒を好む篠崎にとって、どんな服やアクセサリーよりも、目の前にある黒が喉から手が出るほど欲しいものだった。
いつか良仁の全てを欲しいし、良仁に自分という存在を受け入れてほしい。
側においてあった袋からブレスレットを取り出す。それから良仁の手を手に取ると、静かに口付けた。
「……楽しみだ」
黒いブレスレットは良仁の腕を搦めとるように、暗い中でゆっくりと通された。
FIN