Intolerance
20XX年、時の大日本帝国政府が定めた政策により、日本人は四つのカーストに分類された。
翌年施行された『大日本帝国民族法』には、四つのカーストへの扱いが記述されている。
まずは四つの集団を説明し、次いでその扱いを記述する。
集団の一つは『日本人』であり、古来から日本人の血統を受け継ぐ純血の集団である。下記の『エトランジェ』であっても、”愛国心”がありながら日本国への帰属を望む者は『日本人』に昇格できる。
二つは『エトランジェ』であり、日本人の血を半分受け継ぐ者たちや就労のため来日した外国人などを指す。
三つは『クリミネル』であり、日本政府の定める刑法に違反した集団を指す。所謂犯罪者である。
四つは『スキゾ』であり、精神疾患に罹患した集団を指し、扱いは『クリミネル』に準じる。
最上階級である『日本人』は、この現代日本の社会を、ミスなく過ごすことの出来る唯一の階級。帝国政府に疑いの目を持たず、従順な羊で居続けることの出来る階級である。扱いとしては、当人の”愛国心”と”社会の敵”に対する敵愾心を持ち続けることで、災害時の食糧供給や優良求人、ベーシックインカム、各種健康保険や年金などの恩恵を得られる。
”愛国心”とは、帝国政府を一切疑わず、彼らの前に敵対する者への憎しみを向ける心である。
”社会の敵”とは『クリミネル』や『スキゾ』など、”普通の人々”ではない者たちである。
第二階級である『エトランジェ』は、主に就労のために来日した外国人の集団を指し、非正規の単純労働や工場、介護現場の求人を与えられる。『日本人』階級の恩恵を得る夢を抱え来日し、過酷な労働現場に疲弊し、夢が潰えて帰国する者たちも多い。
第三階級である『クリミネル』は、一度でも刑法に反した者を指し、罪を犯し刑務所を出る前にはGPS機能のあるICチップを体内に埋め込まれる。第四階級である『スキゾ』も同様である。彼らは常に衆人の監視下にあり、誰でもリアルタイムに彼らの位置情報や行動記録を得ることが出来る。一度『クリミネル』や『スキゾ』に降格すれば、二度と『日本人』にはなれない。
第四階級である『スキゾ』は、生後の全体スキャンと検査により精神疾患にかかる可能性が高かった者、そして成長して精神疾患を発症してしまった者がこの烙印を押される。扱いとしては『クリミネル』と同様に常に衆人の監視下にある。
全ては人々の幸福追求権が失われたことに起因する。
しかしそれは民主主義により、『日本人』である以前の日本人が選んだ道であった。
そしてこれはある男の回顧録である。
男は公園のベンチで弁当を食べながら、携帯型液晶紙に映るワイドショーを観ていた。
彼は立派な『日本人』であり、省庁に勤める初老の小役人であった。趣味は新聞への投書であった。
仕事の休憩中に公園へやってきた彼は、ようやく弁当を食べ終わったのか、職場に帰る準備をしている。
すると男の目の前に、ゴミ袋を手にした身なりの汚い男が歩きを止めて、彼を見つめている。おそらくホームレスだろう。
帝国政府もホームレスの扱いには困ったようだが、臣民の憩いの場を穢すことをさせまいと、法律を作った。後にホームレスは強制措置入院により『スキゾ』に属せられるようになり、作業所か工場に送られる。そして公園は清潔な公共の場を維持できたのだった。
しかし、現にホームレスが目の前にいる。これは現場の怠慢ではないか?
ホームレスはもごもごと口を動かしている。何かを喋ろうとしている。
そんなことはどうでもいい。一刻も早く治安維持隊に連絡し、この男を『スキゾ』にしなければならない。
臣民たちの清潔な公共の場を、こんな男が穢すことは許されない。
彼は携帯型液晶紙で治安維持隊に連絡をしようとしたその時。
ホームレスは何かで満たされたゴミ袋を持ち、すばやく彼に近付いた。
ゴミ袋の中から、形容しがたい多くの食餌管を持つ海綿体状の生きものが、彼に取りついた。
なんということだろう!この生きものの管が私の胸部に吸い付いている。管が私の身体に入り込んできている。じわじわと頭から思考が奪われているような感覚に陥る。生命力が吸われるようなこの感覚は、いや、はやくこの生きものを殺さねばならない。彼は持っていた水筒で、海綿体を叩き殺そうとした。
しかしその試みは成功せず、彼の意識は遠のいていくのだった。
彼はベンチに倒れ込む。その面前にもうホームレスはいなかった。
最後の海綿体の部分は、フィリップ・K・ディックの『流れよ我が涙、と警官は言った』をオマージュしています。衝動で書きましたが、ディックの小説作品は面白いものが多いのでおすすめです。






