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同行


 殴られた時にとる行動は、2つに分けられる。


 ⇒反撃

 ⇒我慢する


 この時、いつも、新約聖書内『マタイによる福音書』第5章の一説を思い出す。

『右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ』

 どこぞの聖人とて、そうであったのだ。寛容な精神で、広い心で反対側の頬を差し出そうじゃないか(決して殴られたいということではない)。


 さっ……ばっちこ―――――――いっ!


「……まあ、いいわ。今日は、あなたの仕事ぶりを監査されてもらうから」


 えっ、もう、殴らないんですか?


「じ、次長。自己紹介は?」


 海原課長がおずおずときりだす。いきなり、30代のオッサンをビンタする小娘に全力で怯えている小物感が、大いに共感を呼ぶ。


「ああ……日比野・マリア・桜子です。以上」


 名前だけを言って、次長席に戻って颯爽とパソコンに入力を始める。

 桜子ちゃんと呼んだら駄目だろうか……


「あ、あの次長。自己紹介ってそれだけですか?」


 海原課長が課を代表して質問する。彼は非常に日本的な男である。こういった日本の礼儀・慣例には人一倍うるさい。


「名前の他に情報が必要なのかしら?」


「……んだよ、人間機械かよ」


 シーン。


 神宮寺(班長)の声が響く。


「あっ……いや……」


 思ったより声が大きくなってしまい、かつ室も静寂だったため、それは課中に響き渡った。言った張本人は青ざめた表情でアワアワしている。恐らく、昨日、俺と美月ちゃんがご飯に行ったという事実も、彼の不用意な発言を手伝ったことは言うまでもないだろう。


「……えっと、君は神宮司班長ね?」


「は、はい」


 桜子ちゃんは席を立って、近づく。怯える神宮司の前に立って、天使のような微笑みを魅せる。


「君には期待しています。班長として、この班員をしっかり管理して頂戴ね」


「は、はい!」


 嬉しそう。怒られるかと思いきや、褒められて凄く嬉しそうな神宮司。


「で、どういう意味かしら?」


「え?」


「さっきの。君が私に『んだよ、人間機械かよ』と言った発言。仮に私が人間機械だったら、世界憲法第36条の条項に違反して名誉棄損罪で訴えられることになるのだけれど、どういう意図をもって発言したのかと思って」


 一瞬のうちに神宮寺の表情が青ざめた。依然として彼女は、天国から地獄に叩き落とし女神のような笑顔を浮かべている。


「……申し訳ありませんでした」


「謝罪を求めている訳じゃないの。なぜ、そのような発言に及んだのか、理由を聞いているのよ、神宮司班長」


「……」


 いつもとは全く違う光景。あの傲慢な神宮司がショボーンとしている。


「……ふぅ。不用意な発言は会社の品位に関わるわ。私が人間機械だったら、一発アウトの可能性もある。今後注意なさい。そんな発言が自然に出るということは、今までもたびたび言ってきた可能性が高いしね」


「……はい」


「いい? 君には期待しているから、言うのよ」


 最後に肩を叩いてニコリ。


「は、はいっ!」


 完全に目がハートマークである。完全に虜になってしまっている。なんたる部下掌握術。なんたるツンデレ。


「さっ、松下君。準備はできた?」


 クルリとターンして、俺の元に近づく金髪美少女。


「えっ?」


「えっ? じゃないでしょう。君の監査をするって言ってるんだから。案件は……これでいいかな」


  指令No345362 


 案件:鳥取砂丘で、小竜が発生。暴れていて手がつけられないので退治を求む。


 ミッションレベル:C(中位)ランク


「C級をですか!? 松下には荷が重いと思いますけど」


 神宮寺が不服そうに進言する。


「今回は監査を兼ねています。鳥取支社にはいつでも応援できる体制を整えておくので、問題ありません」


「……わかりました」


 渋々了承するYESマン神宮司。

 てめえ、もう少し頑張れよ……C級なんて嫌だし。


「わ、私も行きたいデス!」


 時折カタコト日本語が混じる未来ちゃんが挙手。なぜなら彼女は帰国子女。そのインターナショナルなお胸も外国の大地で育った天然物だ。


「いいわ。あなたの実力も合わせて確認できれば一石二丁だものね」


 迷わず了承し、金髪美少女は席に戻ってパソコンを始める。


「C級なんて……ワクワクしますね!」


 やる気元気陽気な未来ちゃん(Fカップ)。


 一方、陰気辛気童貞な俺としては、気が進まない。


 まあまあ、嫌な予感しかしない鳥取出張だった。






 

 


 


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