新次長
3日連続の快晴で、雨はどこへ行ったのかと不安になるほど空は青さで満ち満ちている。二日酔いの身の上には厳しすぎる陽射しは、昨日の愚行に神が天罰を与えているようだとすら感じる。
*
昨日、美月ちゃんと食事に行った。臭汚い格好に散々文句言いながらも、チャキチャキと俺の身なりを整えてくれ(漫喫でシャワー⇒洋服屋でコーディネート、実に30分)、如実に彼女のいい人ぶりを見せつけられた形だ。
その後に入った居酒屋もお洒落ではあったが、女子女子している風でもなくオッサンも気の抜いた心地を満喫することができた。
美月ちゃんはと言えば、いつもはお堅い伊逹眼鏡で真面目さを演出しているのだが、昨日はそんな風でもなく、コンタクトで、可愛らしいワンピースに身を包み、Bカップ以上Cカップの胸をこじんまりと収めていた。『おいおい、なんでお前みたいなオッサンがこんなに可愛い子と』という店員が叫ぶ心の声を無視し、ほぼマシンガントーク一択である美月ちゃんを肴に、『ああ、こんな子と夜中イチャイチャ過ごしたいな』という願望を胸に抱いたまま話を聞いてた(実際には話は聞いていない)。
もちろん、オッサンの驕りだ(8680円)。こんな日にお金を使わずに、俺はいつお金を使えばいいのかと。むしろ、こんな使われ方をして、俺の諭吉先生も心なしか朗らかに笑っているとさえ感じた。
「こ、こ、こ、この後どうしましゅか?」
「……」
酔っぱらって呂律が回らず噛んでいる感じ可愛い。『一生一緒にいてくれや』という三木道山先生の唄を耳元で語り掛けながら、延々と耳たぶをカプカプしたい。
とは言え、希望はラブホ一択である。
「もう一軒飲みなおそうか?」
酒の力を借りて、2次会へといざないの言葉を投げかける。まだ、彼女の思考は正常なようだ。酔いが足りない。こんなチェリーオッサンでも、一晩を許容できるほど酔っぱらって貰わねば、希望の場所へ行くのなんて、夢のまた夢。
「わ、わ、私は構いましぇんが」
大分お酒が入っているのか、ほんのり顔を赤らめる美月ちゃんビーナス。
なんだか、今日は、イケそうな気がする―――――↑
*
まあ、結果的には、気のせいだった。彼女、結構な酒豪で完全に潰された。路上でゲロ吐いて、家まで付き添われてチャキチャキと介抱してくれて、現在に至る。
ああ……オッサンの二日酔い最悪。
東京国際センタービルは今日も巨大にそびえ立っており、『俺が神をも恐れぬ人類の英知だ』と言わんばかりの面持ちをしている。
「おはようございまーす」
今日も元気な守衛さんの言葉は脳裏にガンガンと響く。彼も今年で60歳。毎日このビルの治安を守りながら、家族を守る。彼はそれを40年以上も続けている。それに比べて俺が守っていものは、34年間貫いている童貞のみ(結果的に守ってしまっている)。守衛さん……今度、娘さん紹介してください。
第一課に入ると、すでに神宮寺(班長)は出社していた。海原課長に至っては7時25分出社。時間としては7時43分。始業開始時間は8時。彼はいつも、7時30分につく。勤怠ボードには、神宮司の出社カードがすでに表になっている。
課長曰く『7時30分までに来れるかどうかが、クズかどうかを見極める方法だ。この1日の少しの努力が、クズには存外できぬもの』だそうだ。その口癖を知ってか、第一課は7時30分までにはほぼ全員が揃っている。
海原課長……すいません、クズでした。
「おそよう、松下」
神宮寺がいつも通りのあいさつをする。
「……ははっ、おはようございます」
なんとも言えない苦笑いを浮かべて、席に着く。
「おはようございます、松下さん」
「……おはよう」
今日も元気な声で挨拶をする未来ちゃん
……よし、その胸も元気だ(毎朝恒例の始業点検)。
「あの……今日、来るらしいですよ?」
「えっ、誰が?」
「ほら! 回覧で来てたやつ。新しい次長」
「ああ」
課長以上部長未満のポストの次長職。てっきり、海原課長があがると思っていたのだが、どうやら新しく入ってくるらしい。どうも、ここ一週間の課長の機嫌が悪いのはそのせいであると噂が流れていた。
「ふむ……遅いな」
海原課長が苛立たし気につぶやく。
現在は7時53分。7時55分には始業開始前のチャイムがなる。
「ですよねー。僕は時間にルーズなのは信用できないなー」
ここぞとばかりにゴマゴマする神宮司。
7時54分……みんなが心の中でカウントを始める。
30……31……32……
その時、室の扉が開き、ハイヒール音が心地よさげに響く。颯爽と現れたのは金髪碧眼の美少女だった。
その美しさは見る者の息をとめさせるほど。細く精緻なブロンドのロングヘアはその柔らかさゆえに活発な動きを見せる。事務職が多い女性社員はスカートが多いが、珍しくパンツルックである(残念)。しかし、そのキュッと上がったお尻は見る者(俺)の視線を釘付けにする。
惜しむらくは……Aカップ(推定)。
いや……しかし、それを見事にリカバーするほどおいしそうなお尻をしている。しかも……パツキン(死語)。
「じ……次長。本日もお綺麗――」
海原課長のおべっかを手で制止して、そのクリッとした蒼の瞳を向ける。
「亜悪魔を単独で撃退したと聞いたけど……誰?」
「いや、その――「松下さんです! ここにいる松下さんです!」
未来ちゃ――――――――ん!?
なに同僚売ってんの――――――――!?
「よかったですね、松下さん。絶対褒められますよ」
完全なる善意の微笑み。
「……」
そうなんだろうか……いや、もしかしたら俺が会社不審なだけで……実際は褒められたりするんだろうか……
「そう……」
彼女はツカツカとハイヒール音を鳴らして近づいてくる。
顔が10㎝まで近づいた。近づけば近づくほどその美しさに吸い込まれそうになる。その雪のような肌は、一点の曇りすらない。その綺麗で桃色の唇は洗練された清楚さを感じざるを得ない。
……なんとか、このままキス、できないだろうか。
「君が……亜悪魔を?」
「は、はい……」
「そう」
・・・
パシーン
激しいビンタ音が、
俺の頬に、
響く。
「亜悪魔に応援を呼ぶなんてセオリーでしょうが!? 単独で立ち向かうなんてどうかしてるわ!」
……てめえのケツ壊れるほどスリスリしてやろうか―――――――!?
心の中で叫んだ。