失敗
未来ちゃんが期待のある眼差しで、俺を見つめる。
……そんなに期待される能力じゃないんだけどな。
「禁断の箱」
掌に収まる黄金の箱から、出現するのは……
……小人?
「ルッコラ―! ルッコラルッコラー!」
「うん……外れだ」
「外れじゃないですよー! どうするんですか!?」
そ、そんなに頼りにしないで欲しい。
「……さて、茶番は終わったか?」
黒づくめの男は余裕の笑みで近づいてくる。
手をかざしただけで、炎が消え去った……ということは狩猟系……しかし、なぜそれが見えない。能力は各々異なっているが、そんな能力は見たことがない。
なぜ……
「ルッコラルッコラ―……ルッコラ……ア―――――――!?」
とりあえず、小人を投げてみた。
「……なんのつもりだ」
黒づくめの男は、掌をかざして完全に小人を消し去る。
「ああ、そうか」
納得した。そう言う能力か。
「な、なにがですか?」
未来ちゃんが俺の背中に隠れながら尋ねる。ちなみに、彼女は知らない。俺が全力で背中に神経を集中させていることを。
「あの男の能力」
「えっ!? なんですか?」
「存在を消す力……だろ?」
「ふっ、ご名答」
余裕めいたニヒルな微笑み。
「な、なんですかそれ!? そんなの反則じゃないですか!?」
「うん……まあ、ヤバいね」
ハッキリ言って超強い。どの程度の範囲かはわからないが、さっき放った炎だと、半径2メートル以内。下手すればA級までの怪物なら、問答無用で退治できるレベルだろうか。
特異系。覚醒者の中でもレア度が高く、唯一固有の能力者である。これだけの力を持っているならば、逆にSERFに所属してないのも頷ける。
「零の手と、僕は呼んでいるがね」
黒づくめの男は笑いながらゆっくり近づいてくる。
「こりゃ……ダメだな」
「ダメだなじゃないですよ! ダメじゃダメなんですよ!」
「落ち着いて未来ちゃん。倒すのはあきらめたって意味だから」
その言葉に、ピタリと男の足が止まる。
「面白い……ここから逃れることはできそうだ、と聞こえたが?」
「そう言ったんだけどな」
もちろん、ハッタリだ。策など、ない。しかし、奴は己の強さに絶対の自信を持っている。間隙を突くとしたら、そこしかない。
「面白い。抵抗してみろ」
男は愉快そうに腕を組む。
ふぅ……とりあえず、第一関門突破。後は、当たるも八卦、当たらぬも八卦だけど……
「ま、松下さーん……かっこいい」
そんな俺の意図を知って、ポーっとなってる未来ちゃん。これが、吊り橋効果というやつか……仮にここを抜け出したら、そのままラブホに直行して一発キボンヌ。
「禁断の箱」
本日2回目……は……でかっ!
「ブルルルルルルッ、ヒヒ―――ン!」
馬……ユニコーン……みたいなもの。
「未来ちゃん、乗って!」
「ちっ……」
黒づくめの男がこちらに走り出した時には、もう走り去っていた。神がかり的タイミング! 九死に一生の当たり! 未来ちゃん、俺こそが白馬の王子……もとい、黒々とした馬のオッサンだよ。
馬らしきもののスピードは速い。数秒にして黒づくめの男を引き離す。
「降りたらダッシュでマンホールから出るよ!」
できれば未来ちゃんは先に行ってね(お尻みせてください)。
「で、でも! マンホールに梯子で上るほどの時間は……」
「……ないね。だから、このまま走るよ」
「えっ?」
「次のマンホールぐらいだったら、登れる時間はあるでしょ? 他のマンホールに梯子であがるよ」
「松下さん……やっぱり凄いです。その機転の良さ……本当に尊敬します」
「……」
俺株がバブル景気的に上昇中。童貞株-100万円が今や1万(ラブホ代)までにいざなぎ上昇中。今夜は君のマンホールに……ピットイン!
・・・
10分後、なんとかマンホールから脱出。童貞オッサン株でモナ・リザ購入。
「ふぅ……なんとか生きて帰れましたね」
「そうだね……うわ――――、汚い。臭い。こんなんで街歩きたくないなぁ。ほーんとに、こんな体で街を歩きたくないなぁ」
大事なことだから、2度言いました。
「確かに……どっかで汚れ落とさなきゃ会社に戻れませんね」
未来ちゃんも純粋に同意。その穢れなき瞳で、童貞を見つめないでおくれ。
「うーん……じゃあ、どっか休憩所でも……」
そう言いながら、時計をチラリ。今が、6時半だから……まずは、会社に帰る体にして、ラブホ誘って、ことが終わった後で勤怠を直帰にして……
!?
「……ごめん、先に会社戻るわ。未来ちゃんは、どっかでシャワー浴びて帰りな」
「えっ……ちょ……松下さ―――ん!」
童貞株暴落……バブル崩壊。空白の10年間発生。脳裏にさまざまな出来事が走馬灯のように駆け巡る……サーラバー、脱童貞。ただいま、アダルト女優様。
・・・
午後7時半。東京国際センタービル第一課。
「げっ……お前! なんだその格好は!?」
神宮寺班長、海原課長が生ごみを見るような目で俺を見る。
「ちょっと……たてこみまして……」
「スライム程度にか!? どんだけ使えないんだお前は」
心底呆れ顔で俺を眺める。
「はぁ……すいません」
「まあ、お前にはなにも期待してないけど……未来ちゃんは?」
「汚れを落として帰ってくるって言ってました」
「はぁ……さすがだな。新人でもできることがなんでお前にはできないんだ?」
「あっ……ちょっと急ぎの電話があるんで失礼します」
適当に神宮司班長の追撃を躱して強引に携帯を持つ。
♪♪♪
「……こんな時間に何の用ですか?」
むすっとした表情で美月ちゃんが出る。
「ごめん! でも、仕事で……大変だったんだ」
断腸の思いで、こちらを選びました。
「……はぁ。すぐに仕度できます?」
「うん……じゃあ、下で」
ガチャ。
ふぅ……なんとかドタキャンせずに済んだ。
オッサン童貞は……女を悲しませない(キリッ)。
「お前―――! なにキリッとしてんだ――――!?」
「……すいません」




