指令
覚醒。人類の切り札にして、生存可能性の一つとすれば、人間機械化もまた一つの可能性と言えるだろうか。
ロボット工学の権威であるマック=ドメイン博士の考案した人間と機械の融合。言語・文字などの情報の処理を行なっていると考えられている大脳左半球を人工知能にすることによって、主にイマジネーション等を司る右脳の能力を飛躍的に上げようという試みである。
最初の人間機械である、アダムが世界長者番付の1位になるのに、10年。人間機械が人類の10%を占めるに至ったのは5年後。今では、人類機械はエリートの証であり、支配者層の象徴だと言える。
ただ、そんなことより経理の美月ちゃん(Bカップ)がキツイ。
「だから……つい、間違えちゃったんだよ」
30分。実に1時間の半分を経理との電話に費やしている。
「『つい』ってこの前もそう言いましたよね? 2カ月前の13時25分58秒。あなたは、そうやってお昼代の申請費用を消費税抜きの価格で申請しました」
「……」
君は計算間違いもないし、スケジュール管理も完璧なのに、ブラジャーはなぜCカップをつけてるんだ―――――――――!?
――などと、言えるはずもない。
「だ、だいたいです! 2カ月前の13時26分35秒に、『お詫びにご飯連れてってくれる』って言ったのに……あの約束はどうしたんですか!?」
あ、あれ……社交辞令だと思ってたが。
「ごめん。いや、俺は凄く行きたいんだけど……美月ちゃんは行きたいの?」
「!? い、い、行きたいわけがないじゃないですか!? まるで私が誘ってるみたいな言い方しないでください!」
「ご、ごめん。でも。それなら、付き合わしちゃうのも悪いし」
こんなオッサンと飲み屋で2人きりなんて……どんな地獄だ。
「……で、でも! 約束はしたわけですし、私も……まあ、最近美味しい鍋でも食べたいなーってちょうど思ってますし……ゴニョゴニョ」
ん? 通話がよく聞こえないな。
「じゃあ、今日、行ってくれる?」
「きょ、今日ですか!? きゅ、きゅ、きゅ、急過ぎます!」
「だよね。じゃあ、今度――「でも! しょうがないですね! 仕方がないから付き合ってあげますよ! あっ、今の『付き合う』っていう単語は男女が交際するという意味ではなく食事に同行するという意味ですから誤解のないようにお願いします」
「はい、その点は重々承知してるから」
「……そ、それならいいです。じゃあ、午後7時に。お店は私が決めて後で連絡しますから。あっ……業務外電話を2分6秒してしまったので、失礼します」
ガチャ
……可愛いけど忙しい子だな。
「おい! いつまで無駄話してるんだ!?」
お前の耳はウルトラマンレベルか! と思わずツッコみたくなるほど端の席から神宮司(班長)の怒号が響く。
「す、すいません」
慌てて、会社用携帯電話をきって残務処理に戻ろうとすると、神宮寺が立ち上がって俺の後ろまで来て、電話を取り上げる。
「……っは! 経理の宮下美月か。あんな人間機械と楽しそうに話すなんて、趣味が悪いよな」
「……」
人間機械が一種の差別用語として使われているのは事実だ。人の肌の色で人種差別するのはよくないという意識は根付いたが、その歴史の浅さからか、脳を半分入れ替えた人間で差別することを罪と認識する人は少ない。
実際に、美月ちゃんは凄く可愛い顔、おいしそうなお尻を搭載しているので、俺はあまり気にならないが。
まあ、そんなこと言っている俺も大差はない。人は、外見、年齢、思想、あらゆるもので差別する生き物だから。美によって明確な差別するのは公然と認められているし、人は日々優位を保つために生きていると言っても過言ではない。
重要なのは口に出さないこと。周りを傷つけずに生きることが大事だと思う。
ちなみに、神宮寺は一瞬にして美月ちゃんにフラれた可哀そうな男なので、負け犬の愚痴として聞き流す。
「そんなことより、指令だ」
一枚の報告書を机に叩く。
指令No345362
案件:東京都新宿区3丁目下の下水道で、スライムが大量発生。近隣住民から救助要請が来ているためヒーローの派遣を求む。
ミッションレベル:G(最低)ランク
「さすがに、Gランクぐらいのミッションは完璧にこなせるだろう?」
ニヤニヤ顔で神宮寺が見下してくる。
「……頑張ります」
「はぁ……これぐらい『絶対にやれます』って言えないのかなお前は。未来ちゃーん。嫌だと思うけど、また、ついて行って! 君の勉強にもなると思うから」
「はい! 頑張ります!」
「よーし、いい返事だ」
デレデレの頭ポンポン。
同じ返事なのに、と思わないでもなかったが、よく考えたら34歳のオッサンのやる気のない返事と、まるで元気ハツラツオロナミンCの宣伝に出てるかのような可愛い子がギュッと脇を絞って拳をギュッと握って、ギュッとFカップが強調されるのは天と地の差だった。
今日も、未来ちゃんは元気いっぱいだ(胸も含む)。