同期が上司になりました
「あっ……やべっ」
一目見ただけで、わかった。
亜悪魔。紅に染まった禍々しい身体。四肢には獰猛な爪を見せ、這いつくばって近づいてくる。その漆黒と赤の混じった翼で羽ばたけば、数秒で東京スカイツリーほどの高さまで飛び上がるという。
「ま……松下さん! 大丈夫なんですよね。大丈夫なんですよね!?」
そうやって俺の身体を揺さぶるのは未来ちゃん。
ミライと書いてミクと呼ぶ……いい名前だ。
「はは……ダメな時はダメだから」
「なんでそんなに落ち着いてるんですか!? ダメな時にダメなのはダメなんですよ!」
推定Fカップの胸を揺さぶりながら、必死に俺の肩を揺さぶる。
「未来ちゃん。なんのために俺たちは会社という組織に属しているんだ? 個人でダメな時は応援を呼べばいいんだ」
温かいまなざしで、彼女を見つめる(凝視)。
「そ、そんなことしてる間に――「危ない!」
亜悪魔が猛然と襲い掛かってきて、爪を未来ちゃんに振り下ろす。ドサクサに推定Fカップの胸を掴みながら、横に飛んで躱すことができた。
「ふぅ……危なかった」
限りなく惜しいが、紳士的に胸から手を離し、それとなく掌を鼻の方にもっていく。
当然、意味など、ない。
その芳醇な香りを楽しむためである。
「ま、松下さーん! なんとかしてくださいなんとかしてくださいー! 私、まだ死にたくない! 松下さんだって生きて帰りたいでしょう!?」
「……帰って……俺になにか待ってるのかな?」
「松下さーん!? そんな悲しくて不吉なこと言わないでください!」
そろそろ、未来ちゃんのキャパも限界に近い。
「……仕方ない、ダメかもしれんけど、まあやるだけやるよ」
「ダメかもじゃダメなんデスってば―!」
後ろから悲痛な声で叫ぶ声を背中に受けて、掌を拡げる。
「禁断の箱」
瞬間、
俺の掌に収まる黄金の箱。
その非幾何科学的な文様は物理を超越し、非神秘的な光は魔法という次元を隠し、非現実的な出現物はかつて見たこともないモノを呼び出す。
それは、大鎌だった。
禍々しい闇と神々しい光が刃に宿り、圧倒的な存在感を放つ。
「これは……あたりだな」
「やったぁ!」
「……残念ながら」
「やる気だしてくださいよー!」
「ウガアアアアアアアアア!」
亜悪魔がその翼で飛翔し、高く高く飛び上がった。
天空高く豆粒ほどの大きさになった時、こちらに向かって、落ちてくる。
「ったく……それは悪手だろう」
斬!
鎌を二、三度振りかざすだけで、亜悪魔はバラバラになった。
「こりゃ凄いな」
「す、凄いです松下さん!」
キラキラした穢れのなき瞳で俺の方を見る未来ちゃん。
「ここ最近だと一番のあたりだな……死神の鎌とでも」
まあ、再び出てくるとは限らないけど。
「でも……亜悪魔を一人で倒すなんて、本当に凄いです!」
「……応援呼んだ方がよかったかな」
そう言われてみると、
今更ながらに判断ミスだったかもしれないと思う。
亜悪魔はB級の怪物だ。少なくとも、10人以上で駆逐すべき劣悪種だ。
「なに言ってるんですか! 1人で倒したんだから、それに越したことはないじゃないですか」
「はぁ……新入社員の君にはわからないだろうな。」
「? よくわかんないですけど……じゃあ、帰りましょうか」
「……帰らなきゃダメかな」
できればもう少しいたい。
「な、なに言ってるんですか!? 仕事も終わったし、ここにいる意味はもうないですよ」
「……」
困ったことに、帰らない理由がない。
・・・
午後1時。東京にある本社に戻った……戻ってきてしまった。
東京国際センタービル。60階建てのガラス張りの建物。まるで、『俺が東京だ』と言わんばかりの佇まい……まったく好きになれない。
「お昼までに戻ってこれましたね。みんな、亜悪魔を倒したって言ったら驚きますよー。もしかしたら、表彰されちゃうかも」
ウキウキしながら、足取りが軽い未来ちゃん。その上下運動で豊満な胸がゆさゆさ揺れる。
どうか、君はその穢れなきピュアなままでいておくれ。
通門証をかざして、守衛室のガードマンに会釈。
「お疲れ様です!」
礼儀正しい警備員は、いつも俺の荒みきった心を癒してくれる。
「さ、早く早く―」
ルンルン気分で歩く未来ちゃんの胸はまるで、『揺さぶってくれ』と言わんばかりの迫力を醸し出す。しかし、その誘惑に負けたが最後。
社会人としての最低限の品格は保たねばなるまい。
「ただいま帰りましたー」
元気よく、室に入ると室中の全員が集まっていた。
その中心には、
俺の同期である、
神宮寺が誇らしげに立っていた。
「みなさん。今日を持ちましてこの第一課3班の班長になりました神宮寺です。チームワークと協調性をもって今後ともヒーロー業務に邁進したいと思いますので何卒よろしくお願いします」
パチパチパチパチ。
……同期のヒーローが、上司になった。




