お人好しの剣士
さて、呪いの行方は?
この子の呪いを代わりに受けとる。確かに、その方法なら苦しみから解放される。でも、自ら呪いを受けるなんて、できるはずはない。
「わかりました! 私が受けます!」
名乗り出したのは母親だった。
「何を言っているんだ! 駄目だ!」
夫である父親は猛反対する。
「けど、この子を助けるにはこれしか無いわ!」
「君に何かあれば、あの子は泣く。なら、俺が受ける! 俺に受けさせて下さい!」
母親に代わり父親が名乗り出す。
「駄目よ! あなたがいなくなったら、私達はどうしたら良いの!?」
「俺だって、いなくなるのは嫌だ!」
二人は子供もお互いを大切に思っているんだな。気持ちが良く伝わる。
「…………早く、決めた方が良いぞ」
魔女は女の子の様子を伺いながら決断を迫る。本当に一刻の猶予は無いな。
俺も考えてみた。あの子には両親が必要で。両親もあの子が必要だ。…………仕方がない。
「俺が…………俺が呪いを受ける」
俺の一言が、みんなを驚かせた。
俺は魔女の前にこう言った。
「俺にその子の呪いを移せないか?」
すると、魔女の表情は驚きから少し怒りへと変わった。
「君は正気か? 呪いを受ければ、苦しみながら死を迎えてしまう。この子供のようになるぞ」
そうだ、この子は苦しんでいる。だから、放っておけない。もちろん、
「もちろん、死ぬつもりは無いさ。教会に行って呪いを解いて貰う」
「簡単に言うがな、距離はある。そして金も掛かる。できると思うか?」
距離はともかく、金は…………問題だな。
「それに、この子供を救おうとするのは何故だ? この子供も親も縁もゆかりも無い赤の他人。自分の命を掛ける必要は無い」
全くの正論です。でも、俺は…………。
「それでも…………助けてあげたい」
魔女は呆気にとられつつ、ため息を吐く。
「…………体力に自身はあるか?」
「うん、自慢じゃないがある」
「…………体力があればあるほど呪いに耐えられる」
魔女は考え込んだ。その結果は、
「呪い移しの魔法をやるぞ」
魔女は左手で女の子の右手を握り、右手で剣士の左手を握る。
その様子を見守る両親と村人達。
「では…………やるぞ」
俺は頷くと、魔女は目を閉じて呪文を唱え始める。
「我は筒。通り抜ける筒なり」
すると女の子の身体から黒い霧が身に纏うように現れ、移動するように魔女から剣士へとゆく。そして、剣士の顔は歪んだ。
俺の脳裏に無数の景色が横切ってくる! 頭の中が壊れそうだ! 胸も苦しみ出した! 駄目だ…………。
剣士は意識を失って、その場で倒れた。
俺は…………生きているのか? 自然に目が開けたから生きているみたいだ。俺の目に写っているのは、天井…………、
「おおっ、気がついたようだな」と魔女だ。俺はベッドの上に寝かされているらしい。
「俺は…………」
「呪いを受けた衝撃で意識を失っていた」
「そうか…………これが呪いを受けた代償か」
「代償はこれから受けてゆく。徐々に苦しみがますぞ」
魔女の言葉に俺は少し後悔した。引き受けるって決めた癖に、情けないな。
「それで、あの子は?」
「大丈夫だ」
魔女は目をやる方向に、父親と女の子を抱く母親。女の子の表情は健やかな寝顔だった。
「呪いから解放すれば、ああやって気持ち良くなる」
「…………良かった」
あの子の寝顔を見たら、気持ちが楽になった。
「本当にありがとうございます!」
「なんて、お礼を言ったらよろしいでしょう!」
涙ながらに感謝されて、悪い気はしないな。
「俺より、彼女にお礼を言ってあげて」
「……私は自分の潔白を証明しただけだ。村人達もわかってくれた」
「あっはっはっはっ、良かったね」
「笑っている場合ではないぞ。動けそうだったら、一刻も早く町にある教会へ行け」
「……わかった、そうするよ」
呑気な剣士をじっくりと眺める魔女は考えていた。
翌日、俺は村を出た。元気になった女の子と両親、そして村人達がお見送りしてくれた。俺は手を振って、町を目指した。
「……あれ?」
俺の目の前に黒い衣を被った魔女がいた。
「ずいぶん、早かったな」
「何で君がここに?」
「うむ、貴様に付き合ってやろうと思ってな」
「えっ?」
「呪い移しをやった責任として、貴様の付き添いをやる。呪いを払う魔法はないが、抑えつける魔法はある。何かと便利だろ?」
「それは確かに便利だけど……良いの?」
「うむ、森の外には前から興味があったからの」
「…………それが本音じゃないの?」
「細かいことは気にするな。とにかく私はついてゆくぞ」
この様子だと無理矢理でもついて行きそうだな。
「わかった。よろしくな、魔女さん」
「ありがとうな、剣士殿」
こうして、奇妙な二人組は旅だった。
いよいよ物語の始まりです。