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ラヴァの伝説  作者: だとーる
ラヴァ 第三次奪還作戦
9/9

普遍

 木々に囲まれ、出来るだけ自然に這わせた蔓がそこを青く溶け込ませている。最大百名が収容可能とされるイエロー第七地帯ゼヤ地区医院。この地帯で正常に運営できている唯一の場所だ。

 唯一ということは、そこに人が集中するということである。事実、先程までは三百名程が収容されていた。約百名抜けたとはいえ、まだまだ定員を超過している。

 グレムは獣の姿のままその外観を眺めた。

 運の良い医院。

 唯一の救い。

 ここに来て良かった。

 様々な声が彼の脳内で反響する。

 運の良いと言った兵士は、三度この医院に来て、二度この医院から戦場に出た。もう戻ってこないと豪快に笑いながら出ていき、こんなはずではなかったと笑いながら戻ってきた。

 その日、まだ早いと制するグレムに、今度こそ戻ってこないと笑い、血の滲む腹をシーツで押さえ出ていった。そんな男の三度目の来訪は、かき集められてのことだった。狂乱した相棒が、俺は平気だからこいつを助けてくれと、明らかに足りないそれを差し出してきたのを覚えている。

 唯一の救いと言ったのは、穏健派だった大臣だ。グレム着任以来襲撃がなく安心して治療が受けられていることを、彼はグレムの手を握り礼を言った。医薬品も最優先でこの医院にまわすことを約束し、私財でベットの増設もしてくれた。それにより環境は改善し、人もこっそりと斡旋してくれ、助かる命が増えたことは疑いようもない。

 だが、その資金の流れと反戦思考から内通者とされ、首が落とされた。後日、ほんの数行で彼の名誉は回復されたが、それを知る人はいないだろう。

 この医院に来れて喜んでいたのは、十一の田舎娘だった。貧しい農家の、知性も美貌も無かったその娘は売られるという未来しかなかった。初めは暗かったその表情も次第に明るくなり、グレムのように多くの兵を救えるようになりたいと微笑み、努力していた。

 兵士をその身で慰めることができないからこその思いは、人員不足とその実力を理由とした移動の途中、殺された。その身には凌辱の爪痕がしっかりと残されていた。壊れた心で戻ってきた彼女は、その夜、ある兵士を誘惑した。その兵士は幼い彼女を気遣い断ったのだが、壊れた彼女にはそれは届かなかった。彼女は、笑いながら胸を突いた。

 この医院のことですぐさま思い出せるのは、こんなことばかりであった。何か、祝福できるようなことがあったのではと考えを巡らせるも、ありふれた不幸、ありふれた幸福、ありふれた結末はグレムの脳内に無数に漂う。

 意味のないことだ、とグレムは思い直した。再び光の粒になり、自室へ潜り込む。ヘイレンの様子は出たときと変わらない。グレムは落ちた衣類の中に入り込み――

 立ち上がろうとした。ふと、視線を感じその方向を見た。それは鏡だった。

 そこには積み上がった書類と、それなりに気を使い整頓した机が写し出されていた。

 やられた、と思った。鏡を使ったこんな簡単な方法を失念していたことをグレムは素直に呪う。また、ヘイレンの幻肢痛を忘れていた自分を殴りたくもなった。だか、もう仕方がない。

 グレムは衣類を纏い、立ち上がった。

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