グレム
グレムという男は、すべてにおいて異質だった。
ラヴァの男でありながら、兵としてその命を国に捧げようとはしなかった。病であるとか、そもそも臆病者であるといったラヴァ国民として恥ずべき気質の者ではない。
むしろ、彼自身はラヴァに相応しいものだった。軍に入れと命令する役人たちをその腕一つで打ち倒し、それだけではなく軍部にたった一人、誰にも気づかれずに乗り込み、将軍を人質に自分が兵となり戦場には決して出ないことを認めさせた。
しかし軍部はただいいようにはされなかった。自分達が国を守っているという強い誇りがあったからこそ、たった一人の侵入者の要求を、はい分かりました、と飲み込むことを許さなかった。
そして「兵として」戦場には出さなかった。グレムの並外れた行動力、そしてその知識から「軍医として」戦場に出したのだ。
医者というのは、戦場ではある意味で最も過酷な立場である。平時のようにただ診断し、治療することは不可能だ。昼夜を問わず運ばれてくる患者を「選別」しなくてはいけない。それは怪我の度合いはもちろんだが、なにより身分が一番であった。士気に関わるとか、有能な人物であるとかいうのは建前で、実際は適切な治療をせず神聖なラヴァの血肉を殺したといい、銃殺されてしまうのを防ぐである。
ただでさえ過酷な選別業務に気を狂わせる者が後を絶たないのに、持ちこたえた者ですら殺してしまう。戦場という狂ったなかでの秩序がものを言う世界で、ラヴァは自ら滅びへと突き進む。
そんな中で動じていないのがグレムであり、彼のいる医院だった。
グレムは男でありながら髪を伸ばし、疲れる様子一つ見せず黙々と目の前のそれを治療する。視察に来た中枢の者には笑みを浮かべ、淡々と状況を聞き出すともう用は済んだとばかりに無視をする。
そして医院の女たちは、本来であれば治療や掃除はもちろんだが、真の役目は傷ついた男たちを慰めることであるのに、それをしようとはしなかった。確かに傷ついた兵士に微笑み、慈愛の眼差しを向ける。だが、それをしたあとは必ずグレムの方を見る。彼が微笑み返してくれればぱぁっと顔を輝かせ、手招きされれば約束された囁きに心を踊らせ、その身を委ねられることを糧に足取り軽くその時を待つ。他の女たちが嫉妬の目線を送ることも気にせず、また嬉しさを隠そうともしない。
そんな異質の渦の中心が、グレムだった。