06 『おっぱいバレー(物理)』
おもちゃ生活にも大分慣れてきた。
この次元の狭間で寝起きするのも、もう何度目だろうか。
俺は勇者の剣をかついで、体育室に素振りをしに出かける。
ここでの生活を送っていて最近気づいたことがある。
どうやらここでは外の世界と比べて重力加速度の大きさが微妙に異なるらしい。
気付けたのは日課の10000回素振りを終えた後に感じる疲労感がかなり少ない事がきっかけだ。
最初は俺自身が成長したのかと思ったが、色々持ち上げてみるとこの次元の狭間では俺自身の体重を含めあらゆる物が軽く感じる事に気が付く。
この分だともっと素振り以外にも鍛錬メニューを増やしていもいいかもな。
快調に7000回ほど振っていた所で、いつものように体育室にシルヴィアさんがお茶とラスクを持ってやって来る。
人一倍早起きの彼女はガランとした食堂でラスクを食べるよりも、俺の鍛錬を眺めながら食べたほうが楽しいと考えたらしい。
俺は軽く会釈をすると、残り3000回も気を抜かずに素振りを終えた。
「お疲れ様です、お茶でもどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された冷たい麦茶を一気飲みすると、彼女の横に座ってラスクを食べる。
彼女お手製のラスクは日替わりで味を変えているらしく、今日はココアパウダーがかかっていた。
「ハルマさん、今日は確かモナお姉さまの担当の日でしたよね」
「うん、どうせまた勝負をする事になると思う」
あれから負けず嫌いのモナちゃんとは何回も勝負をしていた。
毎回変えている競技内容は、今までに柔道・相撲・ドッジボールなどバラエティに富んでいる。
モナちゃんの動きも初めは単調だったが、徐々に搦め手などを混ぜてきて今ではそこそこいい勝負になってきている。
確か今日は屋外競技で勝負する約束をしていたはずだ。
「ええ、モナお姉さまは最近ハルマさんとの勝負の事をいつも楽しそうに話してくれますの。ハルマーは強くてすごいんだよーって」
「あはは、楽しんでもらえてなによりです」
「モナお姉さまだけではありませんわ、アリナお姉さまも、私も、それにグール達もみんなハルマさんの事がお気に入りなんです」
シルヴィアさんはそう言って微笑むと、空になったラスクの入ったバスケットを持って立ち上がった。
今は彼女たちにとっての俺はお気に入りの「おもちゃ」って所だろう。
そろそろモナちゃん達も起きてくる時間だ。
俺はシャワーを軽く浴びてから食堂へ向かった。
「ハルマー! おっはよー!」
「モナちゃん、おはよう」
食堂に着くとモナちゃんが子犬のように俺の方へ駆けよって来る。
背中の羽はパタパタとリズムよく開閉しており、彼女が心の底から喜んでいる事を表していた。
「よし、朝ごはんを食べたら玄関前に集合だ」
「はーいっ!」
失礼な言い方だが最近モナちゃんの飼いならし方? もマスターしてきた。
モナちゃんは行儀よく食卓に着くと、分厚いトーストにパクつく。
俺も彼女を待たせないように熱々のチーズがかかったそれを頬張る。
10分後、玄関前に向かうと運動着に着替えたモナちゃんが待機していた。
以前アリナさんが人間界の子供が着ていた服らしいわ、と言って買ってきたブルマを身に着けた少女は俺の姿を見るとぴょんぴょんと飛び跳ねる。
おそらく10歳くらいの子供用に作られたのであろうその服は、スタイルがいいモナちゃんが着るとぴっちりと体のラインを強調してすごく卑猥に見える。
俺は飛び跳ねるたびに上下に揺れる少女の胸の方をなるべく見ないようにして、玄関から庭へと出た。
「今日は何して遊ぶのー?」
「そうだなー、徒競走とか速さを競う競技だと生身じゃモナちゃんには敵わないし、今日はこれを使う」
俺は脇に抱えていたバレーボールを取り出す。
このボールは狭間内に転がっていたやつをアリナさんに頼んで吸血鬼の腕力でも壊れないように改良してもらった物だ。
俺はこれをぽんぽんと手の上ではじきながらモナちゃんにルール説明をする。
「ルールは単純、ボールが自分のコートに落ちたら負けだ。例によって魔法や武器の使用は禁止。コート内のボールは3回以内に相手コートに返さなければならない」
「ふむふむ」
俺は館の敷地から出ると、適当な棒を使って地面にコートを描く。
ネットはアリナさん制作の対吸血鬼にも耐えられるものを使用する。
「このバレーが通常と異なってくるのは、見ての通りネットの高さだ」
「高ーい!」
「最大で5mある。空を飛べるモナちゃんは空中で打ち返してもらって構わない」
俺は人間界にいた時に垂直飛びで3mほど飛ぶことが出来た。
重力が軽いこの空間なら身長と合わせて5mのネットでもジャンプで打ち返すことが出来るという計算だ。
「よし、始めるぞ」
「どんとこいっ!」
モナちゃんはネット際まで飛び上がるとレシーブの構えを取った。
飛べる彼女にとってはそれが最適な戦法だろう。
ただし相手が一般的なプレイヤーだった場合だが。
俺は腕力をフルに活かしてモナちゃんめがけてサーブを放つ。
打ちこまれたボールは一瞬で飛んでいる少女の胴体まで間合いを詰めると、慌ててガードした少女の手にヒットする。
直後、少女の耳に俺がサーブを打ち込んだ時の音が届く。
「これが俺の必殺ソニックサーブだ」
音速よりも早いサーブは少女の手に命中した後、垂直に落下する。
あっけにとられたモナちゃんはボールを追いかけるのがワンテンポ遅れてしまう。
結果的に少女が手を伸ばすよりも早くボールは地面についた。
「よし、まずは俺のポイントだな。そうだなサーブ権は毎回交代制で3ポイント先取で勝利にしようか」
「よーし、負けないぞー!」
モナちゃんはコートの後ろに下がるとサーブの体勢に入る。
少女はボールを7mほど上空へ打ち上げると、跳躍力を活かしてボールに追いつきそこからサーブを打ちこんだ。
ソニックサーブほどではないが7m上空から剛速球で放たれたボールは並のモンスターなら一撃で葬り去れるほどの威力を持つだろう。
俺はそれをなんなくレシーブすると、トスした後にスマッシュに移行する。
しかしボールを打ちこもうとした時に、モナちゃんの姿がコート上にいないことに気が付く。
一瞬戸惑ったが、この体勢で仕切り直すことは出来ない為がら空きのコートにスマッシュを放った。
「ふふーん、忍法『透明モナちゃん』の術」
コートに放たれたスマッシュは地面に着弾する前に勢いをなくし、空中で停止する。
「おい、魔法は禁止だぞ」
「魔法じゃないもん。私が霧状に変化して受け止めただけだよー」
たしかに吸血鬼が本来持っている力ならば、禁止する事は出来ない。
それは俺がモナちゃんに羽で飛んで空中戦をすることを許可したのと同じ理由だ。
吸血鬼が霧やコウモリに変化できるという事は話には聞いていたが、実際に見るのはこれが初めてだ。
初めて見る術に警戒していると、空中で停止したボールが上空に打ち出される。
まだ少女は実体化していない為、どの方向にスマッシュが飛ぶか判断が出来ず、ブロックで防ぐことは出来ない。
ネット際まで飛び上がったボールは、突如実体化したモナちゃんによって右に大きくスマッシュで軌道を変えられた。
俺から一番遠い位置に打ちだされた剛速球に追い付く事は出来ず、少女は1ポイントを獲得する。
「なるほど、考えたな」
「へへーん、吸血鬼は戦いの中で成長しているのだ」
ポイントはこれで同点、サーブ権は再び俺だが少女はソニックサーブを警戒してか今度は地面で待機している。
音速のサーブは空中で軌道が変えられない直線球、このまま打ちこんだらアウトになってしまう。
仕方なく俺は先ほどモナちゃんが披露したのと同じ方法でサーブをする。
ソニックサーブは腰を落として踏ん張る事で腕力を最大限に活かして放つ、下投げの剛速球だ。
空中から放たれた場合、速度は大きく下がってしまう。
しかも今回は意図的に速度を落とした為、彼女にとってはトスと同じくらいの速さにしか見えないだろう。
「ふふん、サービスボールだねっ!」
「それはどうかな?」
モナちゃんは両手で確実にレシーブする……はずだった。
少女の体にぶつかったボールは、その手から離れず高速で回転して少女をどんどんコートから押し出す。
そう、今回は威力を捨てて回転力に特化させたのだ。
回転するボールは少女の着ている体操着のシャツを巻き込む。
「ちょっ、なにこれー!」
「第二の必殺技、超回転サーブだ」
激しく回転するボールは少女を10mほどコートから追い出した後、停止し転がった。
少女の巻き込まれた体操着はボロボロになり、中に着ている紫色のブラジャーが露見する。
モナちゃんはボロボロになった服を恥ずかしそうに手で隠す。
「ん? 吸血鬼は人間に見られても平気じゃなかったのか」
「お姉ちゃんやシルヴィーとかグールはそうでも、私は嫌なのっ!」
そういえば柔道の時も、胸を触ったら恥ずかしそうにしていたな……。
モナちゃんは俺を男だと認識しているという事か。
その事に気が付いた俺は途端に気まずく、そして恥ずかしくなる。
「マジすいませんでした!」
「もう……後でお姉ちゃんに直してもらわないと……」
モナちゃんはそう言うと、ボロボロの服を上手く結び合わせて胸を隠した。
ボロボロの体操着をサラシの要領で胸の前で結び合わせる。
布面積が小さかった為、少女の引き締まったお腹は外気にさらされたままだ。
そして地面に落ちたボールを拾うと、こちらに向き直った。
「よし、ゲーム再開しようか!」
「怒ってないのか?」
「だってゲーム中の事故でしょっ。ハルマーは悪くないよ」
天使か。
モナちゃんはそう言うと、サーブを打つ体勢に移った。
だが、勝負の世界は非情である。
俺は恥じらって動きの鈍った少女のサーブをそのままスマッシュで打ち返すと、勝利した。
「あーあ、また負けちゃった」
悔しそうに笑う少女の顔はどこか満足げだった。