04 『ドヤ顔金髪幼女』
おもちゃ3日目。
昨日は早く寝てしまったので、お昼前に目が覚めた。
俺は日課の素振りの前に、館の周りを探索してみることにした。
庭に出ると、そこには夜にだけ花を咲かせるように魔法で品種改良された様々な花がつぼみの状態でそこかしこに植えてある。
俺は館の門から外に出ると次元の狭間の中をぶらりと歩き回る。
次元の狭間は外の世界からは入れないが、こちらからは自由にあらゆる世界に出入りすることが出来るという性質を持つ。
外出した場合、戻るのには俺がここに来るときに使った【次元転移】のスキルを使うか、そのスキルを持つ人に同行する必要がある。
この館の住人達は【次元転移】がアリナさん以外使えないので、外の世界に移動する場合は必然的に彼女の同伴が条件になる。
もっとも、吸血鬼が外出する事はほとんどなく買い物なども月に何度かまとめてアリナさんが行っているのみだ。
次元の狭間の中には吸血鬼の館以外にも多次元から偶然運ばれてきたガラクタなどがあちこちに転がっている。
大半は他の世界で発動が失敗した転送魔法などが偶然ここに繋がったものだが、ほとんどは転移する間にバラバラに壊れてしまい使い物にならない。
そうしたガラクタを修繕して他の世界に売る事が、この館の収入源の一つになる。
俺は使えそうなガラクタをいくつか拾って部屋に持ち帰った。
後でアリナさんに見せて、直してもらうためだ。
時刻は夕暮れ前、ちょうどいい時間になったので俺は素振りを始めた。
途中、シルヴィアさんがお茶を持ってやってきたが昨日の事が脳裏に浮かんで上手く話せなかった。
朝食を食べた後、しばらくするとアリナさんがやって来る。
「おはようハルマ」
「おはようございます、アリナさん」
金髪幼女ことアリナさんは小さく切られたフランスパンを手に取ると、小さい口でもきゅもきゅと食べる。
愛玩動物みたいで非常に可愛らしいが、そういうことをうっかり口に出すと怒られるので気を付けなければならない。
たっぷり30分ほどかけて食事を終えたアリナさんは短い手足を伸ばすと俺を部屋に呼んだ。
「今日はわたくしの執務の手伝いをしてもらうのだわ」
「分かりました」
白いレースのカーテンがかけられたアリナさんの部屋は、至る所にかわいらしい小物が置かれており全体的にちんまりとしている。
「ドールハウス……」
「なにか言ったかしら?」
うっかり考えたことが口から出てしまった。
俺は気を引き締めて、少し低めの椅子に腰掛ける。
そういえばさっきガラクタを拾ったんだった。
「すいません、さっき外でこういうの拾ったんですけど」
「あら、可愛らしい」
俺が差し出したのは割れてしまった高級そうなお皿のセットと、比較的状態が良かったテディベア、他にも金になりそうな貴金属や宝石などだ。
アリナさんはそれらに向けて手をかざすと何やら難しそうな呪文を唱える。
「Игрушка ремонт человек」
みるみるうちに俺が差し出したガラクタ達は新品同様に直されていく。
アリナさんの魔法の技術は俺よりも上だ。
恐らく魔法だけなら魔王ともいい勝負が出来るだろう。
あっという間に修理が完了したガラクタは丁寧に箱に梱包されると、次に外の世界に行く際に売るために倉庫へと魔法で転送された、テディベアを除いて。
「今のはお皿が全部セットで1万、貴金属や宝石は加工業者を通せば3万にはなると思うわ」
「やっぱり、そのテディベアは売れないんですか?」
「いいえ、多分これが一番高値が付くはずだわ。100万は軽くいくでしょうね」
なんとなく状態がいいし、アリナさんが好きそうだから拾っただけのクマちゃんに想定外の高値がついて俺は目を丸くする。
「このテディベアは魔法具と呼ばれて、魔法が込められたマジックアイテムの一種なのだわ。込められた魔法の強さによって価値が高まるの」
「その人形にはどんな魔法が込められているんですか?」
「これには所持者の安全や成長を願う加護に近い力がかけられていたのだわ。恐らくあなたにかけられている女神の加護に匹敵するほどの強さのものが」
俺は勇者になった時に女神から万病や呪いに対しての耐性と、怪我の回復力の促進など様々な加護がかけられている。
そのおかげで雪山で全裸で過ごそうが、腕が吹き飛ばされようが死ななければ直に回復することが可能だ。
このかわいいクマにはそんな力に匹敵するほどの魔法がかけられているらしい。
「そんなに強い魔法が込められているなら、もっと高値がついてもいいんじゃないですか?」
「ええ、今も込められていればね。これにはもう魔力の残り香が少し漂っているくらいに過ぎないの。そもそもそんなに強い加護がかけられていたら、ここに転移してきた程度じゃ壊れないのだわ」
「じゃあ抜け殻って事ですか」
「そうね。まあ切り傷程度なら回復促進効果がまだ働くから使えないことはないのだわ。だから100万」
アリナさんはそう言うと、テディベアをベッドの横に置いた。
「これはここに置くことにするのだわ。恐らく、これを作った人は相手に対して強い慈愛の心を持っていたに違いないのだわ。そんな大切なものを転売する事はわたくしには出来ない」
修繕を終えた俺達は、館の備品の確認やグール間のトラブルの解決などをして時間を過ごしていく。
基本的に言葉を話すことが出来ず、意思疎通の取れないグールとやり取りするのには骨が折れたが、アリナさんは上手く彼女達を操っていた。
広大な館の中を飛び回った後、アリナさんは俺を屋上へと連れだす。
頭上には満天の星空が広がっている。
この次元の狭間で見える空は外の世界の中からアリナさんが好みの場所を選んで、魔法で見た目を同期させているらしい。
「ねえ、面白いものを見せてあげるのだわ」
そう言うと、アリナさんは外に広がる空間に対して魔法をかけた。
すると周囲の景色はあっという間に移り変わり、遠くには広大な山が見える。
「すげー!」
「ふふんっ」
褒められてご機嫌な幼女は景色をコロコロと変えて俺を楽しませる。
外で太陽が出ている場所は映せない為、基本的に夜景のみだが俺達だけがこの景色を独占して見ていると思うと非常に贅沢だ。
各地の絶景コレクションを十分に楽しんだ後、アリナさんは疲れたのか椅子に腰かけた。
「ふぅ、ちょっと休憩なのだわ」
ドヤ顔で満足そうにぐだっている幼女に俺は魔法でそよ風を送る。
気持ちよさそうにだらしない顔をして涼んでいた幼女はいつの間にかぐっすりと寝てしまった。
俺はアリナさんが起きないように気を付けて背中に背負うと彼女の部屋まで連れていき、ベッドに寝かせた。
「おやすみなさい」