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03  『体もお洗濯』

 おもちゃ2日目、今日はシルヴィアさんの番だ。

 この屋敷はちやほやする人間はいないし、みんな俺を平等に扱ってくれる。

 あくまで、おもちゃとしてだが。


 夕方少し前に起きた俺は、まだ誰も起きていない屋敷の中を進み昨日使った体育室に向かう。

 腰から勇者の剣を引き抜くと、日課の10000回素振りを始めた。

 昨日ここを利用して気づいたが、この部屋には室温や湿度を常に快適にするように魔法がかけられているらしい。

 この部屋で剣を振るうといつもよりもキレがよくなったような気がする。


 10000回振り終えると、背後から何者かの気配を感じた。


 「お疲れ様です、ハルマさん」

 「シルヴィアさんでしたか、おはようございます」


 いつからいたのだろう、彼女の手にはお茶の入ったグラスがある。

 俺は差し出されたグラスの中身を一気飲みした。

 乾いた喉に冷たい麦茶が染みわたっていく。


 「ハルマさんはいつも素振りをしているんですか?」

 「はい、勇者になってからの日課なんです」


 シルヴィアさんは感心した顔をしてから、もじもじと話を切り出す。


 「その、ハルマさんがご迷惑じゃなければ……毎日こうしてお茶の差し入れに伺ってもよろしいですか?」

 「はい、大歓迎です! いいんですか?」

 「ええ、私早起きですから」


 確かに時計を見ると、時刻はまだ日が沈む少し前だ。

 日光が弱点な吸血鬼にしてはかなり早起きだろう。


 「シルヴィアさん日光大丈夫なんですか?」

 「ええ、吸血鬼の弱点って結構個人差があるみたいなんです。私はこの時間でも大丈夫ですが、お姉さん達はもっと遅くじゃないと起きられません」


 確かに昨日もシルヴィアさんだけが早めに食堂についていた。

 俺は5分ほどで手早くシャワーを浴びた後に、シルヴィアさんと食堂へ向かう。


 館の中はまだメイドのグールすら起きていない。

 静寂に包まれた広い廊下は、一人で時間を潰すには少し寂しすぎる。

 

 「もう少ししたら早起きな一部のグールも起きてくるんですけどね……」

 「これは一人で過ごすのは退屈ですね」

 「そうなんですよ、人間のハルマさんが起きていてくれて嬉しかったです」

 

 俺はこれからも今日と同じ時間に起きて、鍛錬を続ける事を約束した。

 食堂に着くとシルヴィアさんは裏の厨房に入り、何やらごそごそとしている。

 しばらくした後、彼女の手に握られているのはラスクの入ったバスケットだった。


 「いつもこれを食べながらグールの用意を待っているんです」

 

 シルヴィアさんは恥ずかしそうに笑うと、俺にラスクを差し出す。

 俺はありがたくそれを受け取ると一口かじった。

 口いっぱいに砂糖とバターの香りが広がる。


 「うまい!」

 「実はこれ、私が作ったんです」

 

 彼女はそう言うと嬉しそうに笑う。

 話を聞くと、館のグールが作る料理のレシピもシルヴィアさんが考案しているらしい。

 料理を考えるのって時間つぶしにちょうどいいんですよ、彼女はそう付け加えた。


 俺は昨日食べた夕食のレシピを思い出す。

 赤ワインで煮込んだ鶏肉や色とりどりのサラダなど、どれも昔人間界の王宮で食べた料理よりもおいしくて感動した記憶がある。

 俺は思ったままを彼女に伝えた。

 ひたすら俺が褒めちぎっていると、シルヴィアさんの顔は耳まで真っ赤に染まった。


 「そんな……恥ずかしいですよ……」

 「いやいや、マジうまかったです!」


 そうこうしていると厨房からおいしそうな匂いが漂ってきた。 

 メイドのグールが朝食を作り始めたらしい。

 恥ずかしさをごまかす為にシルヴィアさんがラスクを食べまくったので、たっぷり詰まっていたバスケットはもう空っぽだ。

 

 しばらくするとグール達が湯気の立つスクランブルエッグやスープを運んできた。

 シルヴィアさんはラスクを空にしたのに、朝食も一人前平らげた。

 ほっそりした見かけとは裏腹に結構大食いなのかもしれない。


 俺達は遅くに起きてきたアリナさんとモナちゃんに挨拶をしてから、シルヴィアさんに案内されて2階へと向かった。


 「シルヴィアさん、今日は何をするんですか?」

 「そうですねー、ハルマさんには私の趣味のお手伝いをしてもらおうかしら」


 シルヴィアさんに案内された所は彼女の自室だった。

 黒を基調とした落ち着いた部屋に入ると、彼女は部屋に置かれたアロマキャンドルに火をつける。

 部屋中にうっとりするような花の香りが充満した。


 「いい匂いですね」

 「ええ、お気に入りなの。ハルマさん、まずこれを着てください」


 シルヴィアさんに差し出されたのは可愛らしいレースの着いた白いエプロンだった。

 彼女を見ると、いつの間にか俺と色違いのピンク色をしたエプロンを着ている。


 「今日は、一緒にお洗濯をしましょう」

 「お洗濯?」

 「ええ、私お洗濯とか料理が大好きなの。ハルマさんにはそれのお手伝いをしてもらうわ」


 エプロンに着替えた俺は、シルヴィアさんが部屋の隅に置いていた洗剤などが入ったボックスを持たされた。

 自室にこんなセットを用意しているなんて、洗濯が趣味というのは本当らしい。

 鼻歌を歌うシルヴィアさんの後をついていくと、室内ドアで繋がっている隣室には洗濯室があった。


 「それじゃあ始めましょうか」


 シルヴィアさんが水の入った巨大なおけに色分けした洗濯物を投入すると、洗剤を垂らしてから魔法をかける。

 すると桶の中身はグルグルと高速で回転し、あっという間に洗濯が完了した。


 「便利でしょ、この魔法。人間界で最近編み出されたらしいわよ」

 

 俺は綺麗になった洗濯物を次々と紐に吊るしていく。

 ほとんどの服は館に100体以上いるグールの物だ。

 紐がいっぱいになると、それを部屋の奥に順番にかけていった。

 最後に火炎魔法と風魔法を使って一気に乾燥させるらしい。


 「凄い数ですね」

 「たっぷり数時間はかかるわよ」

 

 洗濯が楽しいのか、シルヴィアさんの口調がいつもと比べて明るく軽快だ。

 おそらくこっちが素の彼女なんだろう。


 「シルヴィアさん、俺に遠慮しないで普段から気楽にしてればいいのに」

 「え、あわわ……」


 自分が素をさらけ出していた事に気づいたのか、焦った彼女は洗剤をドバドバと桶に投入する。


 「あ、そんなに洗剤入れたら……」


 ボンッという音を立てると、洗濯室は泡に包まれた。

 俺は水流魔法を使って泡を一カ所にまとめて部屋をきれいにする。

 

 「あはは……、この服も洗濯した方がいいみたいですね」

 「ごめんなさい」


 すっかりびしょぬれになった二人は泡まみれの互いの顔を見て大笑いする。

 

 「唯一の救いは魔法が暴発して残りの洗濯物も一気に洗われたみたいですよ」

 「それじゃあ、全部干したらお風呂に入りましょうか。このままじゃ風邪ひいちゃいますし」


 シルヴィアさんはそう言うと、俺と一緒に紐に洗濯物を吊るし始めた。

 ん? 風呂って大浴場が一つしかなかったような……

 もしかしたらこの広い屋敷には俺の知らない別風呂があるのかもしれない。

 そう考えた俺は彼女の話を軽く聞き流して洗濯物を吊るしていく。


 三十分ほどで大量の洗濯物は一気に片付いた。

 最後に一気に魔法で部屋ごと乾燥させる。


 「それじゃあ、ハルマさんお風呂に行きましょうか」

 「はい。ところで、お風呂って2つありましたっけ?」

 「え? 大浴場が一つだけですけど。何か問題でもありましたか?」

 「いやいや、問題しかありませんって」

 

 キョトンとしたシルヴィアさんに連れられていつの間にか俺は脱衣所についていた。

 シルヴィアさんは慌てる俺に構わず服を脱いでいく。

 

 「どうしましたか? 早く脱がないと風邪ひきますよ」

 「いやいやいや、これはまずいですって」


 いつの間にか上半身が紫色のブラジャーだけになったシルヴィアさんが俺に迫って来る。

 脱いでから気が付いたが、これはかなりのド迫力。

 恐らく館の中ではシルヴィアさんが一番大きく、時点でモナちゃん、次いで100体ほどのグールが来て、最後にアリナさんという順番だろう……なんの順かは言えないが。

 

 「もしかして、お風呂入るのが苦手とか?」

 「いや、そうじゃなくて……」


 シルヴィアさんは俺の服に手をかけると、一気に脱がせる。

 俺は屹立きつりつした我が半身を手で隠すのに精一杯で、ほとんど抵抗できなかった。

 ここまでピンチに追い込まれたのは、魔王と戦った時以来だ。

 息子マイサンを手で覆いながら俺はシルヴィアさんを見上げる。


 「ふふふ、先に入っていてくださいね」

 

 黒髪の吸血鬼はブラジャーを脱ぎ捨てると、その中身をさらけ出す。

 吸血鬼は日にあたった事がないため肌は人間と比べて弱いが、その分遥かにきめ細かく美しい。

 素晴らしい破壊力を持ったその2つの物体は、まるで象牙細工ぞうげざいくのように滑らかで白く輝いて見えた。

 シルヴィアさんがスカートに手をかけだしたので、慌てて俺は風呂場へと逃げ込む。

 これ以上あの場にいたら何かがやられてしまう。


 手早く体を洗った俺は湯船に飛び込んだ。

 俺が飛び込むのとほぼ同時に、脱衣所から片手にタオルをぶら下げたシルヴィアさんが入って来た。

 せっかく手にタオルを持っているのに隠す事なんて考えていないらしい。

 俺はなるべくその姿を見ないように、壁の方に向きを変える。


 浴槽のすぐそばの椅子に腰かけた彼女は、鼻歌交じりに体を丁寧に洗う。

 泡が音を立てて彼女の体をこすっていく音が広い浴場に響く。

 音だけなのがかえって俺の想像力を刺激する。

 俺の股間にある第二の勇者の剣はさっきから戦闘態勢にうつったままだ。

 体を洗っている隙に逃げようかと思っていたが、このままだと湯船から出られない。


 俺が一人で悶々(もんもん)としていると、体を洗い終えたシルヴィアさんが湯船に入って来た。

 せめて離れた場所にいけばいいのに、彼女は俺の50㎝ほどさきに腰掛けると一息つく。


 「ハルマさん、さっきも拝見して思ったんですけど体中に傷が残っているんですね」

 「は、はい。魔界で少々……」


 背中にシルヴィアさんの好奇の視線を受けているのを感じる。

 俺の背には敵から受けた火傷や切り傷が無数についている。

 何を思ったのかシルヴィアさんは傷の一つにそっと手を触れた。


 「……痛くありませんか?」

 「はいっ……もう、な、慣れっこであります、です」


 緊張して上手くしゃべれない。

 先ほどの発言を訂正しよう。

 魔王以来のピンチではなく、魔王以上のピンチだ。


 シルヴィアさんは更に俺の体をぺたぺたと触る。

 その度に俺は、情けない声を漏らした。


 「ふふふ、なんだか楽器みたいで楽しいですわ」


 この人、天然のドSだ。

 たっぷり1時間ほど楽器を奏でるのを楽しんだシルヴィアさんは、満足して風呂から出ていった。

 俺は15分ほどその場に待機して、男のシンボルが休息をとるのを確認してから外に出る。

 脱衣所に行くと、替えの服が用意されていた。

 

 今日は疲れた。

 俺は手早く着替えると、まだ夕飯前だが自室に戻って眠る事にした。

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