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02  『体育室で運動会』

 おもちゃ初日、昼過ぎに目が覚めた俺は来客室のベッドから起き上がる。

 吸血鬼の館は使用人のグールも含め、住人すべてが夜行性だ。

 俺も夜型に切り替えないといけないな……。


 二度寝をするのにも変な時間だし、俺は相棒の剣をかついで庭へと出た。

 勇者になってから毎日欠かさずにしている日課の素振り10000回をしながら、昨晩交わした契約を思い起こす。

 

 吸血鬼という種族は、相手と絶対遵守ぜったいじゅんしゅな契約を交わす習性がある。

 「おもちゃ」に任命された俺の契約は、ここに住まわせてもらう代わりに三姉妹全員を平等に楽しませる事だ。

 娯楽の少ないこの次元の狭間では、これが割と重要な任務らしい。

 昨日決められたシフト表だと、今日は三姉妹一明るく元気なモナさんの相手をする事になっている。


 「9998……9999……10000」


 日課の10000回素振りを終えると、辺りはすっかり夕暮れになっていた。

 俺は軽く風呂場で汗を流してから食堂へと向かう。


 「おはようございます!」

 「あら、おはようございます」


 広い食堂に入ると、そこにはシルヴィアさんが既に席に着いていた。

 彼女はメイドのグールがれてくれたコーヒーを飲みながら、こちらに手を振る。

 俺はシルヴィアさんの向かい側に座ると、メイドが席に用意したパンをかじった。


 「吸血鬼って血以外にも食べるんですね」

 「ふふふ、意外でしたか?」


 シルヴィアさんはにこりと笑うと、ラスクを美味しそうに頬張る。


 「実は吸血って吸血鬼にとっては食事で足りないビタミンを補うくらいの意味しか持たないんです。血を取らないと栄養失調になっちゃうんですけど、そんなにがっついて摂取せっしゅする必要もありません。そうですね、大体週に1度100㏄ほど飲めば大丈夫です」

 「意外と少ないんですね」

 「あんまり取りすぎると、ハイになりすぎちゃうんですよ」


 彼女は2つ目のラスクを頬張る。

 俺はパンに焼き立てのベーコンを挟んだものをむしゃむしゃと食べてから、さらに質問をする。


 「やっぱり吸血は直吸いですか?」

 「ふふふ。大昔はそのような食事方法を取っていた時もあったと聞きますが、今では輸血パックを使用しています。その方が衛生的ですし、手間もかかりません」


 意外と吸血に対してドライな考えを持っている吸血鬼に俺は驚く。

 最近の吸血鬼はサプリメント感覚で吸血をたしなんでいるのか。


 シルヴィアさんが3つ目のラスクに手を伸ばした時、食堂に向かってバタバタと誰かが駆けてくる音がした。

 

 「おっはよーう!」

 「おはよう2人とも、いい夜なのだわ」


 モナさんとアリナさんはそう言うと、席に着く。

 アリナさんは向かい側のシルヴィアさんの隣、モナさんは俺の隣だ。

 俺の隣に座った銀髪の吸血鬼は、「おもちゃ」が逃げないようにがっちりと腕を絡める。


 「モナ、それじゃあハルマさんが食べづらいのだわ」

 「大丈夫ですよ、俺もう食べ終わりましたから」

 「お姉ちゃん、今日はハルマは私のおもちゃなの!」


 モナさんは更に腕を強く絡めてくる。

 腕の先に彼女の胸の柔らかな感触が伝わってきて、思わず背筋がまっすぐに伸びる。

 

 「モナさん、俺は逃げませんから大丈夫ですよ。腕を絡めたままだとモナさんが食べづらいでしょうし」

 「敬語やめてくれたら離してあげる」

 「モナちゃん、早く食べて遊ぼうか」

 「うんっ!」


 満足したのか、モナちゃんは腕を離すと勢いよくパンに食らいつく。

 見かねたアリナさんが声を荒げる。

 

 「モナ、もっとゆっくり食べなさい。おもちゃは逃げないのだわ」

 「うん、分かった(モグモグ)……ごちそうさまっ!」


 あっという間にご飯を平らげたモナちゃんは、俺を連れて食堂の外に出た。

 少女は羽をパタパタさせて俺の周りをウロウロする。

 少女はショートパンツにTシャツのみのラフな格好しており、そこから見える日に焼かれたことのない純白の手足はすらりと引き締まっている。

 

 「ねえ、ハルマー。なにして遊ぼうかっ」

 「モナちゃんは何がしたい?」


 モナちゃんは腕を組んでうーん……と唸り出す。

 随分と感情が行動に現れやすい子だな、俺はそう思いながら少女を眺める。

 しばらくしてから、手をポンっと叩くと俺の方を見た。


 「勝負しよっ! 勇者って強いんでしょ!」


 勝負か……、俺はなるべく彼女が楽しめそうな勝負方法を考える。

 ふと、人間界で流行っていたスポーツを思い出す。


 「モナちゃん、この家に運動できそうな広い場所はあるかい?」

 「体育室があるよー」


 モナちゃんは俺を木の板張りの小さめの体育館くらいの大きさの部屋へと案内した。

 ここなら十分か。

 俺は軽く屈伸してから、少女に話しかける。


 「よし、じゃあ人間界で流行っていた柔道というスポーツを少しアレンジした競技で勝負しよう」

 「いいよー、ルールは?」

 「お互いに武器や魔法は禁止。俺は背中を地面に着いたら負け、モナちゃんはまいったって言ったら負け。簡単だろ?」


 これならモナちゃんが満足するまで続けられる。

 俺は、少女から3mほど離れた位置でスタンバイをする。

 モナちゃんは軽くその場でジャンプすると、ファイティングポーズを取った。


 「いっくよー!」

 「よし、来い!」


 モナちゃんが地面を蹴ると、風を切りながら一瞬で間合いを詰め足払いをかける。

 俺はその場でジャンプをして回避すると、すぐさまモナちゃんが拳で追撃をする。

 俺は片手でそれを受け止めると、そのまま体の向きを変えて少女を引き寄せて「一本背負い」をかけた。


 かつて熊を一瞬で昏倒こんとうさせた技だが少女は受け身を取ると笑顔でそのまま立ち上がる。

 吸血鬼という種族はその圧倒的なフィジカルから魔界にいた頃はかなり苦戦させられた。

 モナちゃんは特にその中でも強い部類らしい。


 「えへへ、やっぱり一筋縄ではいかないかー」


 モナちゃんはそう言うと、上に跳躍した。

 5mほどある体育室の天井まで、脚の力だけで一瞬で飛び上がる。

 そして空中で向きを変えると俺に急襲してきた。

 俺はそれを闘牛の要領でかわすと、モナの背中に肘打ちをくらわせた。


 「ぐっ! やるなあ」

 「正攻法だと厳しいかもよ?」

 「ぬぬぬ……」


 俺がこのゲームのルールに魔法禁止を付け加えたのは、少女の姿を見た時に肉弾戦が得意そうだと感じたからだ。

 少女の引き締まった手足は普段屋内にじっとしている吸血鬼にしては、随分と鍛えられている印象を受けた。

 おそらく普段からモナちゃんはこの体育室を利用して動き回って遊んでいるのだろう。

 

 モナちゃんは軽くその場で2・3回跳ねた後、体育室の内周に沿って走り出した。

 少女は走る距離に比例してどんどん加速していく。

 初めは目で追えていたそれ少女の姿が、5周もする頃にはすっかり残像しか見えなくなった。


 「すごいな……」

 「えへへー、目で追えるかなー?」


 びゅんびゅんと風切り音を立てて疾走する少女は、じりじりと円の直径を狭めて俺の方に近づいてくる。

 俺は目を閉じると、聴覚を研ぎ澄ませた。

 右・正面・左・背面……

 音を頼りになんとか少女の居場所を特定する。


 「いっくよー!」


 モナちゃんが地面を蹴る音が響く。

 ……右だ! 

 俺は手を右の方に伸ばすと、それを受け止めた。

 

 「ひゃんっ」


 右の手の平が柔らかい感触に包まれる。

 恐る恐る目を開けると、目の前には赤面したモナちゃんの顔。


 「はやく手をどけてよねっ」


 手を見ると、そこには手のひらから溢れんばかりの少女の胸がそこにはあった。


「うわあ! すいませんでした!」


 慌てて手を引っ込める。

 少女は顔を紅潮こうちょうさせたまま、こちらを軽くにらんだ後に微笑ほほえむ。


 「えへへっ、この技を見切ったのはお姉ちゃんに次いでハルマが2人目だよ。さすが勇者だねっ」

 「あ、ありがとうと言っていいのかな」


 モナちゃんは俺の頭を軽く撫でると、両手を上に伸ばしてそのまま床に寝そべる。


 「あー、降参だーー。もうすっかり汗びっちょり」


 少女の着ていた白いTシャツは汗で皮膚に張り付き、黒色のブラジャーが透けて見える。

 モナちゃんは床に寝そべったまま、こちらに顔を向けた。


 「次は負けないからねっ!」

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