1‐1.魔導士
「ユウナ・フォールズ、お前はバカかッッッッ」
開口一番の震えるような怒号に、ユウナは首をすくめた。
「いや、だってね?こーんなちっちゃい女の子がさ、白昼堂々さらわれかけてたのよ?だから、ね、仕方ないよね、ウン」
「仕方ないよね、で済むかこのボケがっ!」
せっかく可愛く首をかしげてみたのに、まったく効きやしない。同じ部屋にいる人たちが遠巻きにするほどの迫力は、齢20の男が出すものではない、とユウナはつくづく思う。
「新人のくせして指定された持ち場を離れた挙句、よりによって魔法を使うとは……呆れてものも言えんわ。一般人に悟られたらどうするつもりだったんだ?」
「大丈夫、使ったのは小さい魔法だし、みんな私が異様な怪力に見えただけだから!」
「そういう問題じゃない!悪目立ちすること自体が問題なんだ!」
魔法。この世の森羅万象に関与する力。
魔法を操る魔導士は、このナギアという世界において唯一ロードリア王国にのみ僅かに散見される、伝説にもならないほどの希少価値な存在。
というのが先ほどから激高している赤毛の男――アルフレド・フォールズの教えである。
「ユウナ・フォールズ。我が魔法軍の最大の掟は?」
「――……国の要人以外に存在を知られてはいけない」
ここに滞在するようになって一週間。耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。
「そうだ。じゃあお前のしたことは?掟を守っているのか?」
「掟掟うるさいわね、それ守ってあの子がさらわれたらどーすんのよ!」
「それを解決するのは警備軍だ。俺たちじゃない」
「……っそうだけど」
さらりと返ってくる答えには、アルフレドの思いの強さが表れている。それでも、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
さらに言葉を重ねようとすると、のんびりとした声が頭上から降ってきた。
「まあまあアルフ、その辺にしときなよ。こんなかわいい新人ちゃんを怖がらせてどうするのさ?」
「ティムさん!」
数少ない魔法軍の構成員の一人であるティム・オルテガの登場に、ユウナは相好を崩した。
「ユウナちゃんは黙って事件を見過ごせなかったんだよね。確かに無許可で魔法を使ったのはよくないけど、ちゃんとばれないように小さい魔法にしたんだもんね?」
「そう!そうなの!ティムさんさすが~、わかってる!」
「黙れアホ。ティム、お前もむやみにこいつを甘やかすんじゃない」
むすっとした表情のアルフレドは、説教の空気でなくなったと感じたのだろう。ため息をついて机から書類を取り上げた。
「ティムも帰ってきたことだし、一週間の予定を発表する!」
アルフレドの一言に、その場の空気がぴりっと切り替わった。
魔法軍の在籍者数は総勢32名。この国の17歳以上の魔導士の総数でもある。
その存在の機密性ゆえに、多くの者は他の役職と兼業しており、訓練以外はそちらでの活動を指示される者も少なくない。魔術師が一斉に集まるのは平時は一週間に一度で、この時に予定をまとまって言われるのが常だ。
「魔法訓練ローテはC班から。いつも通り王室付属の中庭を使用のこと。G、H班は明日と明後日に王都外での戦闘訓練、その他の班は訓練ローテ以外は通常の持ち場へ」
「イエス・サー!」
「なお班の配属が決まっていないユウナ・フォールズは引き続き王宮の掃除と一番街区正門の門番で研修。以上だ」
「えっまた?」
思わず声が出た。慌てて口を抑えるが時すでに遅し。
「何か文句でも?」
「いえ、あの、そろそろ魔法の訓練したいなー…なんて」
「寝言は与えられた仕事をキッチリこなしてから言え。それすらできないのに魔法なんぞ使えるわけがない」
「……ちぇー」
もう飽きました、なんて言える空気ではない。ユウナはしぶしぶ了承して、再び門番の仕事へと向かった。
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「ほんと、やけに厳しいね、隊長」
ティムの含みのある声に、アルフレドは顔をしかめた。
「他の新人たちは3,4日で研修とれて訓練に参加できるのにね?」
「アイツは掟が染みつくまで研修させないと取り返しがつかないことになりそうだからな」
「まあそれも一理あるか。なまじ才能があるしねえ」
魔導士の才能に気付いたのがたった一週間前で、もうとっさの出来事に魔法を使えるなど、よほどの才が無ければできない芸当である。そのせいで、先ほどもアルフレドが事件をもみ消してまわる羽目になったのだが。
「まったく、掴めん奴だよ」
今度こそ、もう何も面倒が起きませんように。そう願わずにはいられないアルフレドだった。