1‐0.かの者
ロードリア王国警備軍隊長、モデスト・ハーディング少佐は、久々に駆り出された現場にて目を疑った。
「ちょっと、放しなさいよっ!」
まだ20に満たないであろう少女が、じたばたと暴れる。そんな彼女を拘束するのは大の男一人もいれば十分すぎるはずなのに、警備軍3人がかりで徹底的に押さえつけていた。
「少しは大人しくしたまえ!」
「何よ、私は悪いことはしてないでしょ!」
押さえつける隊員に、噛みつくように少女は言い返す。
「しかし、これは君がやったのだろう!」
ハーディング少佐の目の前に広がる景色は、いつものそれではない。
街一番の大通りの真ん中が、クレーターのようにへこんでいる。それは明らかになにかが起こった後だった。
「だって女の子拐われそうだったのよ!そりゃ止めるでしょ、当たり前じゃない!」
「我々が聞きたいのはそういうことではない!」
一体何をしたらこんな惨状になるのだ。そう聞きたいのが少佐には痛いほどわかる。
「隊長!」
少佐の到着に気付いた隊員が困惑した表情で駆け寄ってきた。
「これは、あの少女がやったというのかね?本当に?」
「我々もにわかには信じられませんが、目撃者の情報によると確かに彼女によるものかと」
「……どこか高所から落ちでもしたのか?」
それくらいしか思いつかない。しかし、隊員は力なく首を振った。
「いえ……どうやら殴ったようですよ」
「殴っ……⁉」
嘘だろ、そんな女子がいてたまるものか。隊員によるクビ覚悟のドッキリ企画だというほうがまだ信じられる。
「もしそれが本当なら、彼女には軍にでも入ってもらわなければ」
ほとんど冗談のつもりで呟いた少佐だが、
「――あいにく、間に合ってます。ハーディング少佐」
「……は?」
予期せぬ返答に、思わず間抜けな声が出る。そして声の主を振り返り、
(――ああ、その可能性があったか……!)
あの少女が、少佐でも噂程度にしか知らない“かの者”であることを、なんとなく悟ったのだった。