ヒロインも悪役令嬢も奪われたメインヒーロー様に仕えるメイドな私(実は皇女)
※注意
これは前世が女で現世が男な主人公が女性と恋愛する話です。
以上が苦手な方は今すぐ引き返すことをおすすめします。
「イドぢゃあああん!」
「はい、わかっています」
私、イドの主人であるカイング王国の第二子セカド・カイング様は卒業パーティーで異母兄と婚約者と頭がお花畑な自称ヒロイン様に裏切られ婚約破棄と王太子の座から引きずり下ろされたせいで、馬車の中で大泣きしていました。
「う、うぅう……」
「一緒に見てましたから」
ええ、メイドですからセカド様の後ろで見ていましたよ。
どれだけ腹が立ったことか。
この女の子のように可愛らしい人をはめて全てを奪うだなんて。
……いえ、女の子のようという表現は正しくはないですね。
素さえ出さなければ俺様系イケメンにありがちな切れ長の瞳にがっしりとした体躯なのですから。
正確には「元女の子」と言うべきですか。
私の主人は少し特殊な方でして、前世の記憶を持っていました。
しかもこの世界が乙女ゲームとして売られている世界で女性として生きていたという記憶です。
俗な言い方をすれば「転生者」と言われる人ですね。
なぜ一介のメイドである私がこんなにも主人の秘密を知っているかというと、私も同じ転生者だからです。
私の知っているセカド様の性格と全く違ったのでカマをかけてみたらビンゴだったというわけです。
ただ私もセカド様が元女性なのは見抜けず、転生者バレした後にこの性格を見せられて少し驚いてしまいましたが。
今では微笑ましい目で見ています。
「ぐ、うぅ……れいぃ、なんでだよぉ……」
可愛い、とは言っても内股でめそめそ泣いている姿はもうお腹いっぱいです。
彼には笑顔が似合うのですし、そろそろ建設的な思考に移って貰わないと困ります。
セカド様の兄であり、今回の絵を描いた人物、ファスト・カイング様はこれだけで済ませる人物とは思えませんから。
善意の固まりであるセカド様とは腹の黒さが違います。
「セカド様、泣きすぎですよ」
「だっでざぁ……ごんやぐはぎどがざぁ……」
私が注意してもセカド様は涙に濡れた声でぐずぐずと話しています。
それやめてください。
イライラします。
あなたを助けられなかった自分に。
ですが、ここで感情任せに脳を止めてしまえば折角の計画が台無しになります。
私はため息のように深く息を吐き、イライラを抑えた固い声で話します。
「何喋ってるかわかりませんよ」
「うぅうう……イドちゃんのばがぁ」
悪態を吐かれましたが、黙って濡れタオルを差し出すと顔を拭いてくれました。
やはりセカド様は素直さがあっていいです。
「あー……でもどうしよ、マジどうしよ……ねぇねぇ、イドちゃん。多分王太子の地位を追われて城も敵だらけだよ、どうしようねぇ」
鼻を赤くさせてのほほんと話す声音が内容とそぐわなくて、つい「口調」とつっけんどんな言い方をしてしまいます。
怒っているわけではないのです。ただここでこの暢気さにほだされてはいけないと思ったので強い口調になってしまうのです。
「その女っぽい話し方で話しかけたりしてるから、レイ様に嫌われたんじゃないですか」
「ぐ……レイにはこんな話し方しないもん。事情知ってるイドちゃんにだけだもん」
唇をつんと尖らせて話すセカド様が可愛すぎます。
しかも何ですか、私にだけとか萌え殺す気でしょうか。
本当にこの方は、私がお仕えしてからずっとこうなのです。
三年前にお仕えしてセカド様の秘密を知ってから、普段のきりりとした王太子の彼と「彼女」であった頃の彼とのギャップに、私の戸惑いはのちに萌えへと転化していきました。
「そうですか」
ええ、ええ、どうせ私はオタクです。
おまけに前世からこのような受け応えばかりしていたものですから、友人と呼べる方も少なかったですよ。
ですので、こうやって心を開いてくれる方は少なかったのです。
しかも見た目は俺様王子様な癖に外面は紳士で中身は乙女だなんて、これはほだされるしかないと思うのです。
「あーでもマジな話。本当にどうしようか。
このままだと良くてどっかの貴族に婿入りという名の軟禁されるか、悪ければあぼんだしなぁ。
いっそ廃嫡されて母上養いながら冒険者にでもなろうかなぁ」
ぼりぼりと頭をかきながら話すセカド様。
その内容に私の指がぴくりと動きます。
私は内心の動揺を気取られないよう、努めて普段通りの固い声を出しました。
「あら、簡単に言いますね。冒険者も大変な職業だと言うのに」
さあ、ここからが私の戦い……、
「あーうん、でもSランク持ってるから」
私の戦い……のはずだったのですが、セカド様はあっさりとご自身のトップシークレットを話し、ぽいっとミスリルで出来たドックタグを私へ放り投げました。
『キラリ・タナカ Sランク』の表記されたそれに私は思わず「は?」と声を出してしまいました。
「これは?」
「あー『レイの性格矯正終了! 異世界ひゃっほー!』の時期にギルドに憧れて色々やらかしたんだ。
この体、本番に強いみたいでダンジョンもぐったら、前世の記憶もあってうちの国のは全部踏破しちゃったんだよねぇ。
確か、イドちゃんが来る二年前だから……十三の時?」
私が尋ねると一息にセカド様は話します。
いや、そんなことは知っています。うちの諜報員を舐めないで下さい。
私はオトゲ大陸随一の国力を持つテイコック帝国の諜報部員です。セカド様がダンジョン喰い(ダンジョンイーター)と呼ばれる凄腕冒険者『キラリ・タナカ』であることはとっくに調べがついていました。
帝国は何年も踏破されなかったダンジョンをソロでクリアした『キラリ・タナカ』に脅威を覚え、もし取り込めるようなら帝国へ取り込もうと考えていました。
ここ最近で急に帝国に現れたダンジョン踏破の役にも立ちますし、その武が手に入れば単純に国力増加に繋がります。
何故カイング王国は本腰を上げて消えた『キラリ・タナカ』を探さないのか疑問でしたが、正体を知ってからは納得しました。第二王子なら探す必要もないですからね。
そうすると、何故国王は第一王子の計略に乗りこのように優秀な人を追い落とすのかといった疑問が生まれますが、きっと側妃に骨抜きにされているのだろうと人柄や人間関係を思い出しため息を吐きそうになりました。
よくセカド様はグレずに真っ直ぐ育ってくれました。
私はそれた思考を一瞬で元へと戻し、ドッグタグを見つめます。手の中にあるドッグタグは明るい銀色の輝きをしていました。それから顔を上げると、セカド様は不思議そうな顔でこちらを見ていました。
……本当にセカド様は真っ直ぐに育ってくれました。これを見せてくれたのも私を信頼してくれているからでしょう。
たった三年間でよくここまで勝ち取れたものだと自分でも感心します。
それと同時に、これからはもう少し用心するように教育しなければと固く心に誓いました。
「偽名の由来は?」
「……前世の本名……」
『キラリ・タナカ』の名前を聞いてからずっと疑問に思っていたことを尋ねるとセカド様は目をそらしながらも答えてくれました。
今度、私の前世の名前も教えるべきでしょうか。
「……セカド様。いいえ、キラリさん」
さて。
初回は不戦勝で勝ってしまいましたが。
これからもう一勝負致しましょうか。
私にとっては一世一代の大勝負です。
「何、って前世の名前呼ばないで」
「一つご提案が」
「無視かい」
セカド様にドッグタグを返し、私はこれからの戦いのため、滅多に動かさない表情筋を働かせる。
これから私は己の欲望と打算の為に、彼へ一つの本当といくつかの嘘を語ろう。
「私と結婚して、『セカド・テイコック』になりませんか?」
と、私がオトゲ大陸随一の国力を持つ『テイコック帝国』の名前を出すとセカド様は「はあぁあ?」と盛大に大声を出された。
私の一世一代の大勝負。
それはセカド様、いえ、キラリさんを手に入れること。
帝国にとっては彼の武力が、私にとっては彼そのものが、欲しかった。
そのために薄汚くも私はファスト様の計画を利用し、セカド様が王太子の地位から引きずり下ろされ婚約破棄されるのを黙って見ていました。
これを知ったら、セカド様は私を軽蔑するでしょう。それだけは避けたい私は真実を飲み下し、事前に用意しておいた表向きの理由を語ります。
「イドちゃんはそれでいいの?」
私の説明を受け、少し考え込んでからセカド様は問いかけます。「はい、構いませんが」と、私はそれに食い気味で答えてしまいます。
欲しくて欲しくて堪らないから、私はあなたが傷つくのを放置し、逃げ道をなくさせ、私の元へ来さざるを得なくしているのですよ。
「俺、こんなだよ?」
その言葉に、私は自分の眉がぴくりと動くのを感じられました。
「セカド様は、顔は乙女ゲームのメインを張れるだけの顔面偏差値ですし、体力も知力もダンジョン踏破できるだけの規格外です。
元女性ですから、私達女側の都合もわかってくれますし、性格も実際はこんなふにゃふにゃですがきちんと王太子としての務めも果たせられるくらいしっかりしています。
何より一緒にいて楽です。
はっきり言いましてこれ以上の優良物件を探すのが難しいかと思いますが」
そして気付けば私は自分でも止められない勢いでセカド様への気持ちを話してしまいます。
引かれてしまったかと焦りましたが、セカド様はご自分の頬をつねっていらっしゃったので、思わず「何してるんですか」と呆れた声を出してしまいました。
「えーと、イドちゃんあのさ」
「セカド様は私と夫婦になるのはお嫌でしょうか」
なおも何か言おうとするセカド様の言葉を遮り、言葉を被せてしまいます。
「……」
そうして黙ってしまうセカド様。
少し見開かれた切れ長の瞳は何を考えているのか読めなくて、じっと見つめられると目をそらしたくなってしまいます。
ですが、ここで目をそらしたら今までの行動全てが無意味になる気がして、私は彼の瞳を見つめ返します。
「……」
永遠に続くのではないかと思われた無言の時は、セカド様が目をそらしたことで終わりました。
「いやじゃ、ない、です」
口元を隠し頬を赤く染めたセカド様の言葉に、私は己の勝利を確信出来ました。
「イドちゃんといると何より素が出せて楽だし、イドちゃんの顔も体も好みだし、優秀だからしっかり支えてくれる未来も見えて幸せな夫婦生活が送れそうです」
更に嬉しいことを言って頂けます。
兄妹のような関係ではありましたがレイ様という婚約者もいらっしゃいましたし、女友達としか見られていないのかと思っていたのでしっかり女性として見られていたとわかり、私の胸が少し早めに鼓動を打ちます。
「それは良かったです」
……こういう時につれない言葉しか出せない自分がかなり恨めしいです。
ちらりとセカド様を伺うと気を悪くなされなかったようで、こちらへ手を伸ばしてくださいます。
「少しだけですよ」
やはり私はつれない言葉しか吐けず、せめてもの譲歩とセカド様へ体を寄せます。
「失礼します」
「はい」
そこからは恥ずかしいので割愛させて頂きます。
自分があれほど負けず嫌いとは思いませんでした。思い出すだけで顔から火が出そうになります。
ただ一つ言えることは、私の旦那様は決める所ではきっちり決めてくれる人だと言うことです。
そしてこれは余談ですがそれから十数日後、私達の婚約が決まった後の話です。
帝国としてはあくまでカイング王国の第二王子を第七皇女に婿入りさせるのではなく、王国に住む一介の冒険者を婿入りさせるのだとお願いに行った時、つまり帝国と王国の関係は一切変えず、セカド様とお義母様を安全な帝国へ貰い受けに行った時のことです。
ファスト第一殿下とその母君はセカド様……いえ、キラリさんの婿入りに顔を盛大にひきつらせて、カイング国王はぽかんと間抜けな顔を晒して呆然としていました。
そうそう、ヒロイン様は発狂したかと思うほどの悔しがり方をしていましたね。
「詐欺よ、詐欺! 何でサポートキャラがそんな性格になってるのよ!」と、私へ掴みかかる勢いで叫んでいましたが……はて、何のことやら。
ああ、そういえば。例の乙女ゲームの二作目は皇帝の息子達とカイング王国から留学してきたヒロインとの恋愛でしたね。
サポートキャラたる皇帝の娘、つまり私との仲が良好でないと恋愛出来ない仕様でしたっけ。
まさか一作目の隠しキャラであるファスト第一殿下すら踏み台でしかないとは。
女は本当に怖いものですね。
無論、私を溺愛してくださる兄弟達にこんな毒婦を紹介するわけにはいきませんから、きっちりと事の顛末は文書で帝国へ送りましたけれど。
兄弟達は顔合わせでキラリさんを気に入ってくれたようですし、彼をはめたヒロイン様が粉をかけてきても歯牙にもかけないでしょう。
いえ、留学の話さえ立ち消えさせるかもしれませんね。
さて、もう一人忘れてはならない方がいましたね。
私の旦那様の元婚約者、レイ・ジョアーク公爵令嬢です。
彼女はヒロイン様から私をかばってくださった旦那様を見て、顔を青ざめさせていました。
きっとファスト第一殿下の計略にはまってしまったことを悔いているのでしょう。
彼女もまた、私と同じ、セカド様に恋する方でしたから。
観察していればわかります。
レイ嬢がセカド様から妹のようにしか見られていないことに歯がゆく思っていたことなんて。
そしてその思いをファスト第一殿下とヒロイン様に利用されたことも。
乙女ゲームをプレイしていた私が言うことではないかもしれませんが、彼女は望みすぎたのです。
政略結婚が大半だというこの世界で、愛する人から同じだけの愛を得たいと願ってしまったのですから。
セカド様と結ばれるだけで満足していれば良かったのに。
ですが、彼女のその少女らしい可愛い願いが私とキラリさんを結びつけたのです。
感謝こそすれ、彼女へ苦言を呈するなど出来るはずもありません。
「イドちゃん?」
王国から帝国へ戻る道すがら、じっとりとこちらを見つめるレイ嬢を思い出し、つい唇が弧を描くのがわかりました。
「いえ」
不思議そうに名を呼ぶ旦那様に何でもないと返し、私は二人きりの馬車の中、結ばれた日のように彼へ体を寄せます。
「私は幸せ者だと思いまして」
また口角を上げると、旦那様は赤い顔で私を抱き寄せてくださりました。
私は彼の体温を感じながら、彼の自分とは違う固い体へ腕を回します。
私の一番の親友で愛しい旦那様。
可愛くて格好いいこの人をやっと捕まえることが出来ました。
これからも手放すつもりはありませんので覚悟してくださいね?
お読み頂きありがとうございました。
2015/12/27
感想欄より「メイドではなく侍女ではないか」というご質問が来ましたが、イドの名前の由来がメイドからなのでこのままとさせて頂きます。
作者の知識不足を晒してしまい申し訳ありませんでした。