敵
気づけばおれの後ろには無数の敵の屍が転がっていた。Eランク昇格試験、
ダンジョン踏破、その高い難易度にみな挑戦することさえやめていた。
しかし新たな力に目覚めたおれは、その難易度にも対抗することができた。
俺リムドのダンジョンへの挑戦は今本日4回目である。
巣穴から湧きでる敵は、本当に無限に存在するかのように思えていた。
しかしいつの間にか新たに出現することをやめ、残りの敵も穴の中へと逃げ帰っていくのだった。ついに蜘蛛たちに俺の実力を認めさせたのだった。
仲間もなく、とくに特別な訓練をしたわけでもない。それでも昨日は惨敗した相手に対してこれ以上ないという勝利を収めたのだ。
そして道をふさいでいた蜘蛛を打ち破ったために、俺はこの先に進めるようになった。暗い洞窟を俺のランプはつよく道を照らす。たびたびその光と熱につられて芋虫や蜘蛛がやってくる。今更そんな敵は相手にならず先手必勝、速攻で沈めてしまった。そしてある程度ダンジョンをすすんだある時、目の前に分かれ道が現れた。その分岐点には一つの看板が立っていた。
右の道は『順路、あと半分』と書いてある。どうやらダンジョンの中腹に来たらしい。もう片方の道はただ『危険』と書いてある。どうやら試験をパスするにはこちらの道に進む必要はないらしい。今はできるだけ早くこのFランクという不名誉な照合を返上したい。『危険』な道の先に何があるのか気になるところだがここは好奇心を抑えて先に進もう。
指示通りの道を進んでいく、行く手には先ほどよりも少し多い目の芋虫がたびたび立ちはだかった。一体何を食べたらここまで大きく成長するのだろうか。
昨日みた芋虫はせいぜい60センチくらいだったがこいつはどうみても1メートルはありそうだ。しかし多少大きくなったところで芋虫は芋虫。この程度の相手なら一撃だ。そうして昨日手にしたばかりの片手剣を構え、相手に突撃する。
身体を曲げ伸ばししてうねうねと近づいてくる虫はこちらの速度に到底反応できなかった。その胴体を一閃、見事に真っ二つになった。しかしこの剣の、いやこの持っているすべての武器の性能には驚かされる。たしかに昨日もこの芋虫は一撃で倒せた。しかし今日ほど簡単にはいかなかった。一度比較のために、ナイフで芋虫を倒してみたのだがアルムスのナイフは今まで使っていたものの比ではないくらい切れ味が鋭い。それはほかの武器、剣にしろ斧にしろ刃がついていれば同じだった。棒や鉄球はどう使えばいいかわからず、盾はまだ使いどころがないため性能はわからないが、それ以外の剣も斧もナイフも今まで使ってきた中で最高の切れ味だった。蜘蛛の群れを倒せたのもこの剣の性能によるところが大きい。さすがは刀匠スミスの至高の一品だ。まあ刀匠スミスが誰かは知らないのだが、きっとものすごい方だったのだろう。
この調子で巨大芋虫たちを切り倒しながら、どんどんダンジョンの奥地へと進んでいった。しばらく進んでいくと今度は広い空間に出た。今までの洞窟の通路は狭く天井も低く、パーティを組んだら一列に並んで進みそうなくらいだったが、今いるところは4人で戦うにしても十分に広いと言えた。また天井は今までそれこそ大剣が引っかかるようなじょうたいだったが、ここは手持ちのランプで照らしても上まで光が届かないほど高かった。しかしその光で照らしたとき、何かが見えた。岩ではない、何かの塊、先の尖った何かが上からつりさげられているような感じだ。また辺りを見回すと壁にいくつも穴が見えた。さっきの蜘蛛の巣穴よりも大きい。ここは物音をたてないようように慎重に移動した方がいいだろう。
できるだけ穴にも近づかないように。
しかし明かりで天井を照らそうとした時点でもう遅かったのだろう。
ちょうど広い空洞の真ん中あたりにたどり着いたときうえから何かが降ってきた。さっきの塊がまるで落石トラップのごとく次々とおそいかかってくる。
それを必死になって回避して正体を探った。上から糸状のなにかを伸ばして自由落下してくるこの塊の正体はおそらく生物だ。体色は緑っぽい。そして表面は厚い殻のような皮のようなものにおおわれている。ひとまず剣で攻撃してみたが簡単には切れなかった。重い手応えがある。結構な重量だ、それを支える糸もかなり丈夫なのだろう。その生物がある程度降ってくるなか、今度は穴から大量の芋虫がはい出してきた。ここは芋虫が集まっている場所のようだ。洞窟中の芋虫たちの通路がここで合流しているようだ。サイズはほとんどのものが1メートル級である。その芋虫は初めてその口を見せた。丸い円形の口、その周りにつくのこぎりの刃のような歯。間違いなく肉食だった。芋虫は肉食虫だったのだ。
おれはてっきりこのダンジョンでは大量の蜘蛛たちが芋虫を捕食しているばかりだと思っていた。しかしこの体の大きさや見た目からみるにきっとこの芋虫とあの蜘蛛は互いに喰いあっているのだろうと直感した。小さな芋虫は蜘蛛の餌食となり、おおきな芋虫と蜘蛛の大群は互いに争いあう。そしてここのダンジョンに訪れた者はもれなくその捕食者たちのえさなのだろう。
今までよくこのダンジョンが試験として機能してきたなと思った。
虫たちとの戦闘は長く続いた。最初は天然のトラップと激しい猛攻を回避するのに精いっぱいで攻撃のチャンスがない。しかしトラップには限りがある。だんだん降ってくる敵の数が減ってきた。その分自分を取り囲む虫の数は増えているのだが、注意するべき部分が地上だけになったために反撃がしやすくなった。
激しく動き回れば芋虫どもの攻撃は当たらない。一度降ってきた塊は今のところ無害。勝機は見えた。2本の片手剣を握り敵の掃討を開始する。これは度重なる蜘蛛との戦闘、また日々の体術の修行の成果により身に着けた、防御を捨てた多対一の戦闘スタイル、二刀流だ。攻撃してきそうな相手を瞬時に見分け、攻撃してくるよりも前に敵をうつ。また相手の攻撃は回避だけでさばき切る。剣2本では相手の攻撃は受けづらい。
単純で遅い動き、なおかつ防御力の低い芋虫はなすすべなく斬られていく。蜘蛛の時はもう少し動きが速く目標も小さかったために結構手こずった。しかしいまは天井からぶら下がっているもののせいで動きずらいということを差し引いてもその火力は十分だった。
そしてたいしたけがを負うことなく芋虫の掃討は終わった。大量の味方の屍を前に、新たな敵は現れなくなった。
おれはその場に座り込んだ。こうも連戦が続くと結構疲れる。一度休憩しておきたい。垂れ下がってる何かは依然動かない。だったら先に進むよりここにいた方が安全だろう。なんてそんな考えが甘かったことを知った。
ぼーっと座りながらずっと釣り下がった生き物をおれは見ていた。ふらふら振り子のように揺れている。なんだか見ていて癒される。これはたしかあなたはだんだん眠くなるとかいう風にする動きににている。おっとあぶない、ねるところだった。このまま座っていると寝てしまいそうだったので、立ち上がって先に進むことにした。そして立ち上がりいざ進まんとしたとき、目の前の塊がもぞもぞと動いているのが分かった。なんだか気持ちが悪い。そう思うと同時になんとなく身の危険を感じ、塊を斧でたたき切った。すると中から濡れた羽をもった大きな虫が出てきた。斧の一撃をうけ体は傷ついていたがまだ生きている。
なんとかその虫は飛び上がり、こちらに向かってくる。傷を受けふらふらとしてはいるが確かにとんでいる。どうやらこの釣り下がっていた生き物はさなぎだったらしい。そしてこの生き物は蝶。あの芋虫はさなぎとなり、そして蝶へと羽化したのだった。
それに同調してだろうか、周りのさなぎももぞもぞと動き出した。一斉に羽化するらしい。さらに悪いことに進行方向のさなぎのほうが早く羽化しそうだ。これはもう逃げるしかない!
おれは敵に背をむけて走り出した。一度もと来た道を戻ることにしたのだ。
とりあえずこの手の敵は狭い道に誘い込んだ方が戦いやすい。あんまり飛び回られると攻撃が当てずらい。だったら少し引き返して狭い道で少しずつ処理していくことにしよう。そうおもって逃げてみた。案の定巨大蝶の群れは追ってくる。
しかし予想外なのはまるで壁のように穴を道を埋め尽くすように固まって蝶がこっちに迫っているのだ。あ、これは処理しきれないな、結局のところ逃げる以外の選択肢はなくなった。蝶に追われ、わき目も振るわず逃げ続けた、やがて分かれ道に到達し、ろくに周りも見ずに片方の道へ入る。
そして走り続けた結果、たどり着いたのは行き止まり。性格には大きな堅穴、下どこまでつながっているかまったくわからないほど深い穴の前にたどり着いた。
ひたすら走って何とか蝶を一時引き離したが、追い付かれるのは時間の問題だ。
しかし逃げ場はない。あるとすればこの穴の中だが、帰ってこれる保障もない。
一度この穴の中をのぞいてみるのがいいだろう。そして俺はランプで下を照らす。しかし穴は深く、全然底が見えない。そこで今度はロープにランプをつけて下へと垂らしてみた。すると途中で何かにひっかかったのを感じた。そこから下に進まない。もしかしてそこについたのかとおもい下を覗いてみる。
しかし見えたのは白い糸がネットのように張り巡らされている光景だ。その上に何か大きなものがいる。皆さんもうお分かりだろう。今まで散々追い掛け回されたあの強敵蜘蛛が一匹そのランプに近づいていっている。そしてそのランプのつながる先、つまり俺の方を見る。やばい、目が合っちゃった。
そしていそいで俺がその場を離れようとしたときすっかり忘れていたのだがどんどん何かが迫ってきている音を聞いた。大きな羽がせわしなく羽ばたく音。
蝶の群れがすぐそこまでやってきているのだ。
大丈夫だ、今あそこにいたのは蜘蛛一匹、だったらそれを倒して下へ、行ったら落下死しそう。どのみち逃げ場はない。だったら覚悟を決めろ、逃げ道は蝶側しかない。おれは蝶の群れへ突撃する決心をする。まだ使っていない武器がもしかしたら使えるんじゃないかなんて考えた。チェインウィップなんてどうだろう。
相手が固まって動いているなら、一気に大量に巻き込んで倒せそうだ。また盾を持って特攻なんていうのも生存確率が上がりそうだ。必死にこの場を乗り切る策を考える。そしてついに蝶の群れが見えてきた。そして後ろにも何やら不穏な気配を感じた。ちらっと後ろをむく、すると明らかにおかしなスケールの、もう通路に詰まりそうなくらい巨大な蜘蛛が見えた気がした。あくまで気がしただけだ。そう自分に言い聞かせて逃げ続けるしかしその明らかに今までより大きな足音にはっきりと現実を思い知らされた。このままでは蝶と超巨大蜘蛛のサンドイッチに遭って死ぬ。もう俺死にそうになるの何回目だろう。いい加減本当に死ぬんじゃなかろうか。とりあえずまずは救難信号を、ってもっと早く思い出そうぜおれ。今の今まで忘れていた自分をついつい罵倒しつつボタンを押す。
これでダンジョンリタイア確実だ。
本当の意味での鬼ごっこは続いているのだ。しかも鬼のほうが多いってどういうこと?こっちの味方の到着は時間がかかる。
このときおれは鬼ごっこで捕まらない方法をひたすら思い出していた。もうとっくに戦意は喪失している。たぶん正気も失っている。だがその馬鹿な想像から一つの答えが導き出された。
「サンキュー、ブレー!!」
故郷の一人の男の名を叫び、おれは急いで盾を構える。
そしてついに目の前に現れた蝶の大群に突撃する。攻撃する間もなく無理やり敵の間を押しとおった。絶対に途中で止まってはいけない。止まれば蜘蛛か蝶のどちらかにやられる。むしろ押し通れば生き残れる。いちかばちかの大ギャンブル、掛け金は俺の命だ。
何度も何度も蝶に追突され押し戻されそうになる。さっきから何かが背中にちくちくと、実際そんなかわいい感じでもないが刺さっては抜けてを繰り返しているのを感じる。でもあきらめずに前へ前へ進んでいき、とうとう蝶の大群を抜けた。そしてそのまま走り抜ける。
しばらく走りちらっと後ろを見る。するとはるか後方に巨大蜘蛛と蝶が戦っている姿が見えた。
作戦成功だ!俺は心の底から喜んだ。これぞブレー直伝、『仲の悪いもの同士をぶつけることで標的をすり替える作戦』だ!
このダンジョンの中で蜘蛛と芋虫は互いに喰らいあう関係にある、ということは
あの蝶と蜘蛛がぶつかれば自然にそこで争い始めるはず。正直うまくいくか不安だったが予想は的中、見事勝手に潰しあいを始めてくれた。
ここから見ると巨大蜘蛛が優勢だ。飛び回る蝶を糸を出して絡め完全に動きを封じている。蝶もなにかひものようなものを蜘蛛に突き刺して攻撃しているが圧倒的な体格差に攻撃は全然通じていない。全滅は時間の問題だろう。
そしておれは急いで逃げる。蝶が全滅してら今度は俺が襲われないとも限らない。全力で、俺の帰る場所へと向かうのだった。
「君は本当に学習能力がないな。」
「大変申し訳ないです。」
試験官の男性、並びに呼んだけど結局意味のなかった救助隊の人に厳重注意を喰らう羽目になってしまった。
「君が無茶をしない、慢心もしない、危なくなったらすぐに助けを呼ぶって言ったから今日も一人で行かせたんだ。そのこと覚えてる?」
「はい、大変よく憶えております。」
「で、どうしてこの惨状になったんだい?」
俺の装備は明らかにぼっろぼろになっていた。一歩間違えてた死んでいたのは間違いない。無茶をしていたといわれても言い逃れのできない状態だった。
「まさかさなぎが蝶に羽化するなんて誰も考えないじゃないですか。あとあんなに自己主張の小さい『危険』なんて気が付きませんよ。」
おれは必死に弁明する。しかしそれは通用しない。
「そもそも『危険』な道があることは行に見て知っていたんだろ?だいたい助けを呼ぶのが遅すぎる。蝶に追われ始めた時点で呼びなさい!」
「いや~、その時までブレスレットのこと忘れ・・・」
「忘れてた?」
「忘れてません。」
やべぇ、口滑らせた。あ、この人絶対怒ってる。
「そうか君は約束を忘れ、昨日と同じように一人で無茶苦茶をし、挙句の果てに死にかけたと、そういうことだね?」
「いやいや、昨日は助けられた時点で意識がなかったわけですし、今日はそれと比べたら無茶なんて言えるレベルじゃないです。」
「言い訳は結構、君が死んだら私の責任問題になる。とにかく、金輪際君の単独での試験受験は禁じる!」
「えー!待ってくださいよ~!僕ここに友達いないんですよ~!」
「知りません、君に死なれたら困るんです。下手すりゃ私がクビになる。」
「そんな~、今回だけ!今回だけ見逃してくださいよ!ほら、今日のほかの三回は大丈夫だったわけですし、お願いしますよ。」
「今回だけは今朝使ったの忘れたのか!ダメなものはだめだ!」
「え~!」
こうして俺の昇級は遠のいた。次こそは切り抜けられるはずだったのに。
はたして俺は仲間を見つけ、ダンジョンの先へ、Eランクへ上がれるときは来るのだろうか。
「まったく、あの少年は本当に無茶をしてくれる。」
リムドが去った後の控室で試験官がため息をついている。
それに一人、別の試験官がフォローを入れる。
「まあまあ、先輩。そういうこともありますよ。まだ若い冒険者なんですから。」
「だからこそ、もっと気を付けるべきだろう!いいか、もし夜中に来ても絶対に通すなよ!」
「そんなことしませんよ。先輩怒らすと怖いですし。」
このもう一人の男は夜勤の試験官だ。今は業務の引継ぎがてら先輩後輩で雑談をしている。
「はあ、まあ確かに実力はありそうなんだよな。まさかあの羽化の間にたった二日でたどり着くなんて。」
「羽化の間はあの試験の最終段階ですからね。完全変体トリオに同時に襲われる。本来パーティで役割分担しながらうまいこと敵を倒していく段階なんですけど。」
「聞いた話だとさなぎから羽化する前に幼虫を全滅させて休憩していたらしい。
」
「はは、マジっすか!そんなに早く全滅させるなんて並じゃないですね。Cランク上位でもキツないですか?」
「かもしれん。あいつすでにBランク下位くらいのパーティにいてもおかしくないな。」
「へー、でもそんなすごいやつがいたらダンジョンの敵全滅させちゃうかもしんないっすね。」
「それはないな。」
ここで先輩の試験官はいった。何か確信があるようだ。
「どうしてですか?現に今日も4回も潜って敵を潰しまくってたわけでしょう?」
「そんなに簡単じゃないのさ、ダンジョン破壊ってやつは。」
「ダンジョン破壊?」
「ダンジョンの魔物を根絶やしにしてダンジョンの生態系そのものを破壊することだ。まあダンジョン内の魔物を絶滅させることだな。しかしもともとダンジョンを作り出すような魔物は繁殖力が高い。その上あのダンジョンのモンスターの『親』は試験にまったく関係ない場所に潜んでいる。そいつを倒さない限りモンスターは全滅はさせられないし、倒してもある程度敵が残っていたら別の魔物が『親』として成長する。すべての魔物を根気よく探して根絶やしにする。そんなこと一人じゃ到底できないさ。」
「へー、そういうもんなんですね。じゃあパーティーなら?」
「一人二人ここの連中と組んだところで、たいした変わりはないさ。それに、過去にダンジョン破壊を試みようとした連中がいたんだが・・・。」
そうして先輩試験官は暗い顔をする。
「なにがあったんですか?」
「Fランク全員でうまいことダンジョンに潜り込んで、『親』を襲撃、返り討ちに遭い全滅だ。」
後輩は言葉を失った。なんとか考えて最初に発した言葉はこうだ。
「それって、大丈夫なんですか?責任問題とか。」
「残念ながら大丈夫だ。試験を受ける前に必ずサインさせられる同意書がある。その中の項に所定のルートを外れて行動した場合ルディ側は一切責任を負わないという内容だ。」
「うっわ、えぐい。」
「まあそういうことだ。たしかに今なら敵の数はかなり減っているかもしれない。だがそれも3日もすれば戻るだろうし、『親』はFランク全員でかかっても勝てない。つまりどうあがこうがダンジョン破壊は無理だ。」
そう聞いて後輩のほうは悲しそうな顔をする。
「もしかしたら、こんなサイテーな場所もなくなるかと思ったんですけどね。」
「いつかそうなったらいいと思うんだがな。まあ理不尽なことはなくならないってことだ。じゃあ、あとは任せたぞ。」
「はい、お疲れ様です。」
このFランクというランクはやりすぎもいいところだ、と関係職員なかにはおもっているものもいる。だからこそこのダンジョンさえなくなれば、この制度はひとまず不成立になる。それは彼らの願いであり、この受難のなかにいる者たちの夢でもあるのだ。だがそれが叶うことは決してないと誰しもわかっている。
「へ~、今なら敵の数が減ってるか、いいこと聞いちゃった♪」
この会話をドア越しに聞いていた一人の男がいる。
「リムド・スパルエル、初日からマークしてたけど正解だったね、あいつを利用すれば、ラクーにここから出られそうだ。いや、それだけじゃなくてもっと…ひひっ、よし、さっそく作戦開始!」
この男はすたすたと歩いて豚小屋へ戻る。そしてこの男はある計画を実行するのだった。
今日一日、ダンジョンの中を駆け回り、俺はもう疲れ切っていた。なんとか豚小屋に戻ってきたけれども。中には汗臭い男どもが所せましと押し込められていて、とても気が休まりそうにない。だがここ以外に屋根のある寝床もないので我慢するしかなかった。明日こそこのFランクを脱出、したいけど俺みたいなやつと誰か一緒に来てくれるだろうか。いや、こんなボロボロなけが人の子どもじゃあ誰もついてきてはくれないだろう。現に今日もそうだった。この先一体どうすればいいのだろうか。そんな風に途方に暮れていると大きな声が聞こえた。ここの全員に呼びかけるようなそんな声だ。
「全員聞いてください!」
あたりのざわめきは収まらない。まあそうだろう。ここの荒くれ者たちが、人の話を聞くなんてそうそう考えられない。
「皆さんに大切なお知らせがあります。私はこのFランクを全員で抜け出す方法を見つけました。」
今までざわついていた男たちはその発言を聞いていっきにその声の男に注意を向ける。
「一体どういうことだ!そんなもん本当にあんのか!」
「そうだそうだ、昨日全員ボロボロになったばっかじゃねえか!」
「あの蜘蛛の群れを誰一人突破できなかったんだぞ!」
そういって彼らはその言葉を簡単には信用しなかった。あそこまでやられていればそうだろう。ただ・・・
「いえ、実は一人いるのです!この中にたった一人、あの蜘蛛の大群を一人で蹴散らし、最後の関門といわれる部屋までたどり着いた人が!」
そう、実はいるんですよんね、私です。というかあれが最後の関門だったんですか。それならもうちょっと粘ればよかったな。
「その方はそう、そこの見るからに頼りなさそうな少年、昨日も今日も死にかけてダンジョンから帰ってきたラッキーボーイ!リムド君です!」
なんだとお!ラッキーボーイじゃねえ、実力だ!少なくとも今日は。
「なにぃ!」
「まさかこんなガキが!」
『ナイスジョーク』
だれだ今ジョークとかハモった奴ら。まぎれもない真実だよ!
「いえ、これは確かな情報です。先ほど試験官の方々が話しているのを私は聞きました。さらに昨日私はそこの彼が、この学校のおえらい方と密会しているところを見てしまったのです!」
おい、その情報は言うな!明らかに俺が悪者になる!
ほらやっぱり、俺に敵意の眼差しが・・・。
「どういうことだ!」
「てめえ!何かそのお偉いさんから攻略法でも聞いたのか!」
「今すぐ出てきやがれ卑怯者!」
おっと、しまった。これでこの連中の大半が俺の敵に回ってしまった。
しかしそれを制したのはその発言をした男本人だった。
「皆さん、静粛にお願いします。彼に悪気にもあったわけではないはずです。きっと彼のこのFランクの一員としての強い自覚があるはずです。」
「そうだそうだ!」
学校側と俺という二つの共通の敵を見出した彼らは強い団結力を発揮していった。俺の立場はいきなり悪くなった。
「皆さんきっと彼は私たちに協力をしてくれるはずです。なぜなら彼自身私たちの協力を欲しています。そうある事情から彼はもう一人で試験を受けることができないのです!」
それも言っちゃうか。ほら、ざまーみろとか、いい気味だとか言われちゃったよ。
「つまり彼は私たちの協力なしではもうこの地獄から抜け出すことはできないということです。ですがもし、私たちが彼とともに一丸となって行動すれば、必ずやここを全員で脱出できることでしょう。彼の持つ情報と、みなさんの力を合わせるときです!」
「おお、なんかよくわかんねえけど、ここを抜けられるんだったら手伝ってやるぜ!」
「一蓮托生でござる!」
おお、なんだか俺の運命が俺の関係ないところで決まっていっている気がする。
すでにおれに協力しないという選択肢は無くなった。
「さあ、みなさん今こそ共に手を取り、助け合い、この理不尽な世界から抜け出しましょう。私たちの明るい未来はすぐそこに迫っているのです!」
「俺たちの力を見せつけてやろうぜぇぇぇぇ!!!!!!!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
屈強な男たちの雄叫びが響き渡る。どうやら見事に全員乗せられたらしい。
その新たな指導者は俺のほうに歩み寄り、こう持ち掛けてきた。
「もちろん、君も協力してくださいますよね?」
「・・・こんな回りくどいことしなくても、協力したっての。」
「まあそんない機嫌を悪くなさらないでください。今の私たちには、あなただけが頼りです。」
その男はいけ好かない笑顔で微笑みかけ、そして手を出してきた。
「よろしくお願いしますリムドさん。わたしはラバー・ストーレット。あなたのご活躍には期待させていただきます。」
正直こんな奴の手なんて取りたくはない。だが今とらなければもう俺にここを出るチャンスは来ないだろう。もうここでこいつに逆らうもの、あるいは逆らえるものはいなくなった。仕方なく俺は相手と握手を交わす。
「よろしくお願いしますストーレットさん。お互い手を取り合って頑張りましょう。」