心の叫び
店を出て村の広場にたどり着いたとき、そこはひどい有り様だった。昨日まで村を彩っていた花々は踏み倒され、村の女子供は捕まって、立ち向かう男たちも散々にやられている。蛮族たちはそれを見て高笑いする。幸いまだ誰か死んだ様子はない。ブレーも情けなく縮こまっているだけで平気そうだ。中央にいるのが奴らのリーダーだろうか。ただ目を閉じて無表情に村人や部下たちの絶叫を聞いている。少し離れているところに倒れているおじさんの姿もあった。
「おじさん!」
おれは急いで駆け寄る。どうやら斬られたようだ。幸いにも傷は浅い。
「おうリムド、すまねえこんな簡単にやられちまって。」
「しょうがないさ。相手は凶暴な盗賊団。いくらおじさんでも部が悪いよ。」
「はっ、普通ならあんな雑魚どもには負けねぇ!これでも村一番の大男、後ろからいきなり切りかかられてなきゃい
今倒れてるのはあいつらだ!」
「卑怯な奴らだな。まあそこで待ってて。今片付けてくる。」
「なにバカ言ってやがる!ガキは隠れてろ!」
「へへ、おれがおじさんより力強いの、忘れた?」
そう言い残して俺は相棒を背負って広場へ走りこむ。
「そこまでだ!」
「だれだ!ってガキか、なんだ、これはチャンバラごっこじゃね…」
そう相手が言い終わる前に一撃いれる。ただのパンチだが、男は立ち上がれなくなり、身悶え始める。
「なっ、大丈夫か?!なんだこのガキ。」
「ちったーやるようだな。てめえら油断すんな!」
「お前もな。」
少し離れたところで指示していたサブリーダーっぽい男の懐に一瞬で入り溝おちを狙う。その男も鈍い打撃音のあと崩れ落ちる。おそらく内臓の一つも傷ついたのだろう。
「くそっ!まとめてかかれ!」
蛮族たちが一度に襲いかかってくる。しかし大した相手ではない。速攻一人ずつ確実に仕留めていく。相手は鎧をだれ一人着ていないため、素手でも十分に戦えた。日頃からこの大剣を振り回すために修行しているのだ。筋力だけはだれにも負ける気はしない。俺は大剣を地面に突き刺した。そして旅の途中であるところで教わった体術で応戦する。半年前はたった3人の盗賊にも勝てなかったが、今はその倍以上の蛮族相手に引けを取らないほどまでに成長した。
「なんなんだよこのガキ、強すぎる!」
「こんなバカなことがっ!」
「なんでこいつに一発殴られただけでだれ一人起き上がって来ねえんだ!」
「くっそぉぉぉぉぉぉ!」
次々に倒れていく味方を見て、蛮族たちは恐怖し、叫び、そして味方を追うようになる。そして…
「あとはお前らだけだ。」
残ったのは蛮族たちの長、それとその妻っぽい女性だ。
「素晴らしい。まさか私の部下を全て素手で倒すとは。予想外の事態だ。そこで君に提案だ私の部下になれば…」
「交渉決裂だ。」
今までと同じように懐に入り渾身の一撃をかます。しかし相手に攻撃は読まれていたようだ。
「そういうと思ったよ。旧式アリスモーズの戦闘体術。ここまでの完成度のものは久しぶりにみたよ。あのお方のお気に入りだろう?」
「知ってるのか?」
「私もそこで学んでいたことがあってね。もっともあの人とは反りが合わなかったんですぐやめたがね。まああの人のお気に入りであるなら、この行動は至極当然の反応だな。」
そういって蛮族の長は立ち上がる。
おじさんよりでかい!
「ではいこうか、ここからは素手では戦えんだろう。武器を取れ。」
「えらく余裕じゃないか。後悔するなよ?」
そういって僕は大剣の元に行く。
そして相手が来るのを待つ。
「どうした、かかってこい小僧。」
「こういう勝負は先に動いた方が負けって決まってるんでね、くるならそっちから来な。」
「なにを考えているか知らんがその挑発乗ってやろう!」
男は曲刀を構えて踏み込んできた。
俺は迎え撃つ、大剣を地面に刺したまま、盾として使う。そして体術で相手の足をすくおうとする。そう、半年たった今でもまだこの大剣を振り回すことはできないのだ。しかし体術と日頃の筋力トレーニングのおかげか、以前より少しだけ振り回せるようになった。そして身につけたのがこの戦闘スタイル、大剣を壁にして攻撃を防ぎ、相手を転倒させ隙をつくってそこに一撃振り下ろす。単純だが大剣の耐久力と体術の精度のおかげでかなり有効な戦法になっている。しかし相手も中々だ。こちらの狙いを的確に把握してきているようで、今だに有効打を与えられない。
「このおっさん、ロルンとかいう奴より強いかもな。」
「ん?それはだれだ?」
「あんたは知らなくていいよ!」
ここで一瞬攻撃を加速させる。相手の反応が遅れた、今がチャンスだ。渾身の足払いをかけることで、巨漢は一瞬宙を舞い、豪快に転倒した。
「今だ、くらいやがれ!」
そういって大剣を持ち上げようとしたそのときだった。
「まちな坊や、こっちこっち!」
蛮族の女の声だろうか、耳慣れない声が入ってきた。
「この婆さん、あんたの知り合いかい?」
「はなしな!着てるのか着てないのかわからないような不埒な服をでこの村に入ってくるんじゃないよ!」
本屋の婆さんが捕まっている!しかもこんなときまで敵に説教している。たしかにあの女の服装は目のやり場に困るがそれどころではないだろう。
「うっさいわねこのババア!いい、そこのあんた、もしそこから動いたらこの婆さんどうなるかしらね。」
「この!口の聞き方がなっとらん!年寄りはいたわらんか馬鹿者!」
「ちょいばあちゃん説教してる場合じゃないでしょ!おい、やめろ!ばあちゃんを解放しろ!」
「それはきみのこれからの行動次第よ。さあ、あんた、いつまで寝てんのさっさとやっちゃいなさい!」
男はその躯体をゆっくりと持ち上げた。そしてこういった。
「情けねえことだ。よもやこんな小僧にいっぱい食わされるとは。まあ小さい村狙って潰してるわけだからとっくにプライドなんざ捨ててだがよ。悪いな。勝負には負けたが、結果的には俺らの勝ちだ。せめてお前のその自慢の大剣でとどめを指してやろう。その武器はお前のようなひ弱な子どもにはもったいない。振り回すことすらできないものを持っていてもしょうがないだろう。」
そういって大男は大剣を握るそして…
もちあがら…ない。
「ん?どうなっている。なぜ持ち上がらんのだ。」
「あんた!なにもたもたやってんの!さっさとやれって言ってるでしょ!」
「無駄じゃよ。」
そう婆さんがいったのが聞こえた。
そう、無駄なのだ。この剣の重量は半ぱじゃない。もっと幼かった頃からひたすらこれを持ち上げるために修行し続けていた俺もまだまともに扱えない。本来ならこんなもの振り回せる人間などいないのだ。
「あんた!もうそんな武器ほっといて自分のでやったりなさい!」
「言われなくてもそうする、くそっなぜだ。」
男は曲刀を再び手に持ち振りおろす。しかし俺はそれをよけることができることに気がついた。
「動いたわね、じゃあこのババアの命はもうないわ!」
「遅いわよ、オ・バ・サ・マ♡」
その声はその女の背後に現れたのはアミーだった。
「だれがおばさんですって!くそっ、ガキが…って、え?」
現れたのはただのアミーではなくなんかものすごくでかい機械に乗ったアミーだった。
そしてひょいっとばあちゃんをすくいだし敵の女を吹っ飛ばした。
「かっ、そんな馬鹿な。」
その女は倒れて動かなくなった。
「なんだと!いったいあれは…」
「言ったろ、油断すんな。」
俺は巨体に顔面に本気の蹴りを食らわせた。一気に体制を崩し地に崩れる。そして相手は必死に起き上がろうとする。わかっているのだ。次のくるこの大剣の一撃は食らうわけにはいかないことを。
「くそっ、殺される!助けて、助けてくれ〜。」
「情けねえ声出すなよ、じゃあなガレントス盗賊団!」
振り下ろされた大剣は村中を震わせるかのような衝撃を作り出した。
「…外したか。」
俺はカッコつけた一撃を見事に空振りし、大剣は相手の肩の2cmとなりくらいに落ちていた。しかし完全に相手の意識だけはどっかに行っていた。こうして村は守られたのである。
「リムド〜!」
「よおアミ…」
「このドアホー!」
「なぜにっ!」
敵ではなくアミーの一撃で俺は倒されることになった。またも目に涙を浮かべながらの一撃だ。しかし昨日よりも表情は真剣だ。
「すまんかった。心配かけたな。」
「本当よ!ばかー、あほー、なんなの?なんであんた大人より強いのよ、なんでしんぱいかけんのよ!」
そういってアミーは子どものように泣いている。
「本当に悪かったよ、だから泣き止んでくれって!なんか俺が悪者みたいじゃんか!」
このやりとりで怯えていた人たちにも安堵と笑顔が戻った、いつも通りの。そして人々はこう叫んだ。
「リムドバンザーイ!さすが英雄の息子だ!ありがとう、おかげで村は救われた!」
「あとアミーもね。」
その後アミーが落ち着いてからのことだ。まだ彼女のの目は赤くなってる。で、ユージンのところに戻った。
「びっくりしたよ。まさかあんな機械に乗ってアミーが登場するとは。あれは一体なんだ?」
「あれはバンノーグαタイプ、耕作機械の一種よ。」
「バンのうぐ?一体どこから。」
「去年ユージンがつくった失敗作の農具よ。ただでかいくわとアームがついただけのもんじゃ繊細高品質が売りのこの村の作物には使えないんだってさ。」
「そういやお前昔からよく機械いじってたな。」
「そう、それを動かせば少しは役に立つんじゃないかと思ってね。つくってから全然触ってなかったから、動かすのに時間がかかったよ。」
「はー、すげーなおまえ、あれ完全自作か?前は改造だったのに。」
「まあ僕も成長してますから。
…だからさ、もう少し僕らにいろいろ相談してくれてもいいんじゃない。」
「へ?」
急に空気が変わった。そういえば何か大事な話をしている最中だった。
「あんた、明日出ていくんだって?」
「えっ?おれおまえらに言ったっけ。」
「昨日父さん達と話してるときに聞いたんだ。」
「わたしはそれを聞いた。」
「なるほど、それでどうしておまえらがそんなに不機嫌になってんだ?」
「そんなの決まってるじゃないか!せっかく帰ってきたと思ったらもういくなんて、そういう大事なことはもっと早くいってよ!だいたいルディってなんだよ!そんなとこ聞いたこともないよ!」
「それに今日だって、あんた一人で突っ走ってピンチになって、私たちには頼ろうとするそぶりすら見せない。言っとくけど、あんたがいない間、私たちだってこの村を守れるように頑張ってたのよ!あんたと私たちは同い年、あんたにここが守れるなら私たちにだってできる、それくらい思いなさいよ!」
「相談って言われてもね、これは俺一人の問題だし、それに普通俺らの年のやつが実戦なんてできると思わないだろ。まだ15なんだぜ?」
「僕らはそんなに頼りない?」
「そうやって私たちを見下してるの?」
「そんなこと一言も言ってねえだろ、変な風に飛躍しすぎだ。」
「じゃあ僕らもそのルディってところにつれていってって言ったらどうする。」
「…え?おまえら戦士になるの?やめとけ、そこはそんなに甘いところじゃないらしいぜ、あんな盗賊なんか相手にならないような奴が五万といるらしい。」
「それを聞いて、僕らがそんな危険なところに君を一人で行かせたいと思う?」
「えっ?」
「えっ?じゃないわよ。去年の旅のこと、今日のこと、ルディのことだって、全部私たちに一言も相談しないで一人で決めて、勝手に心配かけて…そんな風に扱われて私らが黙ってるとでも?」
「えっと、つまり、俺を心配してくれてたってこと?」
「そういうこと。」
「あといつまでもあんたに守られてるつもりもないってこと。」
今思えばたしかにそうだ。普段仲良くしていたが大事なことはなにも相談せずに好き勝手やっていた。おじさんやおばさんたち大人にはなるべく心配かけないようにって事前に相談していたが一番近くにいたはずのこいつらにはなにも言わない。ただ決まった結果を伝えるだけだった。
そりゃ心配もかけるだろうし…
「悪かったよ、さみしい思いさせて。」
「ほんとだよ。」
「気づくのが遅いわよ、バカ。」
「でも、まあ今度から気をつける。でも今回ばかりはもう決めたことだ。いや、だれに止められても行くって決めてた。それに安心しろ、ルディは別に危険なところってわけじゃねえ。一流の戦士を育てる養成所ってところかな。それに休みになれば帰ってこれるし、安心して待っててくれよ。」
2人はそれを聞いて溜息をつく。
「まったく。そう言うと思った。」
「溜息つかれてもな、実際問題おまえら戦士として戦えるか?」
「無理だね。」
「ムリね。」
「だろ、それじゃあいっても…」
「そうじゃなくて、せめて、そこまでして行きたい理由があるなら、それを説明して欲しいんだよ。父さんからじゃなくて、君の口からね。」
いつになく真剣な2人の眼差しが、俺に向けられる。この2人は俺のことを本当に大切に思ってくれている。それが痛いほど伝わってきた。それなら俺はこの2人に最大限答えなければならない。本当はこういうの恥ずかしいから後で1人でこっそりとやろうと思っていたのだが…。
「2人とも、ちょっと来てくれ。」
2人はなにも言わず、ついてきた。そしてたどり着いたのは…。
「ここって…。」
「ああ、英雄の…親父の墓だよ。」
墓には『魔を断ち切る英雄ここに眠る』と書いてある。かつて村の近くに魔物の巣窟ができたときのこと、親父は1人で乗り込み、そこの魔物を一体残らず叩き斬った。しかし村に戻ってきた親父は俺を残して死んだ。相当な重傷で村に戻ってこれたのも奇跡とまで言われていた。そして親父は英雄となった。
「笑っちまうよな、息子一人で残して、そのあとどんな思いしたかも知らずに英雄呼ばわり、俺の母も守れなかったとかいってたし、自分の家族も守れないで、なにが英雄だってんだ。」
そんな憎まれ口はとっくの昔にいい飽きていた。
「おまえらも聞いたろ。さっき俺が蛮族ぶっ倒したとき『さすが英雄の息子』だぜ。おれはずっとここで英雄の息子として扱われてた。そうしなかったのはおじさんとおばさん、おまえらとあとは本屋のばあちゃんくらいか。」
「リムド…」
「……」
「おれはずっと思ってた。英雄の子じゃなくて俺は俺だって。でも周りはそうはいってくれなかった。じゃあどうすればいい?どうすれば俺を俺として見てもらえる?簡単だ、親父を超える。それでいい。けどどうやって死人を越えればいいんだよ。どうしたらそれが証明できる。」
正直今にも泣きそうだ。この数年間ずっと一人で抱えていたことを初めて人に話す。溜まっていた感情が一気に溢れ出そうとする。
「そう思って旅をしてたらさ、見つけたんだよ、そのヒントを。親父はそのルディってところで一番だったんだとよ。じゃあ俺もそこで一番になれば、少なくとも同等ではあるってことになるだろ?」
「なるほどね。」
「言いたいことわわかったわ。」
「ああ、だからお前ら聞いとけ、俺がここに戻ってきた最大の理由これをしにきたんだ。」
俺は溢れ出す涙を堪えて叫ぶ、多分今後の人生で最大の声量だろう。
「このクソ親父!!勝手に死にやがって!!!いいか!おめえなんて速攻で追い抜いてやる!!!!!そこで黙って見てやがれ!!!!!!」
この後のことはよく覚えてない。
ただ、親友2人が俺のそばにいてくれたことだけが、最高にありがたかった。
そして次の日。
「リムド、もう行くのか?」
「行かなきゃ間に合わないよおじさん。」
「せっかく戻ってきたのに、さみしくなるね。」
「だから夏頃には一回帰ってくるから。おばさんも元気で!」
「リムド!あんた戻ってきたらわかってるね?」
「ばあちゃん?!それはこの間のことでチャラに…」
「しないよ!わたしはアミーとユージンに助けられたんだ。あんたじゃない。」
「くそ、わかったよ!約束する!」
「言ったね!忘れんじゃないよ!」
「リムド、なんのこと?」
「おばさん、なんでもないよ。」
「そうそう、なんでもないよ。私ら2人の個人的なことでね。そういえばあの2人の姿ないね。悪友の旅立ちだっていうのに。」
「あいつらも薄情だな。リムド、あいつら探してくる、待ってろ!」
「大丈夫だって、早く行かないと船に乗り遅れるし、みんな!行ってくるよ!」
こうしておれは村の英雄の子として、またごく一部の人の家族として村を送り出された。あいつらが来なかったのはサヨナラは言わないってことだろう。
「また会おうな!それまで村は任せたぞー!」
「また会おうか、あいつらしいわね。」
「アミー、本当に来るの?」
「当たり前でしょ?あんた一人だと絶対たどり着く前にくたばるわ。」「まあたどり着いてからも心配だけどね。戦士になんてなれるかな。」
「ふん、ムリでも行ってやるわ。」
「そうだね、じゃあ行こう!悪いけど、君の頼みは僕らは聞けない!」
英雄の子の旅立ちの少し後、ただの村の子2人もその巣を後にした。この先に待ち受けるものがなにかはわからないが、何者であっても屈することはないと誓って…。