英雄の故郷
あの出会いから半年ほどたった春の日、俺は自分の故郷に帰ってきた。
村の前には去年からかわらず自称村で一番勇敢な若者ブレーが見張りをしている。
しかし春の陽気のせいかあくびなんかしている。この村は平和そのものだな。
そんなこと考えているとブレーはこちらに気がついた。
「ようこそコノノ村へ!今日はいったいなんの御用で?」
「ひどいなブレー、一年で人の顔忘れたんか?」
「おっ、おめぇは!おうおう、久しぶりだな!みんなにさっそくみんなに知らせねぇと!」
「大丈夫だよ。俺がみんなにサプライズしてやるから。」
「どういうことだ?」
そう言われて俺はにやりと笑った。
そして俺は大きく息を吸い込んで叫んだ。
「みんなー!こちらリムド・ソウ・スパルエル、コノノ村へ帰ってまいりましたー!!!」
人生で一番がんばって張り上げた大声は小さな村全体に響き渡っただろう。
「おかえりリムド!久しぶりだなー!おっ、なんか背伸びてない?
」
俺は自分の家に帰ってきた。自分のとはいっても親父の親友の家だ。俺は旅立つ前ここに住んでいた。そして今話しかけてきたのはユージン。
こいつとは腐れ縁だ。
「おう、久しぶりだな。お前も人のこと言えんくらい背伸びてるだろ。
というかそれもう会った人みんなに言われてるからもう言わんでくれ。」
「しょうがないよ。去年でてったときは大剣より小さかったもん。みんな言いたくもなるよ。」
口ではそういっていたが背が伸びたと言われるのは別に悪い気持ちではなかった。俺は去年までただの村のちびっ子と認識されていたからだ。
「ただいま〜、おう!なんか村が賑やかだとおもったらリムド!おめぇ帰ってきてたんか!」
「ただいまおじさん、わざとらしく驚かなくていいから。」
ユージンの父は満面の笑みで帰ってきた。両手にはなにやらいい匂いのする袋を持っている。
「いや〜、畑で若い衆と働いとったらな、何処かのチビが大声あげてんのが聞こえてよ。これは歓迎してやらにゃいかんと思って若いのに仕事押し付けて帰ってきたんだ!」
そういうとおじさんは愉快そうにわらった。相変わらず豪快な笑い方だ。
「おじさん、何か僕に言いたいことあります?」
「いや?ねえけど?」
「何か見てわかりません?」
「去年と変わってねえな、とか?」
「変わりましたよね!」
「んー、変わったか?」
難しい顔をしている。これは本当にわかっていないときの顔だ。
「あなた、リムドは背伸びたか?っていって欲しいのよ。」
そういって現れたのはおばさん、つまりユージンの母だ。
「おばさん!お久しぶりです!いや〜さすがおばさん、よく見てますねー、わかってますねー。」
「ほほほ、久しぶり。まったく気の利かない男よねあんたって。」
「ん?こいつでかくなったのか?まあ俺に比べたらみんなちっせーからな!」
そういってまたこの大男は豪快に笑う。たしかにこの人はでかい。背中の大剣すら小さく見える。
「あれ、リムド、さっきはそれ言われるの…」
そうユージンが言うのを止めるように突撃した。
「よーし、ユージン、久々に会ったんだ。村みんなに挨拶に行こうぜ!」
「おぇ、痛いからその突撃やめてって言ってるでしょ!」
「二人とも、夕方には戻ってきなさいよ、今日はご馳走用意するからね!」
「おう、おばさんありがとー!」
「いってきまーす。」
そういって俺とユージンは村へ出ていった。
二人の少年が出ていったあと夫婦はさみしげに口を開く。
「あの子、今度はどれくらいここにいてくれるんでしょうか…」
「さあな、でもまあ長居はしねーだろうな。こんな小さな村に収まるような器じゃねぇ。親父のようにな。」
久しぶりに見た村はなに一つ変わりのない幸せそうな春の空気に包まれていた。畑では賑やかに人々が働き、民家は花々で彩られていて…
一年間いろんな町を渡り歩いたけれど、これほどまでに過ごしやすく、幸せな場所はなかったとおもう。
「あー、あらかた目ぼしいところはまわったよな。」
「みんなリムドが戻ってきて嬉しそうだったね。」
「そうかなー、本屋の婆さん…」
「あの人は仕方ないよ、元々頑固な人だし。それにあの時に本を汚したリムドが悪いよ。」
「だからって戻ってきて早々弁償しろー!とか叫ばなくてもいいじゃんか。いつの話だよ。」
「いやいや、でもあのお婆さんはすごくいい人だと思わない?あの時の本のこと、父さんや母さんに伝わってないんだよ。いつかリムドがちゃんと返してくれるって信じてるから、ちゃんとリムドを理解してるからこそそうしてくれたんだと思うし。それにあんなに大声で叫んでるお婆さん、久しぶりに見たなー。」
たしかにそうかもしれない。あの時本を汚したのは俺が悪いし、そのままで済ます気もない、結局ここまでながれてしまっているだけだ。おじさんお小遣い少ない上に旅の費用も少しでも多く貯めておきたかったから、それに本音を言えば忘れていた。でも大人になったら返そうかと思っていたし…言い訳っぽいなと思ってしまった。そう、お小遣い少なくて読みたい本も買えなくてよくあそこで立ち読みして怒られて、3人ならんで…?
「3人…?」
「どうしたの?」
「いや、俺らあの本屋でよく立ち読みしてたじゃん?」
「そうだね。」
「でもその時あと一人誰かいたような。」
「あっ!忘れてた!」
そういった瞬間のことだった。一瞬にしてユージンの姿が目の前から消え、そして1人の少女が現れた。
「忘れてたじゃないでしょうがー!このドアホー!」
ユージンは思いっきり蹴り飛ばされて地面に伏した。少女は両手をはたいている。
「まったく、幼馴染を忘れるなんてサイテーね!」
「ほんとほんと。」
「あんたもよ、このバカリムド!一年ぶりに帰ってきたって聞いて顔見てやろうと思って探してみたら忘れてるとかあり得ないんですけど!わたしがどれだけっ!」
そこで詰まったように少女は口をつぐんだ。
「どれだけ?」
「どれだけ?」
俺とユージンは彼女の方を向いて聞き返す。そうすると彼女の顔はみるみるうちに赤くなっていく。そしてこれもまた一瞬のことだった。パッシーンという音とともに俺の世界が急回転した。
「グッヒャー!」
「もう!信じらんない!サイテー!デリカシーなさすぎ!バカー!」
少女は涙目になりながら必死に叫んでくる。それを見ていつものように俺らは楽しそうに笑う。
「久しぶりだな、アミー!」
そう、彼女はアミー、俺のもう1人の幼馴染だ。
その後アミーはフンとかいって怒って帰ってしまった。帰り際にぼそっとなにかいった気もするがよく聞き取れなかった。そして夕方…
「なあ、この家こんな狭かったっけ。」
「狭いとは失礼な!」
「いや父さん、今はたしかに窮屈だよ。」
家には村の人が集まってきていた。村の学校の同級生、お世話になったおじいさん、食事目当てのブレーなど本当にいろいろな人が迎えてくれた。
「しかしまあ、こんな大事になるんだったらもっと広い会場用意しとけばよかったぜ。」
おじさんは困り顔をしている。
「まあまあ、賑やかで楽しいじゃないですか。それにやっぱり家が1番リムドも落ち着けるでしょう。」
「いや、おばさん、今日ばかりはそうとも言い切れないかも…」
「ふふふっ、そうでしょうね。でもこんなにあなたのために集まってくださったのよ。中々の人望じゃない。」
「そうだそうだ、若いのにやるじゃねーか!まあ、なんだ、ここらでちょっと挨拶でもしてくれよ!」
「えっ?そんな突然!?」
「いいだろいいだろ、軽くちょいっと、みんなー!聞いてくれー!本日の主役リムドから一言いただきまーす!」
大男の声で一気にこちらに注目が集まる。宴会の楽しい雰囲気がそのまま俺一点に集中してくる。よっいいぞ!とか拍手とかが飛んでくる。嬉しいような恥ずかしいような。
俺はイスの上にたって皆を制した。
いつもならこんなことしたらおばさんに行儀が悪いと怒られるが、この時ばかりは見逃してくれた。
「えー、皆さん、今日はこんな俺のために集まってきただきありがとうございます。」
「柄にもなく固いなー!」
「ブレー!うるさい。」
暖かい笑い声が家の中に響いた。気を取り直して。
「まあ、こういう挨拶とか苦手なんで適当に済まそうと思います。今夜はたのしみましょー!」
そう言うと拍手やら笑い声やら叫び声が家中に響いた。なにも知らない人が上の階にいたら地震と勘違いするのではないかと思うくらいだ。
こんな生活をずっと続けていきたいと思わせてくれる。そんな幸せな村だ。でも、そういうわけにはいかない。今はまだ…。
大騒ぎのあと、子連れの母子は適当に、大の男達は夜更けまで飲んでおばさんにつまみ出され、熱も冷めぬうちにお開きとなった。あんなに飲んでいたのにおじさんは酔っている様子がない。ユージンは眠そうにして、やっと眠れるーとかいって上の階に上がっていった。
「どうだったリムド、久々に戻ってきたこの村は。」
おじさんは暖かな顔つきで話しかけてきた。おばさんも片付けがひと段落ついたようで、おじさんの隣にきた。
「ええ、やっぱここはいい村ですね。皆いい人だし、落ち着くし、何より…」
ここで俺は一瞬言葉に詰まった。そこでおばさんは俺の代わりにいった。
「家族もいるしね。」
この時に改めてここが自分の家であることを自覚した。おじさんもおばさんも微笑みかけてくれる。
「はい。」
「まあなんだ、この家にはまたいつ戻ってきてもいいんだぜ!」
「おじさん、まだどこか行くなんていってないんですけど。」
「でも、どっかいくんだろ?」
「…よくお分かりで。」
「まあ親父みたいなもんだからな。それにお前が去年旅に出た時は3年くらい戻ってこねぇとかいってたし、戻ってきたのにもなんかわけがあるんじゃねえかって思ってよ。」
「まあ、背が伸びたことにも気がつかないのに父親だなんて。」
「そういうこと言うなよ、せっかくいいこと言おうとしてんのによ。で、まあどういうわけで戻ってきたんだ?」
「実は旅の途中で父の知り合いとあったんです。そしてそこである訓練所のことを知りました。いえ、そこで詳しく教わったといったところでしょうか。」
「あそこか?たしか…」
「ルディです。兵士や魔法使い達を育てる施設。かつて父はそこのエースだった。そしてそこで母と出会った。」
さっきまで暖かな雰囲気だった3人の間に急に真剣な空気が流れる。
「僕はそこを目指します。入学試験は3日後、その会場に行くのにこの近くを通るので、早めにきて立ち寄ったということです。船で半日くらいあれば着くと思うので、明後日にはここを出ます。」
「明後日、また急ね、今日壮行会も兼ねて派手にって皆にいっておいてよかったわ。」
それでこの賑わいだったのか。少し納得した。
「それにしても、ここまでお見通しとは、二人には敵わないですね。」
「まあ親父だからな!」
「母親がわりですから。」
そんな幸せな夜はすぐに更けていくのだった。
「なー、なにだんまりしてんだよ。」
朝からイマイチユージンは機嫌が良くない。
「べつに、いつもどうりだよ。」
「お前機嫌悪いといつもそう言うじゃん。昨日の今日で何が不満なんだよ。」
俺たちは朝から二人でアミーのところにいくことにした。ユージンがなにかアミーと話したいことがあるそうで、それに俺が無理やりついていくという形なのだが。しばらく会話もなく歩き続けてアミーの家の何でも屋にたどり着く。なんでも売ってるスーパー便利屋だ。アミーはそこで昔から店を手伝っていた。そして良く物を売りつけていた。
「いらっしゃいませ!ってなんだあんた達か。」
営業スマイル前回でアミーは出迎えてくれたが、一瞬にして普段の友達としての顔に戻る。
「ようアミー!可愛らしい営業スマイルだな!」
「なっ、なっ、なっ、なにいってんのよー!からかわないで!」
「からかってないよ。本心本心!」
アミーの顔が見る見る赤くなる。
「わー、真っ赤になってる。やっぱお前サイコー!」
そういって俺は親指を上に突き立ててビシッとポーズをキメる。
「やっぱからかってるんじゃない!ふざけんなー!!」
そういってアミーが飛びかかってきた。そしてそれを上手いこといなしている時、ユージンがいつになく真剣な表情でアミーにいった。
「アミー、話したいことがあるんだ、ちょっときて。」
「なによ!今ちょっと忙しいの!」
「そうだよ、二人で内緒話なんて悲しいぜってあぶねえ!」
「いいから来て。大事なことなんだ。あとリムドは待ってて。」
かなり真剣な表情だ。これはどういうことだ。
「わかったわよ。リムド、待ってなさい。」
「はいよー、お待ちしてますとも。」
なにやら不穏な空気を感じるが深くは追求できない。やっぱりユージンは俺に対して何か怒ってるのか?しかし昨日寝る前まではなんともなかったぞ。ということは俺が寝てる間になんかしたのか?いや、おれはそこまで寝相悪くないし、いびきも出てないはず…それにそんなことでアミーに相談するってのも変だし。
珍しく静寂の広がる何でも屋の中で俺は一人思考を巡らしていた。
朝一番の店の棚にはまだ人気商品のトマト缶が残っている。
しばらくして二人が戻ってきた。そしてなぜかアミーも不機嫌なときの無愛想な顔をしている。
「おいおい、アミー、お前までどうした?まともなの見た目だけなんだからそんな顔してると…」
「茶化さないでリムド。」
いつものように紅潮せずに、非常に不機嫌な様子でアミーは正面から向かってきた。
「どうしたんだよ二人とも、俺いったい二人になんかしたのか?朝からそんなテンション低くてせっかく帰ってきたのにこれじゃーな。」
「そのことだよリムド。そのことで話があるんだ。」
この緊張感はいつ以来だろうか。ユージンが本当に怒っているときの迫力は父親譲りでこっちに物を言わせない。ただ、彼が口を開くのを待つことしかできない。
しかし、彼が口を開くよりも前に、不意な妨害によって、この件は保留になる。
村の入口の方から鐘の音がする。ブレーのこの鳴らし方は緊急警報だ。
そして村中にスピーカーから彼の声が響く。
「緊急事態です!今蛮族が村にい〜!」
最後声が裏返ってその後のことだ。
「よお、俺たちは泣く子も黙る盗賊団ガレントス!たった今からこの村は俺たちがルールだ!文句ある奴らは出てこい!皆殺しにしてやるぜ!」
そうしてヒャッハーという笑い声とともに放送は途絶えた。
「なんだ、ガレントス?よくわかんねぇけどまあいいや、ちょっと待っててくれ二人とも。行ってくる。」
「いってくるってあんた正気!?」
「そうだリムド、ここは大人に任せて…」
「お前ら俺がここの誰よりも強いこと忘れたか?おれが行かなきゃ誰がいくんだよ!」
そういって俺は親友二人の制止を聞かず飛び出していった。
「いっつもそうだよ、あいつは。」
「ユージン…」
二人の親友の眼差しは俺には届いていなかった。