認定詐欺師二級
日本全国、詐欺一切おまかせください。
エム社は今、新しい詐欺師をやといいれようとしていた。
円形テーブルの重役たちが、ひとりの青年をとりかこむ。
履歴書を上から順番に確認していき、ついに、その場の全員が気になってたまらなかった、資格欄に話が進む。
「この『詐欺師二級』というのは何なのかね。日本詐欺師協会認定?」
弱冠二十五歳。若き応募者はさわやかな笑みを浮かべた。
「軽く説明しますと、六級から一級までがあります。たとえば六級なら、オレオレ詐欺を最後までやり通せる程度です」
「いきなりハードル高いな」
エム社長がうなった。
「バレては詐欺師失格ですからね。最後までやるのは当然」
「なるほど、筋が通っている」
「五級は?」
営業部長がおもしろそうに聞いた。
「保険金詐欺を完遂できる程度です」
「人殺し……!」
「殺さなくてもかまいません。誰かの戸籍をいじって死んだことにするとか、もともと存在しない被保険者をでっちあげるとか、やり方はいろいろあります」
「きみ、戸籍をいじるなんて、かんたんに言うけどさあ」
「かんたんですよ。うちの家は両親ともに詐欺師なんですが、母なんかこっそりエム社長の奥さんってことになってますよ」
エム社長が目をぱちぱちさせた。
専務が横からたしなめた。
「冗談がすぎるよ、きみ」
「すみません」
「四級は?」
「大泥棒とかがよくやる、あの、顔をばりばりーってやって正体を表すやつができます」
どよめきがおこった。
「すげぇ……!」
「やってみて! ねえやってみて!」
青年は落ち着いて手をふる。
「後にしましょう。履歴書の写真と顔がちがってしまいますから」
渉外部長が顔色をかえた。
「なるほど……ではこの写真、この名前、この住所……」
「全部ウソです」
「やられた……!」
「落ち着け、想定の範囲内だ、詐欺師募集だぞ。本名で応募する方がどうかしてる」
「がぜん、続きが気になりますね。三級は?」
「三級から先は、認定試験がありません」
「なんだと。それならきみはどうやって二級を取ったんだ」
「三級以上は、日本詐欺師協会のセキュリティとの戦いになります。協会の合格者名簿に、バレないように自分の名前を書き込んでおくのです。晴れて名前を追加できたら、認定証を偽造して勝手に履歴書に書きます」
「あれ? この履歴書ってどこまで信用していいの? ……まあ後でいいや。それより二級は」
青年は大げさに笑う。
「いやいや、そろそろ堪忍していただけませんか。教えるわけにはいきません。自分の手の内を、底までさらけ出してしまうことになりますから」
「だが、きみの能力を知らなければこちらもいっしょに仕事ができないぞ」
専務がまゆをよせた。しかしそのとき広報部長が、
「ねーねー、でもあたし、顔をばりばりーってやるの見てみたいな」
営業部長も言った。
「おれもー」
「採用が決まった暁にはお教えしますよ。一級の人もご紹介しましょう……」
「ううっ、知りたい」
社長が気持ちよさそうにつくえをたたく。
「ええい、こっちはもともとその気だったんだ! 手続書類もってこーい!」
拍手がおこった。
「それで、二級はどんなことをするんだね?」
ふかぶかと、青年は頭を下げた。
「ではお教えします。日本詐欺師協会なんて組織は存在しません」
「ええっ」
「履歴書の件で、さっきご自分でおっしゃったじゃないですか。詐欺師がそんなところに登録するわけないでしょう、危険きわまりない」
専務が苦笑いした。
「もう。なんとなくそんな落ちかと思ってたよ。いいんじゃないか、きれいにだまされた!」
青年は役者のように両手を広げる。
「では、私を認めてくださいますか? 二級詐欺師として」
「一級でいいよ、一級」
「一級にはなれません。一級はエム社長ですから」
「おれ?」
「そうです、あなたです」
エム社長は青年を見つめた。しかしかれがにこにこしているだけなので、あちこちに目をやってヒントをさがし、履歴書をながめてみた。
履歴書の端が、黒っぽく変色していた。
つかの間目をうばわれていると、それは灰の煙を上げた。
ぽんと音がして、一気に燃え上がる。炎が表面をなめると、その下のうそをあばきだした。
本当の名前は、エヌ・某。
二十五歳は、享年。
壁に火が回った。
青年が言った。
「この、結婚詐欺師」
青年は右手をまわして反対の耳をつかみ、ひといきにひっぱった。
誰かが声を上げた。
はぎとられた顔の下から、まっ黒にやけただれた肉。
「父さん、おれだよ、おれ」
電灯が消えた。あたりは灼熱の闇に飲み込まれた。
「保険金なんだ」
だれかが小さくさけんでいた。