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水神が焦がれし乙女  作者: 大雪
本編
8/22

七話

 それから、私たちは三号棟に向かった。

 そこは、手術室や霊安室のある棟だった。

 中は意外にも荒れ果てている。

 私が肝試しで進んだ場所はそれほどでもなかったが、こちらは床に穴が開いていたり、カーテンが全て落ちていたり、ソファーが倒れていたり。

 他にも灰皿が転がっているやら、カルテが散乱しているやらと凄かった。

 ベッドも酷い有様である。


「あ、メス」


 廊下に落ちているのが見えた。

 危ないな、切れたらどうする。


 と思った時、数本のメスが床から浮き上がり飛んできた。


「ぎゃっ!感染症の危険がっ!」


 特に性病になったらアウトだと、父からしっかりと言われていた。

 何でも父は、大学時代に研究で性病に感染しただかしかけただかでエラい目にあったらしい。特に、病院で「俺が性病に感染していたら、この研究で感染したと証言してください!!」という頼みを、教授達は生暖かい目で拒否したからだとか何だとか。


 教師としてそれでいいのだろうか。


 とりあえず、メスを全てよけきるのは難しい。

 ならばーー。


 そこに転がっていた金属バットで打ち返す。全部壁に刺さった。


「金属が壁に刺さるなんて、この壁って豆腐?」

「いや、その前に色々と突っ込みどころはあるんじゃが……ってか、金属バットが何でここに転がっておるのか」


 落ちている物は腐っている物でも使えーー。

 私は、その金属バットを片手に歩き出す。


 その姿をもし母が見ていれば、一番持たせたらいけない相手に持たせてるーーという感想を頂いただろう。


「ふん、ふふ~ん」

「凄く生き生きしておるのう」

「そうですか?」


 金属バットでバッタバタ。

 何かを壊すという行為に躊躇しない自分には確かに気づいていた。

 なぜなら、それは自分にとって当然の事で、ごく自然な行動だったから。


 自然?


 まるで呼吸をする様に、それは私にとっては普通の事。


 壊す事が?


 『駄目よーー私たちの力は』


 ぴたりと、私の手が止まった。


「鏡華?」

「……」


 金属バットを持つ手を降ろす。さすがに手から離したりはしないが、振り上げようという気はなくなっていた。

 もちろん、私だって人や動物にこれを振り上げるつもりは全くない。

 けれど、何かを壊した時に感じた気持ち。


 壊す。

 破壊する。


 その時に、思った。


 コレガワタシ


「……なんでもない」


 バットを握っていない方の手が、目の前の資料室の扉を開けた。



「足の踏み場がない」

「ならば別の場所に行くか。というか、この分だとまずいなさそうだがな」

「そうだね……ん?」


 何かがパラリと落ちてきた。

 それは、一枚のカルテだった。


「どうした?」

「いや、これ……」


 カルテには、小さな女の子の写真が貼られている。

 幾つかの病名、そして色々な情報が書かれていた。


「ここの入院患者のものかしら……ん?」


 カルテの上の部分に、『検』とはんこが押されていた。いや、その前にも何か文字が押されていたようだが、そちらは擦れてよく見えない。


「検査が必要とかそういうのかな」

「人間界ではそういう風にするものかぇ」


 けど、なんだろう……この前の文字。どこかで見た事がある。


 と、その時だ。


「鏡華っ」

「え?うわっ!」


 上の棚にあった段ボールがグラッと傾き、目の前に落ちてきた。

 そして散らばった沢山のカルテ。

 危うく死ぬ所だった。

 ってか、死因がカルテだなんて死んでも嫌だ。


「って、またカルテ……」


 子供も若者も老人も、男も女も居た。

 カルテ自体は結構古い。

 そして、同じようにはんこが押されていた。


「う~ん」


 その判子は全てに押されているわけではない。現に最初から床に散らばっていた他のカルテには無い物も多かった。


 それにーー。


「こっちが、検査の判子?」


 床に散らばっていたカルテにも、検査の判子は押されていた。しかし、その判子は前の文字が擦れていた『検』の判子とは明らかに文字の形が違っていた。


「何を表しているんだろう」


 なぜだか、酷く気にかかった。

 後で思えば、それはある意味当然の事だったのかもしれない。


 その後、とくに収穫もなく部屋を出た私は、『西海龍王』に指摘されて初めてカルテを手に持っている事に気づいた。

 それは一番最初に手にした少女のカルテだった。


「戻してこないと」

「別にそこらに置いて大丈夫じゃろう」

「呪われない?」

「何を今更と言いたいのだが」


 まあ、こんな場所に来ている時点でもう色々と手遅れだろう。


「で、持ったまま行く気なのかぇ?」

「いや、置いて」


 ペタ。ペタ。


「へ?」


 何かが裸足で床を歩く様な音が奥から響いてくる。


 しかも、それはこちらに近付いてきている。


「だ、誰?」

「……」


 『西海龍王』が無言で奥ーー闇しか見えない向こうを睨み付ける。


「何ようじゃ」


 ペタ。ペタ。


 現れたのは、カルテの写真の少女だった。

 手にはかわいいぬいぐるみとーーメス?


 メスうぅぅぅぅう?!


「ちょっ!危ない!なんでそんな危険なものをっ」

「鏡華っ」


 ぐいっと、体を引っ張られ気づけば彼女に抱きかかえられていた。


「え?!逆?!」

「行くぞっ」


 少女はキャハハハハと笑いながらこちらに走ってくる。

 いや、足が無いので滑るように。

 え、でも足音聞こえ。

 ぎゃぁぁぁぁぁメス投げてこないでぇぇぇぇぇっ。


「あれ、何?!」

「悪霊の使役霊じゃのう。おうおう、凄い姿じゃ。体中切り裂かれておる。目玉も片方ないのう。耳もちぎれて……これは凄まじい」


 人とは恐ろしいと言う『西海龍王』に、私はぎょっとした。そしておそるおそる少女を振り返る。


「いや、ちょっとおかしくなってる女の子ですよ」


 確かに足は無い。

 でも、イッちゃった笑顔を浮かべながら追いかけてくる以外はどこにでも居る普通の女の子。

 あ、メス持ってるとこも色々とおかしいけど。


「普通のおなごは切り刻まれてるものかぇ?」

「いや、だから切り刻まれてないです」


 ん?見え方が違うのか?


「ほほほ、背筋が凍る様な笑みよのうーー人ならば」

「え、気持ち悪いのは確かですけど」

「じゃが、所詮我の敵ではない」


 すっと、『西海龍王』がその手を前に突き出す。


「去れ」


 少女が水に包まれ、その姿を消した。


「へ?」

「三途の川にたたき込んでくれたわ」

「はい?三途の川?」


 どうやって?

 ってか、何そのチート能力。


「我は水を司る。その程度の事は出来よう」

「さ、さいですか……」


 果たしてそれはその程度なのか、その程度なのか?!


「気を抜くな」

「うわっ」

「あれは始まり。来るぞ」


 『西海龍王』様の言葉と共に、ぞろりと患者服を身にまとった死者達が現れた。






「消え去れ」


 もう何度目になるか。

 死者達は『西海龍王』様が生み出す水で三途の川送りにされるが、まるで無限のように出てくる。


「あの、なんか逃げた方が良くないですか?」

「逃げ道があるとでも?」

「ないですね」


 周囲をぐるりと取り囲まれている。

 その壁自体がかなり厚そうだ。


「まあ、突破する事は出来るが……その場合、この者達全員消滅させてしまいかねないがな」

「は?」

「そうなれば、もう二度と生まれ変われん」


 ここを強引に除霊しなかった原因の一つとして、それがあるからだと『西海龍王』様は言う。

 強引に何もかも吹っ飛ばすことは出来る。

 けれどそれをした場合、取り込まれた者達も死ぬという。

 そうーー取り込まれた者達は死んでいない、助かる可能性があるのだ。


「問題は取り込まれた者達の場所の把握じゃ。しかし、向こうも一筋縄ではいかん」


 むしろ、こうして大放出してくれる方が珍しいとか。


「じゃあ、この死者達も」

「取り込まれた者達じゃ」


 救いを求め、それでも救われなくて。

 今もずっとこの場所にとらわれている。


「ちっーー」


 鋭く舌打ちをすると、『西海龍王』が改めて水で周囲を覆い尽くす。


「ってか、すでに百人以上現れたんですけどっ」

「よく数えておるのう。しかし、ここに病院が建ち始めてからは長い。それだけ患者も多いという事じゃが……」

「じゃが、何ですか?!」

「ふむ、ほれ、そこのあれは見た事がないか?」


 指を指された方を見て、ギョッとした。

 それは、最初に現れたあのカルテの少女だった。


「な、なんで?!三途の川送りにした筈じゃっ」

「どうやら、連れ戻されたようじゃ」

「連れ戻す?!」

「そうじゃ。我が川に送るのと同じく、送った者達を向こうからこちらに戻すーー連理、そなたの分野ぞこれはっ」


 うっせぇな


 そんな、連理兄の声が聞こえた気がした。


「送った分だけ戻される。まるで、大きな鏡でもあって反射されているかのようじゃ。ほほ、我に刃向かうとはなんと愚かな」


 超上から目線な言葉だが、その瞳に悲しみが含まれている事に気づいた。

 それは今の状況への絶望というよりは、決して向こうに逝けない死者達への哀れみ。

 そう……まるで玩具の様に弄ばれている、悲劇の魄達への同情。


 と、その時、私は死者の一人の頬を伝うものを見た。


「鏡を悪用するとはのぅ」


 鏡ーー


『鏡華、覚えておきなさいーー鏡はね』


 祖母が教えてくれた、私の名前の字。


 鏡は色々な物を映す。

 そして、映る物の真の姿を照らし出す力を持つという。

 古来より鏡は非常に強力な呪物の一つとされ、様々な伝承や神話にも登場する。

 よく鏡に霊が映るという話を聞くが、そこに存在するものを、鏡は映し出しているのだと。


 また、鏡には破邪の力などもあり、全てを反射させる力を持つ。


 しかし、使い方を誤れば鏡はひとたび害となる。


「鏡に跳ね返されてるって言ったよね」

「そうじゃが」

「彼らは、その鏡に跳ね返されてる。という事は」


 鏡は全てを跳ね返す。何もかも。


「そなた、何を考えておる?」


 言葉とは裏腹に、『西海龍王』様は楽しげに笑っている。


「出来ないって言わないんですか?」


 たぶん、この方は気づいている。

 私が何をしようとしているのかを。


「ほほ、悪霊さえ殴ったそなたならば出来るじゃろう」


 そうーー言葉は力になる。



 だから、私は鏡を割る。



 因みに、どうするのかと言えば、簡単だ。

 三途の川に送られる人達に協力してもらう。


「鏡は割れる」


 私はそれをつぶやく。


 出来ると言い続ける。

 悪霊を殴った時のように。


 出来る。

 割れる。

 出来る。

 割る。


「ほほ、そなたいつの間に言霊を使いこなせるようになったぞ?」

「割れる、割れる、割れる」


 言った言葉が全て本当になる。

 でも、何でも出来るわけではない。


 全ての言葉が具現化するわけではない。


 彼らは槍ーー


 鏡を貫く槍ーー


 だから、割れる


 その槍は、鏡を壊す破鏡の槍だから


「それ、行くぞ」

「鏡は、割れるっ」


 割れなきゃ私が言ってぶん殴る。


 コワレロ


 目の前に、川が見えた。


 え?


 川、川、花畑


 鏡ーー


「壊れろっ」


 鏡が割れる音が響いた。


「え?」

「そなた、本当に我の予想外の事をしてくれる」


 確かに、手に感覚があった。

 鏡を。


「我の夢渡りの影響も、捨てたものではなかったという事かぇ」


 私は割った。


 光が、降り注ぐ。


 あの、少女がぬいぐるみを片手に。

 顔は見えなかったけど。

 笑った。


 アリガトウーー


 死者達がそれ以上に復活する事はなかった。


「よく頑張ったのぅ」

「……割れたの……?」

「そうじゃ、言霊ではなく……おぬしがその拳で割った」


 私は、ジッと手を見る。

 まだジンジンと痛む右手に、残る鏡の感覚。


「しかしまさか、あれを壊せるとはのぅ……言霊でもちと厳しいと思っていたが」

「……そう、なの?」

「そうじゃ。それこそ、連理に行ってもらって叩き壊してもらうぐらいしか方法がなかったのう」


 え?それじゃあ私がやらなくても良かったんじゃん。


「いやいや、じゃからそれだと時間がかかる。それに、鏡を移動されては元も子もない」

「移動移動ってそんなに移動されるの?」

「される。じゃから面倒なのじゃ。そもそも、この場所も昔は移動させられた」

「は?」

「だから、杭を打った。この場所に留める為に、のう」


 杭を打ち、動けないようにして、流れをせき止めた。


「だから、我が封印の一つとなった」

「……」

「町中だと思うておるじゃろう?じゃが、遙か昔ここは沼地だった。それも、移動する沼地じゃ。聞いた事はないかぇ?どこかの国で河が移動するという、季節によって河の場所が変わる。それと同じ事がこの場所で起きていた。じゃから、その性質を持つこの場所は動くーーだから、止めた」


 流れを止めた。

 けれど、それは本来の状態からかけ離れる事となった。


「そしてそれが、よりいっそうこの地の歪みに拍車をかけた」


 だから毎年、浄化が行われていた。

 流れを止めた事で淀んだものを、浄化する為に。


「知っておるかぇ?」

「何がですか?」

「本来、どんなに穏やかで動いていなさそうな水場でも、その水面の下には流れがある。それは上から下へ、右から左へーー差はあれど、確実に動いている。循環しているからこそ、淀む事がない」

「淀んでいる沼とかもありますけど」

「そうじゃのうーー見た目には、じゃが」


 止まれば、後は淀むだけ。

 確かに……話は分かる。


 そう……だから、人は動き続ける。

 時は流れ続ける。


 止まる事はない。


 たとえ、それが死への一歩だとしても。


 死は終わりでは無い。

 死は次への始まり。

 始まる為の休息の時間。


 彼らは……何度も復活させられてきた死者達は、ようやくその時間を得られたのだ。


「何事にも流れが存在する。それを無理矢理断ち切れば、当然淀みが出る。この場所は、そうやって作られたのじゃ」


 変わる事を拒み、いつまでも、いつまでも、それに執着し続けた。


「執着、し続けた」


 だから、動かそうとした。


『ほら、行きましょうーー』


 伸ばされる手。


『私は、貴方達を絶対に赦さない』


 振り下ろされる、手。


 そこに握られるのは。


 私はーー。



 コロコロと転がってきたものに気づいた。

 つま先に辺り、動きを止めたそれを拾い上げる。


「……」


 ああ、これだったのか。

 納得した。

 手に持ったままのカルテに押された判子と、それを見比べる。


 そして……進もうとして、カサリとそれを踏んづけた。


「……ふざけてるね」


 幾つかのカルテには、判子が押されていた。

 そのカルテの写真は。


「鏡華!!」


 悲鳴。

 油断していたのは確かだ。

 敵は死者だけではなかった。

 そうーー私の体窓ガラスを突き破り、それごと外へと飛び出した。


「鏡華あぁぁぁぁぁっ」


 『西海龍王』様の叫びが轟く。


 落ちていく中で、私の瞳にそれが映りこむ。

 ぐんぐんと近付いてくる。


 キラキラとした、この廃病院には不釣り合いの水面が。

 まもなく、私の体は廃病院横にある池に沈んだ。



 五月蠅いよ


 五月蠅い


 聞こえているから


 だから


 泣かないで


 って、私が言える台詞じゃないよねーー




 ミツケタ



 私の手に持つそれが、襲いかかるそれの体を貫く。


 ああ、とても手に馴染む


 当然


 だって、それは


 目の前で満開の桃の花弁が舞い狂う。



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