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水神が焦がれし乙女  作者: 大雪
本編
7/22

六話


 廃病院を囲う門は、やはり閉まったままだった。

 入る場所はここ以外にはない。


 夜中という事で静まりかえった空気の中で考える。


 どうすれば、ここをーー


「やはり来たのじゃな」

「あーー」


 声に驚いて振り向けば、彼女が立っていた。

 衣服は、あの宮殿でのものではなく、私が通う学校の制服ーーそう、私と同じ服だ。


「ほんに仕方のない事よ」

「だ、だって鈴が」

「鈴?……そなた、夢渡りをしたのか」


 夢渡り?


「ふむ……となると、あの影響か……また清奈に怒られる」


 なんだかぶつぶつと言うと、彼女がゆっくりと顔を上げた。その人間離れした美貌に私は息をのむ。まあ、神様だから人間離れはしているんだろうけど。


『言っとくけど、龍とか虯とかはお得だぞ?あいつら、総じて人間に化けた場合は美男美女が多いから』

『鏡華に余計な知識を吹き込むなっ』


 連理兄がそう言って清奈姉に殴り飛ばされたのは、清奈姉達の家に戻ってすぐの事だ。


 うん……確かにとんでもなく綺麗だ。彼女を拉致監禁した者達の気持ちが分からないでもない。でも、だからといって実行するのはやはり駄目だと思う。


 と、その美貌が目の前にあった。

 いつの間にこんなに近付かれていたのだろう。


「そなたは、止めても行くのじゃろうな」

「え……」

「いや、夢渡りのせいで薄まった縁が硬く結びついてしまっている。となれば、縁の元を絶つしかないのう」


 縁……確か、清奈姉も言っていた。


「よくわからないといった顔じゃのう。そう、物事は縁で結ばれている。良い事も悪い事も。だから、その縁を切らなければいつまでも影響される。知っておるか?幽霊などの心霊現象はその最たるものじゃ。それを認識する事で縁を結び、それらは生者に影響を与える。その縁を辿って、獲物達の前に現れ影響を及ぼすのじゃ」

「影響……」

「逃れる手はいくつかある。縁を切る。切らないまでも、忘れる、認識しないなど。しかし、人には難しい事じゃ。向こうも忘れさせないようにし、どんな手段を用いてでも認識させるからのう」


 オホホホホと笑い、彼女はこちらを見る。


「もちろん、我ならばそなたに忘れさせる事は出来る。いや、忘れずとも守る事は出来よう」

「どうやってですか?」

「我の花嫁にーーああ、話は最後まで聞け」


 すたすたと別の入り口をダメ元で探しに行こうとする私の手を彼女がつかむ。


「いいです、自分の事は自分でしますから」

「自分でするといってもどうするのじゃ?そなたは零感という強みはあるが、今回居る者はそれだけではどうにもならぬ」

「別に戦いません。愛海達を外に連れ出せればそれで良いです」

「じゃからどうやって」


 次元がずれている。

 だからどうだというのだ。


「次元がずれているなら、そのずれた次元に引き込んで貰います」

「なんじゃと?」

「それで愛海達を連れて、戻ってきます」

「行くのは容易くとも、出るのは難しいものじゃ。それに、わざわざ引き込んだ獲物を奴らが返すと思うのかぇ?」

「じゃあ、戻れるようにします」


 ボコリますと告げれば、彼女が目を丸くした。

 もちろん、そんなのは現実的ではないだろう。相手は次元というとんでもないものをおかしくさせられる程の相手なのだ。

 何の力も持たない自分が敵うはずが無い。

 だが、だから何だと言うのだ。

 それでおめおめと、愛海達が危険な目にあっているのを黙って見ていろとでも言うのか。


「……どうして、そこまでするのじゃ」

「さあ……どうしてでしょうね」


 心にあるトラウマが叫ぶ。

 そう……何もせず、ただ静観して……そして、死ぬほど後悔した。

 あの日から、ずっとそれにとらわれ続ける。


 そしてそれがあるから……辛くても、護身術を学び続けた。いつか、誰かを助ける為にそれを使いたい。


 もう、何もしないで後悔はしたくない。


「……一人で行くことは赦さぬ」

「まあ、普通はそうですよね」


 さて、彼女をどうしよう。止められるのは当然のこと。でも、このまま従う事は出来ない。


「じゃから、我も行こう」


 どうやって彼女から逃れようかと思った私の耳に、それは聞こえてきた。


「は?」

「じゃから、我も行こう。どうせそなたは止めても聞かぬじゃろうからな」


 そう言って笑う彼女に、誰かの姿が重なった気がした。


 あれーー?


「我から離れるな。いくら『加護の水晶』がーーああ、そのブレスレットじゃ。それがあろうと、この中は奴らの住処。ただ人であるそなたは恰好の餌でしかない」

「は、はい」


 差し出された手を、私はつかむ。


「ーーどうしたのじゃ?」

「え?」

「いや、突然黙ってしまったから」


 心配そうな彼女に、私は数回目を瞬かせた。

 彼女の手を握った瞬間、何かが見えた。


 そう……あれは。



 満開の桃の花。

 舞い散る花弁。


 その向こうでーー。


「なんでもない、です」


 そう……今大切なのは、愛海達の事だ。


 私達は、門の中へと、そして建物の中へと足を踏み入れた。



 建物に入ってすぐ、地図があった。

 最初に来た時はたいして見なかったが、どうやら四階建ての建物が四つほどあるらしい。それぞれ一号棟、二号棟、三号棟、四号棟となっている。

 現在私たちが居るのは一号棟。

 それぞれの棟とは渡り廊下で繋がっている。


 あの置いてけぼりにされた部屋、そして特徴的な廊下は二号棟に書かれていた。


「そう、ここでイタイケな乙女の私は置いてけぼりにされてたの」


 思い出すと、いらいらが募る。

 助け出す。

 その後は殴る。


「ほんに男の風上にもおけぬ輩よのう」

「『西海龍王』様はそういう男と結婚したら駄目だよ」

「我は男とは結婚せん」


 顔的には男と結婚して妻をやっている方があってるのに。

 でも口に出すと面倒そうだから、しっかりと飲み込んでおいた。


「我はそなたと結婚したい」

「……」


 だから、なんでそんなに出会って間もない、しかも危うく殺りかけた相手にぞっこんなんだ。


「と、とにかく、愛海達のとこに行かないと」


 行くといっても、どこに居るかわからない。

 しかし、その時ぐにゃりと歪む感覚を感じた。


「どうやら、向こうからお誘いのようじゃのう」


 え?なんで急に?


 私一人の時は何にも起こらなかったのに。


「しかも、おでましじゃ」


 え、何その急展開。

 と、その相手を見て、その目つきを見て。

 私の中に激震が走った。


 所詮、見た目かっ!!


 ウツ…クシイ……テニイレタイ……テニ…ツマ、ハナヨメニ


 相手は幽霊だ。

 っていうか、悪霊だ。


 そういえば、言葉には結構な力があるという。

 なんていうか、心に傷を残せるぐらいに?

 でも、相手の心をえぐれる様な言葉は私にはない。


「この駄目スケコマシ野郎」


 いやいや、こんな言葉ぐらいでは傷どころか滑って終わる。

 私は、ぐはぁぁと悲鳴を上げる相手には全く気づかず次の手を考えた。


 童貞?童貞か?確か前にテレビドラマで女優が叫べば相手役が結構なダメージを。

 それともへたくそ?

 短い?

 早い?

 いやいや、ここはシンプルに駄目男がいいかもしれない。


 というか、死んでまで女あさりかーーは、そのままだから絶対にダメージないし。


 ってか、殴りたい。

 こっちは決意してきたというのに、自分は『西海龍王』様の美しさにほいほい出てくるって何。

 あ~、殴りたい、殴りたい、その顔張り倒したい。


「殴りたい殴りたい殴りたい殴りたい殴りたい」


 え?何この子、マジ怖い。

 そんな相手のどん引きっぷりも構わず。


「殴りたい殴りたい殴りたい」


 いや、殴れる。

 なぜなら、私は護身術のプロ。

 昔の剣豪だって木刀で人を切ったのだ。

 私だって気合いさえ十分なら、触れられないものを殴る事が出来る。

 そう、この拳で出来る。


 主婦だって、しゃもじでキュウリをたたき切れるのだから!!(以前、清奈姉が自分のミスを認めずしゃもじで叩きキュウリを作りました)


 成せばなる!成さねばならぬ、何事も!!


 人間、気合いだ!




「それで本気で殴り飛ばせるとは思っておらんかった」

「人間気合いですっ!」


 とりあえず、悪霊一体目を仕留めた。

 綺麗に顔を殴られて吹っ飛んだ悪霊は、そのまま塵と化した。


「さすがは我の鏡華」

「いや、私誰のものでもないですから」


 強いて言うなら自分のものである。


「で、悪霊は倒したんですけど、何にも変わりませんね」

「まあのう。悪霊はこの忌み地の使役霊のようなものじゃからな。ただし、そのうちの五体は、数多く居る悪霊達の親玉的存在じゃ。で、これはその一体」

「え、すんごく弱かったんですけど」


 一撃だったし。

 しかし、隙を突けば熊も一撃で倒せると噂される事を私は知らない。


「うぬ、かっこよい所を見せたかったのにのぅ」

「なんで」

「それは、好きなおなごにはかっこよい所を見て貰いたいのが男心ではないか」

「『西海龍王』様って龍王様達の中では一番強いんだっけ」


 と、彼女がこちらをチラチラと見だした。


「その」

「はい?」

「そなたは強い男が好きかぇ?」

「は?……ま、まあ」


 強いか強くないかと言われると……まあ、強いと言っても自分の身を守れるぐらいで良いのだが。


「とりあえず、経済力があった方が良い」


 母も言っているが、稼げない男は駄目だと。

 ただし、このご時世、どんなにがんばっても駄目な時はある。

 だからもし夫が稼げなくなった時、それを支えられる妻になるのよーーというのが母の口癖だ。


 実際、祖父が駄目になった時、祖母が頑張って働いて家庭を支え、その姿に祖父ももう一度頑張ってくれたとか何とか感動エピソードがあった。


「経済力ならば我もある」

「あ、そうですか」


 ってか、神様の経済力ってどういうもんだろう。

 後に、私はそれで度肝を抜かされる事になるのだが、それはまた後ほどという事で。


「我はそなたを飢えさせぬ」

「そうですか」


 でも、結婚する気はありませんから。

 というか、自分よりも美少女ーーそれも女子力ありそうーーと結婚すると、色々と大変な目に遭わされそうだ。

 特に、男とか男とか男とか。


「さて、次はどこに行こう」


 地図で現在位置を確認する。

 RPGゲームだと、だいたいボスの居そうな所が分かるのに。


「ゲームだと、院長室とか霊安室とか手術室とか、あと師長室に居そうだよね」

「先の三つはわかるが、残り一つはなぜじゃ」

「ほら、病院のボスって師長じゃん」


 医者だろうと看護師を敵に回せばジ・エンド。


「なるほど……いつの時代にもおなごは強いのう」

「いや、看護師は男も居るから。で、医者には女もいるから」


「それで、まずどの部屋に行くのじゃ」

「片っ端から回る」


 え?二択なのに三つ目の答えを選んじゃったパターン?

 なんていう視線をよこされたが、気にしない。


「常に現実は予想を裏切られるものよ」

「いや、それを選択肢たのはそなた」

「はい、行くよ~」


 とりあえず全部の部屋を片っ端から見ていけばいつかは見つかるでしょう。


「じゃが、それだと時間がかかる」

「なら、気配とかで愛海達がどこに居るか探れないんですか?」

「ふむ、次元が歪んでいるからのう。それに、色々な気配が多すぎる」


 以外と役に立たないな、龍ってーーなんて失礼な事は思ってません、はい。


「壊すだけなら簡単なのじゃが」

「それって一番簡単な解決策ですよねーー物理的に」


 やるなら、全員助け出した後でやってほしい。いや、その前にそれですむなら、もっと昔にとっとと建物壊して更地にしていただろう。


「じゃあ、時間もないし開けますか」


 確かに四棟全て見回るのが骨が折れるだろう。

 一部屋三十秒で見回れば。


「じゃあ、私と連理で一号棟と二号棟見るから、あなた達は三号棟と四号棟をお願い」

「は~い……いぃ?」


 ギョッと声のした方を振り返れば、清奈姉と連理兄が立っていた。何で居る?!


「香奈は?!」

「うちの父に預けてきたの。おかげで遅くなったわ……全く、止めてって言ったでしょうが!」


 彼女に怒りつける清奈姉に私は慌てて間に入った。


「私が強引に行くって言ったの」

「それでも、鏡華はただの人間。何かあったら遅いのよ」

「で、でも、愛海達を助けたくて」

「自分を置いてけぼりにしたのに?」


 今まで聞いた事のない連理兄の冷たい声音に、私はその顔を凝視した。

 笑っている……でも、目は笑っていない。


「置き去りにしただろう、お前を。強引にここに連れてきて、挙げ句の果てに発狂するという予測をせず安易に置き去りにして……そんな奴らを、助けると?」

「それとこれとは別」


 確かに、いい気味だと思ったりもした。

 でも、それで死なれたら夢見が悪い。


「あ、愛海は違うからね」

「確かにそうだが、拒めず流された」

「それでもっ!それに、置き去りにした事について、私が後から直接ボコるから大丈夫」


 死なない程度にボコるからと笑えば、連理兄がクスクスと笑い出す。


「なら大丈夫か」

「え?」

「悪霊とか言う輩はな、心の隙を突く。特に闇の部分をな。だから、鏡華みたいにこんな場所に置き去りにされた怒りとか恨みとかを奴らは容赦なく突くだろう。下手すれば、取り込まれる」

「大丈夫、怒りとか恨みとかそういうのは、自分の力ではらしますから」


 聞けば全然大丈夫ではないが、とにかく自分の恨みを晴らすのに悪霊なんてお呼びでは無いのだ。


「でも、清奈姉と連理兄が危険な目にあっちゃう」

「鏡華、その心配は無用じゃ。この二人に勝てる相手など早々居ない」


 彼女が私の不安を払拭する様に囁く。

 そうか……いや、ちょっと待て。そんなに強いなら、どうしてさっさとこの場所をどうにかしなかったのか。


 そんな私の疑問も、後々判明する事になる。

 とりあえず、当時はそこまで清奈姉に力が無く、連理兄はそういう事には無関心、そしてその後はそんな状況ではなかったというーー。


「じゃあ、一号棟と二号棟の部屋の扉は全て蹴り開けてくるから」


 意気揚々と言って立ち去る清奈姉。

 いや、普通に開けてくれていいです、そこは。


「あいつ、ストレスたまってるからな」


 後を追いかける連理兄。


「あ、『西海龍王』、鏡華に手を出すなよ」

「そなたに言われとうないのう。出会ってすぐ喰ったお前が」

「え?食べたの?」


 血みどろのスプラッタを想像した私に、連理兄がバタバタと手を横に振った。


「違う違う、そっちの意味じゃない。というか、バラすなてめぇ」

「ふんっ!」


 そうして少しのどつきあいの後、連理兄は今度こそ清奈姉を追いかけていった。

 遅い……と思ったが、それまでずっと聞こえていた扉を蹴り開ける音が止まなかったのでたぶん大丈夫だろう。



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