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水神が焦がれし乙女  作者: 大雪
本編
5/22

四話

 また、あの滝の前にいた。

 目の前に広がる、深く広い池。

 その池を泳ぐ魚が、淡く輝きみるみるうちに人魚へと変わる。


 美しい女性の上半身と輝く鱗に包まれた下半身の人魚が私の前に飛び上がった。

 そしてドボンと水の中に入ったかと思うと、池の前に立っていた私の前に顔を出した。


 お待ちしておりましたわーー


 人魚は一人だけではない。

 次々に数を増やし、そしてみるみるうちに水面の上に立った。

 その下半身はもはや魚のそれでなく、人間の足に、そして美しい衣を身にまとっていた。


 女性だけでなく、男性も居た。


 さあ、こちらにーー


 伸ばされる手を後ろに下がる事で避け、私はきびすを返して走りだそうとした。

 けれど、その前に白いものがいくつも横切った。


「っーー」


 太い丸太よりも太いそれは、池を囲むようにーーいや、私の逃げ場を塞ぐように池の周りに長い体で蜷局を巻いていた。

 尻尾の部分は水の中にあって見えない。

 けれど、顔の部分がこちらへと向いていた。


 思わず悲鳴を上げ踵を返した私の手首を強く捕まれる。


「っあーー」


 ニガサナイ


 そう言って笑ったのは、彼女だった。




 大きく体を揺さぶられ、目を覚ました私の視界に飛び込んできたのは清奈姉だった。


「良かった、気がついてっ!」


 そう言って私を強く抱きしめた清奈姉は、ほどなく私を離すと踵を返してすたすた歩き、そこに居た相手の頭を叩いた。


「何勝手に暴走してんのよっ!」


 涙目になっている相手の姿を見て、私はギョッとした。

 それは、あの美少女だったからだ。

 ただし、服装は制服ではすなく、真っ白な着流しを身に纏い、その長い黒髪を緩く縛っている。それだけなのに、なんとも色っぽい。

 しかも、男、いや、同性すらそこに立っているだけで大いに庇護欲をかき立てる様な美少女の涙目は、もはや庇護欲うんぬんでは収まらない。


 なんというか……えっと。


 頭の中で、以前読んだ物語を思い出した。

 確か大帝国の後宮物語の話で。


 そこの表現を引用すれば、まさしく老若男女問わず狂わせる傾国の美姫。

 それこそ、男好きの女でさえクラッとくる壮絶な色香、更には女好きの女にとっては理性も何もかもかなぐり捨てて襲いかかる程の魅力を放っている。


 うん、これすっごく良い感じ。


 ってか、確かに女好きの女性なら確実に襲いかかるね、うん。


 男性で言えば、男好きの男が襲いかかるあれだ。


「清奈、我を殴るとは酷いっ」

「殴るでしょう普通!私は、迎えに行けとは言っても、自分の住処に拉致れとは言ってないわ!池を干上がらせるわよっ!」

「ぬぅっ!なんたる暴挙っ!そなたは我に喧嘩を売るのかっ」

「黙れこのすっとこどっこい!」


 激しく怒り狂う清奈姉は酷く恐ろしかった。

 とりあえず言葉もなく座り込んでいると。


「あう~」

「え?香奈ちゃん?!」


 横から聞こえてきた声に視線をずらせば、連理兄に抱かれた香奈が居た。


「うわぁぁぁん!香奈ちゃんだけが癒やしだよぉぉっ」

「俺の存在は無視か」


 そう言いながらも、連理兄は香奈を私の手に預けてくれた。あ~、この赤ん坊特有の体温、癖になるぅぅ。


「あぅ、あ、だぁ」


 ペチペチと叩かれるが気にしない。思う存分頬ずりをすれば、肌からミルクの香りがした。


「鏡華、子が欲しいのなら我が」

「鏡華はまだ十四よ!というか、あんたの場合卵生じゃない!今の状態で産んだら腹壊れるっての!」

「じゃから、夫婦となって鏡華が『神の花嫁』となれば問題ない」

「十四で両親から引き離してどうすんの!玲珠と柳だって、それはしてないのにっ」


 ベシベシと美少女を叩く清奈姉の手には、いつの間にか丸めた雑誌が握られていた。


「というか、そなた、我は仮にも神ぞっ!それをたかが人の分際で殴るとは」

「神だろうとアホのヌケサクに敬う気持ちなんぞあるかっ!それにそもそも、あんた私に色々と借りがあるわよね?!」

「いや」

「あぁ?!」

「あります」


 コクコクと頷く美少女。

 というか、今聞き捨てならない言葉が出てきた。


 神?


 って、あれ?自分は神様ですっていうイタイ系?


「違うぞ鏡華」

「おわっ!人の頭の中身を読まないでよ!!……って、え?」


 頭の中身を読んだ?

 いやいや、それはないだろう。

 きっと顔に書いてあったのだ。


「それはそれで凄いと思うけどな」

「連理兄」

「まあ、あんなんだけどあれ、神だから」

「へ?」


 神?

 いやいや、だから神って。


「まあ、そういうのに余り関わらない鏡華は知らないのも無理はない。でも、居るんだよ、そういう、人なるざらものがーー俺も、その一神」


 連理兄が指を鳴らすと、美少女の体が淡い光に包まれる。

 そして息つく暇無く、その姿を変えた。


 美しい、白い大蛇ーーいや、違う。

 それは白い竜だった。


「これの名はーー『西海龍王』。人間界の西方域の水神を統べる長だ」


 なんか、私の許容範囲の枠超えた展開キタァァ


 とりあえず、意識飛ばしてもいいだろうかーー。




 一応時間をかけて清奈姉と連理兄から説明された事は、この世には人なるざる者達が居るという事だった。そして、そういった者達を対処する組織が存在する事、そしてそういった者達はテレビとか漫画とかでしか無いと思われていた不思議な力を持っているとの事だった。


 信じられない事だが、実際に目の前で見せられれば信じないわけにはいかない。

 それに、清奈姉と連理兄が嘘をつくような人達とは思っていない。

 まあーー連理兄は人間ではないけど。


 その証拠も見せられた今、信じないわけにはいかないだろう。


 因みに、神様も空想上の生き物だと思っていたが、仙人とか精霊とか妖精とかも居るのだ。神様が至って不思議では無いし、目の前の連理兄がそうなのだから疑いようもない。


 で、その神様の大半は天界十三世界と呼ばれる世界に居るらしく、そこで産まれた神々は『天神』と呼ばれ、人間界や他の世界で産まれた神は『地神』と呼ばれるらしい。これは単に産まれた場所を区別しているだけでそれ以上の意味は無いらしい。

 因みに、冥界の神はそのどちらにも属さず、『冥神』と呼ばれるというーーああ、連理兄はこれに当たる。

 で、その『西海龍王』とか呼ばれた美少女は『地神』になるらしい。


「元々は人間界で産まれた神だ。けど、産まれて数年で両親ぶっ殺されて天界の権力者に拉致られて六百年ほど監禁されてな。んで、海国という海を司る神々の住まう国の王に助け出された後は、そこで成神を迎えて、その後は人間界に降りて『西海龍王』の地位についたんだ」


 うんうんと頷きながら、私の中ではあんまり理解出来ていない。

 ただ、両親を殺されて拉致られたという所、監禁されたという所に反応した私に、連理兄は苦笑した。


「ほれ、こいつこの顔だろう?」


 確かに、老若男女問わずむしゃぶりつきたくなる様な美少女である。


「しかも、珍しい雌雄体だからな」

「雌雄体?」

「両性具有って事だ。しかも、下には男性器と女性器の両方があるし、上には乳房だってある。男として女を孕ます事も女として子を孕む事も出来る種類って奴だ。両性具有の中でも珍しいんだぞ?」


 そこで連理兄が清奈姉に叩かれる。どうやら、表現がまずかったらしい。


「ま、まあ、その上こいつの戦闘能力は高いし、神力もかなりのものだ。そもそも、『東海龍王』、『西海竜王』、『南海龍王』、『北海龍王』の中でこいつが一番の年長者で実力者でもある。今代はな」


 つまり知識も経験も、その上元々の実力ーー内包している力自体が最強なのだという。


「全く見えませんけど」

「見た目はな。けど、監禁されていた時には幾重にも封印がかけられてな。当然、封印が解除されても力の使い方なんてわからないから暴れて暴れて」


 拉致監禁していた権力者の馬鹿の一神が、たまたま戯れに封印をいくつか解いた事が暴走のきっかけとなったらしい。そして、権力者達を殺し尽くし、それでも止まらない彼女を海国の現国王にあたる神様が止めたのだとか。


「まあ見た目は苦労知らずのお姫様だけど、これで色々と苦労してるし世間知ってーーまあ、色々とぶっ飛んでいて世間知らずな面もあるけど」

「どっちなんですか」

「とりあえず、悪い奴じゃない」

「当たり前じゃろう!」


 美少女が胸を張れば、その豊満な胸がふるりと揺れた。


「ってか、世間知らずあるんですか」

「まあ、監禁時代は全く外に出して貰えずお姫様人形の様に扱われていたしな。で、海国に来てからは後々人間界に降りる為に学問とか身を守るための術とかあらかたたたき込まれたけれど……うん、何せこいつ後宮育ち」

「そこ言わんでいいわっ!」

「うるさいっ!」


 清奈に怒られた美少女はシュンっと項垂れた。


「まあ、こんなんだけど、夫には良い物件だ」

「そうですか……へ?」


 夫?


「いや、色々と突っ込む事あるんですけど、まずこの神様女性でしょ」

「いやいや、両性具有だって。まあ、体の曲線とか胸とかが完全女性よりだけど、半分男だから」

「……」


 私は美少女を見た。

 私よりも頭一つ分は身長があるが、私よりも華奢で女性美というものに溢れた体つきはどう見ても女のそれ。


 これが男

 半分男

 半分っていうか、下ついてるだけじゃないか?


 声だって、もの凄く綺麗だ。

 腕を捕まれていた時には、体からも良い香りがしていて……。


「ちょっと!勝手に決めないの!鏡華はまだ子供よっ」

「清奈、我と鏡華の邪魔をするのか?!」

「勝手に鏡華を住処に拉致りかけたあんたが言う言葉かっ」


 と、そこで私は今居る場所に気づいた。

 そういえばここはどこなのだろう。

 なんだか広くて、凄く豪華な部屋だが。


 ってか、この畳もうちの家の色あせたのとは違うし。


「我の宮じゃ」

「ごめん、この馬鹿の住まい。あ、でも大丈夫だから、婚姻はなされてないから」

「清奈が邪魔したからのう、アデっ!」

「全部海国にチクられて強制送還されたいの?あぁ?!」

「それだけはやめておくれっ!」


「まあ、色々と混乱はあると思うけど、ここは町のすぐ横の山の池ーー前に話した伝説を覚えてるか?その池にある滝の祠の奥にあたる」


 その説明に、私は夢の中の滝を思い出した。


「そこは、普通の人間ではたどり着けない。そこの主に認められた者だけがたどり着ける。そしてその祠の奥に、この宮殿があるーー鏡華?」

「山、ですか?」

「どうかしたのか?」

「いえ、『西海』と言っていたので、海じゃないんだな~って」


 その言葉に、連理兄はカラカラと笑った。


「あはははははは!そうだな、うん。確かに西の海を指すけど、住まいは何も海じゃなくても良い。生きていればその力はどの世界にあっても注がれるからな。それに、こいつはあえてここに住んで貰ってる」

「……あえて?」

「そう、この土地の封印の要の一つとしてな」


 クスクスと笑う連理兄。

 視線をずらせば、清奈姉が肩をすくめていた。

 最後に美少女を見れば、蕩けるような笑みを向けられた。


「鏡華、我とつがいになっておくれ」

「は?」

「もちろん、無理に人間界から引き離したりはせぬ。きちんと親御の寿命が尽きるまで人間界での生活を認めよう。その後は、我と共に『神の花嫁』として傍で暮らしておくれ。なに、子も『半神』として産まれるが、寿命は人よりもずっと長い」


 いや、だからちょっと許容範囲オーバー過ぎて。


「いや、そもそもなんでそんなプロポーズされる事になったのか分からないですから」

「そなたは我の命の恩人じゃ」

「お前、こいつ助けただろ」


 連理兄に言われ、美少女を見る。

 そうだ、この美少女はあの白蛇君だ。


 って、白蛇?

 でも、美少女は白龍だよね?


「ヘマやらかして、満身創痍であの草むらで行き倒れてたからな。この馬鹿が、力使いすぎやがって、蛇にまで落ちちまって」

「うるさいのう!我とてがんばったのじゃっ」

「だからとっとと連絡しろって言っただろボケっ!あの後、主が居ないって五月蠅かったんだからなっ」

「ふんっ!しかし、そこで運命の相手を見つけられたという事は、これもきっと我の運命だったのじゃろう」


 美少女が私に抱きついてくる。


「うぎゃっ!」

「我はもうそなたしかつがいに出来ぬ」

「いや、そんな事言われても」


 というか、私にその気は全くないですから。

 顔だけで選ぶと後が怖いというのは有名な話ですから。


「ってか、その瀕死の状態の上に私が転んで押し潰したんですけど」

「情熱的な突進であったのう」


 駄目だ、押しつぶしたショックで色々とイカれてる。


「いや、そもそもそんなご大層な神様ならお嫁さんになりたいっていう神様は」

「むしろ妻に迎えたいという神の方が多かったぞ、こいつの場合。嫁に迎えても嫁の父親や兄弟に襲われて孕まされるパターンだな」


 グハッと、清奈姉に殴られた連理兄が吹っ飛ぶ。


「私、まだ子供なんで」


 というか、数時間前まではまだそんな人ならざるものの存在なんて知らず、普通の中学生をやっていた。そして、明日は遊園地に行って、清奈姉達にお土産を買って。

 で、その前に肝試しに連れて行かれてーー。


 肝試しっ!!


「愛海達がっ!」


 叫んだ私に、清奈姉と連理兄、そして美少女がこちらを見た。


「ああ、あの廃病院の件ね」

「馬鹿はどこにでも居るからな」

「ふん、ほっておけば良いものを」

「愛海は強引に連れていかれたの!あと、確かに馬鹿で薄情どもだけど、さすがに見捨ててはおけないよっ!それに、この私を置いてけぼりにしたんだもん、この私直々に土下座して謝らせないと」


 そう……この私を置き去りにした件だけは、謝らせる。


 決意に満ちた私に、清奈姉は苦笑し、連理兄はやれやれと肩をすくめ、美少女は不満そうな顔をした。ただ、香奈だけが「あぅ~」と同意する様に声を上げている。


「確かに鏡華の言うとおりね」

「清奈」

「言っとくけど、あんたが今回ヘマした事も原因の一つだから。アレのせいで結界が揺らいでいつも以上に入りやすくなってたんだし」


 ウッと、美少女がたじろぐ。


「手伝うわよね?」

「はい」


 有無を言わさない清奈姉の凄さに、尊敬を覚えた。


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