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水神が焦がれし乙女  作者: 大雪
本編
3/22

二話

「じゃあ、話すわね」


 友人宅のお泊まりは、私の他に数名泊まる事になった。そうして子供が数名集まれば、やる事は限られている。


 結果として、始まった怪談話。私は主に聞く側だが、話し手が上手なせいか聞いているだけでも面白かった。そうしていくつかの話が終わった後、一人が言い出した。


 ねえ、肝試ししようかーーと。


「肝試し?」

「そう、近くなら良いだろ?」

「でも、明日も早いし」

「だから近くだって。それに気になってるところがあるんだよ」


 そう言うと、言い出しっぺの彼がまるで内緒話でもする様に話し出した。


 ようやくすれば、この近くに廃墟となった病院があるのだという。その病院内では色々と不思議な事が起きているとかで、オカルトマニアの中でも有名なのだとか。


「危なくない?」

「大丈夫だろ?だって町中なんだぞ?」


 これが町外れなどであれば何かあった時は大変だが、町中であれば叫べば誰か気づいてくれるだろう。何せ、高い塀に囲まれてはいるが、繁華街の中にあるのだから。


 それならと、一人、また一人と賛成していく。

 皆、どこかでスリルを求めていたのだろう。


「お前はどうする?」

「私?」


 私は……


「やめとく」

「なんでだよ!あ、もしかして怖いの?」

「怖いっていうか、あんまり興味ないし、そもそも廃墟って事は電気もないところを歩くんでしょう?転んで怪我したらどうすんの」

「懐中電灯もってくから大丈夫だろ。それに、病院内もそれほど荒れ果ててないって話だし。ってか、本当は怖いんだろ?」


 ニヤニヤとする言い出しっぺは、いかにも馬鹿にした様な顔をした。


「うん、怖い」


 普通なら「怖くない!!」と怒るだろうが、私は素直にそう言った。すると向こうは拍子抜けしたのか、面白くなさそうな顔をした。


「こんなに大人数なんだから怖くないだろ」

「人数の問題じゃないよ」


 なんか気が乗らないーーそれが本音である。けれど、こちらが何を言っても納得せず、結局肝試しに参加する事が決定してしまった。


 そうして総勢六名でやってきた廃墟は、友人の家から歩いて二十分の所にあった。


「門が閉まってるけど」

「鍵はかかってないんだよ、これが」


 しかも入り口はちょうど周囲からは死角になっているので入り放題だという。

 治安面、安全面で色々と問題がないのだろうか。


 そうこうしているうちに、他の友人達が門の中へと入ってしまい、私も慌てて追いかけて敷地内に足を踏み入れる。


 そういえば、この病院って産まれてこの方一度も来た事がないなーー。


 なんて思いながら、足が地面を踏んだ。


「あーー」


 燃えさかる炎に包まれる。


 ほ、のお?!


 ハッと気づいた時には、炎は消えていた。

 今のはなんだったのだろうか。

 しかし、呆然としているとクラスメイト達に強い声で呼ばれ、私は考えを中断して彼らと合流した。


 その後、誰が先に建物の中に入るかで揉めーー。


「行くぞっ!」


 と言いながら、なぜか私を前に立たせる言い出しっぺ。


「ちょっと」

「別にお前だけじゃねぇし。それに、俺たちも後ろから行くんだから良いだろ?」


 良いだろ?じゃない、全く。

 けれどここで文句を言った所でどうせ聞き入れては貰えない事は分かり切っていたから、諦めて進むことにした。


「わっ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「ちょっとやめなよ」


 私と同じように、やはり前を歩かされ、そして今大絶叫を轟かせたのはクラスメイトの愛海だった。元々怖がりで、こういうイベントに自ら来る事はない。けれど、それを知るクラスメイト達が面白がって強引に誘い、今回も強制的に参加させられていた。


 あのお泊まり会には参加していなかったのに、電話で呼び出されて強制的に誘われていた。

 もちろん、私は止めたのだが、彼らーー特に言い出しっぺは全く人の話を聞かずに愛海を強引に建物の中に連れ込んでいった。本当に駄目な奴である。


 だから、今回のお泊まり会および遊園地にもあの言い出しっぺが来ると聞いた時は嫌だったが、そこで断れば余計な波風が立つから黙っているだけに過ぎない。


「うう、帰りたいよ……」

「もう少しだから」


 何度も後ろから驚かされたりして、もはや完全に泣いている愛海を宥めながら足を進めていく。

 後ろからはクスクスと笑う声が聞こえていた。

 あの言い出しっぺは言うに及ばず、他のクラスメイト達もいつの間にか悪のりして一緒に楽しんでいた。

 本当に幼稚だな……と心の中で呟きつつ、一つの扉の前にたどり着いた。


「愛海、お前もずっと鏡華にしがみついてるんじゃねぇよっ!」

「そうだそうだ!みっともないな」

「ってか鏡華歩けないでしょ、そんなにしがみついてると」


 別にそんな事はないが……。

 まあ、とにかく愛海は泣きながらも私から手を離した。


「泣き虫~」

「お前本当に臆病だな」

「ってか、泣いてばかりだと余計にぶすに」

「うっさい!!」


 怒鳴りつければ、クラスメイト達が黙った。


「そんなに言うなら先に行けばいいでしょう?」

「な、なんだよ」

「ちょっとからかっただけだろ」


 ふてくされた様に告げる言い出しっぺ達をシッシッと追い払うと、私は愛海に近寄った。


「愛海、大丈夫だよ」

「ひっ、ひっく……」

「ほら、お守りあげるから」


 小さく囁き、愛海の手にそれを持たせた。

 それは、私が祖母から貰った紐のついた小さな鈴だった。


「こ、これ……」

「おばあちゃんに貰った鈴。どこかの神社で買った奴だから、御利益あるよ」


 落としたら駄目だよと告げれば、愛海はそれを首から提げている鍵の紐に巻き付けていた。

 因みに、言い出しっぺ達に隠す様にして渡したのは、きっと見つければ取り上げるか何かして愛海を困らせる事がわかりきっていたからだ。


 まあ、取り上げたが最後、私の右拳がうなるだけだが。


 言い出しっぺ達は知らないが、別のクラスメイトが私の持ち物を奪って隠したあげくに壊した時には、しっかりとお仕置きさせてもらった。


「そこ開けて入るぞ。あ、そうだ、ここで一つ怪談話を」

「今そんな時じゃないでしょ」

「うっせぇな、いいから聞けよ。実はこの扉の先は、長い廊下になっててな。向こうにもう一枚扉がある。そこをくぐり抜けるまで、廊下では後ろを振り向いちゃならないんだってよ。あと、一言も話したら駄目だ」

「なんで」

「知らねぇよ。ただ、それを守らないと後ろから忍び寄ってきた何かに異世界に連れて行かれるんだってさ。で、それはどうにかして振り向かせたり声を上げさせようとしてちょっかいをかけてくるから、絶対に反応するなってさ。へへ、面白いだろ?」


 全然面白くない。

 愛海なんてもはや顔色を失っている。


「あ、あと一度歩き出したら絶対に止まっちゃ駄目だってさ。止まると追いつかれるらしいぞ」

「いやぁぁぁぁぁぁっ」

「なんで怖がらせる様な事言うのよっ」


 私が怒鳴ると、言い出しっぺがふんっと鼻を鳴らした。


「とにかく、ここを通って向こうの部屋をいくつか回れば後は帰るだけだ。ほれ、さっさと行くぞ」


 そうして強引に扉を潜らされる。

 廊下は絨毯がひかれており、足音が吸収される。

 けれど、先ほど聞かされた怪談が気になり耳が別の音を拾おうと敏感になる。


 全く……本当に、今日は最悪だ。

 こんな事なら、強引にでも断れば良かった。

 まあそうなれば被害は愛海一人にかかっていただろうが。


 さすがに、それは酷すぎる。


 と、廊下の半分まで進んだ時だった。


「え?」


 まるで何かが後ろからすり抜けるようにして、先を歩いていった感覚を覚えた。


 あれ、はーー。


 奥に見える。

 あれは。

 あれ、は。


 手に刀を持った相手は、振り返る事なく消えた。


「っ!」


 今の、は。

 立ち止まりかけたが、何とか歩き続ける。


 今のは……なんだったのだろう。

 幻覚?

 いや、それにしてははっきりと見えて。


 ……一番あり得そうなのは白昼夢か。

 もしかして、この肝試しが嫌すぎてとうとう現実逃避して。


 そんな事を考えながら歩いていると、ようやく長かった廊下の終わりが見えた。


 気が緩んで声が出そうになるのを押さえつけ、扉に手をかけて中に入る。


 そこはガランとした空き部屋だった。


「なにもないね」


 そう言って振り返った私は、驚愕に目を見開いた。


「……あれ?」


 閉めた覚えがない扉が閉まっていた。だが、それ以上に驚いたのは後ろにいる筈のクラスメイト達が誰も居ないことだった。


「……置いてきた?」


 それはまず無いだろう。

 でははぐれた?

 いや、一本道だった。

 先に進んだというのも考えられない。

 私が先頭だったからだ。


 となると、残りはただ一つ。


「置いて行かれた?」


 というのが正しいだろう。

 たぶん、この一本道に入ってまもなく彼らは来た道を逆戻りしたに違いない。もちろん、あの怪談も嘘だ。振り返って駄目ならば、途中で逆戻りするのはタブーとなるのだから。


「全く、もう……」


 どんだけガキなのか。向こうとしては、ちょっとしたおふざけだろうが愛海辺りがやられたら発狂しかねない。思い浮かぶ原因としてさっき怒鳴った事が最有力候補としてあげられる。


 それにしても……後で激怒されるとは思わないのだろうか。


「全く……」


 はぁ……と溜息をつき、私は窓際に近づいた。見えるかわからなかったが、どうやらビンゴだった。そこは三階の高さがあったが、丁度外の正面玄関がここからはよく見える。その玄関前で、お腹を抱えて爆笑するクラスメイト達が見えた。


「あいつら……」


 ここで戻れば、向こうの思うつぼ。けれど帰らないという選択肢を選ぶのもどうだろう。人気のない廃病院の中で一人っきりというのは、さすがの私も御免被る。


「裏口から帰ってやろうか」


 いやいや、裏口がまずどこかわからないし、そこから出たとしても結局は入ってきた門から出なければならず、そうすれば結局彼らの前に姿を現す事となる。そうしたら恥をかくのが嫌でとか何とか言われるのは目に見えていた。


 それならば、向こうが心配して探しに来るまで待つか?


 だが、あの薄情どもの場合は、私を置き去りにして帰る方を選択しかねない。そういえば愛海の姿も見えないが、おおかた強引に連れて行かれたのだろう。


「……戻るか」


 そうしてひょいっともう一度外を見てーー私はうんざりした。

 居ない。

 さっきまで外で爆笑していた彼らの姿はどこにも無かった。


「帰りやがった……」


 マジであり得ない。

 苛立たしさを覚えながら、私は荒い足取りで入ってきた扉へと歩き出した。そして扉に手をかける。


「ん?」


 扉が開かない?


「立て付けが悪いのか」


 とりあえず、けり開けた。なめるな、空手の段持ちを。


 一応、留守番が多いからと父に空手やら剣道やら合気道やらを習わされた私は、それぞれでしっかりと段を持っている。


 吹っ飛んだ扉は見なかった事にして、そのまま絨毯の敷き詰められた廊下を歩いて行く。


「あ~、どうしてくれようあいつら」


 あるのは、あの馬鹿達への怒りのみ。と、普通なら置いて行かれた恐怖で発狂していてもおかしくないが、私の場合は違う。


 別にそういう事を信じていないとかそういうのではない。信じてなかったとしても、一人夜の廃墟に取り残されたら恐怖に支配されるだろう。だが、それすらもない。


 というのも、そもそもまず私は零感で小さい頃から全くと言って良いほどそういうのを見たり聞いたり、感じたりする事はなかった。

 そして、夜の廃墟に一人という状況も、何かあればぶっ飛ばせるほど護身術を学ばさせられているせいかこれといった恐怖は感じない。


 それに、小さい頃は廃墟巡りが大好きな祖父に連れられてあちこちの廃墟を巡った事もあり、そこではぐれてうんぬんという事は良くあった。

 そういう時は動かないものだが、小学生になる頃にはとりあえず外まで出よう、というか外が集合場所として迷ったら外という感じで出てきていた。そんなわけで、彼らの目論見なんぞ最初から崩壊している。


 途中、何個か開かない扉は全て蹴り開け、何かガシャンと後ろで落ちた音は無視し、廊下が斜めっているのかガラガラと向かってきたストレッチャーや車椅子などは丁重に横に押し倒させてもらった。


 そうか、床が斜めっている建築物件だからこの病院は廃墟になったのか。


「車椅子の患者さんなんか死活問題よね」


 動き出したらノンストップ。

 恐ろしい病院である。


「よい、ほ、はっ!と、一階到着~」


 階段を降り、正面玄関へと向かう。

 そのまま、また開かない正面玄関を蹴り開け、外へと出た。


「あ~、腹が立つ腹が立つ」


 怒りながら、門へと向かった。


「……は?」


 門がぴたりと閉まり、鎖で戒められている。

 しかも、大きな南京錠がキラリと光っていた。


「……え?何?これ嫌がらせ?」


 そう言いつつも、私はそ南京錠が内側についている事に気がついた。

 外から鍵をつけたとしても、この位置にある南京錠はよほど手の長い相手でなければ鍵をかけられない。というか、そもそもこの大きさの南京錠をどうやって隠していたかが気になる。


 とりあえず蹴ってみた。

 開かない。


「……」


 これをどうにかしなければ外には出られない。

 というのも、門の上には有刺鉄線が張られていて、そこからは出られないようになっている。


「ってか、これっていつなったんだろう?来た時にはなかったよね」


 来た時には鎖も南京錠もなかった。

 むしろ誰でもカモンフリーダムだった。


「う~ん……」


 ガシャンと何かが割れる音が上から聞こえた。


「へ?」


 と、病院の窓に人影が映った。

 今この時、病院にいる相手と言えばーー。


「もしかして、帰ってなかった?」


 そう、彼らしか居ないだろう。

 というか、門がこうなっている以上はそれ以外にはない。

 彼らが外側から鍵をかけて帰るのは事実上無理なのだから。

 もしかしたら、あの時姿が見えなくなったのは自分を心配して病院に戻ったからかもしれない。

 とすれば、薄情者と心の中でののしったのはやり過ぎたかもしれない。

 彼らと会わなかったのも、病院の中ですれ違っただけで……。


「けど、また病院の中に入ったらすれ違うよね」


 となると、このまま外にいて合流するのが確実だろう。

 門の前に腰を下ろし、静かに病院を見上げた。

 明かりは無いが、今日は満月で明るく病院の建物はよく見えた。

 それにまわりは繁華街という事もあり、その光も天然の照明となっている。


「まあ、もし出られなくても騒げば外の誰かが気づくよね」


 そうしたら大騒ぎになって警察が呼ばれるかもしれない。

 きっと両親に大目玉を食らうだろう。

 清奈姉と連理兄にも怒られるに違いない。

 あの二人はともすれば隣同士でしかない家の娘にもかかわらず、私を実の妹の様に可愛がってくれている。


「あ~、どう言い訳したら良いだろう……」


 言い訳を考えつつ、次第にうつらうつらし始めた私は船をこぎ始め、いつしか眠りに誘われていった。


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