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水神が焦がれし乙女  作者: 大雪
本編
2/22

一話

 鏡華ーー14歳。

 彼女は、自分ちの隣の家にお邪魔していた。


「香奈、いい?しっかり言うのよ。はい、ウ.ザ.イ」

「あ、う、う?」

「違う違う、ウザイだよ、ウザイ」


「いや、うちの娘に何を教えてくれてんの」


 呆れた声を上げるのは、香奈の父親の連理だった。

 私は敬意を込めて、連理兄と呼んでいる。


「もちろん、言葉のお勉強です」

「お勉強って、うちの娘はまだ七ヶ月」


 確かに、それで話をしたら凄すぎるが、私は構わず豪語した。


「何ちんたらした事を言ってるんですかっ!この早期教育が叫ばれる中、七ヶ月なんて遅すぎるぐらいですっ」

「え、そうなの?いや、でも出来るならパパとかママとかの方が」


 確かにそれが普通だろう。しかし、それ以上に大切な事がある。


「何を言うんですかっ!確かにパパママは大切です。でも、それ以上に迫り来る変態を撃破する方が大切です!だって香奈、かわいいじゃないですかっ!」

「はぅっ!」


 ぐいっと連理の前面に私は香奈(生後七ヶ月)を押し出す。

 本人は「う?」と首をかしげているが、それがまた殺人的に愛らしい。

 特に父親のHPは0である。


 因みに私は知らなかったが、『香奈の成長見守り隊』とかいう、父方母方の祖父が送りつけたいかがわしい撮影隊がその姿を撮影し、どこかのお偉方ジジィ二人が瀕死の重傷を負いかけたとか。


『ぐはぁ!なんと愛らしいっ』

『罪じゃ!このかわいさは罪じゃ!』


 その黒くない純真さにメロメロとなった爺のお言葉である。

 と、それはさておき。


「こんなにかわいいんです。もし、赤ん坊愛好家が行き過ぎた究極のド変態が居たらどうするんですかっ!想像してみてください!ベビーベッドで寝ている香奈に、脂ぎった腹の出た爺が涎を垂らしながら近づいてきて」


『ヒョホホホホホ、これはなんと愛らしい!この肌、この唇、全力でなめ尽くしてくれようっ』

『あぅ~~』


 連理兄の動き、いや、全てが止まった。

 想像してる。

 全力で想像してる。


 あ、よつんばいになっーー大絶叫が響き渡った。


「うわぁぁぁぁぁぁあっ!耐えられない!映像的暴力だっ!」


 その威力、見た全員が発狂するレベル。

 呪いの生中継か、おい。


「そうです!だから、そういう変態を撃破する為の言葉は大切なんです!じゃ、香奈、次は『変態』って言うんだよ」

「あう、う、う?」

「駄目駄目、もう一度!『この変態野郎!!』って心を込めてっ!!」


「とりあえず検診で言葉の検査をした時に、『ウザイ』とか『変態』とか出たらもう外、出歩けないからやめて」

「あ、清奈姉」


 疲れた様に買い物袋を手に居間の入り口に立っていたのは、香奈の母親であり私が姉の様に慕う人だった。



 私の家の隣は長らく空き家だった。

 隣家は比較的新しく、それなりに広いのだが、いかんせん人が居着かない。

 そんな中、今から二ヶ月前にある一家が越してきた。

 それが、連理と清奈夫婦とその娘の香奈だった。


 若すぎる夫婦と小さな赤ん坊。

 近所からは駆け落ちかという話もあった。


 そんな中、私の家とは隣同士という事で比較的交流が多かった。

 というのも、私の両親は共働きで留守がちでもあり、小学校までは祖父母の家に預けられる事もあったが、去年中学に入ってからは家で一人留守番をする事も多くなっていた。

 しかしやはりそこは一人娘。

 心配する両親に、隣に越してきた若夫婦が預かれる時は家に来ても構わないとの申し出をした所、こうして私はたびたび隣の家にお邪魔する事になった。


 といっても、出会ってすぐの家庭に預けるというのもある意味非常識だろう。しかし、よくよく聞けば父親と相手のお嫁さんの父親が知り合いらしく、その縁での繋がりもあっての事らしい。


 因みに、今回の様に清奈姉が買い物に出て、連理兄と香奈、私の三人が残される事も多く、それも世間的に男と一緒というあまり褒められたものではない状況に置かれる事もあるのだがーー。


 この連理兄、奥さんにしか全く興味が無い事は今やご近所中に知れ渡ってしまっており、たとえ私が手を出されたと叫ぶ事があったとしても笑って「あり得ない」と言われるだろう。


 まあ、信頼されているのだろう、ようは。


 気づけば、最初飛び交っていた良くない噂は今や微塵も無くなっていた。


 そうして今回も、清奈姉は私に後を任せると一人さっさと買い物に出て、今ようやく戻ってきたらしい。


「清奈姉、言葉は大事です!いかに相手の心を深く抉れるかが勝負なんですからっ」

「その前にうちの子に悪評が立つわ。言葉って大事よ」


 一人キョトンとする香奈は、父親に抱っこされるとキャッキャッと笑い声を上げた。

 まだ出会って二ヶ月だが、こうして私にも懐いてくれる香奈は私にとっても妹の様なもの。

 ひとりっ子であるから余計に、突然出来た妹の様な存在はかわいくて仕方が無い。


 そして、清奈と連理も私にとっては姉と兄の様なものだった。


「清奈、だけど香奈が変態に襲われたら」

「可愛くて攫うのは居るかもしれないけど、変態とは違うわよ。そういうのは犯罪者って言うの」


 いや、犯罪者も変態も似たようなものだから。


「もし香奈に何かあったら俺は耐えられないっ」

「何もないから。むしろ、赤ん坊のうちはまだ良いとして、幼稚園ぐらいで暴言吐いたら過剰防衛になるから」


『死ね、変態』


 うん、そんな事お姉ちゃん言われたら生きていけない。

 でも、変態には言って欲しい。

 あ、でも罵られる事に快感を覚える変態だと逆に喜ばせてしまうかもしれない。


 やはり、やられる前にやるかーーああ、なんて素敵な言葉。


 一人状況を理解していない香奈は、のんきに「あぅ~」と声を上げている。


「ほら、香奈をベッドに寝かしてきて。鏡華(きょうか)、今日もご飯食べていくんでしょう?何か食べたいものある?」


 最近はほぼ毎日、夕食を一緒に食べている。

 といっても、きちんと食費はうちの両親が月に光熱費その他混みで五万ずつ渡していた。相場はよく知らないが、その他にも色々とお世話になっているからという事らしい。

 まあ、普通に考えて家族だけで一緒に居たい事だってあるのに、毎日預かってくれるなんて本来ならあり得ないだろう。もの凄く恵まれていると自分自身思っている。


 しかしうちの両親がいくら遠慮してもお互い様だからと良い、清奈はそれならと香奈の面倒を私が見る事で両親を納得させた。

 そんなわけで、時々清奈と連理が二人だけで出かける時は私がベビーシッターの役目もする。これで、もし妹弟が出来ても大丈夫だ。


 と話はずれたが、清奈姉のご飯はかなりおいしい。

 おいしくて、毎日楽しみにしているのだが……。


「今日はやめときます」

「どうして?ご両親帰ってくるの?」

「ううん、今日は泊まりだけど」


 私は首を振った後、こう告げた。


「実はね、今日は友人の家に泊まりに行くの」


 明日から五連休が始まる事もあり、明日は友人達と遊園地に行く予定になっていた。その為、朝一で出発出来るように友人の家に泊まる事になっているのだ。


「そう……それは残念だわ」


 心底残念そうな清奈姉に、少し、いや、結構嬉しかった。大切にされているーーそう実感出来るから。


「あ、お土産買ってくるから何かほしいものはない?」

「別に気を遣わなくていいのよ」


 そう言いながらも、何もしない事が逆に気を遣わせる事を知っている清奈姉はいくつかの品物を口にする。


「あとは、香奈にぬいぐるみをお願いね」

「了解しましたっ!でも、何かに書いてくれるとうれしいですっ」

「もう~、若いんだから暗記暗記」


 無理無理無理とぶんぶん頭を横に振ると、清奈が文句を言いながらキッチンへと引っ込んだ。たぶんメモを渡してくれるのだろう。その間に帰る準備をしていると、カタカタと音が聞こえた。


 振り向けば、カーテンの閉まった窓辺に大きな水槽が一つ。中には、太い木の枝に絡まった子供の腕ぐらいの太さの白蛇が居た。


「あ、白蛇君、元気~?」


 コツンコツンと水槽の壁を叩く白蛇君。因みに、私は爬虫類系は苦手である。しかし、この白蛇君だけは違った。


 というのも、この白蛇君がこの水槽に居る事になった原因はそもそも私だった。


 そうーーたまたま草むらで転んだ際にこの白蛇の上にドスンと転ぶなんて思わなかった。

 しかし私は言いたい。

 この大きさなら私程度の体がのしかかった所でそれほどダメージはないと。だからきっと、私が転ぶ前から倒れていたのだ。


 といっても、そのままにしていてはカラスの餌になるのがオチである。仕方が無いので、持っていた買い物袋の余りの中に蛇を入れて清奈姉の家に持ち込んだのだ。前に、何かの話で清奈姉も連理兄も蛇が大丈夫だと言っていたのを思い出したからだ。


 そうして、呆れながらも水槽に保護してくれた清奈姉の尽力によって、ようやく白蛇君は命の危機を脱したのだ。


 蛇は苦手である。

 しかし、潰した相手であるにも関わらず、こうして自分を見ると水槽をコンコンとする姿がなんか可愛らしく思えた。


『蛇と言えば、この町近くの山の中に、大きな滝のある池があるんだ。そこの神様の伝説があってね』


 神話に詳しい連理兄の言葉に、そういえば蛇も水の神様の一つとして数えられる事があるのを思い出した。特に白蛇は神様の使い。そう……神様の使いを潰した。


『の、呪われる!!』

『いや、それはないから、うん、ないから』


 潰すどころか危うく殺りかけた事実に恐れおののく私を連理兄はそう言って宥めた。まあ、この白蛇君の姿を見ていると確かにその心配はなさそうだが……。


「と、とりあえず……白蛇君にもお土産買ってくるよ。何がいいかな?」


 やはり食べ物だろうか?

 それとも新しい枝?


 いやいや、ここは奇をてらってリボン?


「それともお嫁さん?」


 蛇のぬいぐるみでも入れてあげようかーーと思えば、白蛇が水槽を叩く勢いが増した。


 おおっ!やっぱり女ひでりですか、うん。


「うんうん、よくよく見るとすっごく綺麗な顔してるもんね」


 たぶん蛇の中でも整った顔をしているだろうーー他の蛇をマジマジと見た覚えは全くないが。


「そんじゃ、お嫁さんぬいぐるみ買ってくるね」


 白蛇君の動きが止まった。


「あ、やっぱり本物の蛇の方が良い?ーーって、白蛇君?!」


 木からボトンと落ちた。

 え?なんでそんなにショック受けてるの?

 もしかして二次元じゃないと駄目系?!

 二次元美少女メイド蛇とか探してくる?!ってかそもそもそんなのいるの?!


「鏡華、メモーーえ、なんで落ちてるの白蛇」

「いや、なんか二次元美少女メイド蛇じゃないと駄目だって」

「は?」


 二次元美少女メイド蛇?

 いるのか?そんなもん。


「何があったの?」


 白蛇は微動だにしない。


「鏡華?」

「ごめん、白蛇君!!頑張って探すからメイド蛇っ!」


 いや、だからなんでそうなった。

 その場に居なかった清奈には、想像すらつかない。

 そう、白蛇の心の傷の深さも。


「あ、それメモですか?」

「う、うん」

「もらってきます。あと、集合時間に遅れそうだから帰りま~す!!」


 そのまま玄関へと向かい、鞄を置いて靴を履こうとした時、プツンと何かが切れる音がした。


「うわっ!」


 鞄にぶら下げていたお守りの紐が切れたのだ。


「うわ~、縁起悪い。ってか、弱ってたのかな」

「どうしたの?……ああ、何かあるかもよ?」

「ちょっと怖がらせないでよ清奈姉!」


 幽霊の真似をする様に手をぶらんとさせる清奈姉に私が文句をつけると、くすくすと笑う声が聞こえた。


「はいはい、でもそれってご両親から貰ったお守りでしょう?」

「うん、お正月に買ったんだって。あ~、もうここに結び直しておくかな」


 しかし、この紐の切れ方ではどう頑張っても不格好な感じになる。


「それ貸してくれる?私の方で直しておくわ」

「え、でも」

「代わりのお守りを渡しておくわね」


 え?お守りって貸し借りしていいもんだっけ?


 ほどなく、清奈姉が香奈を抱っこした連理兄と共に戻ってきた。

 その手に握られていたのは、数珠繋ぎになった水晶のブレスレットだった。


「はい、これつけていってね」

「これって、今はやりのパワーストーン?清奈姉も持ってたんだ。でも、これ清奈姉のじゃないの?」

「たくさんあるから大丈夫よ。はい、返すまで外さないでね」


 そう言うと、清奈姉は私の手首にそれをさっさとはめてしまった。

 不思議と、まるで私の為に作られたかの様にそれは手首に馴染んでいた。


「凄く綺麗……って、なんか私の知ってるのと違う」


 というのは、数珠繋がりの水晶の四カ所に、葉っぱの様なものが挟まっていた。

 ……鱗?


「ああ、それも一種の開運グッズ。お金がよ~く貯まるように蛇の抜け殻持つのあるでしょう?」

「って事はこれ、蛇の鱗とか?!」

「そう。白蛇君のーー剥がしてないからっ!落ちたの使ってるからっ!」


 まさかビリビリと鱗を剥がしたのかと思えば、清奈姉から慌てた様に反論が来た。


「貝殻かと思ったのに」

「それぐらい綺麗よね」


 そう……確かに綺麗だ。

 薄くて白く輝いていて……なんというか、羽の様にも思えてくる。


「本当にいいの?」

「もちろんよ。あ、そういえば、その友達の家まではどうやって行くの?まさか歩いて?今の時間だとバス……はあるか」

「いや、歩いていけるよ」

「何を馬鹿言ってるの。もう暗いのに危険でしょうが」

「危険って、大丈夫だよ。それに、もう通り魔事件も解決したし」


 ここ三ヶ月ほど町を騒がしていた通り魔事件。被害者は男女問わずに刃物で襲われるというものだったが、つい先日その容疑者が捕まった事でようやく町の人達も一息つける事になった。

 因みに、それもあって、両親は清奈姉達の申し出を受けたという部分もある。


 一応、通り魔の出る区域は私の家からは離れてはいたが、それでも町全体に警戒態勢が敷かれていた。それもあり、ようやく通り魔から解放された町はどこか浮き足だっていたりする。


「大丈夫大丈夫、って事でバイバイ~」

「あ、ちょっと!」


 水晶のブレスレットがはまった手を振りながら、私は玄関の扉を開けて外へと出て行った。



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