三話
髪の毛をくるくると結われていく。
身につけている服も、普通のTシャツと短パンから、私には不似合いな美しい衣に着替えさせられた。
「ふぅ……お綺麗ですわ」
「本当に」
『西海龍王』が連れてきた侍女達が溜息をつく。
装飾品店から、今日の宿となる場所にやってきた。というか、それは宿ではなく、別荘ーーもとい離宮と言うのだろう。町中にある大きな屋敷に連れ込まれた私は、そのまま待ち構えていた侍女達に引き渡されお風呂に突っ込まれ、こうして着替えさせられている。
最後に、頭に桃の花の簪を刺してようやく解放される。
するとタイミング良く扉が開き、『西海龍王』が入室してきた。
「なんと可愛らしいのでしょう。よくお似合いですよ」
「はは、ははは」
笑うしかない。というか、侍女の皆さんもそうだが、どう見ても馬子にも衣装ではないだろうか?どうしたら綺麗とか可愛いとかいう単語が出てくる。もしかして、みんな目が悪い?
そんな事を考えていると、侍女の皆さんが部屋を出て行く。後に残されたのは、私と『西海龍王』だけだった。
「その衣も是非とも鏡華にと見立てた物です。ああ、その色も本当に似合いますね」
薄紅色の衣は、確かに女性らしい色だと思う。しかし、私にはあまり似合わない色だと思う。
『西海龍王』の手が伸び、私の体を抱き上げる。
「ちょっ!」
「向こうにお菓子を用意しました。お茶にしましょう。中庭の四阿からは美しい花々がよく見えるのです。一度貴女に見せたかった」
そのまま、抵抗する間もなく四阿に連れて行かれた。
……正直に言おう。
確かにお茶とお菓子はおいしかったし、花も綺麗だった。けれど、なんだか落ち着かない。
「花茶の味はどうですか?今年の材料は特に上質でしたから、落胆はさせないと思うのですが」
「いえ、とってもおいしいです」
清奈姉が居れば良かった。
そうすればもっと会話の幅が広がったし、『西海龍王』を清奈姉に任せる事も出来た。きっと清奈姉ならもっと気が利いた事を沢山言ってーー。
『鏡華に手を出すなって言ってるでしょ!それはセクハラよっ』
『グハッ!』
……駄目だ、仲良く会話している光景が思い浮かばない。清奈姉との組み合わせだと、いつも『西海龍王』を殴ってるとこしか思い浮かべない。
「鏡華、どうしました?」
「い、いえ、何も……ちょっと色々と悲しい事が」
それ以外の光景を思い浮かべようにも、記憶の中をどう読みあさっても清奈姉が『西海龍王』と一緒に居る時は必ず一回は殴っている過去しか思い出せない。
「もしよければ私に話してくれませんか?」
「ううん、これは墓まで持ってくよ」
言えないし、言いたくない。みんなの為にも。
「鏡華……」
「それより、こっちのお菓子は」
その時だった。
「ひぃさま!!」とか「ちょっとお待ち下さいませ!」とかの声が遠くから聞こえてくる。
パタパタと走る音が聞こえてきた。
そちらの方向に視線を向けた私の目に、それは映りこんだ。
仙女ーー
昔、古代の仙女達のドラマがあったが……その仙女達が身にまとう様な美しいヒラヒラとした衣を身にまとった少女がかけてくる。
左右の米神付近に大きな花飾りを刺した艶々の黒髪はサラサラと風に揺れ。
白いなめらかな頬をほんのりと薄紅色に染まる。
妖艶というよりは、可憐で可愛らしさを感じる顔立ち。
華奢で力を入れればすぐに折れてしまいそうな嫋やかな体つき。
まさしく、あれは仙女だ。いや、天女?
「お兄様っ!」
私とそう年の変わらなさそうな少女が『西海龍王』に抱きつく。ツキンと胸に走った痛みにえ?と思う間もなく、目の前の光景はめまぐるしく変わった。
「お兄様、お久しぶりでございますっ」
「そなたは礼貴姫か」
「そうですわ、お兄様!ああ、ご尊顔拝謁叶いましたこと嬉しゅうございますっ!ですが、お兄様も水くさいですわ!声をかけて下されば是非ともお迎えに参りましたのにっ」
「忍びだったからな。そういえば、今の時間は礼儀作法の師が来ていたと思ったが……この分では、卒業もまだまだのようだ」
「お兄様、酷い!すぐにお兄様にマイッたと言わせて見せますわっ!」
まるで私の事なんて居ないかの様に繰り広げられる光景。『西海龍王』も困った様に笑うが、嫌がってはいないのが分かる。本当に近しい相手なのだろう。
そもそも、『西海龍王』は男嫌いだが女嫌いでもあって、大丈夫な女性は一部だけという。きっと、この少女も『西海龍王』の特別に入るのだろう。いや、もしかしたら特別の中でも特別に。
「それよりお兄様、せっかくの『花湖祭り』ですのにお一人ですの?本殿の方達や私のお父様も嘆いていましたわ。お兄様ほど素晴らしい方がまだ独り身などと……まあでも、お兄様は引く手あまたですから相手に求めるものも高くて当然でしょうね。いえ、お兄様にふさわしい女性でなければ私は認めませんわっ」
「礼貴姫に言われたくはないが」
「私は良いですの。ふふ、それとも私と縁を結びましょうか?私、お兄様でしたらーー」
そこで、少女が何かにひかれた様に私を見た。
というか、目の前に居て全く気づかれていなかったなんてどんだけ存在感が無いのだろう。
「……」
「……」
「……」
「……あの」
沈黙がたまらず、私が先に口を開いた時だった。
少女の目が見開かれ、その桜色の唇から絶叫が轟いた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!お化け!いやぁぁぁぁぁ!!」
え?お化け?それ初めてなんですけど。さすがに十四年生きてきてお化けと言われた事はない。
「なんで?!え?!どうして?!なんで、境華がここに居るの?!」
あ、昔の私を知ってる関係者だろうか?
と、そんな事をしているうちに、少女の体が揺れーー。
「おやおや」
『西海龍王』の腕の中に倒れた。
あ、倒れ方もお姫様らしいです。
「ひ、ひぃさま!!」
「きゃぁぁぁ!誰か、ひぃさまをっ!医師をっ」
わらわらと、お即きの侍女達がやってきてそのお姫様を回収していく。後に残されたのは、私だけだった。え?『西海龍王』はどうしたかって?侍女達に一緒に連れて行かれました、チャンチャン。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
あの騒ぎで駆けつけた侍女達ではない、『西海龍王』配下の侍女達に謝られた。というのも、あの後、私は屋敷の方が騒がしい状態なので時間を置いてから帰ろうと時間を潰していた。すなわち、お菓子を食べたりお茶を飲んだり、花の観賞をしたり。それで結構時間を潰せたのだが……時間を潰しすぎて、気づいたら夕方。
その時になって、ようやく屋敷に居た『西海龍王』の侍女達が本来部屋に居る筈の私が居ない事に気づき、慌てだし二度目の大騒ぎになったらしい。遠くから呼ぶ声に、せっせと白詰草もどきで花冠作り(あらかじめ好きな花は摘んで良いと言われていた)をしていた私は立ち上がって手を振りーー。
こんな自体に陥っている。
侍女の皆様が平伏し、一斉の謝罪。
すいません、悪いのは私です。ちょっと時間を潰そうとして完全に忘れてました。因みに、『西海龍王』はというと、どうしても外せない用事が出来て人と会わなければならなくなり、外出中だという。なので、今夜の祭り見物は中止になった。
一人でも行けるんですが……と言えば、猛反対を食らった。
「駄目です!変な男に声をかけられたらどうするんですかっ!」
「大丈夫です、武術学んでるんで」
一番最近仕留めたのは、女児誘拐犯です。
車に引き込もうとした愚か者を一撃で仕留めました。
「さすがは鏡華様!」
「素晴らしいですっ!」
褒められた。でも、それと一人祭り見物は違うと止められる。
「どうか、主が戻るまでお待ち下さいませ」
縋るように言われてしまえば、それ以上無理は通せない。まあ、無理を通して困らせるつもりもないので、今日はおとなしくしていよう。
ーーと、思ったが、どうやら嵐は向こうからやってくるらしい。
パタパタパタという足音。その後ろから、複数の足音が聞こえたかと思うと、バンッと扉が開かれ黒い物が飛び込んできた。
「ひぃさまっ!」
追いかけてきた侍女達の姿に、いや、その前に最初に飛び込んできた相手に私は「あ」と声を出した。
それは、さっき『西海龍王』をお兄様と呼び、なおかつ私を見てお化けと叫びながら気絶した美少女だった。
先ほどとは違う衣を身にまとっているが、相変わらず麗しい美少女っぷりである。
しかし、『西海龍王』の時はあれほど美しい笑顔を浮かべていたのに、今は怪訝そうにジロジロとこちらをにらみ付けていた。
「……ちょっと」
「はい」
とりあえず返事をした。声も凄く綺麗だった。
「あなた、名前は?」
「え?鏡華です」
「キョウカ?どういう字を書くの」
「鏡の華です」
淡々と答えていけば、少女が足取り荒くこちらに近付いてくる。
「境に華ではなくって?」
「それは、私の前世です」
「……」
全てを思い出したわけではないが、確かに境華は私の前世である。
すると、少女は私の眼前に立ちジッとこちらを睨み付けてくる。
「な、何か……」
「そう、あなたは境華の生まれ変わりなのね……ふふ、良い度胸じゃない」
「はい?」
ダンっと、床が踏みならされる。
「あっっっっれだけお世話になったこの私に、一言の挨拶もないなんてどういうつもり?!」
「はぁ……」
あれ、こんな子居たっけ?
「ふんっ!それに、私、貴女の事が昔っから気にくわなかったの!!」
ビシリと指さしされる。それ、とある文化圏では失礼に当るのだけど。
「大して可愛くも綺麗でも無く、更には教養の『き』の字もない山猿のくせして、お兄様のお側にべったり!!何度怒鳴り散らしたかったか!!いい?そもそも、お兄様は容姿端麗、文武両道、歌舞音曲に優れ、統治者としても素晴らしいお方なの!そう、西方領域の水神達が頭を垂れる偉大なる長なのよ!!」
「はあ」
「はあ、じゃないわ!!全く、どういう神経をしているのかしら。これだけ言ってるのに分からないの?」
「凄い方なんですね」
「そうよ、だから貴女なんてお呼びじゃないの。またお兄様にべったりと張り付いているようだけど、はっきり言って邪魔なの。ふさわしくないの。だから、とっとと自分の元居た場所に戻りなさいな」
「お祭り見物してから戻ります」
「そう、わかったならーーって分かってないわ!」
きぃぃぃぃと騒いでもやっぱり綺麗だなんて、美少女は得である。侍女達に宥められているが、その怒りはますますヒートアップしているようだった。
「言っても分からないの?!お兄様の傍から消えなさいって言ってるのよ!!貴女はお兄様には相応しくないわっ!いい事?お兄様に相応しいのは、教養高く、品位を極めた身分ある高貴な美しい美貌のお姫様なの。平凡な貴女なんてお呼びじゃないのっ!!」
「は、はぁ」
「ああもう!こうしてはいられないわっ!お兄様には一刻も早く花嫁を迎えてもらわなければっ!」
そう言うと、やってきた時の勢いのまま部屋を出て行こうとする。が、部屋を出る直前で立ち止まり、こちらを振り返った。
「見ていなさい!完璧な姫君を連れてきてやるんだからっ!その時になって後悔してもしらないからねっ!」
ダンダンと歩いているが、そのほっそりとした足ではそれほど床をきしませる事なく彼女は立ち去っていった。その後ろを、侍女達が慌てる様にして追いかけていく。
それから間もなく、ようやく『西海龍王』配下の侍女達が我に返った様に慌てだした。
「も、申し訳ありませんっ」
「いくら礼貴姫様でも、鏡華様にあの様なお言葉は酷すぎますっ」
「無礼ですわっ」
いやいや、向こうの方が身分も地位も上ですからーーたぶん。見た目と、姫と呼ばれている所から判断したものの、結局彼女が誰なのかは分からない。名前が礼貴というぐらいだろう、うん。
「私、すぐに主様にご報告を」
「あの~」
「お待ち下さい!!鏡華様は何も心配は」
「いや、あの、もの凄く基本的な質問をさせて下さい」
いきり立つ侍女の皆様を宥めながら私は質問した。
「あの方って、誰なんですか?」
その一言は、あのお姫様が乱入してきた以上の衝撃を侍女の皆様に与えた。