二話
船の中をしばらくうろついていると、船内放送がかかった。
どうやら、町に到着したらしい。
それから間もなく船員に案内されて外に出ると、一気に暖かい光が広がった。
「え?朝?」
「朝の八時ですね」
どうやら、思ったよりも時間がかかったらしい。
そこは町の外れの船着き場らしく、遠くには、昔テレビドラマで見たような……この国の隣大陸に古代存在した帝国、その城下街の様な街並みが広がっている。
「荷物は先に運んでおきます」
「頼みましたよ」
止める間もなく、滞在の為に持ってきた荷物を『西海龍王』の配下の方達が持って行ってしまう。
「ふふ、二人っきりですね」
「うん」
手をつながれて歩き出す。あ、なんか恋人同士みたい。って、まだおつきあいもしてないんですが。
途中から整備された道を歩いて辿り着いたその町は、結構な大きさだった。
町……いや、都?市?少なくとも、小さな市ぐらいはあるだろう。
というか、統治している町の一つでこれなんて……。
「これが、『西海龍王』が統治している一番大きな町なの?」
「いえ、これは中の上ぐらいですね」
じゃあ、上があるんですか?!
「へ、へぇ~」
心の安定の為にもこれ以上は聞かない事にした。
「で、これからどうするの?」
「そうですね……時間はまだ沢山ありますし、町でも見ますか」
ここには、祭りの間滞在する事になっているので時間は『西海龍王』の言うとおり沢山あった。因みに、その間の滞在費というか、宿泊費に関しては『西海龍王』持ちになっている。
もちろんこっちは払うと言ったのだが、『西海龍王』は首を縦に振ってくれなかった。そのうちに、宮殿で働く人達も『西海龍王』に味方してしまい、結局タダでお世話になる事にーー。
とんだゴクツブシである。というか、体で要求されたらどうしようーー薪割りとかは得意だけど。
本通りを歩けば、沢山の露店やら商家が両脇に立ち並んでいた。それに人通りも多い。彼らは皆、水の動物の化身であるという。人の姿をした者達は地上の人間となんら変わらない姿をしている。子供も大人も老人も、男も女も。
もちろん、美しい者もいればそうでない者も、そして普通顔も居る。
筋肉むきむきも。
「筋肉ーー」
思わずガン見すれば、ぶるりと相手の体が震えた。ごめんなさい、でも、最近筋肉不足なんです。
「そういえば、ここのお店って地上のお金は使えるの?」
「使えますよ。基本は湖のある国に準じますから」
じゃあ、私が持ってきたお金も使えるのか。
「ああ、楽しみですね。鏡華は何が欲しいですか?」
「私の持ってるお金で買えるもの」
「何を言っているのですか?恋人の物を買う楽しみを鏡華は奪うのですか?」
誰が恋人だ。
しかし、浮かれている『西海龍王』には何を言っても駄目だ。
「そういえば、『西海龍王』が町の中をウロチョロしてたら騒ぎになるんじゃない?大丈夫なの?」
「そうですね……まあ、この町には余り来ませんし『西海龍王』の顔を知る自体が少ないですしね。それに、これも身につけていますし」
見せてくれたのは、右の中指にはまった指輪だった。
青い石がはまっている以外は、これといった装飾もない。
「これは惑わしの力を持つ指輪で、指輪をはめた存在を周囲が正しく認識出来なくするものです」
「ふ~ん」
だから、この時点で男に『西海龍王』が襲われてないのだろう。声もかけられてないし。
「ただし、惑わせる対象は一つしかないのです」
「ああ、容姿(色香・魅力含む)ね」
一点集中タイプの指輪という事か。
「海王様から頂いたものなんです。デートの時に使いなさいと」
デートの時に容姿を惑わせるなんて普通はしないだろう。容姿もアピールポイントの一つなのだから。容姿(色香・魅力含む)が良すぎるっていうのも考え物という事か。
「鏡華は何が欲しいですか?」
「え……」
何が欲しいと言われても困る。しかし、いらないという選択肢はないらしい。言ったら、絶対、泣く。ここで泣かせたら、別の意味で周囲の注目を浴びてしまう。
「た、食べ物?」
「それも良いですが、いつも身につけているものも良いですね。ああ、装飾品にしましょう」
最初から選ばせる気ないだろ。
「向こうに装飾品の店があるんですよ」
「詳しいね」
腕を組むならぬ、肩を抱かれて連れて行かれる。私の頭一個分以上にある体は、たぶん180㎝近くあるだろう。羨ましいーー少しでいいから身長を分けて欲しい。
「ここですよ」
そこは、大きなお店だった。しかも、高級店だ絶対。
二階建ての大きなお店は、一般客お断り的な雰囲気だったが、以外にも若い客達が多かった。もちろん、いかにも良家ですーー的な客達の姿もあるが。
ガラスケースの中には、沢山の装飾品が置かれており、それぞれの種類で売り場が違っていた。『西海龍王』に手を引かれてやってきたのは、簪売り場だった。
色々と凝った作りの簪が綺麗に並べられている。また、お手頃の値段の簪は、ガラスケースではなく、気軽に手に取れるように飾られており、女性客が群がっていた。
「ねぇ、これ綺麗ね」
「そうだな、お前によく似合うよ」
隣のカップルが楽しそうに簪を選んでいる。彼女が手に取ったのは桜の簪で、彼氏が彼女の髪に挿すのを手伝っている。
「鏡華、こちらなんてどうでしょう?」
「え?どれどれーー」
ガラスケースの簪を指さす『西海竜王』。ひぃ、ふぅ、みぃ……値段を心の中で読み上げ、絶叫する。
「却下」
「そうですね、さすがに安すぎますね」
「どこがっ!」
安くないよ全然っ!それ、数十万単位の価格だよ!!
「お、お目が高い。それは、この前仕入れた中でもお値打ちのものでして」
これはカモと捉えた店員が近付いてきた。そして、次々とお勧め商品を勧めてくる。
「ふむ、これはなかなかのものですね。こちらの椿の簪の細工も見事です」
「そうでしょう?これは有名な細工師が手がけたものでして」
「こちらの牡丹の簪も……これは、菊里の手ですね」
「おぉ?!分かりますか?!あの有名な細工師ーー菊里の作品です」
お~い、置いてかないで~。
完全に、店員と二人だけの世界を築いている。
というか、私に買うのに私の好みはムシですか、そうですか。
「あのさ、安いので」
「こちらは細工師の桃白が作った作品でして」
「ふむ、こちらもなかなかのものですね」
「いや、ちょっと聞いて下さい」
駄目だ、全然聞いてくれない。
がっくりと項垂れた私は、溜息をつきながらその場を離れた。
「何で人の話を聞いてくれないかなぁ」
いや、そもそもその傾向はあった。求婚を断ったにも関わらず、まるで諦めていないその姿。まあ……正確には、断るというよりは鏡華としては出会って間もないよく知らない相手の求婚は受け入れられませんって事でーー。とりあえず名乗り合い、まあこれから少しずつ知って行こうという感じにはなった。なったが、それが結婚に繋がるかと言えばそうでもなく……出来れば友人関係で居たいと思う、私の安全の為にも。
というか、十四の子供に結婚ってどうよ。しかも、結婚したら神様の花嫁で、その神様が死ぬまで長い時を生きなければならない。神は不死ではないが不老だと聞いた。そんなの、不死とある意味同じだろう。今まで十四年生きてきて得た友人達、両親、周りの人達皆が死んでも死ねない。ずっと若いまま。
もし仮に結婚したいと思ったとしても。
人を捨てる事を選ぶ勇気は、今は無い。
「ずっとこのままって駄目なのかな……」
それは、境華も抱いた想い。
でも、境華はそれを選ぶ前にこの世を去った。
私個人としては、『西海龍王』の事は嫌いではない。むしろ、好きだと思う。でも、それは友人とかへの好意で、恋愛の面で言えばう~んとなってしまう。
というか、そもそも私のどこを気に入ったのか。
蛇になっていた時に助けてくれたから?いや、あれはトドメをさしかけたといった方が良いだろう。
それに、境華の時も。
彼女の時も特に何かをしたわけではないのに、いつの間にか告白されるようになっていた。
え?どこにトキメキ要素があるの?ーーと本気で考えたが、結局答えは見つからなかった。
よく一目で恋に落ちるとかいう話を聞くが、一体どういった手順を踏んでいるのか詳しく教えて欲しい。いや、私達の場合は一目ボレではないけど。境華の時も、最初からしばらくの間は結構冷たくされていた。邪険という言葉が似合うだろう。
その時、私の目に一つの簪が映った。
手を伸ばし、その簪を手に取る。
それは桃の花の簪だった。あのガラスケースの繊細な細工に比べるとチャチな作りをしているが、それでもつけて歩くのに不足はない。しかも値段もお手頃である。
「鏡華、こちらに居たのですか?おやーーそれは桃の花の簪ですね」
「うん、そういえば境華も持ってたよね」
「ええ、私が贈りましたから」
境華はそれを最後まで持っていた。刀と、その簪だけを持って死地へと向かったのだ。
「その簪、燃えちゃったんだよね」
「いえーー」
「え?」
「私の手に戻りましたよ。境華の遺体と共に」
戻った?
彼を見上げた私に、『西海龍王』は穏やかに笑う。
「そう……あの、歪みが消えた一瞬の時に……」
水に覆われる感覚を、覚えてる。
そう……だ。あの時、境華の体は。
「あの術は、初めてでした」
三途の川に送ったあの術。そう……あの術を、境華の時の『西海龍王』は使えなかった。
「ああ、もちろん、遺体を飾るとかそういう趣味はありませんのできちんと埋葬しましたから」
「いや、うん、ありがとう。そこはあんまり心配してなかったかな……一応」
神様だから、遺体の保存とか出来そうなのが怖いけど……うん、やってないと言うならやってないのだろう。というか、「ここに境華が居るんですよ」とか言われて見せられる方が怖い。
「もっと早く術が使えれば良かったですよ。そうすれば、境華を失わずにすんだのですから」
「『西海龍王』……」
「そう……そうすれば、境華をこの手に取り戻して、二度と外に出さずに安全な場所に置いて……外など忘れるぐらいに、大切に大切にして」
「違う、あれは境華が望んで」
「いえ、私が代わりにやれば良かったのです。境華の心を煩わせる者達をこの手で」
「『西海龍王』!!」
それ以上言わせてはならないと、大きな声で叫ぶ。
「そんなの、絶対に駄目!もしそんな事になったら、境華は一生自分を赦さなかった」
「鏡華」
「『西海龍王』、境華はね、そんなに良い子でも何でもないの。友人を助けられなくて、そんな自分が腹立たしくて、何かのせいにしたかった、何か別の物にぶつけたかった。その結果が復讐。そう、友人の為に復讐した。でもね、結局は境華は自分の為にしたの。自分が楽になる為に、自分が楽になろうとして、一番手っ取り早いのを選んだの。それで、残された人達がどんなに悲しむかなんて考えもせずに」
考えなかったわけじゃない。でも、結局境華は復讐という、逃げ道を選択した。助けられなかったから、守れなかったから、死なせてしまったから。だから、友人を殺した相手を殺す。そんな大義名分の元に多くを殺した。
人によっては、相手の所行から殺して当然と言う者も居るかもしれない。殺さなければ殺される事だってある。けれどーー実際にそれを実行していいのか?という問いには、「駄目」という答えを出すだろう。
でなければ、正しければ何をしても良い事になる。では、その正しいは誰の基準になる?
法律では殺人を禁じている。
なのに正しければ殺していいとなれば、その法律に矛盾する。
そんな事になれば、法律は意味を成さないものとなり、それこそ秩序も倫理も全てが崩壊するだろう。
そして何よりも、誰かを殺す事により、残された者達、そして殺された者達にもまた居るだろうその者達を大切に思っていた存在を悲しませる事になる。
境華だって考えなかったわけじゃない。
考えて、考えて……そして選んだ。
身勝手で、傲慢で、自分が楽になる方法を選んだ。
周囲を傷つけると分かっていて。
残された者達が苦しむと分かっていて。
警察も捕まえられない。
一族も表だって動けない。
協力者である権力者達も手をこまねいて見ているしかない。
だから、私が動く
そうやって、自分を正当化させて。
行かないでという手を振り払った
そんな境華の起こした事に、『西海龍王』を巻き込むなんて冗談ではない。
「絶対に駄目だからね!『西海龍王』がそんな事をしたら、境華は自分を絶対に許せないっ」
そこまで一気にしゃべった私は、それ以上息が続かなくなり大きく呼吸をした。何度も、何度も。
そうしてようやく呼吸が収まった所で、その異変に気づいた。
……なんだか、後ろがガヤガヤしている?
「……」
確かにチラチラという視線は感じていたが、今はガン見。というか、驚愕の視線でこちらを見る、店員、お客の皆様。
「あの、もしや『西海龍王』様でございましょうか?」
いつのまにか来ていた店長と書かれた名札をつけた男性が、代表するかのごとく声を上げる。
「そうですが」
次の瞬間、その場にどよめきが上がった。
店長が慌てて特別室をと叫び、店員達が右往左往する。客達も「嘘っ」とか「龍王様?!」とか騒いでいる。女性客達が、男性客達の視線が『西海龍王』に集中し、その視線はどんどん熱い物となっていく。
え?指輪つけてるよね?
ってか、なんでバレた?
「いえ、あれだけ『西海龍王』を連呼されればバレますね」
「え、あ、嘘?!」
そうだ……大きな声で叫んだのは私だ。とんだ失敗に青ざめていると、彼がクスクスと笑った。
「気にしないで下さい。どうせ、バレるのは時間の問題でしたし。この指輪も美貌は隠せても、神力までは隠しきれません。気づく者達は龍王の神力に気づいた筈です……いえ、既に気づき始めていた事でしょうね」
「あぅぅ……」
その後、特別室に案内された私達は、そこでいくつもの簪を見せられた。そして結局、私が手にした桃の花の簪と、高価な方の桃の花の簪を買うこととなった。
お代はいりませんっ!!と騒がれたが、「それでは商売にならないでしょう」と『西海龍王』は強引にお金を渡していた。
って、どこにそんな大金が入って居たんですか。