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水神が焦がれし乙女  作者: 大雪
番外編
10/22

~二人の出会いは~

場所は、『西海龍王』が宮殿ーー【美香殿】。

中でも、お気に入りの縁側でひなたぼっこをしている時だった。



「そういえば、境華さんと『西海龍王』の出会いってどんな感じだったの?」


 名前を名乗りあってしばらくして、清奈姉にそんな事を聞かれた。


「えっと……」

「ふふ、知りたいのか?よかろう」

「ちょっーー」


 止める間もなく、『西海龍王』が話し出した。


 あれは、忘れもしない春の日だったーー




 境華は獲物を探していた。

 山の中をかけずり回り、仕留めるは猪!!ーーだった筈なのに。


「……」

「……」

「……」


 茂みをかき分ければ、そこは濡れ場。

 黒髪黒瞳の幽艶な美貌の美姫が、がっしりとした男にのし掛かられていた。まあ、男も所謂イケメンだが、美姫に比べれば月とすっぽん。


 というか、『真の男』はそもそも女性を襲ったりしない。


 美姫は大きく股を開かされていた。その足の間には男の体が挟まれ閉じることが出来ないようにされている。

 少し視線を動かせば、乱れた着物の裾から見える白く美しい太股には男の右手が這わされている。胸元の合わせ目は男の左手が半ば引き摺り下ろし、そこから撓わに実った白桃が今にもこぼれ落ちそうになっている。



 ……確かに春は色々開放的になるけど。

 変質者が多くなる時期だけど。

 ってか、盛りの季節?



「なんだお前はっ!とっととどっか行け!」


 男がハンッとこちらを馬鹿にした様に高圧的に言う。命令しなれている態度だが、私は動かない。


「私と彼女の逢瀬を邪魔するとは本当に野暮な野郎だなっ!」

「……」

「怯えて声も出ないのか?……邪魔だ!つっ立てないでさっさと行けこの山猿!!」


 それでも動かない私に、男は懐から取り出した短刀を投げつける。


 はい、アウトぉぉぉ!


 キラリンと目を輝かせ、持っていた槍を操る。

 手を出したのはそっちだからね、そっちだからね!!


 心の中で叫びつつ、あっさりと男をねじ伏せたのはその五秒後ぐらい後だった。


「はんっ、口ほどにもないわね」

「こ、この野郎……」

「野郎じゃありません、私は女です」

「くそっ!」


 そこに、また茂みをかき分けてくる者達が。


「坊ちゃま、何かあーー誰だ貴様は!はっ、まさか坊ちゃまの未来の花嫁を狙う愚かものっ!出会え皆の者!」


 叫び声と共に襲いかかる男達。

 一体どこにいたのかと問いたい。

 けれど、倒してしまえば一緒だ。


「五十年後に出直してね」


 パンパンと手を払い、男達の体を積み重ねた後、私は彼女に手を差し出した。


「大丈夫?」

「その様な事は見れば分かる事です。この程度、私一人でどうとでも出来ました」


 声も、腰が震えるほど綺麗だった。

 でもーー。


「性格悪いね」

「何か?」

「ううん、それより私、あなたを助けた事は事実よね?」

「……そうですね。で、何か欲しいのですか?」


 溜息をつきこちらを見る美姫。

 どこか諦観した様な、物事を斜めに見ている様なーー。


 ま、でも私には関係ないしっ。


「猪の出るとこ知ってる?」


 今思えば、あれほどの美姫があんな山奥に居た事を不思議がる事をまずしなければならなかったと思う。

 というか、いかにも深窓の姫君が猪の出るとこなんて知ってる筈が無いーー普通。




「な~んで、私、そこまで思い至れなかったんだろ」


 回想から戻り、私は頭を抱えた。

 戻れるならばその時に戻り、助けた後は一言も話さずにさっさと逃げれば良かった。


「へぇ~、『西海龍王』ってその時から性格ひねくれてたんだ。甘さの欠片もないわね」

「何を言う!この甘く切ない出会いをそなたは否定するのかっ!その後、境華は獲った猪を分けてくれてのう」

「あんた神じゃん。食わなくても基本生きていけるでしょ」


 冷たい清奈姉の指摘にも『西海龍王』は動じない。


 まあ、その後何度も会う機会があってーー主に、狩りでーーで、家が龍を奉る関係で『西海龍王』の正体を知るに至った。


 んで、色々とあって、色々とあって。


「お友達で居ましょうって言ったんだよ、最初は」

「駄目だったのね」

「お友達ではなく、我はそなたを妻にしたかったのじゃ。ああ、境華こそ我の初恋」

「遅すぎる初恋ってこじれるって言うものね」


 拉致、監禁、海国に保護されてからもロクデモナイ者達に狙われ続け、人間界に降りてからもそれは続いてきた『西海龍王』は初恋というものをしていなかった。


 むしろ、男嫌い。

 え?そこは女だろう?

 もちろん、女も苦手だったーー一部を除いては。

 というか、人、神嫌いだった。



『龍王、それは恋に恋をしているのよ』


 と、境華なりに優しく諭した事もあったが、全く聞き入れなかった。

 そう、気のせい、思い込み、思い違いで済ませようとしたのに。



 境華は、巫女になりたかった。

 それも、神の花嫁の方ではなく一生処女のまま生きる方の。


 そもそもの悲劇は、境華は女にしてはあまりにも逞しすぎた。

 別に筋肉隆々などではなかったが、復讐を誓った彼女は色々な武芸を習得し、気づけば婚約者さえノシてしまうほど。


『俺、男と結婚する気はないから』


 婚約者は、可愛らしいお姫様の様な綿菓子とリボンが似合う子と結婚した。

 それは境華なりにかなりショックで、どうせ復讐を遂げた所で満足な生活を送れるわけもないと、一生独身で過ごす決意をしていた。


 そこに、求婚してきたのが『西海龍王』だった。


「大変だったんだよ」


 求婚される前から、『西海龍王』を狙う者達に邪魔者として攻撃され、求婚された後は本気で命の危機を覚えた。


「付き合いやめなよ」

「行かなかったら町まで出てくるんだよ。その後は、余計に『西海龍王』に懸想した男性に襲われて」


 しかも、町中でも『西海龍王』は男達に襲われていた。

 人型が傾国の美姫だから。

 一度なんて……いや、何度も権力者に攫われかけた事もあったし、結婚式をあげさせられかけた事もあった。

 監禁?そんなのいつもの事だった。


 その度に、何度神有家にお世話になった事か分からない。

 権力者達もさすがに神有家には逆らえなかったから。


「へ~、襲われたのね。『西海龍王』、あんたどんだけ迷惑を」

「なぬ?!そなたを襲う不届き者達が居たのか?!許せんっ」

「いや、目当ては『西海龍王』だけですから」


 しかし『西海龍王』は聞かず、ギュッと私を抱きしめた。

 それも、大人バージョンで。


 艶やかな黒髪が、白い着流しの上に広がる。

 ふつくらとした濡れた紅唇が、私の額に触れた。

 ああ、殴りたくなるほどの美女だなーーうん。


「あ~、私お邪魔だから行くわ」

「達者でのぅ」

「あ、手を出したら殴るから」

「んな?!」


 まだ結婚は認めませんと忠告する清奈姉が部屋を出て行く。


「くぅぅっ!二十歳まで手を出したらならんとは!なんたる仕打ちっ」

「人間界の成人は二十歳ですから、大部分では」


 神様の世界ではどうかは知らないが。

 と、『西海龍王』の額がポンっと私の肩に乗った。


「『西海龍王』?」

「……早く、貴女が大人になればいいのに。そうすれば、ずっと共にいられる」


 口調が、戻る。


「ねぇ、どうしていっつもあんな話し方なの?」


 特徴ある話し方。

 古来の姫君の様な口調。

 まあ、見た目も姫君だけど。


「嫌ですか?」


 どこか不安そうな声。

 不安そうな眼差しがこちらを見ている。


「嫌じゃ無いけど」

「鏡華が望めば、どんなタイプでも演じてみせますよ」


 監禁され、男達の玩具にされてきた『西海龍王』は彼らの望むお姫様を演じ続けてきた。だから、どんな所作も思いのまま。


「そっか……」


 自らは何も選ぶことが出来なかった神生。

 海国に保護された時、彼はどうやって生きていけばいいか分からなかったという。


 操り糸から解放された人形は、操られない生き方を知らない。


 でも、知らないなら覚えていけば良い。


「面白いから色々見たい」

「そういう答えを頂いたのは初めてです」


 慰めるのでもなく、何をするのでもなく。


「大丈夫よ、人間だって色々な顔があるし」

「では今のままでいます」

「そっか」


 その話し方も好きだよと告げれば、『西海龍王』は晴れやかに笑う。


「それより、鏡華」

「ん?」

「名を呼んでください」

「え?」

「ここには私達しかいませんから」


 二人だけの時に呼んで欲しいと言われた。



 その名前はーー

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