プロローグ
走る。
走る。
走る。
見てしまった。
気づいてしまった。
どうして、どうして、どうして。
ああ、どうして。
なんで。
だって、あそこは。
命を助ける場で、死んでいった友。
でも、どうにもならない。
どうにも出来ない。
だって。
私は余りに無力だからーー。
「いくのですか?」
「うん」
祠に置かれていた刀を手に取る。
これは、先祖代々伝わる刀。
それを手に、今、私は行く。
すると、心配そうにこちらを見ていた相手がハラハラと涙をこぼした。
「ちょっ」
「考え直してくれませぬか?なぜ、そなたが危険な場所に赴かなければならないのですか」
「……ごめんね」
「謝るぐらいならっ」
美しい衣を身にまとい、白い肌に真珠の様な涙をこぼしながら叫ばれる。男、いや、女でさえ激しい庇護欲がわき上がりそうな姿は、傾国の美姫すら足下に及ばない。
長い、地に着きそうなほどの黒髪は艶やか。
赤く濡れた唇からは、行かないでとの言葉が紡がれ続ける。
それでも、行かなければ。
「でも、私は行く」
「っーー」
「だって、決めたの。私は……私は」
何も出来なかった子供時代と今は違う。
「あそこはもう駄目。いつまでたっても、変わらない」
昔からそうだった。自分達が産まれるずっと前から。そして今もずっと同じ事をし続けている。強力なバックを得て、これから先もずっと同じ事をしていく。
「しかし、もし成功してもそなたは」
「大丈夫。私は仮にもーーだよ?それに、これは一族の勅命」
正確には、一族にかけあい、勅命という形でもぎ取った。いや、実際には切り捨てられても良かったが、勅命とする事でこちらの命を守ろうとしてくれた事を私は知っている。
「行くな……行かないでっ!」
「行くよ、私は」
「ならば、せめて私と」
その言葉が出る前に、私は彼の唇を指で塞いだ。
「駄目」
「っ……」
「それは駄目。私は、自分のやる事が正しい事とは思えない。だって私は」
人の命を奪いに行くのだから
「あ~あ」
全身血まみれになりながら。
自分の血が、水に全て吸い込まれていくのが早いか。
それとも、炎で焼き尽くされるのが早いか。
逃げ場の無い、炎で囲まれた中で思う。
ただ分かるのは。
「まあ、いっか」
彼が聞けば、良くないーーとまた泣くだろう。
そう、分かり切っていた筈なのに。
「約束……破っちゃうね」
流れ出る血は命の水。
もう、残り少ない。
それでも、やり遂げなければならなかった。
全員、殺した。
もはや、人としての心は失い。
そこには居たのは、ただの『バケモノ』。
桃の花弁が見えた気がした。
「……あ~もう、仕方ないでしょう」
守れない約束。
なのに、それでもしたのはーー
ゴホゴホと血を吐く。
もう、時間が無い。
後はーー
ガクリと膝を突く。
刀を握る手から力を抜き、そのまま体を包みこむ感覚に身を任せる。
これが最後。
だから、祈ろう。
せめてこの先、ここに建つだろう病院が
多くの人を救ってくれる事を