背水
時の流れには逆らえない。
進み始めた物語も、死にかけの人間も、
誰にも気付かれないまま終わっていくことなんてざらにあるんだよ。
どうやら僕には本気で殺意が湧くと発動できる魔法があるらしい。
さっきの戦闘がそうだ。
生まれて初めてあんなに殺意というものを漲らせた気がする。
「……ふう」
でも、アイロニの件もある。だから魔法の発動条件が殺意だけと決めつけるのは早計な気がする。
「魔法はイメージじゃなかったのかよ……」
さっきみたいな魔法は今はもう使えなくなっている。
ほんの数分前だ。イメージすることぐらい僕にだってできる。
しかし、使えないのだ。
「というか今はそんなこと考えてる場合じゃないよね。
僕、一人ぼっちになっちゃったんだし」
意外と心境は落ち着きを取り戻していた。
さっきの戦闘のおかげ、ではないがそのせいもあって落ち込んだ気分はすっかりどこかへ消えていた。
ぐ~、と腹が鳴った。
「おなか空いたなぁ。食べ物あったっけ……」
バンディーノとの戦闘など忘れ、さっさと冷蔵庫を探しに行く。
一階にある冷蔵庫の中を覗くと、中に何も食べ物が入っていないことに気付く。
「……そっか。母さん、夕飯を用意してたんだっけ」
いつも家族みんなで食事をとっていたテーブルには、母さんが作ったであろう料理が五人分並べられていた。
僕は、いつも食べていた定位置に座り、
「いただきます」
たった一人で夕食を食べ始めた。
「…………」
喋ることはない。
喋る相手がいないんだから当然だ。
『お兄ちゃんそこの醤油とってー』
聞こえるはずのない声が、聞こえる。
『アルト、今日の試験どうだった? ママ的には失敗してばっかりのアルトのほうが可愛くて好きだけど』
『母さん、アルトだって頑張ってるんだからそんなこと言うんじゃないよ』
『フフッ、でもアルトを見てると昔のあなたを見てるような気がしてならないのよ。
どこか不器用で、でも自分で決めたことは最後までやり遂げる。ほら、あなたそっくり』
『母さん! 子供たちの前でそんなに褒めるのもじゃない』
『あら? それはごめんなさい』
『とーちゃん顔真っ赤だよー?』
『……むぅ』
「やめてよ……」
『アルト? どうしたの、そんな暗い顔して』
「……てない」
『ほら見ろ! アルトも恥ずかしかったんだよ! そうだよな?』
「そん…な……」
『にーちゃん早く食べ終われよー。あそぼーぜあそぼー!』
「……っ!」
『お兄ちゃん、泣いてるの?』
「やめろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
限界だった。
父さん、母さん、妹と弟。
本当なら訪れるはずだった未来。
そんなもの、ただの幻想だというのに!
「そうだよ……もう、父さんも、母さんも……」
イナインダ――――
それからまるまる一時間近く泣き続けた。
その時間の中で、だんだんと消えていくんだ。
幻想が、現実へと書き換えられるんだ。
僕は、それが嫌で嫌で仕方なく、必死になって泣いた。
☆
「支度は……これだけで十分だよね。……よしっ!」
僕は気持ちを入れ替え、少ない荷物を持ち上げた。
「この家とも当分お別れだ」
この家には思い出が多すぎる。
それだけで、決断するには十分だった。
ォ。――
「あっ……アルト君!」
どこかで聞いたことがある声だと思って声の聞こえた方に目をやった。
「君は……マリナ!」
「やっほ、念話しても反応してくれないから……来ちゃった♪」
まったく。マリナさんは元気な人だ。
まぁ僕も元気さだけは負けないけどね。
「……? アルト君、なんで泣いてるの?」
「えっ!? そんな、僕泣いてなんかないって……」
「だって、さっきからボロボロ泣いてるよ?」
「そんな、わけ……」
泣いてない。
それを証明するために僕は目元をこすった。
アレ……?
「なんで、涙が……」
僕の目じりには涙が溜まっていて、まるでダムのようなそれは今にも決壊しそうになっていた。
そんな、なんで涙なんか出るのさ! 僕は別に悲しくなんか……。
「アルト君……」
マリナは僕を優しく抱擁した……ってちょっと!?
「な、なにしてるの!? 恥ずかしいって!」
「……アルト君が何で泣いてたか、私わかるよ」
「えっ」
マリナはそのまま囁くように続けた。
「あなたは別に悲しいんじゃない。むしろその逆、嬉しかったんだよ」
「嬉しかった……? そんなわけ、ないよ……」
そう確信しているはずなのにどうにもちゃんと言い切れない。
それが、今はとて、ももどかし、い。
「……じゃあ言うつもりはなかったけど、言うね。
あなたさっき私が来る前に何をしようとしていたか覚えてないでしょ」
えっ、そんなこと覚えてるに決、まってるじゃない、か。
「僕は旅に出、よう、としてたん、だ……あれ? なんかおかしい……」
「やっぱり」
「やっぱりって、なんだよ」
「あなたはね、自分の家を壊そうとしてたのよ。自分の手で」
「っ! そんなわけないっ!! ここは僕たちの大切な………!」
「じゃあ、自分の目で確かめてみなさい。しっかりと、気を確かにもって」
「有り得ないって……そんな……」
ちゃんと僕たちの家を見据えた。
……やっぱり、何もお、かしいも、のはない。
「全然おかしいことないじゃん。どうしたって言うのさ」
「はぁ。可哀想な子……目を覚ましなさい! あなたが見ているのはただのイメージ。自分がそうあってほしいと願った光景よ!
思い出しなさい現実を。帰ってきて! お願い!!」
イメージって……僕はまず魔法が使えないんだって……。
でもそれじゃあさっきの戦闘で使ったあれは何だったんだ? あれ?
さっきの戦闘って、なに?
「うぅ……頭が、痛い!」
「戻ってきて! そうだ! 実際に触れてみて! あなたが傷つけた箇所を! それが一番早いかも!」
「傷つけた……箇所?」
「そう! ほら、わかる!?」
マリナが僕の手に触れる。
そのぬくもりは、まるで幻想のように思えた。
「マリナの手。あったかい……」
「そんなこといいから、さあ!」
「ちょ、マリナ? そこは壁だって!」
マリナは僕を壁に向かって突き飛ばした。
ぶつかるって!!
「……あれ? あれれ?」
痛く、ない。
それどころか、僕、今……壁に……!
「今あなたがいる箇所はあなたが自分の魔法で抉り取ったとこなの。どう? そろそろ理解してきた?」
「……僕が、魔法を使った?」
マリナが呆れたようにやれやれと首を振った。
あれ? 僕今壁の中にいるはずなのになんでマリナの状況がわかるんだ?
「いい加減気付きなさい。
あなたは、自分で自分に魔法をかけて自らの幻想に囚われているのよ」
「………………………………………………………………………」
もう無理か。
「どうしたのよ、急に黙り込んで……」
解ってた。
「アハッ」
気付いてた。
「ハハ……」
でも、仕方なかったんだ。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハアハハハハハハハハアハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハ!!」
僕の幻想も砕かれちゃった。
もう、なんにも残ってないね。
「そうだよ! 僕は思い出であるこの家を自分の手で完全にぶち壊すことで僕という魂を支配しようとした!
僕は弱い、肉体的にも精神的にも魔法力的にも! ……そんなんじゃ駄目だ。復讐するんだよ! 僕から大切なものを奪っていった連中全員を!
そのためにはこんな弱い僕はいらないんだ。
さっき泣いてたのだってそうさ! マリナの言うとおり僕は嬉しかったんだ!
こんな弱い僕とおさらば出来る。憎たらしいやつらに復讐できる……ってね!!」
「違うよ」
「――――はぁ?」
僕の意思全てを否定するかのごとく、マリナは言い放った。
「アルト君は、止めてほしかったんでしょ?
ただ、間違った道に進んでいることをわかっていながらその道しか選択できない自分を。
だから私が現れたときあなたは泣いたの。
嬉しかったんでしょ? 止めてくれる人がいたって、喜びたかったんでしょ?」
「違う! 僕は……僕はっ!!」
「もういいの、これ以上自分を傷つけないで」
僕は再び、その暖かさを全身に感じた。
その温もりは、人を穏やかにする作用でもあるのだろうか。
「あなたがしなきゃいけないのは復讐なんかじゃない。
そんなことはどっかの誰かが勝手にすることで、あなたじゃ役不足よ」
「そう……かな……?」
「そうよ。あなたが本当にしなければいけないことは何?」
それは……。
「王都に連れ去られた弟と妹……残された家族を助けだすことだ!」
「そう……私も、ついて行っていいかな?」
そんなの、きまってるじゃん!
「もちろん! むしろ来てくれてありがとう!! 改めてよろしくっ、マリナ!」
「やりたいようにやった結果がこれだよ」
どうも、おはこんばんちわ。
最近やっぱ作家さんはすごいなと思うんですよ。
これ書いてると特にですね、ハイ。
こんな拙い文章をまともに読んでくれる人が何人いるのでしょう?
てゆーか後書きって何を書いたらいいのかいまだにわかんないんですよね(笑)
本来の目的のために歩き始めた二人。
一人は家族を救うため。
一人は己が興味のため。
そんな二人に第一の試練が襲い掛かる……。
次回!「宿もねぇ、アシもねぇ、おめーに食わせる飯もねぇ!」
うぅ~冬はやっぱり冷えるねぇ