魔法を使うということ
「求めたものほど手に入りにくい。まったく、皮肉な世の中だぜ」
幻想的な幾何学模様が部屋全体を覆う。
その圧倒的な光景に僕は息を呑んだ。
「どうしたアルト=ランドレット。ボクの魔法を目の当たりにして怖気づいたかい!? ボクだって曲がりなりにも教会の人間なんだ。これぐらいの魔法、朝飯前さ!!」
知っている。
この模様は……。
「召喚、魔法……!」
「なんだ、よく知っているじゃないか! 正解だ」
幾何学の魔法陣からは既に生物のようなものが顔を出そうとしていた。
「さあ出て来いアイロニ! キミの新しい友達だよ」
「ト……モ、ダチ……」
アイロニと呼ばれた召喚獣がその姿を現す。
「何だ……コイツ…………」
「何だ、とは酷いじゃないか。友達だろうキミたちは」
「はぁ? お前、何言って……」
「ギギギ…………」
異形だった。
薄い紫色の幼児のような体形で、しかし二本足で立っている。
頭は半分欠け、腕は普通の二倍はある。
幼児のような体からは気味の悪い瘴気のようなものが漂っている。
見ているだけで気分が悪くなる。
「アイロニ、遊んでやってくれ。アルトはキミと楽しい遊びがしたいんだっ て」
「アイロニ…アルトト…………アソブゥゥゥッッッ!!」
アイロニの視線が僕を捉える。
悪寒がした。
アイツは、シャレになってない……!
「アアアァァァソオオオォォオオォブウウウウゥウウゥゥゥゥゥ!!!!」
アイロニが僕に向かって突進してきた。
予想以上のインパクトだ。
「くそっ! うまくいってくれよ!」
自分が魔法を使っている光景を構成する。
属性は火、あの瘴気のようなものが可燃性だったら相性は良い筈だ。
しかし、そうじゃないとしたら……。
「そんなこと気にしている場合じゃない! 出ろおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
精一杯力を込めて手のひらをアイロニに突き出す。
僕のイメージだとそこから家全体が焼けるほどの炎が噴出する。
「アチッ!」
結果は、バンディーノにちょっとした火傷を負わせだたけだった。
「だめだ!! やっぱり魔法じゃ勝ち目がない!」
やがて僕の手から出ていた申し訳程度の火の粉は鎮火した。
僕は、魔法がまともに使えない。今日ほどそれを痛感した日はない。
「ヒアソビスルノ?」
いつの間にか後ろを取られていた。
本能的恐怖を感じた。振り向く暇はない。
「まずっ……!」
僕はアイロニから距離を取るために前方に飛ぼうとした。
「ニガサナイヨ」
アイロニは僕の足を掴み、そのせいで僕は床に叩き付けられる。
反応が遅かった訳ではない。
ただ、アイロニの腕が僕の知ってる腕より長かっただけ、
「ヒアソビスルゥゥゥゥゥゥーー」
ただ、それだけで、僕は生命の危機に追いやられる。
「嫌だッ!!」
そんなの認めない。
僕のイメージの塊。
それは僕の危機という現実を否定し、拒絶する。
刹那、
「ギャアアァァァァァァァァァァァ!!!! イタイ! イタイヨォォォ!!!!」
アイロニが今までにないぐらい大声で奇声を発した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! アイロニ!? アイロニ!!!」
「今のは……僕の、魔法?」
アイロニの体は、四本ほどの光り輝く槍に貫かれていた。
「おのれっ! よくもボクのアイロニをこんなにしてくれたなァ!!」
バンディーノがバラバラになったアイロニを抱えて僕に怒りをぶつける。
僕だって……。
「それはこっちのセリフなんだよ!! よくも僕の父さんと母さんを!!」
殺してくれたな。
その言葉が出る前に僕は近くに散らばっていたガラスの破片を持ってバンディーノに向かっていた。
「死ねェェェェェェェェェェェェ!!!!」
バンディーノの召喚獣がいなくなった今、チャンスはここしかない!
しかし、
「甘いんだよ! そんな小細工でッ! このボクがッ!! 死ぬわけないだ
ろッッ!!」
急所を狙って振りかざした僕の攻撃は、そのすべてが躱され、逆にバンディーノの拳が僕の顔面を襲った。
「痛ッッ! このっ!!」
膝が地面につきそうになるのを必死で耐え、バンディーノの鳩尾に僕のパンチをめり込ませる。
「グァアアッッ!!」
まだだ、足りない。
イメージしろ、バンディーノに重たい一撃を与える方法。
目の前のコイツを、殺す方法を!!
瞬間、バンディーノがアイロニを抱えて泣き叫んでいた光景が浮かんだ。
その時、僕はバンディーノを……。
☆
「バンディーノ、終わりだ」
「何を馬鹿な、ボクは……」
バンディーノはさっきまで激痛が走っていたはずの鳩尾が、急に痛みを訴えなくなったことに違和感を抱き、確認のため鳩尾に目をやった。
「あれ? 鳩尾は……?」
バンディーノは目を疑った。
彼が鳩尾だと思って目をやった先は、床下だったのだ。
「ここだよ。お前の鳩尾」
バンディーノは声の聞こえた方を向いた。
その声は、随分と上のほうから聞こえた。
そのことにバンディーノはさらなる疑問を浮かべる。
声の主がアルト=ランドレットだということはすぐわかった。
しかし、自分より背の低い筈のアルト=ランドレットの声がどうして自分の頭より上から聞こえてきたのだろうか。
「あぁ……そういうことか…………」
だが、そんな疑問も、声の聞こえた方を見ただけですぐに解決した。
簡単な話だ。
「ボク、負けちまった……の…かっ……」
バンディーノは自分の胴体を眺めたまま、絶命した。
更新でございます。
初めての魔法戦なのにほとんど魔法関係なくね?
そう思った人は僕のツッコミ心理とシンクロ率400%です。
さてさてバンディーノを倒したアルト君。
彼が次にとった行動とは?
次回! 『背水』
ふう、週一でやって完走できるのだろうか……。