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悪意の中の真実

 グラスト商会本社ビル。

 現在このビルにはまるで人の気配がない。

 理由は一つ、ある人物を輸送することに人員のすべてを割いてあるからである。


 ただ輸送するだけに全員でかかる必要があるのか?


 少なくともグラスト商会のトップ、ミロ=ティアトゥルースにとってはその必要がある要件だ。


「そういや、あの成年男子君はどうなってたっけ?」


 ミロは傍に控えていた部下に訊ねた。


 しかし、部下が答えようとしたところで


「いや、やっぱいいや。今となってはもう終わった話だ……忘れてくれ」


 部下にそう伝え、ミロは悠々と歩き出した。

 突然の行動に驚き、部下はミロに声をかける。


「あの、どこへ……」

「我が家の中に入ることに、理由なんて必要か?」



 とあるトイレの一室で、ネックは便器へと腰を降ろしていた。

 特に便意はないので、便器のふたは開いていない。


 空気洗浄機はゴゥンゴゥンと稼働している。

 そのためか、このトイレは無臭。清掃も行き届いている。トイレまで清掃が行き届いている施設は清潔感がある。個人的には好感が持てる。


「地の文が感情を持ったら駄目だろ。何はともあれでかしたぞおっさん! やつらから一時的とはいえ離れることに成功したぜ!」


 ネックは今後の計画について考えた。


「取り敢えずはおっさんと合流しないと……」


 ネックはトイレのカギを開け、ドアを開けた。

 すると、扉の前には銃を装備したグラスト商会の見張りが立っていた。


「おっ! ウ○コし終わったか。それにしても流してなかったみたいだけど、どうした?」

「あ……」

「あ?」


 ネックのいたトイレは魔法による爆発の光に包まれた。



                ☆



 ビルの一階を歩いていたミロは、爆発の音を耳にした。


「これは……七階のトイレからか!」





「こっ、この爆発は!?」


 アスランは、某階のトイレでネックと同じく便器に座り、長考していた。


「こうしてはいられない! 早く向かわないと……」



 アスランも、トイレから颯爽と外に出た。


 外に出て社員用のフロアに入ったアスランは、ある音を耳にした。

 その音は、もぞもぞと何かが動いているような音で、アスランはその音の正体が気になってしょうがなくなっていた。


「あそこの奥からか……?」


 アスランは、その正体を目撃する……


「なっ……何故、君がこんなところに……!?」



                ☆



 ネックはエレベータに乗って最上階を目指そうとしていた。


「とは思ったものの、エレベータってこのビルにあるのかねぇ」


 彼の現在地は七階社員フロア。

 ちなみにこのビルの最上階は三十階で、ネックもアスランもこのビルがグラスト商会の本社だとは知らない。


「こーゆー会社みたいなビルってのは、どこかに地図とかねーのかな?」


 社員のデスクを見ても、壁に貼り付けられているチラシを見ても状況を把握することができない。


「ここにいても仕方ない。爆発に感づいて追手が来るかもしれない。早めに屋上まで行かねえと……」


 ネックがどうして最上階、屋上を目指しているかは、彼の計画に理由があった。


「高いところからなら、このモアグリード全体を見渡せるほどの高度の場所なら……アレができるかもしれないしな」


 この時、ネックはある音を耳にした。


「なんかデジャヴな展開のような……」


 その音は、遠くでブーブーと一定のリズムで鳴っている。


「この音……あっちからか!」


 ネックは音の鳴るほうへと向かった。

 そこには上にあがる階段があって、音の主は、


「こりゃあ、携帯か? 誰のだろう……」


 ネックは図らずして携帯を開いた。

 普通は許された行為じゃないかもしれないが、今回ばかりは開いて正解だったかもしれない。

 携帯にはメールが届いていた。


『私は、彼らの潜在力に懸けてみることにした。詳細は次にまたメールする』


「この送り主は……!!」


 ネックは送り主の名前を見て驚愕した。


「あの野郎、何が懸けてみる、だ……バカにしてんのか?」

「それは、僕から説明させてください」


 ネックは、誰かから話しかけられた。

 振り返る前に一旦思考する。


 まず、このビルに人の気配は無かった。ネック的にこの展開でモブが出るとは思っていない。だから、背後の人物は単なるモブではないだろう。


 第二に、背後から話しかけてきた人物は丁寧口調だった。そのことから背後の人物はグラスト商会の人物ではないと予想できる。


 最後に、これもネックがそう思っただけだが、心なしか背後には二人いるように思えた。


「(この三つから導き出される答えは……一つ!!)」


 振り返りざま、ネックは魔法陣を自分の正面に展開して、叫んだ。


「何者だゴルァアァアアアアアアアアアアアア!!!」


「やあネック。君のおっさん、アスランだよ?」

「だいぶ前に登場した、青年(名無し)です」

 

 一瞬、時間が制止したように思えた。


 ………。


「えっ?」



                ☆



「つまり何か?

 

俺が見つけたこの携帯は、実はお前(青年)ので、お前はグラスト商会に身柄を拘束されていて、ここはそのグラスト商会の本拠地ってわけか」


 ネックは説明口調で聞いたことを改めて言い直した。


「説明ご苦労ネック」

「ご苦労様です」

「うん」


 ネックはふと疑問に思った。


「つーかお前、ロバートの助手的な人だよね? なんでこんなところにいんのさ。あとこれ」


 ネックはメールの送信欄を開いた。

 そして、あるメールを皆に見せるように向けた。


「『あいつらの身柄を差し出せば、ロバートさんだけなら助けてくれます! ガーデンの造船場で落ち合いましょう』このメール、お前が送ったってわけだよな?」

「そっ、それは……」


「それは、俺様が説明してやるぜぇー!!!」


 ロバートの助手の言葉を遮るように男の声が聞こえてきた。


 男の声は、グラスト商会のトップのミロのものではなく、同様にロバートのものでもない。

 だから、彼が誰なのかは直接聞かずとも理解できる。


「だが……」


 しかし、理解できたところで次に起こることが変わるわけでもなかった。


「説明するのは、俺様がお前たちをぶちのめした後になるんだがなァァァァァ!!!」


 男は、ネックたちに振り返る隙すら与えずにマシンガンを乱射しだした。

 しかし、その弾丸の一発でも食らってしまったら戦闘不能になるどころか、ただの人間であるネックとアスランにいたってはそれだけで命を落とすことすら難しい話ではない。


 結果的に、ネックとアスランは己の持てる最大限の対策を講じるために驚くべき反応速度を発揮した。


 弾丸が彼らの背中を捉えようとしたとき、アスランはサイコキネシス、ネックは幾何学模様の魔法陣で弾丸の威力を殺す。


「ッ!? お前ら……どうやってマシンガンを避けやがったァァァァァァァァァァァァアアア!!!」


 自慢のマシンガンがあっという間に攻略され、激昂した男はサバイバルナイフを右手に構え、一番近くにいたネックに突進してきた。


 叫び声をあげ突進してくる男にネックは怯むこともなく、背中を向けたままゆっくりと立ち上がった。


「それは――」


 ネックの背中には、魔法陣が展開されたままである。

 その魔法陣は、男が近づけば近づくほどに光を強くしていき、


「お前をぶちのめした後に説明してやんよ」


 男と魔法陣の距離がゼロになったときには既に、決着はついた。



                ☆



「ほーん。で、お前が知ってることはそれだけか?」

「ふぁ、ふぁい……そうれす……」


 いきなりマシンガンをぶっ放しては状殺された男は、見事なまでに顔を腫らして正座させられていた。


 いつの間にか口調も敬語である。


「いや~それにしてもいきなり命の危険を感じて、今度こそヤバいか? って思ったけど……僕たちって結構しぶといよねぇ」


 のほほんとアスランがそんなことを言うが、忘れてはいけない。彼はただの探検家である。それ以上でもそれ以下でもない。


「本当に、魔法というのは便利なんですね。マシンガンを乱射されたときは耳を疑いましたよ本当に」

「おっ? 回文か?」

「いえ」

「……まあ、あの時に冷静さが少しでも欠けていたらお陀仏だったかもしれないな。このカスみたいなやつのせいでよ」

「冷静さ……ですか?」

「そうだよ。魔法ってのはイメージで成り立ってるんだしな。イメージする脳が機能してなかったら使えないんだよ、魔法は」

「はぁ……」


 ロバート助手は曖昧気に頷いた。魔法を使えない身としてはいまいちリアリティに欠ける話だから、そうなるのも無理はないかもしれない。


「と・に・か・く! コイツの話が正しいんならロバート助手の携帯の送信欄にある『あいつらの身柄を差し出せば、ロバートさんだけなら助けてくれます! ガーデンの造船場で落ち合いましょう』ってメールはグラスト商会が偽装して送ったってことで合ってるのか?」

「ぎっ、偽装? そんなこと俺は知らねえですよ! 言いがかりだ!」

「あん? じゃあやっぱりロバート助手テメーが送ったのか!?」

「あっ、ロバート助手じゃなくてアルスでいいです。自分の名前です」

「おっ、おう」


 ロバート助手改めアルスは「それと」といって続けた。


「確かに僕は携帯を奪われていました。その証拠もあります」


 アルスはネックから携帯を受け取り、送信履歴を遡った。

 そして、あるロバートへのメールをネックとアスランに見せた。


 メールの本文は、『今日、ツヤタでDVD返しときましたよ。かしこ』と書いてあった。

 

 その本文を見てネックとアスランは偽装されたと思われるメールとの相違に気付いた。


「そうか! 偽装されたらしいメールには本文の最後に「かしこ」はついていない、ということは!」

「そうです。僕はロバートさんへのメールはいつも最後に「かしこ」をつける習慣があります」

「つまり、例のメールはお前らグラスト商会がアルスに偽装して送りつけた。ということだな!」


 この時、アスランはふと思った。


「(さっきのアルスのメールの『かしこ』……あれって確か、普通は女性が使うものだったような……)」


 アスランはアルスを横目で見た。


「(一見男のように見える風貌。だが、しっかりと観察すればその華奢さが理解できる……いや、よく見たら顔だって中性的ではないだろうか? これは、やはり……)」

「……何じろじろ見てんですか」


 挙動不審になりかけていたアスランの行動はアルスに気付かれてしまっていた。


「あ…いや、済まない。なんでもないよ」

「何やってんだよお前ら。早くいくぞ」


 ネックはいつの間にかグラスト商会の男を気絶させていた。


「行くって、どこへ? 僕らはここがどこかもわからなんだよ?」

「そんなこと決まってんだろ、おっさん。ロバートをぶん殴りに行く。結果はどうあれ俺たちが売られたことに変わりはねえからな」


 ネックがそう言って足を踏み出した時、


「その必要はないですよ。ネック君」


 本日何度目かの背後からの声。


 三人は、聞き覚えのある(・・・・・・・)声に耳を疑った。


「おっ、お前は……!!」


 そう。その声の主は、今から探しに行こうとしていた自称学者本人だったからだ。


「やあ、うまくいったようですね」


 ロバートは、三人の顔を見て、笑みを見せるのだった。



                ☆



 ロバートは、最初からメールが偽装されていることに気付いていた。

 ただ、気付いていただけで、どこの誰が偽装したかまではわからなかった。


 だから、相手の思い通りに動いて、騙されたふりをしていたのだ。


 苦渋の決断だった。ついさっき知り合った二人を裏切る行為は、二人が自分を信じていてくれたから、なおさら辛かった。


「二人の信頼を裏切るようなことをして、本当に申し訳ない……」


 ロバートは、頭を地面にこすり付け謝罪した。


「許されるとは思っていない。だが! 君たちなら大丈夫だ、と私は確信していた……それほどまでに君たちの魔法は強力だったから!! 君たちになら、助手を任せられると思ったんだッ!! 悪の手から、助手を助けてくれるだろうと!!!」


「ロバートさん……そこまで、僕のことを……」

「……立てよ、ロバート」


 ネックはロバートを立たせて、大きく息を吐いた。


 そして、


「バッカヤロォォォォォォ!!!」


 ネックは、ロバートの顔面を殴り飛ばした。


「俺はお前のことを感謝してんだよ!! こっちに来て、おっさんと二人だけだったら今頃どうなってたかわかんねぇ。助けてくれたのはむしろお前なんだよ!! そんなお前が、俺たちに謝ってんじゃねえよ!!」


 ネックは息を切らしながら続けた。


「……心配したんだぜ、ロバート……!」

「ネック君……私は……」


 二人は、和解したように思えた。


 その時、手を叩く音が響いた。


「はーいはいはいはい……キレイごとの言い合いはそこまでにしてくんねーかな?」


 若々しくはあるが、どこか威圧の利いたような声色。

 その男は、物陰から姿を現した。


「ようようロバートさんよ、あんたのせいでうちの部下たちが壊滅しちまったじゃねーか。どう責任とってくれるんだ?」

「壊滅……? どういう意味だよロバート」


 ネックは自分で殴り飛ばして倒れ込んでいたロバートを起こしながら、訊いた。


「私の直属の門下生です。学者たる者、有力な門下生を持つことは当たり前のことだよ」

「門下生ごときがやーさん相手にドンパチやれるなんて……死なないからってやりすぎだろ」

「その門下生さん、止めて下さりませんかねぇ。さっき泣いて飛びついてきたんだぜ? 助けてくださいボス~ってなァ……」


 グラスト商会のトップ、ミロは銃口をロバートに向ける。


「不死学を専攻してるロバート=フェンブルクさんならこの銃の特性……わかるよな?」

「……特殊鎮圧制御、しかもそれはさらに高圧型の……!」

「『沈黙弾』――文字通り対象の動きを沈黙させる」

「有り得ない……何故お前のようなマフィア風情がそんなものを……」

「これでも一応マフィアとかいうやつの最大手なんだぜ? うちのグラスト商会はな。そう考えると存外ありえない話じゃあねーだろ……で、話を戻すけどさ、どう責任とってくれんの?」

「さあて、どうしましょうか……ねぇ!」


 ロバートはミロの背後に向かって回るように走った。

 ミロは一歩遅れて銃弾を放つが、どれも命中しない。


「ネック君! いまだ!!」

「任せろ! 魔法力をためる時間を稼いでくれたから、一気に行くぜぇぇぇぇぇ!!」


 ネックは、溜めこんでいた魔法力を一気に解放させ、その魔法力は圧となってこの場の全員に降りかかった。


「さっき考えたオリジナル魔法『炎天の剣』!! カックイー!!」


 ネックの手に、灼熱の業剣が握られる。所詮高校生そこらの想像力なぞその程度なのだろうか。


「今何か地の文にめっちゃ馬鹿にされた気がする……だが今はそんなこと気にならないぐらい舞い上がっている!! 覚悟しろナンタラ商会! テメーは、俺がぶっ倒す!!」


 対するミロは、嗤っていた。


「くっくっく、ハハハハハ!! ガキがッ!! 舐めてんじゃねえぞ!!」

「いくぜぇぇぇぇッ!!」


 炎天の剣が爆発のような衝撃を発し、フロアを燃やした。


「変な技を使いやがって、沈黙弾で黙らせてやる!!」

「させるか!」


 ミロの弾丸は、ネックの炎剣に焼き尽くされ、まるで効果がない。


「チィ!」


 舌打ちし、ミロは懐の刀を取り出した。

 その刀は単なる刀ではなく、妙な瘴気を発している。


「あんまり使いたくはなかったんだが、なぁッ!!」


 

ミロが刀を振るうと、

炎剣から発せられていた炎が消滅した。

 有り得ない現象が起こった。そう言いたげにネックは驚き、バックステップで後退した。

 そして、もう一度炎天の剣から爆炎を発生させる。


「知ってるか? 影取りババアは俺たちの理解に及ばない術を使う……うちの部下も禁忌を犯して、何人も殺されてきた」

「……何が言いたい」

「お見通しなんだよ。マフィア舐めんな、お前の持っている炎の剣……それはババアの術と酷似している」

「それが、どうだって言うんだよッ!!」


 一向に真意を見せないミロに付き合い切れず、ネックは爆炎でミロを攻撃した。

 しかし、その攻撃は、ミロの刀の前では一切の効果を示さず、無力にも消失する。


「もうわかっただろ。この刀はババアに対抗する為だけに造った特別製、『鎖裂き』……効果のほどは伝わったかな?」

「そうか……対魔法力の物質で加工した刀ってわけね。どーりで俺の魔法が無効化されるわけだ……だがな、そんなこと関係ない」


 ネックは言葉を切り、炎天の剣を構え直した。

 そしてその切っ先から、チリチリと炎を放出させる。


「刀一本で俺の魔法を止められると思わないことだな。行くぞ!!」

「来い!! 正面から叩き潰して、グラスト商会の糧となってもらおう!!」


 結論から言うと、二人の勝負はたった一回の激突で決した。


 いや、正確には二人は激突すらしていない。

 ネックの炎天の剣は、ミロの鎖裂きに接触した瞬間に音もなく消滅してしまったのである。

 なので鉄どうしの打ち合う甲高い音など聞こえず、聞こえたのは、肉の切れる音と、勢いよく血の吹き出す音だけだった。


「俺の勝ちのようだな。ガキ」


 ミロは刀に付いたネックの血を振り払った。


「ネック!!?」

「大丈夫ですか!?」


 ロバートとアスランは急いでネックへと駆けつけようとしたが、ミロが三人の動きを制止する。


「人の心配してる場合じゃねーぞ? 次はお前らがこうなるんだからよ」


 ミロは三人のほうを見たまま、刀でネックを突っつきながら言った。

 当然アスランやロバートが、そんな行動を許せるはずもなく、


「お前……!!」

「あん? どうしたよ、おっさん。ガキの一人や二人やられたぐらいで――」

「聖痕転送!!」


 アスランは、ミロの言葉を遮ってとある魔法を使った。

 アスランの胸の辺りに、不可思議の痣が出現する。


 聖痕転送は、術者に聖なる痕を降ろし、その身に宿す術だ。


「っ!?」


 ミロはアスランが突然俊足で動き出したことに驚愕した。

 アスランは瞬く間にミロの懐に飛び込み、唱えた。


「――聖者はその拳を以って災厄を断たんッ!!」


 すると、アスランの右拳には小さな魔法陣のようなものが浮かび上がった。

 その浮かび上がった魔法陣を、殴り壊すように通過し、ミロに躱す暇も与えず腹部を殴打した。


「ごっ……!!」


 ミロは、小さな呻き声をあげ、宙へ浮かんだ。

 しかし、想像よりそのダメージは少なかった。


 その理由は、魔法陣が消失することで証明された。


「対ババア用の服だ! その程度じゃ、ビクともしねーぞ!!!」


 ミロは、宙に浮いたまま体をひねり、その勢いのままアスランを蹴った。

 その動きは、咄嗟に出た素人の動きではなく、確実にアスランの頭部顎辺りを打ち抜いた。


 だが、アスランは聖痕転送で身体機能を増幅させている。ちょっとやそっとの攻撃では致命傷にはなりえない。

 しかし、プロに近いレベルの蹴りをミロが無駄打ちするわけがない。


 ミロがすかさず狙ったのは、顎を蹴り飛ばしたことで隙だらけになった胸に浮かんでいる聖痕だったのだ。


「……ほぉら、その紋章もさっきの炎みたいに消滅しちまうぜ!!」


 ミロがアスランの胸の聖痕を刀で突き、その刀身が触れた瞬間、衝撃波でアスランの体が後方へと吹き飛んだ。


「ははははッ!! 俺が本気を出せばこんなところだ。さ、神殿まで連れて行くとしよう」


 勝利の余韻に浸りながら、ミロはアスランが吹き飛んだ方向を見た。

 そこには、意識を失っているアスランと、謎の発光に包まれているネックの姿があった。


「……まだ俺と戦う意思があったとはな。いいだろう、その意志がゼロになって絶望するまで遊んでや――」


 ミロの言葉が最後まで発せられる前にネックは行動を起こした。

 具体的には、静かに向けられた右手からレーザーのような光がミロの傍を通過した。


 ミロはさっきまでの余裕をなくし、厳しい表情をした。

 レーザーの照射が終わり、ミロは背後を振り向いた。


 ミロは思わず息を呑んだ。自分がその行動に気付かないぐらい無意識に。


 しかしそれは普通に考えたら当然の反応だったと言える。彼の背後にあったはずのモノ、というより事象が、まるではさみで切り取られたかのように消え去っていたのだ。

 切り取られた事象は目で視認することはできず、ミロが分かり得たのはただの一つ、事象そのものが消え去ったという結果だけだった。


「……ッ!!」


 ミロが小さく体を震えさせた。

 ネックが、再び正体不明の発光現象に包まれた右手を自分に向けられたからだ。


「いっ、いや、いくら今のが強かろうがこの刀にかかればなんとかなる! 眠ってろや、ガキィィィィィィィ!!!!」


 半ば自暴自棄になりつつ、それでもミロはネックへと向かっていった。

 そんな彼に、無慈悲な光が襲いかかる。


 ミロは祈るように刀を突き出し、眼を閉じた。


 しかし、彼の祈りは受けいれられることなく、一瞬のうちに事象ごと消滅した。




 その最期はあまりにもあっけなさ過ぎて滑稽だと、薄れゆく意識の中でネックは嘲笑った。



                ☆



「ん……」

「おお! 目が覚めたか!」

「あれ……おっさん……」


 ネックは自分が気を失っていたことに気付いた。

 辺りを見渡すと、ここがさっきまでいたグラスト商会のビルだということも理解する。


「それにしても驚いた。まさかこんな非科学的な現象を引き起こしてしまうとはね」

「ええ、これは僕たちの知る常識とはあまりにも離れた現象です」


 ネックとアスランから少し離れたところで、ロバートとアルスが難しそうな話をしているのが聞こえてきた。


「おっさん、アイツらは何を話しているんだ?」


 ネックは頭に浮かんだ疑問をそのままアスランに聞いてみた。寝起きの今ではまだ頭が働かない。


「僕も詳しくはわからないんだけど、確か事象の消失だとかなんとか……」

「ふーん」


 ネックは事象が消失したという空間を眺めた、しかしそれを視認することはできないのだが。

 しばらくボーっと眺めていると、ロバートとアルスがネックらのもとへと戻ってきた。


「その様子だと、覚えていないんですね」

「……今そう言われて、思い出せたわけじゃないけど理解はできたわ」


 ネックは深くため息を吐いた後、事象の消失した空間を見据え、確信を持って、言った。


「これをやったのは他の誰でもなく、俺ってわけだ。だろ?」

「これを見て驚かないんですか、君は」

「実感は湧かないしなぁ」


 ネックは冷静というより、無知ということによる第三者目線で話していた。このことについては既に興味が喪失しているのだ。


「そんなことよりグレゴリーだ。こうしている間にもあの魔女は人を殺してまわっているかもしれない」

「そうだね。あまりゆっくりしている時間もない。行こう」





 グラスト商会のビルを後にし、ロバートはある疑問を抱いていた。


『ネックがミロに放ったレーザーのようなものは、何故事象ごと消滅させるほどの力があったのか』


 その現象には、いくら魔法でも説明しきれない部分が多く残っている。

 果たしてあれは、ネックやアスランが言う魔法という常識の範疇なのか、或いはその常識すらも逸脱したものだったのか。


 ロバートは一学者として、もっと知りたいと思った。

 魔法のことを……そして、


「ネック君、君はいったい何者なんだ……」


 一行はグレゴリーを探してガーデンの中心部、神殿を目指して突き進む。


「あれが、俺たちのターゲット……」


 その様子を、遠くから監視されているとも知らずに――



「みーつけた。アルト=ランドレット……!!」


数週間ぶりの更新。


グダりにグダった展開の先に待っていたのは


「巻かねば!」


という作者の焦りだった。



次回!『対魔昇華法』


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