シドンサイドでの日常
主人公スペック
16歳 男 やや小柄
ごく普通の少年
『ソレ』は月に一度訪れる。
僕はその日が嫌いだ。
「次、アルト=ランドレット!」
「はい!」
魔法力測定、今日は月に一度の試験の日である。
「とりゃあー!」
魔法を使うコツはただ一つ。
こうあってほしい、といった状況を思い描くこと。
たとえば、炎を前方に射出したいのならその状況をイメージする。それだけだ、何も難しいことはない。
イメージが強ければ強いほど高難易度の魔法を使うことができるというのはシドンサイドに生きるすべての人が知っている常識だ。
今回の試験内容は七大元素の一つ、水属性魔法を使った花壇への水やりである。
簡単だと思った? そう、これは本当に簡単な試験なのだ。
「うおぉぉぉおおお!!」
そこらへんに住む一般小市民は鼻をほじりつつ逆立ちの体勢でも余裕でやってのける。
「でろぉおおお――「あーもういいもういい。君、不合格」
……結局こうなるのだ。
魔法はイメージによって形作られる。
そんなことは頭の中では理解しているつもりだ。
「君はまた同じ失敗をするのか。これで何度目だ? まったく、テストに付き合う俺の身にもなっれくれよ」
「……すいません」
どうもうまくイメージできない。
だから僕はいつまでたっても失敗を繰り返す。
「謝る暇があるならもっとイメージしろー。……ほら、もう行っていいよ。一応努力経過中にしておくから」
「いえ! 不合格にしてください!」
先生は当たり前のように僕の言葉を受け流す。
「あっそう。いや、君がそれでいいならいいんだけどね」
努力経過中とは、今回の試験ではうまくいかなかったけど努力は認める。
といったものだ。
先生はそれでいいと言ったが、僕はこの程度じゃ納得できない。不合格ならハッキリ不合格って言われたほうがマシだ。
「じゃー次。トリート=ストレイン!」
「はい」
トリート=ストレイン。彼は僕と同じZクラスに所属している。
Zクラスはこの魔法学校では最下層のクラスだ。逆にAクラスは将来の有望な魔法使いだけが集まったエリートクラスだ。
簡単な話、トリートは僕と同じ落ちこぼれってわけだ。
しかし、
「お前のテスト内容は――」
「自然属性魔法の造形です」
「あーそうだったな。それそれ、すまんな~。前のやつがあまりにも初歩的なテスト内容だったもんで、うっかり忘れてたよ」
あの先生はいつもこうだ。
僕の試験がつまらない結果になったら必ず僕に聞こえるように嫌味を言うのだ。
「先生、早くしましょう」
「お、おうわかった。ならそこに生えてる木を造形してもらおうか」
造形の試験はそこまで難しいものではない。イメージする対象が目の前にあるとなおさらだ。Zクラスの人間でも余裕で成功するレベル。僕は一回も成功したためしがないけど。
「こんなもんでしょう。どうですか先生」
「よし、合格だ。お疲れさん」
「ありがとうございます」
あの先生は魔法が使える人には優しい。
かくいう自分も昔成功した時はときは「成長したなぁアルト!」って褒められたものだ。
「おし、次――――」
Zクラスの試験が終わり、別のクラスの試験が始まる。正直、見学しても何が行われているのかさっぱりわからないんだよね。
そろそろ教室に戻ろうかと思っていたら試験を終えたトリートが僕のところにやってきた。
「おーうアルト、お疲れ」
「やあ。合格おめでとう! やっぱトリートは魔法うまいねー。Zクラスにいるのが不思議なくらいだよ」
「うっせーよ。魔法が使えるだけじゃ上のクラスに上がれないのはお前も知ってるだろ。バカにすんじゃねー」
「ハハハ。ごめんごめん」
そう、トリートの言った通り上のクラスに上がる条件は二つある。
一つはこの魔法力測定。
もう一つは魔法常識試験だ。
トリートは魔法だけなら真ん中のクラスぐらいまでの実力はある。
しかし、彼は知能が存在しないといっても過言ではないほどのバカだった。
常識と魔法力、その両方をもっている人間だけが上がれるのだ。
ちなみに僕は魔法力は0だけど常識はすごいから。
「アルト」
「何?」
「おまえ今ナルシズム入ってた?」
「えっ!? ぜ、全然っ!?」
そりゃあもうAクラスなんて目じゃないよ! フ八ッ!
「いーやナルシ入ってるね。俺にはわかるぞ。お前のバカを見下すような目を見ればすぐにわかる」
「そんな馬鹿な」
ちょうど手鏡があったので確認してみると、そこに写っていたのは頬が上ずり口元が歪んだ醜い自分の顔だった
☆
Zクラス――――
ここは底辺が集まる場所。
「魔法力測定の結果を発表しまぁす」
担任の甘ったるい声が響く。
結果発表は口頭で行われる。つまり、失格した人をクラス全員が知ることになってしまう。
「(公開処刑もいいところだよ……)」
学校側としては「晒されたくなかったら気合で合格しろ」ってな感じなのだろうが、落ちること必死の試験のたびに晒されるんだから僕からしたらたまったもんじゃない。
まあ、合格する気もする実力もないんだけどね。
「えっとぉ、不合格者のほうが少ないのでぇー、そっちのほうを言いたいと思いまぁーす」
フッ、言えよ。我が名を、さあ! ……いや、いいことを思いついたぞ。
「みなまで言うなよ先生。僕が落ちたということはわかっているのだ。それとも何か? 僕は進級できると?」
ここにいる大半は合格で進級していくだろう。なら残るのは僕とトリートとその他Zクラス常連組だけだ。
トリート「おうともよ、俺だって常識試験が死んでるのはハナっから知っている。先生に言わせるまでもないぜ!」
その他1「俺も俺も!」
その他2「ワタクシもですわっ!」
その他3「おいどんも…ごわす!」
その他4「俺の脳みそは三歳でシャットアウトだぜヒャッハー!!」
良かった! いつものメンバーだ! 心の友よ!!
「はぁーい君たちは懲りませんねぇ。しょうがないです。今回は自分から名乗り上げてきましたから……」
「「「補修免除!?」」」
「補修三乗でぇーす。今日は眠らせないわよ♥」
「「「いやだぁぁぁぁぁ!!!」」」
結局、今夜は学校で朝を迎える羽目になってしまった。
☆
後日、学校帰りにて。
「ふう。今日も大変な一日だった」
人気のない路地を歩きながらぽつりとこぼした。
背中にあたる太陽の日差しがほんのり暖かい。
季節は、そろそろ冬になろうかとしていた頃。
「ぶぇっくしょいっ! あ~」
唐突に出たくしゃみ。
「風邪かなぁー」
どん。
誰かにぶつかった、気がした。
「あいたた。すいません、僕の前方不――――」
言葉は途中で途切れた。
ぶつかった相手を「前方不注意」と言いながら見上げたつもりが、目の前の少女に思わず口がつぐんでしまったのだ。
「君は――――」
彼女はぶつかってきた僕の名前をなぜか訊いてきた。
紳士な僕は抵抗もなく自分の名前をしゃべった。
べっ、別に彼女のあまりの可愛さに見とれて思考停止したんじゃないんだからねっ!
「アルト=ランドレット……です」
自分でも最後のほうが聞き取れないぐらい声が小さくなっていたのが分かった。ちゃんと聞こえたのだろうか。
「ランドレット…………」
彼女は僕の姓を聞いて不思議そうな顔を浮かべた。
確かに、ランドレットはシドンサイドでは有名というか代表的というか、珍しい名前じゃないと思うんだけど。
「じ、じゃあ僕はこれで……」
可愛い子だと思った。だがたったそれだけだ。
偶然とはいえ人気の少ない路地でぶつかっただけ、関わりなんてない。
僕は何故か、このことをなかったことにしようとしていた。
理由はわからない。ただ、彼女と知り合ってしまってはいけないと僕の頭が、心が、直感が訴えているような気がしたのだ。
さっさと帰ろう。僕は足早にこの場を去ろうとした。
しかし、
「――――待って」
彼女の横を通って行こうと勢い付いてブンブン振っていた右手が柔らかい感触に包まれた。
何故、引き留めるのですか。
気にはなったが言葉に出すことはなかった。
代わりに出た言葉は、
「どうしました?」の一言。
待って、と言われたから待っただけ。
僕は紳士だからね。女の子のいうことは何だって聞くさ!
「アルト君…だっけ、今からバカみたいなこと言うけど……聞いてくれる?」
「……なんでしょう」
僕の返事に満足したのか、彼女は掴んでいた手を放した。
「あっ」
離れた暖かさが恋しくて仕方がない。これじゃあ寒いじゃないか。
しかし、僕の意思とは無関係に彼女はバカみたいなことを言うのだ。
「魔法が何故アタリマエに存在しているか知りたくない?」
それは、唐突すぎる質問だった。
週一ぐらいのペースで更新できたらいいなと思います。