地底の町で その一
アスランと少年は『地表の穴』から地下世界へと足を踏み入れた。
そこでは、ある騒動が巻き起こっていた。
「おいおっさん。あれ見ろよ」
少年が指差した先の広場のような場所では、ざわついている人たちが取り囲むように何かを見ていた。
「あのざわつき方からして、あまりいいことが起こっているとは思いにくいね……だけど影取りババアの情報が掴めるかもしれない。行ってみよう」
二人は地表での出来事の後、女性と約束した。
絶対にババアを見つけ出し、もう二度と人殺しなどできないようにする、と。
女性は最後まで二人を憎んだ目で見てはいたが、同時にその約束を信じてくれていた。
どうやら影取りババアはこのモアグリードという世界では絶対的な立場にいるらしく、一般市民は決して逆らうことができないのだ。
逆らったら禁忌を犯した時と同じように殺されてしまう。
過程がどうであれ気まぐれで簡単に人を殺せるようなやつを二人は放ってはおけなかった。
それに、少女の件もある。
女性は、少年が魔法を教えなければ娘は死ぬことはなかったのに……といった。
たとえ少年が直接娘(タミィ)に手を下してなかろうが、母親からしてみれば少年と影取りババアは同罪なのだ。
だから少年は、罪の意識に苛まれる。
「あのババアだけはただじゃ済まさねえ。このままだったら記憶が戻った時に俺の寝覚めが悪いんだっつーの」
「そういえば君の名前って結局何なんだろう」
「何なんだろーな。これっぽっちも思い出せやしねえよまったく……」
「うーん、でもずっと君のことを少年とかって呼ぶのも面倒なんだよね。なんでもいいから名前決めとかない?」
アスランの提案に少年は賛同したが、
「名前ねえ……自分の名前を考えることになるなんて思いもしなかったよ」
「ははっ。君はすごい魔法力を持っているからねぇ……それっぽいほうがいいと思うんだけど」
「あっちの世界では魔法が盛んじゃん。だったらそれにちなんだ名詞があるだろ」
「シドンサイドで、魔法といったら……まず一番に思いつくのは教会かな」
「教会……?」
少年は『教会』という単語が脳裏を駆け巡る感覚を味わった。
「どこかで、聞いたことがあるような……」
「おっ? 何か思い出せそう?」
「……いや、やっぱ駄目だわ。思い出せん」
「んーまあそうだよね。教会なんてシドンサイドで普通に生活してたら腐るほど聞く言葉だし、むしろ教会すら忘れてたことにビックリだよ」
「一瞬すげー引っかかったんだけどな。おっさんがいろいろ言ってるうちにモヤモヤもどっか行っちまったよ」
「あらら。それは記憶を思い出す邪魔をしてしまったかな」
「別にいーよそれぐらい。思い出せなかったってことはそれほど重要なことじゃなかったんだろきっと」
「それだと君の記憶の殆どがどうでもいいことになるんですが……」
「冗談だよ。ほら、そろそろ見えてきたぜ」
二人は広場までやってきた。
が、予想以上に広場は人が集まっていて、とてもこの人だかりの中央で何が起こっているのか確認することができなかった。
アスランはとりあえず近くにいた人に声をかけることにした。
「あの、何故こんなに人が集まっているのでしょうか?」
「ん?」
振り返ったのは、メガネをかけた博識そうな青年だった。
「……」
青年は二人を見ると黙り込み、考え事を始めた。
「あの……」
「……なるほど。君たちが……」
「何のことでしょう?」
アスランは冷静に返したが、内心気が気ではなかった。
「何故ここに人が集まっているか……わかりませんか?」
青年は二人の心の内を見透かしたかのように言った。
「出たんですよ……『死人』がね」
「っ!?」
「また、かよっ!!」
二人に衝撃が走った。
死人が出た、という事実にこうもすぐ直面する。
少年に至っては、記憶を失ってすぐだというのにだ。
「おや? また……あなた今またと言いましたね?」
「だったら何だって言うんだよ。それより一体誰がそんなことを!!」
少年が言ったことに、青年はさらに追及する。
「おかしなことを言いますねえ。モアグリードで人が死ぬということは、禁忌を犯した人間が処刑された、ということに決まっているじゃないですか」
☆
「……と、いうわけで私の家に二人を連れてきたわけですが――」
「誰に向かってしゃべってるんだ?」
「細かいことは気にしないでください」
少年たちは場所を移して、青年の家に来ていた。
「私は学者のロバート=フェンブルクです。そちらは?」
「急だな、もっと状況説明しろよ」
「僕は探検家のアスラン。この子は・・・ネックだ」
「ちょ、おっさん!」
「まあまあ、静かにしてなさいネック」
「は、はぁ……」
少年はアスランに無理やりネックという名にされた。
「じゃあ早々に本題に入らせていただきましょう。ズバリ、あなたたちはモアグリードの人間じゃないですね?」
「……その根拠は?」
「これです」
ロバートは自分が掛けているメガネを指して、言った。
「このメガネにはある特殊な力を数値化できる機能があります。私はその特殊な力のことを『呪力』と呼んでいます」
「それが一体何の関係があるんだ」
「簡単な話です。影取りババアが禁忌を破った者を処刑した時には、必ずと言っていいほどその場に呪力が蔓延していました。そして、それはあなたたちも一緒です」
ロバートはメガネをくいっと上げた。
「モアグリードの人間に呪力を使うことは出来ない……つまり、呪力を使うことができているあなたたちはモアグリードの人間ではないと仮定できるのです」
「呪力……ねえ……」
「もしかして呪力って魔法のことでは……?」
「マホウ……ですか?」
「これです」
アスランは右手を出すと、その指先からボッと火を出した。
「こっ、これは!」
ロバートはメガネの呪力を視覚化できる機能をonにした。
すると、驚くべき事態が起こる。
「10、100、1000!! っ駄目だ!! 測りきれないッ!!」
ボンッ!! とロバートのメガネは爆発してしまった。
「これが……魔法ですか……」
「なかなかに理解が早いのは、流石学者と言うだけはあるな」
「いやはやこれは素晴らしい! 世紀の大発見ともいえることです!! 魔法というのが呪力の正体というのなら、あの影取りの正体も魔法使いということに……!」
「影取りババアの正体が……魔法使いだと? いやでもあいつ、よく考えたら瞬間移動とか……召喚とか使っていたな」
「だけどこれまでのこの世界の人間は魔法について何も知らなかったようだけどねぇ……それこそ禁忌にされるほどに」
「それですよ」
ロバートは新しいメガネを掛け直した。
「モアグリードの住民に禁忌にされている、魔法……しかし禁忌を犯した人間は魔法使いによって処刑される。おかしいとは思いませんか?」
「処刑を執行する側だから魔法を使ってもオーケー的なアレじゃないのか?」
「いや、それに対する裏付けもあります。それは影取りはある程度の期間で入れ替わっている、おそらく『死んでいる』のでしょう」
「……? それがどーゆーことで裏付けになるんだ」
少年ネックの言った言葉は、アスランの言いたいことも代弁していた。
「どうもこうも……普通は死なないじゃないですか。人間って」
それは、少年ネックもアスランもビックリの仰天情報となった。
☆
地底の居住区、ソルダーマーチのとある一角。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ここでは、様々な悲鳴が飛び交っていた。
何故そんなことになってしまっていたのか。
その答えは単純である。
「フシューーーッ……封魔の呪いを解く者、どこだ……?」
鋼のような巨体を持った大男は、町の建造物をその剛腕で破壊しながらある二人組を探していた。
それは、新しい波乱を巻き起こす寸前の、予定調和ともいえる戦いの序章を告げる合図だった。
まーた分割になっちゃったよ。
ちょっと反省、、、
次回!『地底の町で その二』




